中国経済新論:中国の経済改革

成長パターンの転換を如何に実現するか
― 欠かせない市場経済化改革の深化 ―

関志雄
経済産業研究所

中国は近年年平均10%という高成長を遂げている反面、環境問題が深刻化し、労働力、土地、エネルギーをはじめとする一次産品価格の高騰に象徴されるように、投入面における制約が顕在化している。高成長を持続させるために、これまでの投入量の拡大による「粗放型」成長から、生産性の上昇による「集約型」成長への転換が急務となっている。

顕在化する成長への制約

中国は工業化(中でも重化学工業化)と都市化の段階に入っており、多国籍企業の進出により、世界の加工基地としての重要性も増している。また、中国企業の資源の使用効率が低いことも加わり、中国による資源への需要が急拡大している。中国のGDP規模(名目為替レートで換算)は世界の5.5%にとどまっているが、主要な資源の世界消費量に占める割合は、エネルギーが世界の15%(12.4億トン標準炭)、鋼材が30%(3.88億トン)、セメントが54%(12.4億トン)と高くなっている(国家発展改革委員会の馬凱主任の第八回中国発展高層論壇でのスピーチ、2007年3月18日)。中国はこれらの原材料の大部分を輸入に頼らざるを得ず、その結果、石油などエネルギー資源をはじめ、一次産品の国際価格が高騰している。

工業化の初期段階にある中国では、経済発展による資源の大量消費と浪費が、深刻な環境問題をもたらしており、本格的な対策を迫られている(BOX)。特に、固体廃棄物や自動車排気ガス、残留性有機汚染物質などの公害が増えている。国家環境保護総局・国家統計局が2006年9月に発表した「中国グリーン国民経済計算研究報告2004」では、大気と水の汚染を中心に、経済活動による環境破壊に伴う損失は少なくとも国内総生産(GDP)の3%に上ると推計している。これを基準にすれば、当年のグリーンGDPは実質経済成長率を3%以上下回ることになる。また、中国が世界の人口の2割強を占める大国であることを考えれば、その影響は、国内にとどまらず、地球温暖化や酸性雨などを通じて、近隣諸国をはじめ、世界全体にも及びかねない。さらに、中国企業が環境コストを負担しないまま、製品を割安な価格で輸出することに対して、海外から環境ダンピングという批判が高まっている。

一方、これまでの粗放型成長を可能にした豊富な労働力と高い貯蓄率も転換点に差し掛かっている。まず、近年、沿海地域で見られる「民工荒」(出稼ぎ労働者の不足)という現象に象徴されるように、中国では「労働力の供給が無限大である」という時代はすでに終わった。これを反映して、それまで実質GDPの伸びを下回っていた実質賃金の伸びは、1999年以降、逆転するようになった。予想された高齢化社会の到来も加わり、中国は労働力過剰の時代から労働力不足の時代に差し掛かっている(「中国情勢レポート」06-11参照)。また、これまで中国は高い貯蓄率に支えられて、高い投資率を実現しているが、高齢化社会が近づくにつれて、今後、投資率が貯蓄率とともに低下するものと見られる(「中国情勢レポート」06-12参照)。

成長パターンを転換させるための方策

投入量の拡大による成長の限界が明らかになる中で、生産性の上昇による成長への転換が高成長を持続させるためのカギとなる。その実現に向けての方策として、第11次五ヵ年規画(2006-2010年)では、「資源の利用効率の向上と持続可能な発展の強化」、「自主革新能力の向上」、「産業構造の高度化」に力点が置かれている。

まず、「資源の利用効率の向上と持続可能な発展の強化」では、「資源節約を基本国策とし、循環型経済を発展させ、生態環境を保護し、資源節約型の、環境に優しい社会づくりを急ぎ、経済発展と人間、資源、環境の調和を図るべきである。国民経済と社会の情報化を推進し、新しいタイプの工業化の道を確実に歩み、節約型の発展、グリーンな(環境に配慮した)発展、安全な発展を貫き、持続可能な発展を実現すべきである。」としている。ここでいう循環型経済とは、資源の循環利用を中心に低(原材料)消費、低(汚染物)排出、高効率を基本とする経済成長モデルを指す。具体的に、環境保護と資源の節約の主要な目標として、単位GDP当たりのエネルギー消費量を5年間で20%引き下げ、主要な汚染物質の排出量を10%減らし、そして森林被覆率を18.2%から20%に引上げることが明記されている(表1)。

表1 第11次五ヵ年規画の人口・資源・環境問題の主要目標
表1 第11次五ヵ年規画の人口・資源・環境問題の主要目標
(注)GDP、都市部と農村部の1人当たり所得は2005年価格。
主要汚染物質は二酸化硫黄(SO2)及び化学的酸素要求量(COD)。
(出所)「国民の経済・社会の発展に関する第11次五ヵ年規画要綱」、2006年3月。

また、「科学技術・教育による国家振興戦略と人材強国戦略(有能な人材に依拠して国家を強大にする戦略)を徹底して実施し、自主革新能力の増強を、科学技術発展戦略の基本と産業構造調整、成長パターン転換の中心にすえ、基礎研究の能力、製品と技術開発能力、導入・吸収・改良能力を大いに高める」ことを目指すべく、研究開発費の対GDP比率を2005年の1.3%から2%に引き上げることが目標とされている。これによって、自前の知的所有権と著名ブランドを擁し、強い国際競争力を持つ中国企業の輩出が期待される。

さらに、産業構造の高度化の方向性として、工業と比べて必要とする資源の投入が少ない、情報、金融、保険、物流、観光及びコミュニティー・サービスをはじめとするサービス産業の発展が強調されている。具体的には、サービス産業のGDPに占める割合を3ポイント、全就業者数に占める割合を4ポイント引き上げることが目標として挙げられている。

成功の前提となる市場化改革の深化

粗放型の経済成長から、集約型の経済成長への転換は、第9次五ヵ年計画(1996-2000年)においてすでに目指すべき目標として提起されたが、残念ながら、いまだに実現されていない。第11次五ヵ年規画の初年度に当たる2006年において、単位GDP当たりのエネルギー消費は1.23%低下されたものの、このペースでは、5年間で20%低下するという目標は達成できない。経済成長パターンの転換を巡って、「総論賛成、各論反対」という状況が続いている原因は、旧体制の負の遺産が引き継がれていることにある。これを乗り越えるためには、旧体制と決別し、市場経済体制を完備させなくてはならない。具体的には、次の分野における改革が求められている。

まず、資源使用者がそれに見合ったコストを負担するシステムを確立しなければならない。例えば、汚染物質の排出量などに比例して「環境税」を導入すれば、それに加担した企業や消費者は、汚染に伴う「社会的コスト」を「私的コスト」として負担しなければならなくなり、排出量への抑制効果が期待される。これに加え、資源の価格に対する見直しが必要である。これまで、資源の価格が人為的に抑えられていたため、生産設備を更新し、資源を節約することで利益を上げるよりも、安価な資源を大量に使うほうが利益につながった。このように、安い資源がかえって成長パターンの転換を妨げる要因になっている。今後、資源の希少性が反映されるように、その価格の決定をできるだけ市場に委ねるべきである。

第二に、地方政府の行政業績に対する評価をGDP成長率重視から、環境への配慮を含む総合的な観点に基づいて行うように改めるべきである。そのとき、グリーンGDPも一つの参考になろう。

第三に、自主革新能力を向上させるために、知的所有権への保護を強化しなければならない。研究開発は膨大な先行投資が必要だが、この成果が簡単に盗用されることになれば、採算がますます合わなくなる。中国は、知的所有権に関して、法律の整備を進めているが、これらの法律違反への摘発や司法の公平性の面においては、まだ改善する余地が大いに残されている。

最後に、民営化を含めて、国有企業改革を加速させなければならない。従来の国有企業では赤字経営が続いても国が補填してくれるため、経営者は企業の業績に無関心である。特に、独占型の国有企業では、効率が悪くても容易に利潤を計上できるため、効率の向上や技術の開発に取り組む必要がない。これに対して、一旦競争原理が導入され、利潤を増やすインセンティブが働くようになると、経営者は資源の節約に励み、必要な資金を技術の開発などに投入するようになる。進行中の非流通株改革と国有商業銀行改革も、出資者と債権者による企業への監督の強化を通じて、コーポレート・ガバナンスの改善、ひいては、企業の効率の向上に寄与するものと見られる。

BOX:環境と経済発展の関係

環境が経済発展の初期に悪化し、ある程度の発展段階に達すると、改善に転じるという現象は、日本をはじめとする多くの国の経験を通じて観測されている。このことを、環境汚染度と一人当たりGDPの関係で表すと、逆U字型の曲線(いわゆる「環境クズネッツ曲線」)として表すことができる(図1)。環境の悪化を改善へと導く要因として、産業構造の変化(サービス化など)や技術発展、国民の意識向上に応じた環境政策などが挙げられる。

図1 環境クズネッツ曲線
図1 環境クズネッツ曲線
(出所)筆者作成

これまで、日本などの「成功例」に勇気付けられたこともあって、中国は、環境を犠牲にしても経済発展を優先させる戦略を取ってきた。しかし、中国が直面している環境問題の深刻さと、世界全体へ及ぼす影響を考えれば、この戦略はもはや限界に来ている。「環境クズネッツ曲線」を「山」にたとえれば、中国はその両側をつなぐトンネルを掘らなければならない。そのために、先進国がこれまで蓄積した経験と技術を活かさなければならない。

このような認識に立って、2006年4月17日に開催された第6回全国環境保護会議において、温家宝総理は、
(1)経済成長を重視し環境保護を軽視することから、環境保護と経済成長を共に重視することへ
(2)環境保護が経済発展よりも遅れることから、環境保護と経済発展を同一歩調で推進することへ
(3)主に行政手段を使って環境を保護することから、法律、経済、技術、そして必要な行政手段を総合的に運用して環境問題を解決することへ
という「三つの転換」を呼びかけている。

2007年3月30日掲載

関連記事

2007年3月30日掲載