仕切られた多元主義と日本のセーフガード制度-その特異性とは?

荒木 一郎
上席研究員

ねぎ・生しいたけ・畳表を巡るセーフガードの一件は、昨年末の日中交渉の結果、生産数量についての民間協議開催と引き替えに日本政府が措置の本格発動を見送るという形で決着した。この事件を契機にセーフガードという制度への国民一般の関心が高まっているが、日本のセーフガード法制が国際的に見てかなり特異なものであることは意外に知られていないのではないか。昨春、セーフガード発動待望論が喧しかった頃、平沼経済産業大臣ほかの関係者は「WTOで認められていることだから、あくまでルールに基づいてやる」ということを強調していたが、セーフガードに関するWTOのルールは各国が遵守すべき最低限の基準を定めたものに過ぎず、それ以外の部分の制度設計は各国の自由裁量にゆだねられている。日本の場合、この自由裁量部分の設計がかなり特異なものになっているように思える。キーワードは、ここでも「仕切られた多元主義」である。

特異性その1:措置の内容が関税引上げと輸入数量制限に限定されていること

諸外国においても、実際にセーフガード措置として採られるのは関税引上げと輸入数量制限が圧倒的に多いが、WTOルール上は、それ以外の措置(例えば、禁止補助金の交付)をセーフガード措置として講じても、協定違反ではない(ガット第19条)。また、そもそもWTOルールと抵触しない措置(例えば、禁止されていない補助金の交付)はWTOの関知するところではないから、そのような措置をセーフガード措置として講じてもルール上何ら問題はなく、現に米国の通商法201条は、雇用調整助成金の交付や貿易相手国との交渉など多様なセーフガード措置が定められている。

日本のセーフガード制度は、「出口」として米国のように多様なメニューを用意することなく、関税引上げと輸入数量制限しかメニューがないことを前提に、それぞれの措置発動のための根拠法(関税定率法並びに外国為替及び外国貿易管理法とそれらの下位法令)にセーフガード発動のための調査手続を定めるというやり方をとっている。このため、いったんセーフガード調査が始まると、「出口」としての関税引上げ・輸入数量制限に対する期待値が異常に高くなり、ねぎ等の事件で見られたように交渉による決着が行われると、措置発動を求めていた側(この場合は農民団体)にいたずらに失望感が広がることとなる。もし仮に同じことが米国で行われていれば、それは通商法201条に従った通常の処理ということになり、それはそれで「一件落着」と評価されるのではないだろうか。

特異性その2:根拠法令が2本立てになっていること

上述のように、日本におけるセーフガードの根拠法は、関税定率法と外国為替及び外国貿易管理法(外為法)である。それぞれの主務官庁は財務省と経済産業省であり、形式上は2つの法体系が併存している。ただし、外為法の体系で定められている発動要件は関税定率法の下での要件とまったく同じ書きぶりにそろえてあり、かつ、財務省と経済産業省との間に覚書による合意があって、外為法調査と関税定率法調査を常に一体的に行うということになっているので、制度の二元性が表面化しないだけのことである。

筆者の知る限り、セーフガードについてこのような2本立ての法体系を持っているのは、WTO加盟国の中では日本だけである。WTO非加盟国は、そもそもセーフガードという制度を持っていない国が多いから、おそらくこのような制度は世界中で唯一無二といってよい。通商政策手段としてセーフガード制度を活用するつもりがないなら、このような分かりにくい法体系でも問題はなかろう。しかし、今後、日本政府としてセーフガード調査を積極的に行っていくのだとすれば、現行の法体系は、制度の透明性の観点からも、人的資源の有効活用の点からも(現状のままでは、財務省関税局と経済産業省貿易管理部に同種の人材を二重に配置することになる)、問題の多い制度だといえよう。

特異性その3:調査主体が他の行政機関から独立しておらず、調査チームには国内産業所管官庁が加わること

これは第2の点とも関連することであるが、日本では、セーフガード調査は、1)財務大臣、2)経済産業大臣、3)損害を受けたとされる国内産業を所管する官庁の主務大臣の三者が緊密な連携を保って行うこととされる。実際上は、ねぎ等の場合を例に取ると、財務・経済産業・農林水産の3省の担当職員が合同調査チームを作って(しかも物理的にはそれぞれの役所を拠点として活動しつつ)調査をするわけである。米国の国際貿易委員会(ITC)のような独立行政委員会があるわけではない。

これも、筆者の知る限り、世界で唯一無二の制度である。一般に日本と極めて類似した行政組織法体系を有する韓国及び台湾においてすら、セーフガード調査を行うのは他の行政機関から独立した貿易調査委員会であることを考えると、日本の特異性は際立っている。とりわけ筆者が問題だと思うのは、調査主体に産業所管官庁が加わっていることである。これは、同一人物が原告と裁判官を兼ねるようなもので、外見上調査の公平性は期待できないし、また、国内産業の利害を代弁する政治家から「調査に手心を加えろ」というような圧力を受けた場合に、これに対抗するすべがないようにも思われる。念のためにいうが、筆者は、ねぎ等のセーフガード調査において、現実に農林水産省の担当者が不公正な調査を行ったり、現実に政治家から不当な圧力があったと述べているのではない。制度の外見上、そのような懸念を払拭できないというだけのことである。

特異性その4:調査は終始職権主義的に行われ、措置発動を求める国内産業側の負担が比較的軽いこと

WTOルール上、セーフガード調査は、アンチダンピング調査や相殺関税調査と異なり、国内産業からの発動要請を前提としていない。政府による職権主義調査のみを規定した日本の法制は、各国と比べて特異というわけではない。

しかしながら、最近の鉄鋼を巡る通商法201条調査のような特殊の事例を除き、米国におけるセーフガード調査の実際の運用は、国内産業からの要請を前提として行われている。国内産業側に対しITCから求められる証拠や構造調整計画の提出は、質・量ともに膨大なものであって、その準備には大変な手間がかかる。このため、一般にセーフガード調査は業界にとって「高くつく」ものだという相場が出来上がっている。だからこそ、輸入急増からの救済を求める国内産業はセーフガードではなく、アンチダンピング税や相殺関税の発動を求めるようになっているといわれるほどである。

ひるがえって日本の例を考えてみると、ねぎ等の調査に関し、日本の調査当局は農民団体に対しそのように膨大な証拠の提出を求めたであろうか。答えは明らかに否である。職権主義調査を前提とする以上、また、第3に指摘したように農林水産省が調査主体の一角をなす以上、調査に当たっては農林水産省が地方局や都道府県のネットワークを駆使して収集したデータが用いられたに違いない。構造調整計画も策定されたやに聞くが、これも農民団体ではなく、農林水産省主導で作られたものではなかったか。こうした調査手法は、農民団体にとってはありがたいことかも知れないが、受益と負担の均衡の観点からは疑問なしとしない。

特異性その5:調査の過程において公聴会が開かれないこと

日本のセーフガード調査の過程では、アンケート等による関係者からの意見聴取は行われるが、いわゆる公聴会は開かれない。これも、国際的に見て、かなり特異な制度である。たしかにWTO協定上、調査当局は「利害関係者が証拠及び自己の見解を提出することができる公聴会『その他の適当な方法』」を講じればよいこととされているので、日本の制度は協定違反ではない。ただし、種明かしをしてしまえば、ウルグァイ・ラウンドのセーフガード交渉で協定に「その他の適当な方法」という文言を挿入することを強く主張したのは、日本代表団である。そして、その背後に現行制度を守ろうとする大蔵省関税局(当時)の意向があったことはいうまでもない。

まとめ

以上見てきたように、日本のセーフガード制度は、世界的に見てかなり特異である。これは「仕切られた多元主義」のルールの下で、大蔵省や通商産業省がそれぞれの権限の仕切りの中で制度の合理性を追求してきた結果である。個別省庁の利益追求行動が積み重なって、全体としてはかなりおかしな制度となっている。これまでは、日本がセーフガードを本気で発動するつもりがなかったために、このような制度でも破綻することなく均衡を維持することができた。
しかし、現実にねぎ等についてのセーフガード調査が行われた以上、この均衡は破られてしまった。次なる均衡点はどこに求められるであろうか。

1つの行き方は、それぞれの行政官庁が制度の脆弱性を自覚し、セーフガード発動に対する業界団体や政治家の期待値を引き下げるべく誘導していくという方向である。「ねぎ・生しいたけ・畳表ですらあれだけ大騒ぎになったのだから」というのは、一応説得力のある理屈ではあろう。他方で、農民団体や一部政治家は「ねぎ等がうまく行かなかったのは、一般セーフガードを発動しようとしたからだ。中国のWTO加盟議定書には特別セーフガードという特別ルールがあるのだから、今度はこれで行こう」と考え、財務省を動かして対中特別セーフガード発動のための関税暫定措置法改正を画策していると伝えられる。特別セーフガードに関する筆者の考えは別のコラムに書いたのでここでは繰り返さないが、これは極めて危険な発想である。

もう1つの行き方は、日本のセーフガード制度のあり方を全面的に見直し、米国や韓国、台湾の例に倣ったいわばグローバルスタンダードのセーフガード法制を新たに整備することである。これは従前の権限関係の見直しを伴う一大作業であり、勇気と行動力を要する。しかも、模範とすべき完璧なセーフガード法典など世界のどこにも存在しない。上述のように日本法に比べて数多くの優れた点を有する米国通商法201条に基づく調査ですら、WTOのパネルでは常に「協定違反」とされてきているのである。

いずれにせよ前途にはけわしい道が待ちかまえているが、「現状維持」が回答にならないことだけは明らかである。

2002年2月13日

2002年2月13日掲載

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