コラム:RIETIフェローによるWTO新ラウンド特集

GATSサービス交渉に望む

小寺 彰 ファカルティフェロー

WTO諸協定は、前身のGATT期から、貿易立国を支える日本企業の海外進出を支えてきた。新ラウンドで日本政府が強く要求しているダンピング防止協定改正や投資ルール作成のインセンティブも同じ思いにある。しかし、ウルグアイラウンドからWTOシステムの重要な一翼を担うようになった「サービスの貿易に関する一般協定(GATS)」についてのGATSサービス交渉には違った発想で取り組む必要がある。

GATSはサービス業を一般的に規律する国際協定である。現在のGATSは、全体の枠組みを規定するGATS本体と、加盟国が強い義務を負った、すなわち「深堀り」された個別分野の規制からなっている。現在までに「深堀り」されたのは、電気通信と金融の両分野である。次期ラウンドの焦点は、電気通信・金融両分野のいっそうの規律強化と、「深堀り」すべき新分野の特定・当該分野のルール作りである(この交渉は2000年までに始めることがWTO発足時に約束された「ビルト・イン・アジェンダ、BIA」である)。

GATSサービス交渉の意味

GATSの中で「深堀り」することは何を意味するのだろうか。現在の電気通信や金融の様子を少しながめれば、その意味がはっきりと分かる。

電気通信分野では今年の国会で電気通信事業法が改正されて、NTTやNTTドコモ等の大手の通信企業には、その他の通信企業より強い規制を掛けるという「非対称規制」が始まった(主要サービス提供者規制)。電電公社時代に国営形態で全国にあまねく回線を引いたNTTに対して他の通信企業が競争を挑むためには、NTTの回線を合理的な価格で自由に利用できることが必要だろうし、規制する理由にもなる。他方、90年代に入って一挙に花開いた携帯電話事業においてNTTドコモが現在のような圧倒的な地歩を築くには、「iモード」という人気サービスの開発が大きく寄与した。しかし、「iモード」の開発に政府の補助があったわけではなく、もっぱら自主的な企業努力のたまものだったことを疑う向きはなかろう。しかし、NTTドコモも市場における圧倒的な力ゆえに「非対称規制」によって総務省の強い規制のもとに置かれることになった。NTTとNTTドコモが同じように強い規制を受けることになったのは、日本がGATSの一部として、基本電気通信に関して行った約束のなかで、営業上不可欠な回線設備を持つ企業だけではなく、市場において大きな力をもつ企業に対して「強い規制」を「非対称的」に行うことを約束した為である。つまり「非対称規制」は国内政策というよりも、WTOにおいて行われた基本電気通信交渉、その中で日本政府が行った約束に端を発している。また金融分野の例としては、自動車保険が多くの人に馴染みがあろう。最近になって各種の自動車保険が販売されるようになったのは、リスクをさまざまに細分化して個々のユーザーにあったものの販売が可能になったためである(リスク細分型保険)。これも、きっかけはGATSを前提に行われた国際交渉とそこで行った日本政府の約束にある。

このような身近な例は枚挙にいとまがない。そしてこれらの例はGATSが日本のサービス産業の姿を決めていることをはっきり示している。新ラウンドでは、交渉の有力候補として、電気通信や金融と並んで、電力を含むエネルギー、エクスプレス・デリバリー、環境ビジネス、さらには教育などが挙げられている。これらの分野で「深堀り」を行うことは、これら産業の、日本の将来の姿を決めることである。交渉では、他の先進国と歩調を合わせて約束がなされることを考えると、決められるのは、世界の姿というべきかもしれない。GATSサービス交渉には、この点をきちんと頭に置いて臨まなければならない。サービス業一般ではなく、個々の具体的な産業について、日本、ひいては世界の将来の姿をどうするか。確かにWTOの基本政策は自由化であるが、自由化のための途はさまざまである。そしてその途は産業ごとに自ずと異なる。日本が何もしないと、日本は、ひたすらアメリカやEUの構想した産業の姿を押しつけられる。現実の産業実態を踏まえた想像力と構想力こそが交渉の切り札である。抽象的にではなく具体的な産業の在り方を、国際ルールに置き換えて主張していくためには、政策立案と国際交渉を担う「官」と、産業の実情に通じた「民」の連携が不可欠である。国際ルールを所与のものと捉えてそれを律儀に実施していくという「受け身」の態度ではなく、日本に合った国際ルールを作っていくという積極的な態度を、官民がともに持つことが必要である。

途上国とGATS

GATSについて、海外進出の視点からも一言しよう。日本企業が途上国に進出する際にはサービス業を自由に行えるかどうかも重要な考慮点である。生産拠点を海外に移す場合には、製造した商品を販売する販売会社を自由に設立できるかどうかが、海外生産の成否を決定する大きな要因である。海外進出の視点からは途上国がGATSの約束、さきの例では「流通サービス」の約束を増やしてくれることが望ましい。

しかし、現在のGATSでは、「深堀り」分野における途上国の約束はきわめて形式的なものにとどまっており、日本、アメリカ、EUなどとは比ぶべくもない。もともとサービス産業は国家の経済・社会基盤を担うもので、先進国でもかつては強い規制の下におかれていた(たとえば電気通信事業の国家独占)。サービス産業について、開発政策を重視する途上国に先進国並の「深堀り」を要求することは無理があることを頭に入れておくべきだろう。途上国に要求することはGATSによって先進国並みの強い義務を課すことにより、途上国のサービス産業の姿を決めさせることではない。途上国には、まず透明性(法令がきちんと公表される仕組みの設定)を満たすことを要求し、また諸外国の企業を等しく扱うこと、すなわち最恵国待遇の留保をやめさせることを基本にすべきである。特定分野の「深堀り」の有無、またその程度は、途上国に押しつけるのではなく、外資誘致の観点から途上国が自発的に約束するよう仕向けることにとどめるべきである。そのためには特定分野で約束をしたらどのような状況になるかの事前のアセスメントは不可欠であり、先進諸国がこのための協力をすることが望ましい(キャパシィ-・ビルディング)。

まとめ

GATSサービス交渉では、先進国間で採るアプローチと、途上国相手に採るアプローチを根本的に変えなければならない。個々の分野の特殊性を捨象して抽象的に自由化を主張したり、先進国と途上国を十把一絡げにして同じアプローチで交渉するという態度は絶対に執ってはいけない。

GATSサービス交渉は、次期ラウンドでは速いスピードで進むことが予想される。BIAとして、実際には次期ラウンドを待たずに交渉は始まっており、各国から多くの提案がすでに提出されている。GATSの強い約束は大幅に状況を変革させる。それだけにどのようなアプローチを採るかは国際経済の運営に死活的な重要性を持っている。日本にとっては、GATSサービス交渉の本格化を前にして、個々のサービス産業の将来像をはっきり描き出すことが緊急に必要である。

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