中国経済新論:実事求是

EVシフトをテコに日本を追い上げる中国の自動車産業
-注目すべき新興民営企業の台頭と生産のモジュール化-

関志雄
経済産業研究所

Ⅰ.はじめに

気候変動への対応の一環として、ガソリン車から電気自動車(Electric Vehicle、以下EV)へのシフトを通じて炭素の排出量を抑えることは、世界の潮流となっている。中国はEV産業の発展をテコに、自動車大国から自動車強国へと邁進している。2015年5月に発表された「メイド・イン・チャイナ2025」計画において、EVは10大重点産業分野の一つとして指定された(注1)。また、政府は、2035年までに純電気自動車を自動車販売の主流にするという目標を掲げている。

中国はすでに世界最大のEVの生産国と市場としての地位を確立している。政府の後押しに加え、BYD(比亜迪)をはじめとする新興民営企業の台頭と生産のモジュール化が、中国におけるEV産業の発展に有利な条件を与えている。これを背景に、中国の自動車産業は急速に日本を追い上げている。現に、中国市場において、日系ブランドのシェアを奪う形で、中国ブランドのシェアは上昇している。国際市場においても、日本の自動車輸出台数は中国に抜かれている。

中国では、EVのことを「新エネルギー車」(中国語で「新能源汽車」、NEV)と呼ぶことが一般的である。それには、BEV、PHEV、FCEVの3種類が含まれている(図表1)。なお、中国を含む各国において、FCEVの本格的な生産・販売がまだ始まっていないため、本文においては、EVを論じる際に、BEVとPHEVに限定する。

図表1 中国におけるEVの分類
図表1 中国におけるEVの分類
(注)日本で電気自動車(EV)の主流であるハイブリッド自動車(HybridElectric Vehicle, HEV)は含まれていない。
(出所)筆者作成

Ⅱ.世界一の自動車大国としての中国

中国における自動車産業の発展は、長い間、先進国と比べて遅れていたが、特に2001年のWTO加盟を契機にした外資企業の本格的参入をテコに急成長してきた。生産台数は、1992年に初めて100万台を超え、2009年に1,000万台に乗ると同時に、日本を抜いて世界一となった。販売台数も生産台数と連動して増加しており、中国は世界一の自動車市場でもある。米中経済摩擦やコロナ禍の影響などを受けて、自動車産業は、2017年に生産台数と販売台数がともに2,900万台前後をピークに低迷期に入ったが、2023年に入ってから、コロナ禍の収束をきっかけに、回復に向かっている。それと同時に、自動車の輸出台数も急速に伸びており、2023年にも日本を抜いて世界一になる勢いである。

中国自動車工業協会によると、2022年の自動車販売台数は前年比2.1%増の2,686万台(その内、乗用車が2,356万台、商用車が330万台)、生産台数は同3.4%増の2,702万台だった。中国の自動車産販売台数と生産台数はいずれも世界全体の3割を超え、世界最大の規模となっており、米国(生産台数が1,006万台、販売台数が1,423万台)と日本(生産台数が784万台、販売台数が420万台)を大きく上回った(図表2)。コロナ禍の収束を受けて、中国における2023年1-4月の累計自動車生産台数は前年比8.6%増の835.5万台、販売台数は同7.1%増の823.5万台に達した。

図表2 世界の自動車生産と販売の上位10ヵ国(2022年)
図表2 世界の自動車生産と販売の上位10ヵ国(2022年)
(注)ドイツは乗用車と小型商用車のみ。
(出所)International Organization of Motor Vehicle Manufacturersより筆者作成

中国では、自動車の輸出は、生産と販売を大きく上回るペースで拡大している。中国自動車工業協会によると、中国の自動車輸出台数は、2012年に初めて100万台を超えてから2020年まで、年間100万台前後で推移していたが、2021年には前年より倍増して201.5万台になり、さらに2022年には311.1万台に急増した。2022年の輸出台数はドイツを上回り日本に次ぐ世界第二位となった(注2)。2023年に入ってからも、中国の自動車輸出の勢いは止まらない。1-4月の累計輸出台数は前年比89.2%増の137.0万台と、日本を抜いて、世界一の規模となった(注3)。

Ⅲ.中国で加速するEVへのシフトとその背景

中国における自動車の生産、販売、輸出をけん引しているのはEVである。2022年のEVの販売台数は前年比93.4%増の688.7万台と、自動車販売全体の25.6%を占めた(図表3)。そのうち、BEVは前年比81.6%増の536.5万台、PHEVは同151.6%増の151.8万台に上った。中国のEV販売台数は8年連続で世界一位を記録している。2023年1-4月累計のEVの生産台数は前年比42.8%増の229.1万台、販売台数は同42.8%増の222.2万台(自動車販売全体に占めるシェアは27.0%)に達した。

図表3 中国における自動車販売の推移
-加速するEVへのシフト-
図表3 中国における自動車販売の推移-加速するEVへのシフト-
(出所)CEIC(元データは中国自動車工業協会)より筆者作成

中国は、すでに日米欧を上回るEV大国になっている。乗用車に限ってみると、2022年の世界のEV販売全体(1,020万台)に占める主要国・地域のシェアは、中国が57.8%と、米国(9.7%)、EU(19.4%)、日本(1.0%)を大きく引き離している(図表4)。また、乗用車販売全体に占めるEVのシェアは、中国が29%と、米国(8%)、EU(21%)、日本(3%)を大きく上回っている(図表5)。

図表4 世界の電気乗用車販売台数に占める主要国・地域のシェアの推移
図表4 世界の電気乗用車販売台数に占める主要国・地域のシェアの推移
(出所)International Energy Agency, Global EV Data Explorerより筆者作成
図表5 主要国・地域における乗用車販売台数に占めるEVのシェアの推移
図表5 主要国・地域における乗用車販売台数に占めるEVのシェアの推移
(出所)International Energy Agency, Global EV Data Explorerより筆者作成

2022年の世界のEV販売台数の上位10社のうち、中国企業が6社を占めている(図表6)。その内、BYDの販売台数は185万台に達し、グローバルシェアが18.3%と、テスラ(販売台数が131万台、グローバルシェアが13.0%)を抜いて、世界一位に躍り出た。

図表6 世界のEV販売台数上位10社(2022年)
図表6 世界のEV販売台数上位10社(2022年)
(出所)José Pontes, “World EV Sales Report – December 2022,” CleanTechnica, February 7, 2023より筆者作成

また、中国におけるEVの輸出台数は、2022年に前年の2.2倍の67.9万台へと急増し、2023年1-4月には、前年の2.7倍以上に当たる34.8万台に達した。EVの輸出拡大は、中国の自動車輸出全体の拡大に大きく寄与している(図表7)。

図表7 中国における自動車全体とEVの輸出台数の推移
図表7 中国における自動車全体とEVの輸出台数の推移
(出所)中国自動車工業協会より筆者作成

中国においてEV産業が急拡大している主な背景には、環境保全を目指した政府の支援策に加え、技術革新とコスト低減、サプライチェーンの整備などがある。

まず、中国政府は、気候変動対策と省エネルギーを重視し、環境に優しいEVの普及を積極的に推進している。これまでEVを対象とする購入補助金(2022年末に終了)や、購入税(購入価格の10%)の免除(2023年末に終了する予定)、ナンバープレート規制緩和などの支援策を実施してきた。その上、充電ステーションの建設や充電ネットワークの充実などを通じて、EVに便利な充電環境とサービスを提供している。2020年11月に国務院が発表した「新エネルギー車産業発展計画(2021-2035年)」では、自動車販売台数に占めるEVのシェアを当時の約5%から2025年には約20%に引き上げ、2035年までにBEVを新車販売の主役とする目標を設定した。

また、中国企業はEVの分野への参入が比較的遅かったものの、技術革新の面で大きな進展を遂げており、価格を抑えている(注4)。中国のEV企業は、バッテリー技術、電動駆動システム、スマートモビリティなどにおいて、優れた技術を持っている。これらの強みが発揮される形で、中国製のEVは航続距離、充電速度、自動運転などの面で国際競争力を持つようになってきた。

さらに、中国では、EVメーカーだけでなく、バッテリー製造、充電インフラ、コンポーネントサプライヤーなど、産業全体のサプライチェーンが整備されている。特に、世界のEV向けバッテリー市場において、中国の寧徳時代(CATL)とBYDはそれぞれ首位と二位にランクされ、両社を合わせてグローバルシェアの約半分を占めている。整備されたサプライチェーンは、製造や研究開発の効率の向上や、生産コストの削減、競争力の向上につながっている。

Ⅳ.BYDをはじめとする中国ブランドの台頭

長い間、中国の自動車産業では、外資との合弁企業で生産し、外国ブランドとして販売されるものが中心であったが、ここに来て、中国ブランドの台頭が目立っている。乗用車販売台数に占める中国ブランドのシェアは、過去10年間は40%前後で推移していたが、2021年に44.5%、2022年に49.9%、そして、2023年第1四半期にはついに50%を超え、52.2%となった(図表8)。その一方で、外国ブランドの中でも、日系のシェアはピークだった2020年の23.1%から2023年第1四半期に15.5%へ、韓国系は2014年の9.0%から2023年第1四半期の1.7%へと大幅に落ち込んでいる。

図表8 中国の乗用車販売台数に占める国別ブランドのシェアの推移
図表8 中国の乗用車販売台数に占める国別ブランドのシェアの推移
(注)2023年は1-3月。
(出所)中国自動車工業協会より筆者作成

中国ブランドの担い手は、BYDをはじめとした新興民営企業である。

まず、BYDの乗用車販売台数は急拡大しており、2023年第1四半期には、ついに、中国市場において長年首位を守っていたフォルクスワーゲンを抜いた(図表9)。

図表9 中国の乗用車販売台数に占める上位ブランドのシェアの推移
図表9 中国の乗用車販売台数に占める上位ブランドのシェアの推移
(出所)Danny Lee and Jinshan Hong, “BYD Overtakes Volkswagen as China's Best-Selling Car Brand,” (元データはChina Automotive Technology and Research Center and Bloomberg), Bloomberg, April 26, 2023より筆者作成

また、EVの分野では、2022年の販売台数上位10社のうち、100%外資のテスラと、上海汽車といった外資との合弁事業を展開している一部の企業を除けば、残りは中国ブランドを主力としている企業である(図表10)。乗用車に限って見ると、中国のEV市場における中国ブランドのシェアは79.9%に上っている(注5)。

図表10 中国におけるEV販売台数の上位10社(2022年)
図表10 中国におけるEV販売台数の上位10社(2022年)
(注)卸売ベース、輸出が含まれている一方で、輸入が含まれていない。
(出所)中国自動車工業協会より筆者作成

さらに、メーカー別の輸出台数では、2022年の上位10社のうち、奇瑞、吉利などの新興民営企業を中心に、中国ブランドの輸出が増えている(図表11)。

図表11 中国における自動車輸出台数の上位10社(2022年)
図表11 中国における自動車輸出台数の上位10社(2022年)
(出所)中国自動車工業協会より筆者作成

中国におけるEV産業の発展において一歩リードしているのは、深圳に本社を置く民営企業であるBYDである。

BYDは、1995年にバッテリーメーカーとして創業し、ITエレクトロニクス、自動車、新エネルギー、都市モビリティの4つの領域で事業をグローバルに展開している。バッテリーはもとより、モーターやコントローラーなどEVのコアとなる技術を自社開発・製造している。特に、自動車事業においては、中国国内だけでなく、世界70超の国・地域で販売を展開し、前述のように、2022年にはEV販売台数世界一位となった。

著名な投資家であるウォーレン・バフェット氏が率いるバークシャー・ハサウェイが、BYDの成長性を見込んで、2008年9月に、その株の10%を2億3,000万ドルで取得した。これをきっかけに、同社は一躍、内外のメディアから注目されるようになった。

BYDは、2008年12月には世界初の量産型プラグインハイブリッド乗用車である「F3DM」を発表した。その後、バスやトラック、フォークリフトなどの商用EVも開発した。

同社は、バッテリー技術を強みとしており、独自の技術を用いたリン酸鉄リチウムイオンバッテリーをEVに搭載している。これは、他社が使用する三元系と呼ばれるリチウムイオンバッテリーと比べて、安全性、エネルギー密度、充電一回当たりの航続距離などの面において優れている。

中国の市場においてトップメーカーの地位を固めたBYDは、海外市場の開拓に注力している。2022年7月以降、日本、ドイツ、ノルウェー、デンマーク、スウェーデン、インドなどの乗用車市場への参入を相次いで発表した。

BYDは2015年以降、中国から日本向けにEVバスやタクシーなどを輸出しており、2023年1月31日に日本におけるディーラー1号店をオープンするとともに、電気乗用車の販売を開始した。

Ⅴ.EVのモジュール化生産をテコに日本を追い上げる中国

中国は、EVシフトという世界的潮流に乗っており、自動車強国を目指している。EVの生産においてモジュール化が進んでおり、このことは、中国における自動車産業の発展に有利な技術環境を与えている。

製品の基本的な設計思想(アーキテクチャ)に基づけば、産業はモジュール型と擦り合わせ型に大別される。モジュール型産業では、製品を標準化されたモジュールに分割し、それらを独立して製造・組み立てる手法が採られる。各モジュールは特定の機能を果たし、互換性があるため、組み合わせることでさまざまな製品を作ることができる。この手法は効率的で柔軟性があり、生産性の向上や製品バリエーションの拡大に貢献する。モジュール型産業の典型例は、スマートフォンである。一方、擦り合わせ型産業では、部品などの構成要素を独自に設計し、互いに調整しながら組み合わせることで、製品を作り上げるという伝統的な手法が採られる。この手法は、独創的製品を生み出すには適するが、部品や部材の多くが専用品となる上、部門間の密接なコミュニケーションや情報共有が求められるため、設計・生産コストが高くなりがちである。擦り合わせ型産業の典型例は従来の自動車産業である。

日本は擦り合わせ型産業、中国はモジュール型産業が得意だとされている。日本では、細部へのこだわり、技術と経験の蓄積、品質と信頼性の追求、伝統の継承と技術発展など、「匠」の技能と精神が、擦り合わせ型産業を支えている。その一方で、中国は、大量生産とコスト競争力と製造のスピードと柔軟性を生かして、モジュール型産業において力を発揮している。

EVは部品数が従来のガソリン車と比べて大幅に減少しているため、各部品の機能を独立したモジュールとして設計・製造することが容易になった。EVの普及を背景に、擦り合わせ型の典型とされてきた自動車産業は、モジュール型産業に変わりつつある。このことは、自動車産業において、中国にとって日本を追い上げる絶好のチャンスが到来する一方で、日本とって強い競争相手が現れることを意味する。

脚注
  1. ^ 「メイド・イン・チャイナ2025」計画において指定された10大重点産業分野には、EVの他に、次世代情報技術、高度なデジタル制御の工作機械とロボット、航空・宇宙設備、海洋エンジニアリング設備とハイテク船舶、先進的な軌道交通設備、電力設備、農業機械、新材料、生物薬品・高性能医療機器が含まれている(国務院「メイド・イン・チャイナ2025」2015年5月19日)。
  2. ^ 日本自動車工業会によると、2022年の日本の自動車輸出台数は、381.3万台。
  3. ^ 日本自動車工業会によると、日本における2023年1-4月の累計自動車輸出台数は131.8万台だった。
  4. ^ 2022年、中国における小型BEVの販売加重平均価格は10,000米ドルを下回った。これは、同じ年に販売加重平均価格が3万米ドルを超えた欧州や米国の小型BEVの価格と比べると、大幅に安い。具体的に、中国では、2022年に最も売れたEVは、6,500米ドル以下の小型モデルであるWuling Mini BEVと、16,000米ドル以下の同じく小型モデルであるBYDのDolphinだった。(International Energy Agency, Global EV Outlook 2023, April 2023.)
  5. ^ 王政「我が国の新エネルギー自動車の生産と販売は8年連続して世界一位」『人民日報』2023年1月24日。<http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2023-01/24/nw.D110000renmrb_20230124_2-01.htm
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2023年6月19日掲載