中国経済新論:実事求是

グローバル不均衡を如何に是正するか
― 鍵となる中国の消費と米国の貯蓄の拡大 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

グローバル不均衡の拡大は、世界経済の不安定要因になると懸念されてすでに久しいが、サブプライム問題に端を発した今回の世界金融危機で現実のものとなった。グローバル不均衡の中心は、米国の貿易赤字と中国の貿易黒字である。前者は主に米国における貯蓄不足(消費過剰)、後者は主に中国における貯蓄過剰(消費不足)を反映している。これを是正していくためには、米国における消費の抑制と中国における消費の拡大が欠かせないが、昨年9月のリーマンショック以降、こうした兆しがようやく見え始めている。

米中を中心とするグローバル不均衡

グローバル不均衡を考える際、米国の貿易赤字とともに、巨額に上る中国の貿易黒字も問題視されている。2008年の米国の貿易赤字と中国の貿易黒字(いずれも通関ベース)は、それぞれ8162億ドルと2955億ドルに達している。米国の貿易赤字のうち、対中の分は全体の32.8%に当たる2680億ドルに上り、2000年以来、中国は日本に取って代わって米国の最大の貿易赤字相手国となっている(図1)。

図1 対中国を中心に拡大する米国の貿易赤字
図1 対中国を中心に拡大する米国の貿易赤字
(出所)米国の通関統計より作成

貿易収支にサービス収支と海外からの要素所得収支、移転収支を加えた経常収支で見ても、近年の米国の赤字と中国の黒字の急拡大が好対照となっており、2008年にはそれぞれ6733億ドルと4261億ドルに上っている。2006年以降、中国は日本を抜いて、世界最大の経常収支黒字国となった(図2)。

図2 日米中の経常収支の推移
図2 日米中の経常収支の推移
(出所)中国は『中国統計摘要』2009年版、日本と米国はInternational Monetary Fund, World Economic Outlook Database, April 2009より作成

経常収支は概念的に、GDPベースの国内貯蓄(GDPから消費を引いたもの、但し消費と貯蓄には民間だけでなく政府の分も含まれている)から国内投資を引いた純輸出(外需)とほぼ一致している()。中国と米国の経常収支の不均衡の急拡大も両国における貯蓄―投資のインバランスの拡大の表れとして捉えることができる(図3)。対GDP比で見て、中国の国内貯蓄比率と国内投資比率は2000年以降ともに上昇傾向にあるが、貯蓄比率の上昇ペースが投資比率のそれを大幅に上回っているため、経常収支黒字の対GDP比は急上昇し、2008年には9.8%に達している。一方、米国の国内投資比率は20%前後を維持してきたが、国内貯蓄比率の低下を反映して、経常収支赤字の対GDP比は2008年には4.7%に上昇している。

図3 中国と米国の貯蓄-投資バランスを反映した経常収支の推移
図3 中国と米国の貯蓄-投資バランスを反映した経常収支の推移
(注)経常収支≒貯蓄-投資
(出所)中国は『中国統計摘要』2009年版、米国はInternational Monetary Fund, World Economic Outlook Database, April 2009より作成

このように、中国における貯蓄比率の上昇(=消費比率の低下)と米国における貯蓄比率の低下(=消費比率の上昇)は、両国を中心とするグローバル不均衡の拡大の最も重要な原因だと言える。実際、2008年の主要国の貯蓄比率を比較してみると、米国が最も低いのに対して、中国が最も高くなっており、逆に消費比率は米国が最も高く、中国が最も低くなっている(図4)。

図4 主要国の貯蓄と消費の対GDP比の比較(2008年)
図4 主要国の貯蓄と消費の対GDP比の比較(2008年)
(注)消費には民間だけでなく、政府の分も含まれている。
(出所)中国は『中国統計摘要』2009年版、他の国はInternational Monetary Fund, World Economic Outlook Database, April 2009より作成

米国発金融危機の原因とされる米中を中心とするグローバル不均衡

米国と中国を中心とするグローバル不均衡の拡大は、サブプライム問題に端を発した今回の世界金融危機の原因の一つとして注目されている。

まず、バーナンキ・米連邦準備制度理事会(FRB)議長は、FRBの理事をつとめた2005年に、米国の経常収支の悪化は米国人の貯蓄不足(消費過剰)のためではなく、中国をはじめとする外国の貯蓄過剰のためだと主張していた。その根拠として、(米国の)貯蓄不足は世界の金利上昇要因になる一方で(外国の)貯蓄過剰は世界の金利低下要因となるが、実際、米国の貿易赤字の拡大は、世界の金利低下と同時進行していたことを挙げている。その上、それに伴う米国への資金流入は、不動産バブルの膨張を助長していると、警告を発していた("The Global Saving Glut and the U.S. Current Account Deficit," Remarks by Governor Ben. S. Bernanke at the Sandridge Lecture, Virginia Association of Economics, Richmond, Virginia, March 10, 2005)。

また、2009年1月1日付の英紙「フィナンシャル・タイムズ」のインタビューにおいて、まもなく任期を終えるポールソン・米財務長官が、今回の国際金融危機の原因の一つは、中国など、新興国の高い貯蓄率が世界経済の不均衡を呼び、米国に溢れた資金が米国の投資者に高いリスクの資産を買わせることにつながったことにあるとの見方を示した。

これに対して、温家宝総理は2009年2月1日付の「フィナンシャル・タイムズ」のインタビューにおいて、次のように反論した。「今回の金融危機の引き金は、ある経済体(名指しを避けながらも、明らかに米国を指す)自身が、主として長期の双子の赤字と借金に頼って高消費を維持するという、深刻な不均衡に陥ったことにある。一部の金融機関に対しては、長期に有効な監督管理を行わなかったため、彼らは高いレバレッジをかけて投資し、巨額な利益を獲得したが、いったんバブルが崩壊すると、世界はその災難にさらされることになった。」また、「借金に頼って過度な消費をしている者が、彼に金を貸している人を逆になじるというのは、是非を顛倒しているのではないか」とも発言した。

このように、危機の責任は貸手の中国にあるか、それとも借手の米国にあるかについて、立場によって見方が分かれている。しかし、米国と中国の貿易不均衡が危機の重要な原因の一つであり、その是正が危機再発防止のために不可欠であるという点について、経済学者の間ではコンセンサスが形成されつつある。

不均衡の是正に向けて

貯蓄―投資バランスという考え方に従えば、グローバル不均衡を是正するために、黒字国である中国には投資比率を上げる一方で貯蓄比率を下げること、逆に赤字国である米国には投資比率を下げる一方で貯蓄比率を上げることが求められている。しかし、中国の投資比率は世界的に見て非常に高い水準に達しており、これ以上上げると投資効率の低下が避けられない。一方、米国では投資比率を下げると、成長の維持は困難となる。結局、米中を中心とするグローバル不均衡を是正していくためには、中国の貯蓄比率を下げる(=消費比率を上げる)一方で、米国の貯蓄比率を上げる(=消費比率を下げる)という組み合わせが最も望ましい。

今回の世界的金融危機をきっかけに、このような調整はすでに始まっている。米国では、不動産や株といった資産価格が急落し、家計が債務返済を迫られる中で、民間消費、ひいては輸入が大幅に落ち込んでいる。米国の貿易赤字は2008年10月以来、前年の水準を下回るようになり、今年の上半期には2169億ドルと、前年比46.6%減少している。その中で、対中赤字は昨年同期の1186億ドルから1031億ドルに縮小している。これに対して、中国では、資産価格の上昇に支えられて、消費が比較的堅調に推移していることを背景に、貿易黒字は昨年1-7月の1237億ドルから今年1-7月には1075億ドルに縮小している。石油価格がこの一年間大幅に低下していることを考えれば、石油を除くと、貿易収支の黒字の低下傾向がいっそう鮮明になる。

資産価格の変動に加えて、人民元をはじめとする主要通貨の対ドルレートの調整も貯蓄―投資バランスの改善を通じて、グローバル不均衡の是正に寄与するものとして期待される。2008年9月のリーマンショック以来、ドルは「避難通貨」と見なされ、資金の米国への流入に支えられて、ドルの主要通貨に対する実効レートが堅調に推移している。中国も危機対策の一環として、為替政策の重点を対ドル安定に据え置くようになった。しかし、米国の経常収支赤字が依然として大きいことから、今後、ドルが再び下落の圧力にさらされることになろう。ドル安が進行すれば、米国では輸入価格が高まり、国民の実質収入が減少するため、消費も抑えられることになる。その一方で、中国をはじめ、米国の貿易相手国では、米国からの輸入が安くなり、国民の購買力が高まるため、消費が増えるであろう。

グローバル不均衡の是正に向けての調整はまだ始まったばかりである。米国において消費の低迷が中長期にわたって続くと予想される中で、世界経済を牽引する新しいエンジンとして、中国への期待がますます高まってきている。

2009年9月3日掲載

脚注
  • ^ 経常収支には海外からの要素所得収支と移転収支が含まれているが、GDPベースの純輸出にはこれらの項目が含まれていない。
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2009年9月3日掲載