第1回
アメリカ同時多発テロに思う
第2回
中国は、脅威かチャンスか
第3回
ブルネイからの衝撃:東南アジア政策を巡って
第4回
グローバリゼーション時代の外交:NGOとの対話
第5回
外務省問題に思う
第6回
瀋陽総領事館事件に思う
第7回
経済協力は何を目指すべきか(その1)
第8回
経済協力は何を目指すべきか(その2)
特別編第1回
日本の「声」をPRSPへ:ベトナムでの新しい試み
特別編第2回
対ベトナム経済協力の新時代
特別編第3回
ベトナムのSARS制圧:日本の支援の果たした役割
特別編第4回
援助協調の新時代:ベトナムにおける日英協力の始動
特別編第5回
援助協調の新時代:ベトナムにおける日英協力の進展
特別編第6回
ベトナム・カントリー・レポート第1回:新世代の国別援助計画、発進
特別編第7回
ベトナム・カントリー・レポート第2回:日本の「声」をPRSPへ:ベトナムでの成果
特別編第8回
ベトナム・カントリー・レポート第3回:投資環境整備へODAを活用:日越共同イニシアティブ
特別編第9回
ベトナム・カントリー・レポート第4回:援助効果向上に向けて:最前線での模索
一国の他国に対する外交政策は、結局は、自国の利害と相手国の利害との調整の問題となる。この相互の利害の調整のあり方については、両国の関係次第でさまざまな形があろうが、日本の対東南アジア外交についていえば、東南アジア諸国が真の意味で日本に期待していることに対し、真剣に応えることによって信頼と強い絆を作っていくことが日本にとって最もよいとの構造にあるようだ。福田ドクトリンの成功は、そのよい例である。福田ドクトリンの際、ASEAN諸国側の期待を「連帯と強靱性の強化への支援」という形で捉えたが、今日において、東南アジア諸国が日本に対し真に期待しているのは、どのようなことであろうか。4つの視点が思い当たる。

第一は、日本が元気になることである。財政、金融面でのありとあらゆる手段を講じ、また、構造改革に取り組んでいても、景気の立ち直りの兆しが見えないことは、東南アジアとの関係以前の日本自身にとっての大きな問題である。「東南アジアとの関係」という要素を入れることによって、日本の政策判断が異なってくるわけではないだろう。しかし、日本の経済の立ち直りは、東南アジアとも大きな関わり合いがある。日本の経済の活性化のためには、ビジネスの自由な展開を制約する阻害要因を除去していかなければならない。それには、規制緩和、市場開放、構造改革、更には、労働市場の開放といった形態をとることが考えられるが、これらは、近隣の東南アジア諸国にとって、新たなビジネスチャンスが生まれることを意味するし、日本とこれら諸国との間の相互依存関係が新しい段階に進む可能性を開くことになる。また、日本経済の足を引っ張っている最大の問題たる不良債権問題については、東南アジア諸国においても金融危機によって、同様の問題をかかえた国も少なくない。日本が不良債権問題について道筋をつけることは、これらの諸国に対する「知的貢献」となりうるのである。

第二は、日本との経済関係を強化するための新たな枠組み造りを構築したいとの期待にどう応えていくかである。世界的に、地域統合に向けての大きなうねりが進む中、日本は、シンガポールとの間で経済連携協定締結に向けて討議を重ね、実質的に妥結に至ったところである。これは、モノの貿易を中心とした従来の自由貿易協定の枠を超えた、制度面でのハーモナイゼーションや各種協力を取り入れた新時代の経済連携を目指したものであるが、東南アジア諸国の間には、日本との間で経済関係を強化するための新たな枠組みを期待する声がある。この11月にタイのタクシン首相が訪日した際、日・タイ自由貿易協定ないし経済連携協定の検討を提案してきた。このような期待の声に応えていくことは、東南アジア諸国との関係での意義も大きく、また、日本にとっても多大なメリットがある。

第三は、東南アジアが成長のためのダイナミズムを持った経済センターであり続けるために、即ち、資金と技術が流入して産業構造が高度化していくために何ができるかである。この点については、中国の台頭によって、論点が一層明確となってきた。一般に、企業が海外の投資先を考える際に考慮に入れるのは、「人材・労働力の供給」、「部品の供給」、「各種インフラ」、「政策の透明性と安定性」とさまざまな側面がある。これらは、その国で自生的に産業が発展する際にも重要な条件であるが、多くの識者が指摘するように、中国と東南アジアの比較をすると、東南アジアに軍配が上がる項目としては、「政策の透明性・安定性」があるが、その他の項目、特に、「人材・労働力の供給」、「部品の供給」については、近年、中国のレベルが急速に高まり、東南アジアへの評価が低くなっていると見られる。このような状況にあって、東南アジア諸国として何ができるかを考えると、「長所を伸ばし、短所を補う」ことが挙げられる。具体的にいえば、ガバナンスの向上などによって、「政策の透明性・安定性」を高め、もう一方で、「人材・労働力の供給」、「部品の供給」、「インフラ」についてレベルアップを図っていくことである。これらについては、日本も、従来から、さまざまな協力を行ってきているが、これを再度、産業構造の高度化による成長のためのダイナミズムの維持・強化という視点から取り組みを強化することが考えられる。これは、多くの日本企業にとっても、大きなメリットをもたらしうる問題である。

第四に、「安定」の観点から「強靱性」への支援という視点をもう一度見直してみることである。前述したとおり、1977年当時、このテーマが重要なものであった背景として、インドシナの共産化があった。これは、当時のASEAN各国にとって、体制の生き残りを賭けた問題であって、この当時に比べれば、ASEAN諸国にとっての課題が多様化していることは紛れもない事実であろう。東南アジアの安定の観点からすれば、「ASEAN10」への拡大の後、「CLMV」と呼ばれるカンボディア、ラオス、ミヤンマー、ベトナムの新参組の古参組との格差の問題がASEANの抱える深刻な問題とされている。一方、ASEAN古参組が「安定」の観点で課題を抱えていないというわけではない。開発独裁の時代が終わり、政治の民主化が進む中、これをどうやって国内の安定につなげていくのかが大きな課題となっている。強権のタガがはずれたところで、噴出してきているかに見える、宗教、民族、地域の紛争にどう取り組むのかが問われている。経済面では、アジア通貨危機によって多かれ少なかれ痛んでしまった国内経済はまだ傷が治りきっていないし、貧困層もまだまだ少なくない。このように、強靱性というテーマは、文脈こそ違え、過去のものではない。貧困の削減、地方分権への対応、ガバナンスの強化などによる「強靱性」の強化は大きな問題であり、経済協力などを通じて日本が果たしうる役割は小さくないと考えられる。98年のインドネシアでの危機が示したように、東南アジア諸国の国内社会の安定は、日本経済にとっても、大きな関わりのある問題である。
 
このようにASEAN側からの期待がどこにあるかを見てきたが、これら4点を見てみると、いずれも日本自身にとって重要なテーマであることに気づかされる。それは、ASEANの安定と繁栄が日本にとって重要な命題であるからである。日本にとってASEANの安定と繁栄が重要であることは、福田ドクトリンの当時から変わるところはない。しかし、それらの持つ意味合いを考えると、25年の時間を経た変化は確かにある。ASEANの安定と繁栄は、日本にとって、政治・安全保障の面においても、経済の面においても関わりを持つが、かつては、それは、隣接地域の不安定化がもたらすマイナスの影響にどう対処するかという問題であった。それが、今では、自らの安定と繁栄に直結した問題となっている。日本は、25年の間に著しい経済発展を遂げたかもしれないが、高コスト構造と飽和した国内市場を内に抱え、経済体質は脆弱なものとなった。この間、対外的な相互依存関係はますます高まり、どうやって外の世界と関わっていくかが、今後の日本経済が活力を取り戻していく上で、極めて大きな要素となっている。東南アジアの安定と繁栄は、今や日本にとって自らの経済の活力に関わる重要な問題なのである。このようなことからすると、日本と東南アジア地域の双方にとって、プラスサムの経済的な相互依存関係をより発展させていくことこそ、目指すべき方向なのではないかと思われる。

そう考えてくると、先に述べた今後の対ASEAN外交を巡っての3つの論点についての回答も、とりあえず明らかになったような感がある。
福田ドクトリンの妥当性についていえば、その基本的考え方のうち、東南アジアに積極的に関わっていくという外交スタンスについては、変わるべきものではないし、「心と心の触れあい」、「対等の協力者」というう「目線の方向」と「関係の在り方」も永遠の課題といえるだろう。東南アジアとの間で取り組む政策課題としてして何を選択するかについては、新たな状況の中で捉え直す必要があろうが、東南アジア諸国が真の意味で日本に求めていることに対し、真剣に応えることによって信頼と強い絆を作っていくことを指向していくという基本方針は変えてはならないであろう。中国の台頭については、きちんと押さえた上での外交方針が必要であるが、ASEAN諸国が東アジアの地域情勢の中で日本に期待することは何か、日本が地域情勢の中でどのような課題を持ち、東南アジアの期待にどう応えることができるかの中でとらえていく問題であろう。

残る問題は、日本が東南アジアとの間でどのような問題を政策課題として選択するかであるが、これが即ち、日ASEAN関係のグランドデザインをどう構想するかとの問題そのものであろう。上記に述べてきたことからすれば、制度面において経済連携のための枠組みの構築を進め、実体面において日本経済の活力を取り戻すとともに東南アジア諸国の産業の発展や社会の強靱性の強化のために支援をすることによって、プラスサムの経済的な相互依存関係をより発展させていくことをその核に据えるべきということになるのではないか。

次の段階で求められるのは、そのために具体的にどのような行動をとることができるかである。他国との関係において重要なものは何かをきちんと把握するために必要なのは知的構想力であるが、それに対応するために必要なのは国としての総合的な力である。今、試されているのは、その双方である


北野 充
KITANO Mitsuru

経済産業研究所
コンサルティングフェロー
(2004年3月31日まで在職)

外交再点検

日本は変わっていかなければならない。経済も、社会も。これまでの暗黙の前提を何も考えずにそのまま実行する時代には終止符を打たなければならない。世界は動いている。変化のスピードはますます速くなっている。グローバリゼーションが進展し、外交のプレーヤーも多様化している。「外交問題」のアジェンダも変わってきている。中国をはじめとして、アジアも変化している。日本とアジアとの距離感も変わってきている。日本の状況とは関わりなく、危機管理を要する緊急事態も発生する。そうした中、日本の外交についても、再点検をしてみたい。世界の変化の底流には何があるのか。日本が世界と向き合う際の立脚点をどこに求めるべきなのか。今まで見過ごしてきたものはないのか。こうした課題に焦点を当てながらしっかりと再点検してみたい。
 
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