中国経済新論:中国の経済改革

全人代の焦点となった経済発展パターンの転換
― ポスト金融危機の最重要課題に ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国では、今年3月に開催された全国人民代表大会(全人代)において、ポスト金融危機の最優先課題として、「経済発展パターンの転換」が焦点となった。その狙いは、構造改革を通じて、経済の「量的拡大」とともに、「質の向上」を実現することにある。

経済発展パターンの転換とは

ここでいう「経済発展パターンの転換」は、次の「三つの転換」を指す(第17回中国共産党全国代表大会(党大会)での胡錦涛報告、2007年10月15日)。

まず、需要構造の面では、経済発展のパターンを、主として投資、輸出によって牽引される成長から、消費が牽引役に加わった成長へ転換させることである。

また、産業構造の面では、経済発展のパターンを、主として第二次産業(工業)によって牽引される成長から、第一次産業(農業)、第二次産業、第三次産業(サービス業)の間でよりバランスの取れた成長へ転換させることである。

さらに、生産様式の面では、経済発展のパターンを、主として労働、資本、資源といった「投入の量的拡大」に頼る「粗放型」から、科学技術の進歩や労働者の資質の向上および管理のイノベーションといった「生産性の上昇」に頼る「集約型」へ転換させることである。

この内、生産様式の転換は、1995年9月の中国共産党第14期中央委員会第5回全体会議で審議された「第9次国民経済・社会発展5ヵ年計画策定に関する党中央の提案」において、「経済成長パターンの転換」という形で初めて提起された。2007年10月に開催された第17回党大会では、需要構造の面と産業構造の面の転換も加わり、それを表す言葉も「経済発展パターンの転換」に改められた。

経済発展パターンの転換を急ぐ背景

中国は、1970年代末に改革開放に転換してから、多くの構造問題を抱えながらも、年平均10%近い高成長を遂げてきた。ここに来て、経済発展パターンの転換を急ぐようになった背景には、中国が直面している内外環境の変化がある。

まず、需要構造の面では、リーマン・ショック以降の世界的金融危機を受けて、中国の輸出が大幅に落ち込み、その結果、景気減速を余儀なくされた。対米輸出が従来のように伸びることが期待できない以上、中国が成長を持続するためには、輸出市場の分散化とともに内需拡大を図らなければならない。これは、対米貿易の黒字の削減、ひいては貿易摩擦の解消にも寄与するだろう。内需は投資と消費からなるが、2008年の中国の投資比率(資本形成の対GDP比)が43.5%という高い水準に達している一方で、民間消費の対GDP比は35.3%と、世界的に見て極めて低水準にとどまっている(図1)。これ以上投資比率を上げると投資効率の低下が避けられないことから、期待される内需拡大は消費拡大に頼らなければならない。

図1 民間消費と投資の対GDP比の国際比較(2008年)
図1 民間消費と投資の対GDP比の国際比較(2008年)
(出所)中国、日本、米国は各国の公式統計、その他の国・地域はADB, Key Indicators for Asia and the Pacific, 2009より作成

また、産業構造の面では、急速な工業化は、資源の大量消費や環境悪化と貿易摩擦をもたらしている。多くの国が経験しているように、経済発展とともに産業の中心が第一次産業から第二次産業、そして第三次産業にシフトしていくが、中国のGDPに占める第二次産業のシェアは46.8%(2009年実績)に達しており、先進国だけでなく、同じ発展段階にある新興国と比べても極めて高い。中国はすでに世界第二位のエネルギー消費国と最大のCO2排出国となっており、産業の中心が工業からサービス業に移っていくことは、省エネと環境の改善に寄与するだろう。また、中国は世界の工場と呼ばれているように、その工業製品の相当の部分は海外に輸出されている。これは需要面で成長を支える反面、貿易黒字の拡大を通じて諸外国との摩擦を激化させている。これに対して、サービス部門の発展は、新たな国内需要の創出を通じて、成長のエンジンの外需から内需への転換、ひいては貿易摩擦の緩和に役立つ。

さらに、生産様式の面では、中国経済が発展し巨大化するにつれて、資源・環境に加え、労働力による成長への制約も顕在化してきた。特に、沿海地域における出稼ぎ労働者の供給がタイトになってきたことに象徴されるように、これまで過剰であった労働力は不足の段階を迎えている。その上、人口の高齢化が迫ってきたことを背景に、これまでの高投資を支えてきた高い貯蓄率が低下すると予想される。概念的に、GDP成長率は、労働投入と資本投入の拡大による寄与度、及び(全要素)生産性の上昇率からなる。中国では今後、労働と資本投入の寄与度が低下せざるを得ない以上、高成長を持続させるためには、生産性の上昇率を高めていかなければならない。

経済発展パターンを転換させるための方策

温家宝総理は、全人代の「政府活動報告」において、経済発展パターンを転換させる方策として、次の六つを強調している。

まず、重点産業の調整と振興を推し進める。特に、技術改造の強化、企業の合併再編、立ち遅れた生産設備の淘汰、製品の質の向上がその焦点となる。

第二に、戦略的な新興産業を育成する。新エネルギーや新素材、省エネ・環境保護、バイオ・医薬、情報ネットワークおよび先端製造業がその対象となる。

第三に、中小企業の発展を促進する。そのために、創業など市場への参入を容易にし、また政府が財政・金融面で支援する。

第四に、サービス業の発展を速める。金融、物流、情報、研究開発などビジネス向けサービスに加え、公共サービス、不動産開発・管理、観光といった民生のためのサービスがその重点となる。

第五に、省エネ・排出削減に積極的に取り組む。具体的に、①工業、交通、建築におけるエネルギー効率の向上、②重点流域の環境対応や都市部の汚水・ゴミ処理、農業の広域汚染対策、重金属汚染の総合対策、③循環型経済と省エネ・環境保護産業の発展、④気候変動へ対応などが優先課題となる。

最後に、地域間のバランスの取れた発展を推し進める。具体的に、公共財政システムの整備の加速に重点を置き、基本的な公共サービスの均等化を促進する。

しかし、これらはあくまでも対症療法に過ぎず、根治療法ではない。中国が抱えている多くの構造問題の原因は、市場経済への移行過程において、資源と土地といった要素の価格の自由化や、国有企業の民営化、社会保障制度の整備などが遅れていることにある。経済発展パターンの転換を成し遂げるためには、これらの分野の改革を加速させなければならない。

2010年4月12日掲載

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