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no.31: インターネット時代の電子データ交換(EDI)推進政策

泉田 裕彦
岐阜県新産業労働局長

現在は、業務で、頻繁に電子メールにファイル添付を行ったり、プライベートではオンラインショッピングに日常的に接している人も少なくない。いつでも、どこでも世界中のWebSiteにアクセスできるインターネット時代に、「電子データ交換(EDI: Electronic Data Exchange)」というと、何を言いたいのだろうこの人は?という印象さえ惹起させる。EDIは、それほど死語と化してしまった。しかし、国際貿易に関わる情報を筆頭に、ビジネスでは、依然として大企業を中心に現役で使われている重要な情報交換手段となっている。このことが、インターネット時代のデータ交換の障害となっている。特に、世界とは異なる独自標準を採用している日本の問題は根深い。

世界と日本でのEDIの発展過程

世界のEDIは、1968年にアメリカ運輸協会(TAA)が、固定長でのデータ交換を研究・開発を行ったことに始まるが、本格的に普及し始めるのは、1975~1981年にかけてである。米国では、運輸業界を皮切りに、可変長TDCC(Transportation Data Cordination Committee)標準が制定され、次いで、欧州において、TDI(Trade Data Interchange)が制定されたことが普及の原動力となった。 その後、EDIは、国際的にはANSI (American National Standards Institute)X12が制定され、流通・自動車業界といった幅広い業界に広がり、1987年国連で、可変長の標準EDIであるUN/EDIFACTが制定されて、国際標準が確立した。現在では、国際貿易ではなくてはならないものとなっている。

日本のEDIは、欧米に数年遅れて、1980年にチェーンストア協会で納品書等取引伝票標準化の手順が、次いで、1983年に固定長標準EDIである全銀手順が制定されて、EDI普及が本格化する。

その後を大局的に評価すれば、欧米では、国際標準に収斂していったのに対して、日本では1989年に、政府と(社)日本電子機械工業会(EIAJ)が主導して(財)日本情報処理開発協会に設置された産業情報化推進センターによるCII(Center for the Information of Industry)標準を制定*1し、独自の道を歩むこととなった。この結果、企業内でしか使えない独自標準に加えて、国内標準のCII*2、国際標準のUN/EDIFACTが乱立することとなった。

日本標準EDIがもたらしたもの

日本が独自の道を進むことになった背景の一つとして、日本語処理の問題が影を落としている。国際標準であるUN/EDIFACTでは、当然のことながら、データエレメント*3に漢字、カナ、英語といった区別を導入することはない。

一方、日本標準であるCIIでは、データエレメントとして、漢字、カナ、英語を区別して定義している。例えば、CIIでは、「0003」番は、「配達先(漢字)」を意味させることとし、「0004」番は、「配達先(カナ)」を意味させるという具合である。一方、UN/EDIFACTでは、交換見出し(UNB)で文字コードを指定する。例えば、UNOA:ISO646 とすれば、(英文字-大文字)といった具合*4である。

また、日本標準は、作成及びメインテナンス方法の問題もある。標準作成の専門家を交えることなく、業界ごとに実務家中心で構成する委員会で様々な会社の要望を、「脈絡なく」受入れてきた。その結果、日本では、業界横断的な 標準(X12の800番台に相当するもの)が構成できず、ますます標準が多様かつ複雑になってしまった。このように、CIIは、必要な要素をモジュールにすることなく、「日本的な」作り込みをした構造となっている。このため国際標準と日本標準(CII)では、データ構造が異なり、簡単にデータ交換ができないという問題を抱え込んでいる。

「レガシーEDI」を導入するには、スキルを持った専門要員を確保する必要が生じたり、EDI標準に合わせて、現行の基幹業務システムを修正する必要が生じている。このように世界的に見てもEDI導入の目的とは、本末転倒な現象が生じているが、日本では独自の標準が乱立していること、国内標準のCIIが前述のように「芸術的」な作り込みとなったことから、この傾向が特に著しく、EDIの導入に多額の資金が必要となる。コストをかけてEDIを導入しても、その後「取引先(接続先)が増えた」「EDI規約が変わった」「EDIソフトが改訂された」など変化が起きるたび、自社システムの改訂が必要になるため、維持コストもかさむ。

このような費用は、取引頻度や取引単価が低いと投資コストを回収することが困難となる。結果的に、2002年のトラック協会の調査によれば、資本金3億円以上の大企業では、EDIは、86%の普及率となっているが、圧倒的に多数を占める中小企業での導入が進まず、全体では14%の普及率に留まっている。ある意味当然の結果であるが、実際の取引では、電子取引と紙での取引と二重の作業を余儀なくされることとなり作業の効率化というEDIの導入目的は達成されていない。

時代に取り残された大臣指針

1986年にIPA法を改正した「情報処理の促進に関する法律」が施行された。この法律は、インターネットが普及する前の世界を前提に、電子計算機は従来の単体としての利用から、企業内そして企業間へと相互にシステム化された連携・共同利用へと進みつつあるとの認識の下、相互運用性(インターオペラビリティ)の確保された業界内情報システムや業界共同データベースの構築に際し、業界内のコンセンサス形成の促進を図るという目的を追加したものでる。そして、この目的を実施するために、具体的にEDI標準を規定した大臣指針を出すことにしている(第3条の2)。例えば、「国内陸上貨物取引及び輸送・保管分野における連携指針」がある。

この中では、「システム更新の機会等をとらえ、順次CII標準への移行を図るよう努める」と国内標準であるCIIをEDI標準として使うことを「勧告」している。

インターネットや国際標準を知らない時代で時が止まったかの様相を呈している連携指針に基づき、CII標準を普及する組織が温存され、予算措置も続けられているのである。また、CIIはJIS化されており、EDIを取り巻く環境が変化したことを、認識しにくくしている。

対照的に、国連では、CEFACT(Centre for Trade Facilitation and Electronic Business )を組織して、ビジネスプロセスを反映したコアコンポーネントの標準化作業を進めている。この作業の結果は、ebXMLとして、インターネット時代に対応した次世代の電子データ交換の国際標準の中核を構成するものとなるのである。

日本は、電子政府を構築して、世界の中での競争力を確保していくという政策を進めているはずである。しかしながら、世界で通用しない国内標準の普及が国策として推進*5されているのが現実である。

まとめ

最近、筆者は、医療カルテ、検診や介護記録の電子化を進め、テーラーメイドの情報を提供する健康サービス産業の創造事業に取り組んでいる。高齢化社会を目前に控え、これらの情報を経済メカニズムを活用し、国民の健康を維持するとともに膨張を続ける医療費を抑制するという一石二鳥を狙った施策である。しかしながら、現実には、医療・検診情報の共有を進めようにも、その標準が、臨床検査データ交換規約、MML(Medical Markup Language)、HL7(Health Level7)、DICOM(Digital Image and Communications in Medicine)に加えて国内規格のJ-MIXといったように乱立しており、医療機関等の電子データ交換が進まない一因となっている。改めて、標準政策の重要さを実感している。

インターネット時代のデータ交換は、その親和性の違いから、レガシーEDIではなく、XML中心に進めるべきことは、議論の余地はないだろう。政府は、国際標準の採用を積極的に進めるべきであることは当然だが、国内の事情を国際標準に反映させるべく必要な施策を推進する必要もある。UN/CEFACTでの作業等、国際標準を策定するのに不可欠な国際会議に一部の専門家が自費で参加しているような状況は改める必要がある。日本だけ標準が乱立し、情報交換がコスト高になるという事態は避けなければならない。政府は、自ら標準を作れるという幻想を捨て、国際標準化活動に対する支援策を拡充すべきである。

2003年10月29日

脚注

  • *1 現在、関連業務は、(財)日本情報処理開発協会電子商取引推進センター(JIPDEC)、EDI推進協議会(JEDIC)、電子商取引推進協議会(ECOM) の3団体へ引き継がれている。
  • *2 JISにも制定された国内の実質的なEDI標準。CII標準採用業界は20業界、EDI実施の際に必要な標準企業コードの登録は約5,200社。(平成11年6月30日現在)。標準企業コードの登録企業のおよそ8割は、電子機器業界関係の取引企業である。
  • *3 XMLの世界では、コアコンポーネントという概念が該当する。
  • *4 この考え方は、ebXMLでも同様で、メッセージの冒頭で文字コードを宣言する。
  • *5 BPID(CII標準メッセージを開発している機関・グループ等にユニークに付与する記号)の一つであるJTRNの普及促進を2001年7月の新総合物流施策大綱で閣議決定し国策として推進している。

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2003年10月29日掲載