IT@RIETI

no.41: 「情報通信省」はよみがえるか

池田 信夫
RIETI上席研究員

最近、「掛け声ばかりで中身がない」という批判を浴びることの多い小泉内閣の「構造改革」だが、今年になって新しい動きが出てきた。報道によれば、1月16日の経済財政諮問会議で小泉首相は、総務省と経済産業省の情報通信政策部門を統合して「情報通信省」を創設する構想を表明したという。さっそく霞ヶ関からは反発の声が上がり、福田官房長官は「行革に逆行する」と難色を示したが、「逆行」するような行革って、いつ行われたのだろうか?

行政の改革はこれからだ

情報通信省という言葉が出てきたのは、今回が初めてではない。橋本内閣の行った省庁再編の初期、1997年に行革会議が中間報告で、郵政省(当時)を解体して規制部門を「通信放送委員会」として独立させる案をまとめ、これに対して郵政省が反発して「情報通信省」の設置を打ち出した。行革会議の案は、米国のFCC(連邦通信委員会)のように規制部門を産業振興部門から独立させるもので、先進国では当たり前の制度である。ところが、これは二転三転したあげく、郵政省が丸ごと自治省(当時)と合体して総務省になるという不可解な結果に終わった。

いわば世界の常識を霞ヶ関の非常識がつぶしたわけだが、せめて情報通信部門を統合すればよかったのに、郵政省が通産省(当時)の傘下に入ることを恐れたため、結局、通産省も経済産業省と看板をかけかえただけに終わってしまった。当時、行革会議の事務局をつとめた関係者によれば「もともと省庁再編は、情報通信の股裂き状態を解消するために通産省が仕掛けたのに、土壇場になって郵政省が自民党の族議員を使って巻き返すと、通産省も腰が引けてしまった」と嘆いていた。

日本の会社で「リストラ」と称して進められているのも、経営陣の交代や不採算部門からの撤退といった根本問題には手をつけないで、乾いた雑巾を絞るように「経費節減」や「人べらし」を繰り返し、余剰人員を子会社に移して「新規事業」をさがすといった組織いじりだ。アルフレッド・チャンドラーの「組織は戦略に従う」という有名な経営の原則とは逆に、日本では「戦略が組織に従う」のである。その原因は、何を残し何を捨てるかという戦略がないからだ。

2001年に実施された省庁再編は、従来の役所を合併して1府21省庁を1府12省庁に減らしただけで、行革の名には値しない。行革の目的は役所の数を減らすことではなく、不要な仕事から政府が退場することであり、そのためにまず必要なのは、政府とは何をする機関なのかという目標を明確にすることだ。行政の本質的な改革は、これからである。

霞ヶ関にも「モジュール化」が必要だ

行革会議でも議論されたように、日本はもう発展途上国ではないのだから、産業振興の官庁は必要ないし、民間でできるサービスを政府が供給する必要もない。政府の役割は、最小限度の規制と競争政策に縮小すべきである。とくに通信・放送インフラには旧国営企業や免許事業者が多く、「社会主義」色が強いので、これを「市場経済化」することが最大の課題である。このためには、情報通信省よりも「情報通信委員会」のような独立行政委員会にしたほうがよい(放送は通信の一種なので、区別する意味はない)。

こういうとき、改革に抵抗する勢力の最大のよりどころは、「行政の一体性」だが、その背後には「組織防衛」という本音がある。「数は力」というのは、政治力という点では正しいかもしれないが、弱体化した巨大組織の規模をいたずらに維持することは、かえって体力を低下させる。とくに霞ヶ関の最大の危機は、官庁は後ろ向きの仕事ばかりやっているという印象が強くなり、かつてのようにもっとも優秀な若者の集まる職場ではなくなってきたことだ。

構造改革が掛け声どおり進まないのも、戦後60年の歴史のなかで形成された複雑な官民関係のなかで、だれもが利害関係者になって自由に動けなくなっているためだ。省庁再編でできた独立行政法人も、RIETI以外は「役所の付録」だと思われている。組織は別でも、「本省」と出向などの人的関係でつながっていて、逆らえないからだ。役所と同じことしかいわない研究所というのは、無駄である。役所が結論を知っているのなら、役所がやればよい。

政策は官庁のエリートがすべて決め、国会も審議会も研究機関もその結論を追認するだけという日本の意思決定システムは、高度成長期には機能したかもしれない。公平に見て、日本の官僚は優秀で清潔である。しかし問題は、とくにITの世界では、彼らの処理能力をはるかに超える速度で大量の情報が流通しているということだ。おまけに二つの官庁の役割が重複していて、意思決定にいちいち縄張り争いがからむようでは、とても国際競争にはついていけない。

ここ10年、IT産業で起こった最大の組織革新は、業務が「モジュール化」され、組織が「水平分業」型に再編成されて、急速な変化に対してモジュールの組み換えで柔軟に対応するしくみができたことである。いま日本の官庁や特殊法人に必要なのも合併ではなく、むしろ機能ごとに独立したモジュールに分割することだ。人事も別にして民間から採用し、実績を事後評価して、不要ならつぶせばよい。情報通信省(あるいは情報通信委員会)によって、官庁が率先して組織をモジュール化し、戦略に従って組織を再編すれば、日本企業のお手本になるだろう。

2004年1月21日

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2004年1月21日掲載