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no.37: お話しのできるお役人―政策の戦略

田中 良拓 国際大学GLOCOM客員研究員/(有)風雲友代表取締役

筆者は、12月4日開催のRIETI政策シンポジウム「ブロードバンド時代の制度設計II」に参加したが、このシンポジウムは多くの意味で有意義なものであった。その中で一番筆者の心を打ったのは、シンポジウムにお話しのできる電気通信行政に携わる総務省のお役人が2人も参加したことであり、同時にこれがシンポジウム成功への大きな要因の一つだったと思っている。1980年代のVAN戦争までさかのぼる根の深い郵政vs.通産の歴史を考慮すると、独立行政法人といえどもRIETIという経済産業省系の研究所が開催するシンポジウムに、評価者としての一般聴衆が目の前にいる前で、国内外の有識者と討論をするためにお役人が参加した。今までは、電気通信政策分野では―特に電波政策では顕著だが―、上意下達の形でお役人が一方的に聴衆に説明するだけの一方向型会合か、お役所にいい顔をするだけで本当の議論をしない参加者のみが参加している会合にしか、お役人は参加しなかった。この意味で今回のような形でのお役人の参加は初めてだと思う。読者はあまりこの出来事にピンと来ないかもしれないが、実は、この能力「お役人がお話しできること」は、電気通信政策のみならず、これからの政策決定におけるキーワードであるはずなので、本稿では、この能力について簡潔に論じてみたい。

お話しができるということ

霞が関のお役人には、受験戦争でエリート街道を通ってきた人ばかりがなるものだから、さぞかし彼らは優秀かと一般人は思うかもしれないが、実は、「お話しができるか」という点からすれば、彼らの大部分ができない人である。電気通信政策分野を見ても、本当の議論を一般聴衆の前でできる総務省のお役人は何人いるかと知っている顔を思い出しても、その数は本当にわずかである。

筆者も以前総務省(旧郵政省)に在籍していたが、在籍中に米国留学したとき、授業でくりひろげられる討論に最初はついていけなかった。英語が母国語でないこと以上に、大勢の評価者がいる前で自分の意見を話すということが怖くてできなかったのである。要するに、間違ったことやとんちんかんなことを言えば、みんなに馬鹿にされるだろうと思うと怖く、相当自信のあることがテーマの場合か、相当お話の仕方を知っている人以外は討論に参加することができないということを認識したのである。要するに、筆者もお話しができないお役人だったが、その認識を当時はしていなかったということである。

エリートお役人は2~3年毎に人事異動するため業界知識を持つにも限界があり、ノンキャリと言われるエリートではないお役人は組織内で徹底的に抑圧されているという霞ヶ関のお役人の現実に、間違ったことは絶対言えないというお役所完璧主義がかけ合わせられると、本当の議論を一般聴衆の前でできる「お話しができるお役人」は、突然変異でもない限り、どこにも存在しないのである。そして、「お話しができる人」を優秀という尺度で考える欧米人から考えると、お役人に対して、お世辞にも優秀という評価をすることはできないということになる。

お役所の戦略

ンポジウムには、米国の電気通信主管庁である米国連邦通信委員会(FCC)から、ペッパー局長が参加していたが、彼は典型的な「お話しができるお役人」である。彼の場合、1980年代後半からFCC高官の職についており、前述した表現で言えば、電気通信政策の知識に相当自信があり、同時にお話の仕方を知っている人である。しかしそれ以上に、彼がどうしてそのようになることができたかという点をもっと理解する必要があると思う。

FCCは最近組織改編したので彼の肩書きも微妙に変わったが、彼の仕事は電気通信政策研究とFCCの戦略設計である。要するに、彼は、日々の業務をこなすような部署には属していないが、実は、このような部署や人材は、総務省の電気通信政策部門には存在しない。強いて言うならば、前者の電気通信政策研究は、今年4月に新設された総務省情報通信政策研究所(以前の郵政研究所の情報通信研究機能を引き継いだもの。)で行うはずかもしれないが、全く機能しておらず、後者の組織としての戦略設計に至っては、該当部署や人材は、総務省の電気通信政策部門のみならず霞ヶ関のどの官庁にも存在していないと思う。

違う表現をすれば、シンポジウムに参加した2人の総務省のお役人(竹田電波部長と鈴木国際経済課長)は、日々のいわゆる行政事務をこなしている人たち―日本式に言えば、ラインマネージャー―であり、ペッパー局長のように、日々の業務を離れて中長期的な活動をする立場に置かれている人ではないのである。この議論をさらに延長すれば、日々の業務をこなしている人に、中長期的な視点から政策研究なり組織の戦略設計をしろといっても無理なはずだが、そのような人材しか日本にはいないから、ペッパー局長には歯が立たないのである。いままでは、歯が立たなくて怖いためにお役人は“まともな”会合に参加しなかったということを考慮すると、今回の2人のお役人は非常に立派である。

なにしろペッパー局長は、今回シンポジウムに参加するためだけに東京に来てワシントンにとんぼ返りしたが、彼は、1995年5月から2003年2月の9年間で、シンポジウム等に外部から招待されてワシントンを離れて旅行した回数だけで104回ある。(詳細は、http://www.openairwaves.org/telecom/report.aspx?aid=15を参照のこと。)そして、FCCでの彼の役割は、FCCが業界のことを理解することと、同時に業界がFCCを理解することであるため、上のように日々精力的に活動しているわけで、これと同じだけの能力や経験を、上の総務省のお役人に求めることは不可能である。

しかし、この議論でわかるとおり、政策の戦略設計をする部署や人材が霞ヶ関にはないということを理解することは非常に重要である。なぜなら、政策立案すること自体にも戦略がないと、全く整合性のないとんちんかんな政策が次々と出てきてしまうが、残念ながら、それが今の霞ヶ関なのである。

戦略的な政策

ペッパー局長は、戦略的に政策立案をした例を、シンポジウムで少しだけ説明してくれた。2002年2月に、米国の電波政策を抜本的に見直すための電波政策特別検討グループ(Spectrum Policy Task Force: SPTF)が発足し、SPTFは電波政策の抜本的改革案を描いた報告書を同年11月に発表した。このSPTFの議長に就任したのが、国防総省から招聘されたコロッジー博士であるが、ペッパー局長の声を借りれば、「コロッジー博士は、国防総省で行われている電波関係技術の研究とその方向性を全て理解しており、彼は、職務上の秘密のため他人には言えないこれらの研究を考慮した上で報告書を作成した」のである。米国でも職務で知りえた秘密を公務員は開示してはならない―国防機密ならばいうまでもない―が、電波関係技術で世界の先端を突き進む国防総省の研究成果から将来民生化される技術の可能性を理解することなしに、中長期的に電波政策の戦略を作成することはできないと判断し、コロッジー博士を招聘することで間接的にこの秘密を政策に取り込んだのである。どおりで、SPTF発足前には聞いてもいなかった新政策がSPTF報告書には登場し、それが実行に移されようとしているわけである。

これに対して、竹田部長は、日本の電波政策の抜本的改革を描いた、2003年7月総務省発表の電波開放戦略をシンポジウムで説明した。竹田部長は、総務省の職員は既に発表されていたSPTF報告書を一生懸命勉強し、その上でこの電波開放戦略を作成したと述べていた。

さて、読者のみなさんは、どちらの“抜本的な”政策が戦略的であり、その結果、中長期的に実のある可能性の高い電波政策ひいては電波利用社会になるとお考えだろうか?

2003年12月10日

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2003年12月10日掲載

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