中国経済新論:実事求是

上昇圧力にさらされている人民元
― 今こそドルペッグ離脱の好機 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

ドルが円をはじめとする主要なアジア通貨に対して急落している中、実質上のドルペッグ政策を採っている中国の人民元は割安となり、切り上げや制度変更の可能性を含め、その行方が内外の注目を集めている。

中国の人民元はアジア通貨危機が勃発した1997年以来、1ドル=8.28人民元前後の水準で安定的に推移している。しかし、円ドルレートの乱高下や、多くのアジア通貨が管理変動制に移行したことを背景に、人民元の対ドルの安定は、他の貿易相手国の通貨に対する大きな変動をもたらし、中国の貿易や経済全体の不安定要因になっている。こうした中、ドルペッグからの離脱と新たな為替システムへの移行が政策課題として浮上しており、通貨バスケットに基いた管理変動制を採用すべきであるという共通認識が、経済学者の間では形成されつつある。しかし、秋に予定されている第16回共産党大会を前に、政策のイニシアチブが採りにくいこともあって、新しい体制への移行の日程は明らかになっていない。

政治の日程を別にすれば、ドルペッグからの離脱のタイミングを考えるときに、対外収支を含め、経済のファンダメンタルズが良好で、為替レートに若干の上昇圧力がかかっていることが望まれるが、こうした前提条件が整いつつある。

まず、今年に入ってから、中国の景気が世界経済の回復とともに上昇基調に転じている。輸出に支えられて、第1四半期の工業生産とGDPはそれぞれ前年比10.9%と7.6%伸びている。年間を通しても、経済成長率が昨年を上回る可能性は大きいと見られる。

また、外需主導型成長を反映して、中国の対外収支も、年初以来、大幅に改善している。1月から4月の間に貿易黒字は前年同期の54億ドルから83億ドルへと急増し、資本収支に関しても、WTO加盟を契機に、直接投資の流入が前年比で30%ほど上回っている。経常収支と資本収支の双方の黒字拡大を反映して、外貨準備は、今年に入り、四月末にかけて216億ドル上昇し、2338億ドルに達している。これは、日本に次いで世界第二位、中国の輸入のほぼ一年分に相当する高水準である。外貨準備が急増していること自体は、人民元が上昇圧力にさらされていることを意味する。仮に中国が変動制を採用し、市場への介入が一切行われていなければ、外貨準備が増えない代わりに、為替レートが上昇したはずである。

さらに、最近の為替レートの動きを見ると、日本円の反騰を受けて、一部のアジア通貨も対ドルで増価してきている。こうした中、人民元の実効為替レート(貿易相手国の通貨に対する加重平均)が低下しており、人民元がドルに対して上昇しても、ただちに輸出競争力が損なわれることはない。また、円安が人民元の下落圧力になっていたという中国側のこれまでの批判が正しいとすれば、今回の円高は人民元の上昇圧力として働くはずである(注)

このように、経済のファンダメンタルズが改善している今こそ為替制度を改革する好機である。残念ながら、中国に限らず、どこの国でも危機が起こらないと、改革をしないことのコストが直ちに顕在化しないため、改革を推進する力が働かない。しかし、「居安思危」(安きに居りて危うきを思う)という諺のように、当局としては、このチャンスを逃すべきではない。

2002年6月7日掲載

脚注
  • ^ もっとも、日中関係は競合的よりも補完的であることを考えれば、円安が中国経済にはマイナスであるという中国当局の見解には必ずしも賛成できない(2002年1月11日「実事求是」欄掲載 「円安は中国経済にとってマイナスか」参照)。しかし、中国の見解が真実として世論に受け止められている以上、円安のときに人民元の切り上げをしようとすると、政治的な困難が伴うであろう。

2002年6月7日掲載