プロスポーツ・リーグの経済学 近鉄合併問題の本質=マネジメントの欠如

広瀬 一郎 上席研究員

「近鉄/オリックスの合併問題」がきっかけとなって浮上した「プロ野球という産業の問題」について考えてみたい。マスコミなどでは「1リーグ制」か? 何チームになるのか? などという問題に焦点が当たっているが、これらはどれも本質的な問題ではない。物事に対処するのに、初期段階で問題設定を誤ると、有効な課題解決は望めない。つまり、これらの問題に捕らわれている間は、必ず同じ問題が、それも近い将来に起こるのは必至である。

プロ野球産業が抱える「本質的な問題」とは、「(マーケティングを含む)マネジメントの欠如」に他ならない。この点は多くの識者、あるいは評論家も同様の指摘をしている。しかしながら、その論者達がそもそも「プロ・スポーツという産業」を正確に理解しているのだろうか。甚だ心許ないものを感じる。この産業の産業特性、つまり「一般のビジネスと、どこまでが同じで、何が違っているか」を理解していなければ、一見どんなに立派な批評でも所詮「砂上の楼閣」である。

スポーツにおける商品(product)とは何か?

まず「マーケット」について基本的な点を確認しておく。第一に売り手(supplier)、そして商品(product)、さらに買い手(顧客/customer)、そして複数の売り手の間に成立している競合関係(competitiveness)という「4つの構成要素」が不可欠である。ここまではスポーツと言えども一般のビジネスと共通である。

では、スポーツにおける商品(product)とは何か? この最も基本的な点の認識が、残念なことに、誤解されているようである。このマーケットで扱われる第一義的な基本的「商品」は、当然ながら「スポーツ」である。そしてそれは具体的には「ゲーム」という形で現れ、対価は「入場料」という形で支払われる。従って日本語では「興行」と呼ばれる。

チームや選手の肖像権などは、「ゲーム」の取引から派生した「二次的な商品」である。つまり「野球」という「ゲームの価値」があって、初めて巨人軍の価値が生じるのである。顧客は、「巨人というチーム」が観たくてチケットを購入しているわけではない。「巨人のプレーするゲーム」というソフト/サービス(役務)に対して、対価を支払っているのである。全く当たり前な話であるが、この点は(プロ野球に限らず)、往々にして見失いがちだ。

そして、この産業の最も特異な点は、この商品の生産過程から生じているのである。他の産業と全く異なり、この産業で扱う「商品/ゲーム」は、単独では生産できない。そのために、他の産業と「異なった制度とガバナンス」を必要とするのである(他のソフト、たとえば「映画」では、東映と松竹が共同で制作しなければ映画ができないわけではない)。

産業である以上、常に商品開発は必須である。共同作業でなければ制作できない「ゲームという商品」の質を高める「商品開発」とは何か?「巨人が今年平均して5点差以上で勝っていたら、来年はその差を10点に広げること」は、商品開発ではない。スポーツ産業における商品開発とは、「競技を高いレベルで拮抗させること」に他ならず、それは共同で開発せざるを得ないのである。つまりリーグで行われるゲーム上では「競合」していながら、経営的には全ての対戦相手と「相互依存」の関係にあるのだ。従って、洋の東西を問わず、あらゆる種目のリーグは、組織参加者内部の利害を調整する「カルテル」の形態をとらざるを得ない。

実際、どこの「リーグ」も既存のチームの寄り合い/談合によって創設されるため、開始時から既存チームの権益を優先させた上での利害調節型カルテルとなるのである(因みに「Jリーグ」は既存チームのカルテルとしてスタートしなかった世界で(恐らく)唯一の例外である。この点は、拙著近刊で詳述の予定)。たしかに本来であれば規制を極力避けるべき「市場」という概念からは、明らかな逸脱である。しかしながら、商品の本質的な性格から生産を行う制度は規定されるのであり、それは「資本主義か、社会主義か」という問題とは全く別次元の問題である。

スポーツは単独では成立しない特異な商品

欧米の経済学においても、「スポーツというソフトは、個々のチームや個人がお互いに競技では競争状態でありながら、マーケット全体を観れば共同生産者である。この一見背反した関係が、最も他の産業と異なる顕著な点である」と論じられている。Walter C.Neale(1964,[The Peculiar Economics of Professional Sports] )によれば「最も価値あるリーグ結果(=ゲームの勝敗)は、チームが単独で生産できない商品である。この商品は、ゲームの相手チーム及びリーグ対戦する全ての相手チームと、それを報道する者(取材記者/編集者/印刷会社/新聞配達者)などからなる複合的生産システムを必要とする。従ってマーケットにおける独占(monopoly)は、自らにとっても不利益(unprofitable)である」そして、「スポーツは単独では成立しない特異な商品である。従って個々のチームは法的には個別の法人ではあるが、経済(学)的にはリーグ全体を一つの組織(single entitty)とみなすべきである。リーグが全体で決定したことに基づいて、利益を得るのは個別の法人、つまりチームである」と述べている。

しかしながら現実には個別のチームとリーグ全体との利益が常に共通しているわけではない。人気チームが全体の利益の多くを担い、ある種の再配分によって不人気チームを支えるという構造はどこの国であろうが、あるいは種目を問わず同じ構造である。そこで常に人気チームによる不人気チームに対する「フリーライダー批判」が起こる。巨人や阪神などの人気チームのオーナー発言にこういう傾向が見られる。しかしながら、一定の平準化が行われないならば、ゲームは拮抗せず、その興趣がそがれるのは明白である。「常勝を目指す」としながら「常勝」を実現したら、観客の興味は低下する。スポーツの最大の価値である予測不能な1回限りの「出来事性/イベント性」が失われれば、リーグ全体の商品価値も喪失されることになる。

プロ・スポーツというマーケットには、全く別の論理によって対価を支払う4種類の顧客が存在する。第一にファン。ファンが増えるとメディアにとりあげられる。そこで第二の顧客「TV」が登場する。益務の対価は「放送権料」として支払われる。メディアが取り上げると、「メディア価値」が生ずる。そこでその価値を第三の顧客「企業」が利用する。対価は「スポンサー料」や「マーチャンダイジング料」である。問題は第四の顧客「行政/自治体」である。この顧客は「地域の振興」や「文化の振興」「教育的な目的」「健康の増進」などの成果/便益を求めて対価を支払う。但し必ずしも直接キャッシュでは負担しない。最大の負担は、生産の場である「スポーツ施設」の整備である。世界的にそのほとんどは税金が充てられる。これは「スポーツが公共的」でなければあり得ないことである。TVという顧客は、「メディア」というステークホルダーに所属し、「報道する媒体」と「放送権料を支払う顧客」の2つの顔を持つ。

「売り手」としては、「所有者/株主/事業者」と「(監督・選手などの)競技関係」の2者が存在する。これでプロスポーツ産業における基本的な利害関与者(ステークホルダー)の6つのグループが揃った((財)東京大学運動会の「スポーツマネジメント・スクール」では、ステークホルダーをこれらの6つに分類している)。

スポーツに求められる「ステークホルダー型」の経営とは

スポーツは社会の中で関与者(ステークホルダー)が多岐に亘り、多様な利害関係を取り結んでいる。その対応のしかたが、プロスポーツ産業の帰趨を決める。「ステークホルダー型」の経営とは、「株主中心」主義的な経営に対比して出現した概念で、簡単にいえば「全ての利害関与者に配慮して経営せよ」ということである。配慮の仕方は多様であり、絶対的な正解などありはしない。ステークホルダーを類型化することは可能だが、現実的には産業によって、あるいは個々の企業によって異なる。スポーツ産業、あるいは個々のチーム(組織/法人)は自らのステークホルダーを正確に把握し、それぞれと自らの関係を整理することが経営の基礎であり要諦である。これを欠くと戦略の立案が不可能となる。戦略とは、その「関係」間にプライオリティー(優先順位)をつけることに他ならない。プライオリティーをつけるためには、「論理(ロジック)」が必要となる(この「論理」が「配慮」であり、多様なのである)。そして、そのロジックに基づいた実行こそが、「マネジメント」の本質である。この意味で、「ロジック」が無く(従って「検討」も無い)、感情的で思いつきに基づく行動は、マネジメントの名に値しないのである。

また先述したようにスポーツは「公共的」だと認められているため、その組織も大抵NPOのような公的な形態をとり、税制上の優遇措置を受けている。従って、ガバナンスは必然的に株主優先ではなく「ステークホルダー型」にならざるを得ないのである。

Imperial College Management School(ロンドン)のシマンスキー博士は著書「Winners & Losers」のなかで、Shareholders and stakeholdersと1章を充て、この問題を論じ、最後に「英国のサッカークラブは、本来歴史的に見てもステークホルダー型の組織であるはずだが、今やプロの投資家に顔を向けた経営に堕している。これでファンや選手は満足しているのだろうか? ファンや選手の便益を第一に考えるクラブは、投資家を満足させられないのだろうか?」と嘆きを露わにしている。

2004年7月27日

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2004年7月27日掲載