「新しい貿易統計」から見える日本の産業構造転換

小林 庸平
研究員

「付加価値ベースの新しい貿易統計」とは何か

OECD(経済協力開発機構)は「付加価値ベース」の新しい貿易統計(Trade in Value Added、以下TiVA)」を2013年1月16日に公表した(注1)。これは国・地域間の貿易構造を「付加価値」という視点から再整理した統計である。この統計から、日本の産業構造転換を垣間見ることが出来る。

付加価値ベースの貿易統計を見る前に、日本の貿易構造の変化を電気機械産業について見てみる。図1は、1998年から2008年の東アジアにおける電気機械産業の貿易構造の変化を示したものである。矢印は貿易の流れを表しており、ピンク色は最終財、水色は中間財である。1998年時点では、日本から北米やヨーロッパに対しての最終財輸出がもっとも大きかったが、2008年時点で見ると、北米・ヨーロッパへの最終財輸出がおおむね一定であるのに対して、中国や韓国、台湾といった東アジア諸国への中間財輸出が大きく増加していることが分かる。これは日本から見ると、主たる貿易相手国が北米・欧州から東アジアに変わったことを意味する。

図1:東アジアにおける電気機械産業の貿易構造の変化(1998年→2008年)
図1:東アジアにおける電気機械産業の貿易構造の変化(1998年→2008年)
(出所)RIETI TIDデータベース
(単位)10億ドル

図2は日本の対アメリカ・対中国の貿易収支を示したものである。青い棒グラフは、輸出から輸入を差し引いて計算した貿易収支であり、貿易収支と言う場合、通常はこれを指す。2009年時点の日本の対中貿易黒字は、アメリカに匹敵する水準になっており、中国は日本にとっての主要な貿易相手となっている。

しかし「付加価値」という視点から貿易収支を見ると様相が変化する。たとえば、日本で生産された中間財が中国に輸出されて、中国で組み立てられた最終財がアメリカに輸出される場合、伝統的な指標では、日本の対中国貿易黒字が拡大し、中国の対アメリカ貿易黒字が拡大する。しかし、中国からアメリカに輸出された最終財に含まれる付加価値の一部は、日本で生み出されたものであるため、付加価値ベースで考えると、日本から中国に輸出した中間財の最終的な需要国はアメリカになる。

こうした視点から貿易構造を捉え直したのが、OECDが今回発表したTiVAである。この統計では、日本で生み出された財やサービスが、最終的にどの国で需要されているかが分かる。図2の赤い棒グラフは付加価値ベースの貿易収支を示したものである。日本の対アメリカ・対中国の付加価値ベースの貿易収支を見ると、対中国はほぼゼロになる一方で、対アメリカの貿易収支が拡大する。このことから、日本の財・サービスの最終的な需要主体は先進国であることが分かる。

図2:日本の対アメリカ・対中国貿易収支(2009年)
図2:日本の対アメリカ・対中国貿易収支(2009年)
(出所)OECD Trade in Value Added

日本の産業構造転換

伝統的貿易収支と付加価値ベースの貿易収支の差異は、東アジアの貿易・産業構造が複雑化していることを示唆しているが、TiVAからは日本国内の産業構造転換も確認することが出来る。図3は、日本の各産業の輸出財に含まれる国内付加価値のうち、サービス産業の割合を2005年と2009年について示したものである。たとえば電気機械産業の場合、輸出財に含まれる付加価値の約30%はサービス産業の貢献分である。

この割合を2005年と2009年について比較すると、加工組立型製造業を中心に、輸出に占めるサービス産業の貢献度合いが高くなっていることが分かる。これは、サービス産業の輸出貢献度が高まっていることを意味しており、日本の国内の産業構造が変化してきていることが示唆される。

図3:輸出によって生まれる国内付加価値のうちサービス産業の割合(2005年→2009年)
図3:輸出によって生まれる国内付加価値のうちサービス産業の割合(2005年→2009年)
(出所)OECD Trade in Value Added

上場企業に対するアンケート結果を見ても(図4)、過去3年間でマーケティング・商品開発や研究開発、保守・アフターサービスといった非製造工程の付加価値貢献度が高まっていることが確認でき、製造業とサービス業の境界がなくなりつつあることが分かる。

図4:付加価値貢献度が高まった業務工程(製造業)
図4:付加価値貢献度が高まった業務工程(製造業)
(出所)経済産業省産業構造審議会新産業構造部会報告書

まとめと今後の課題

OECDが公表した付加価値ベースの貿易統計TiVAをもとに日本の貿易構造・産業構造の変化を概観した。ここから以下の点が明らかになった。

  1. 日本の輸出のうち、アジアへの中間財・資本財の輸出が増加しているが、日本の財・サービスの最終的な需要者としては、依然として先進国の存在感が大きい。
  2. 輸出財の付加価値のうち、サービス産業の占める割合が高まっている。これは製造業においてサービス産業の要素が高まっている事を示しており、産業内でも業態転換が進んでいる事が示唆される(注2)。

その上で、以下のような分析上および政策上の課題が残されている。

分析上の課題として、TiVAで明らかとなるのは、あくまでもフローとしての付加価値創出構造に留まる。たとえば、資本財が日本からアジア諸国に輸出され、それを用いて製品が製造されている場合、そこで生み出された付加価値の一部は日本国内で生み出されたものと解釈できる。しかしTiVAでは、ストックが生み出す付加価値は、ストックを利用している国の付加価値としてカウントされる。また、日本企業の海外現地法人では、日本企業のノウハウやスキルが活用されており、その付加価値の一部は配当やロイヤリティという形で日本国内に還流しているが、TiVAではそうした付加価値創出構造は把握できない。今後は資本財の役割や所得の流れを踏まえた、より包括的な付加価値創出構造を解明していく必要がある。

政策上の課題としては、貿易・産業構造の複雑化によるリスクの増大が指摘できる。東日本大震災やタイの洪水等は、サプライチェーンが複雑化・長距離化することよるリスク・不確実性を白日の下にさらした。今後はそうしたリスクへの対処方法についての検討が必要となる。またBlonigen (2013)(注3)は、川上産業に対する産業政策が川下産業にも影響を及ぼす事を確認しているが、同様の文脈で考えると、サービス産業の競争力がその他の産業にも影響を及ぼす可能性があり、その点からもサービス産業の競争力強化は政策課題として重要性が増してきていると考えられる。

2013年2月5日
脚注
  1. ^ http://www.oecd.org/trade/valueadded
  2. ^ 言い換えると、産業単位で経済をとらえることが難しくなってきており、「機能」や「事業」といった視点で経済産業構造を把握する必要性が増しているともいえる。
  3. ^ Blonigen (2013) "Industrial Policy and Downstream Export Performance" NBER Working Paper 18694

2013年2月5日掲載

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