広域化するEPA・FTA
供給網の効率化に不可欠

小寺 彰 ファカルティフェロー

最近、多数国を相手とする広域の経済連携協定(EPA)が注目されている。

環太平洋経済連携協定(TPP)、日中韓と東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国間の「ASEAN+3」、オーストラリア、ニュージーランド、インドが加わる「ASEAN+6」、ASEAN諸国が唱える「東アジア包括的経済連携(RCEP)」、アジア太平洋経済協力会議(APEC)加盟国・地域をすべて含む「アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)」などだ。予備交渉を終えた日欧州連合(EU)・EPAも実質的には広域EPAだ。こうした動きをどうとらえればよいのか。

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国際的に通商政策の中心は世界貿易機関(WTO)からEPAに移った。WTOでの多角的通商交渉(ラウンド)が21世紀に入り停滞したためだ。新興国の力が強まったことで、先進国とりわけ米国との間で意見の調整がつかず、2001年に始まったWTOドーハ・ラウンドは昨年12月に完全に行き詰まった。

EPAは相手国との間で関税を原則的に撤廃して自由化を進める。同時に通商のみならず、投資などWTO協定かカバーしていない事項も規律づけして当事国間の経済関係を深化させる。WTO協定は、155の加盟国・地域に対し全加盟国の物品やサービスなどを差別せず平等に扱うことを要求する。一方、EPAでは当事国間のみで通商投資関係を深めるため、非締結国やその企業は、締結国・企業と比べ大きなハンディを負う。

特に、従来最も大きな意味を待ったのは関税の削減・撤廃であった。00年当時、日本を除く30力国・地域とEPAを結んでいたメキシコで、日本企業が締結国との間の関税格差で苦しんだことは記憶に新しい。現在、各国は競ってEPAを結び、自国と企業が国際的に有利な地位を確保できるようしのぎを削っている。

現代の企業活動の特色は、原材料の調達から生産の各段階・販売・物流を経て最終需要者に至る、製品提供に関する全プロセス(サプライチェーン=供給網)がグローバルに展開されている点にある。サプライチェーンの効率性は企業の国際競争力を左右し、ひいては国の経済成長にも大きな影響を与える。米国政府はTPPの目的として、輸出の増加とともにサプライチェーンの効率化を挙げている。

サプライチェーンの効率化の観点からみると、2国間と比較した場合の広域EPAの第1の特色は、関税削減・撤廃の範囲だ。2国間では当然、両国間の関税の削減・撤廃が問題になるだけだ。A国とB国がEPAを結ぶと、A国で調達された原材料によりA国内で製造されたA国製品は関税削減・撤廃の対象になるが、グローバルに展開するサプライチェーンにより商品が作られる場合は事情が変わる。

A国、B国、C国に拠点を構える企業を想定しよう。企業はC国で製造した部品を使ってA国で主要部を作り、それをB国に送ってB国で作った部品を組み込んで完成品に仕上げ、全世界に販売している。AB国間のEPAで関税撤廃の対象となるA国製品、B国製品は「原産地規則」で決まる。AB国間のEPAがそれぞれ付加価値を40%以上加えたもののみをEPA税率の対象とすると、A国からB国に輸出する主要部の付加価値が40%未満だとA国製品とはならない。また、完成品をB国からA国に輸出する際にも、B国での付加価値いかんではB国製品にはならない。

他方、A、B、C3カ国が、加盟国の生産拠点を合わせて40%以上の付加価値を付けたものを、各国がEPA税率の対象とすれば(累積方式)、A国で作った主要部やB国で作った完成品もA国、B国でその対象になる。つまり、広域EPAならば国際的に展開するサプライチェーンにふさわしい累積方式を採用できる。わが国唯一の広域EPAである日ASEAN・EPA (AJCEP)の主な役割は累積方式を認める点にある。

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サプライチェーン効率化の観点からは、関税削減・撤廃とともに、企業拠点立地国の法制度の在り方が重要だ。国ごとに法制(例えば製品の技術基準)が大きく異なると、企業は国ごとに対応を変えなければならず、法制がおおむね一致している場合と比べ生産効率が落ちる。日EU・EPAについて、EUが関税削減・撤廃よりもわが国法制の是正を「非関税措置」の取り組みとして強く求めているのは、各国の法規制が重視されるようになった証しとして興味深い。同じ思いは自由貿易協定(FTA)交渉に臨む米国にもみてとれる。こうした各国の通商関係法制の調和(接近・統一)を目指せる点が、広域EPAの第2の特色だ。

米国を除くと、通常の2国間EPAで法制の調和のために他国の法制の変更を求めることは難しい。相手国に自国と同様の法制採用を受け入れさせることは容易でない。これに対し、広域EPAの場合、将来のグローバルルールを念頭に置いて、多数の国が準拠するルールを作りやすい。

EPAではないが、模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)は、日米EUなど11力国・地域間の交渉で作られた。広域EPAで同種の交渉をすれば自由化などの交渉もできるので、より深化したルール作りが期待できる。WTO協定を補完するルールの設定は参加国が多いほど有効性が高く、それゆえに広域EPAではルール作りのインセンティブ(誘因)が生じる。

自由化や通商秩序の深化・発展の観点からは、広域EPAは2国間の場合よりもメリットが大きい。さらに「ASEAN+3」や「+6」のように近隣諸国をまとめて広域EPAを作れば、近隣ゆえの物流コストの低さも相まって地域の一体性を強めることが期待できる。インド、オーストラリアを含むサプライチェーンの実態をみれば、「ASEAN+3」よりも「+6」に軍配が上がろう。TPPがアジア・太平洋地域でのサプライチェーンの効率化に資することはいうまでもない。

広域EPAの実現を目指すときに忘れてはいけないのは、ルールについてのアイデアだ。単に原産地規則に累積方式を導入するだけなら魅力は半減する。ルール作りに重要なのは、WTO協定を補完するうえで効果的なものを提案することだ。

日本の場合、欧米と比べると自国のニーズに合ったルールを考え出す力が弱い。ASEAN地域では中国国有企業の非商業的な活動で困っているという企業の訴えがあったが、この訴えをいち早くルール化してTPP交渉に持ち込んだのは米国だ。残念ながら日本政府は、企業の訴えをルールに結びつけようとする動きが鈍かった。一方、模倣品・海賊版拡散防止条約では日本政府がアイデアを出して交渉を引っ張った。広域EPAでも、交渉をけん引できるアイデアを提示できるかどうかで主導権は決まろう。

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広域EPAでは、交渉国が増えると小型WTOのようになり、交渉国間の利害調整に時間がとられる。1994年に始まった米州自由貿易協定(FTAA)交渉が、農業補助金規律を巡る米・ブラジルの対立により、04年に決裂したのは格好の例である。

2国間EPAでは通常、相互の利益をすり合わせれば両国の実情をきめ細かく反映でき、交渉も比較的短期間で済み、成立後の改定も容易だ。一方、広域EPAでは、その設定を可能にするアイデアがあるかどうか、短期間で交渉を終える見込みが立つかどうかが、決定的に重要だ。そういう意味では手間はかかるが、2国間を先行させたうえで、並行して広域EPAを作るという日本政府の政策にも一定の合理性が認められる。

2012年6月21日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2012年6月29日掲載

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