中国経済新論:実事求是

日銀による株買取り措置
― 参考となる香港の経験 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

日銀は去る9月18日、中央銀行にとって禁じ手とされる銀行保有株の買取り措置を発表した。中央銀行による株の買取りは前例のないことであると理解されているが、実は過去に香港でも似たような措置が取られたことがあり、その経験は日本にとっても参考になるはずである。

日本では、近年、銀行の不良債権の処理が景気回復の前提であることは広く認識されるようになった。こうした中、最近の株安は、株式を大量に保有している銀行の自己資本や収益に悪影響を与え、不良債権処理を遅らせてしまい、結果的に金融システム自体を不安定にさせてしまうということが懸念されている。今回の措置は、金融機関の保有株を減らし、株価変動リスクの財務面への悪影響を軽減すること、そしてそれによって不良債権の処理を側面から支援することで金融システムを安定化させようとするものである。その規模は東証の時価総額の約0.8%に当たる2兆円にも上る。

一方、香港でもアジア通貨危機の真最中に、金融当局が為替レートを含めた金融システムの安定化を図る措置の一環として大量の株を買い取った。具体的には、98年8月、香港ドルと株式先物に対する売り圧力が同時に高まる中、投機筋との対決姿勢を強めた当局は株価を支えるため、外貨準備を使って151億米ドル(当時のレートで計算すると、約2兆2000億円)もの株式を買い取ったのである。これは、今回日銀が決定した措置とほぼ同額であったが、香港株式市場の時価総額の5%にも上り、市場へのインパクトはずっと大きいものであった。

中央銀行による株買取りは、あくまでも緊急避難措置である。日銀が大量の株式を保有するということは、自らが株価変動のリスクにさらされることになり、また、適正な株価形成、ひいては企業のコーポレート・ガバナンスにも悪影響を及ぼしかねない。したがって、買い取った株は将来にいずれ売却しなければならない。実際、今回発表された日銀による株買取りでは、原則5年以上保有し、15年後までに市場の状況を見ながら順次売却するという方針が打ち出されている。

香港政府(金融当局)は、市場の混乱を最小限に抑え、秩序ある売却を行うために、買い取った株式で構成され、ハンセン指数と連動するTraHK(Tracker Fund of Hong Kong)を作った(注)。99年11月に株式売却プログラムの第一弾として43億米ドルに上るのIPO(新規株式公開)が行われたが、この規模は、日本を除くアジア地域において今までの最高額である。これ以降、段階的な売却が行われ、2002年10月までに時価総額で212米億ドルもの株式が市場に戻ったのである。今や償却されていないのは、金融当局が長期運用の観点から保有し続けようとする66億米ドルだけで、売却はほぼ終了している。保有期間における株価の上昇を背景に、当局は配当金とキャピタル・ゲインを合わせて115億米ドルもの利益を上げている。

当初、香港の金融当局による株式市場への介入は、「自由放任」という従来からの経済運営にはそぐわないものとして、「香港の死」といった表現でマスコミに揶揄されるなど、評判は必ずしも芳しくなかった。しかし、その後、通貨投機が収まり、株価も回復に向かったことから、この措置は「成功」であったと評価は一転した。今回の日銀が採った措置に対する評価も、最終的には、その金融システムの安定化への貢献はもちろんのこと、買い取った株の価格が上がるかどうかにもかかっている。

表 香港の金融当局による株保有の状況
表 香港の金融当局による株保有の状況
(注)運用益=(c+d)-(a+b)=115億ドル
(出所)香港金融管理局

2002年11月1日掲載

脚注
  • ^ TraHKは、その価格がTOPIXや日経平均などの主な株価指数に連動するように作られ、上場されているETF(上場投信)と類似している。実際、香港株式市場におけるハンセン指数とTraHKの1香港ドル当たり純資産価値の推移を見てもほとんど一致している。

2002年11月1日掲載