Special Report

EPOの「未来のシナリオ」

清川 寛
上席研究員

EPO(欧州特許庁)は、07年4月、「未来のシナリオ(Scenarios for the future)」というレポート(大要 compendium)を発出している。同レポートは、2年の歳月と100を超える各界からの関係者のインタビューを得てとりまとめたもので、特許および知的財産について、2025年を一応の目標年にして、それまでにどのようなことが起こりまた知財(IP)制度が展開されていくであろうかについて、4つのシナリオを描いている。この4つのシナリオは、それぞれ時代を動かす主たる力(dominant driver)が異なり、よって描くシナリオ・未来もまちまちである。なおEPOがこのようなレポートを発出したのは、「解決を提供するというものではなく、単に問を発し、情報を得ての討議のきっかけとなりたい」とするもので、特に政策策定プロセスでのそれを望んでいるようである。

本レポート及び4つのシナリオは、時代を動かす要因を多面的に捉えており、その描く「今後の流れ」とともに大変興味深いものである。また世界の3大特許庁の1つであるEPO即ち欧州での見方(その全てではないにせよ)を示すものとしてもおもしろいと思う。

このため、以下にその概要を紹介するとともに、若干のコメントを述べたいと思う。*1

Executive Summary

この中でEPOはこの調査を始めた動機や目的を説明するが、併せて知的財産権制度への認識を挙げる。特許システムは15世紀にベニスで施行されて以来発展を続け、排他権付与という点では変わりがないが、いずれにせよ、技術・知識の拡散と更なるイノベーションに拍車がける「価値あるサイクル」を生み出してきた。しかし近時、いくつかの綻びがある。それは、1)新分野の出現、2)特許基準の堕落、即ち些末な特許群の出現、3)国際通商関係、特にTRIPs、4)期間延長、特に医薬品。また異なる知的財産の間の垣根も低くなった。そして最近の状況から克服すべき3つの障壁として、1)特許活動そのものの量、2)知的財産となる素の数の増加、3)技術の多様性。即ち、特許システムは出願増からの膨大な滞貨や些末特許による特許の藪によって複雑性とコストが増している。他方、知識の性格・役割・価値は変わりつつあり、R&Dも連携が増え、また国際的なものも増えている。特許はむしろ知識共有の触媒と見られる。このような状況を踏まえての鍵となる問は、脱工業化時代において社会全体の利益のためにイノベーションを支援し続けることができるのか? そして、シナリオが探るものは、2025年までの知的財産制度は如何に発展すべきか? またそのような制度の世界的な正統性の根拠如何?である。

以上の問題意識からEPOは各シナリオを展開するが、その前に、EPOは時代を動かす力について考察し以下の5つを最重要ドライビングフォースとしてあげる。

1.Power(権力);これは従前の政府ばかりでなく、新たなプレーヤーとして多国籍企業や市民社会組織、あるいは地域経済ブロックや資産投資家等々をもあげる。ここでの鍵は、誰が力と権限を持つか

2.Global Jungle(ジャングルの世界);これはグローバリズムの進展で、世界の相互依存関係は進み経済システムを統合する。と同時にそこには経済のみならず文化的、社会的、政治的競争の場となる、だた中には戦いに十分に備えられない者もいる。ここでの鍵は、グローバルジャングルを形作るルールとして何が生き残るか、また何時まで?

3.Rate of Change(変化の率);市場や技術あるいは政治といった短期のサイクルのものと、人々の心理や環境問題、法制度といった長期のもの間の緊張が高まる。短期のゴールと長期のゴールが乖離する。そこで長期への言及は困難な面がある。ここでの鍵は、人類および組織はこの変化の違いを如何に調整し対応すべきか

4.Systemtic Risks(システマティックリスク);国際相互依存関係はヒトの造ったシステムへの依存を高め、そのシステムのリスクが大きくなる。また人口圧力や環境問題からのインパクトもある。ここでの鍵は、相互依存システムが脅威となる転換点

5.Knowledge Paradox(知識のパラドックス);技術陳腐化のスピードアップと知的財産システムが知識の価値化の障害となる。独占が問題視される。他方技術進歩は情報アクセスや模倣を容易にする。ここでの鍵は、情報が増えるにつれ、如何なる知識の価値があるか、また、特許システムより安く、素早く知識を保護する手法はないか

以上を念頭に、EPOは、働くドライビングフォースの違いから4つのシナリオを設定・調査した(4つのシナリオの個々の概要は後述する)。

4つのシナリオはそれぞれ分岐した未来をもっている。この4つのシナリオ選択は、まず特許は伝統的に灰色の市場ルールから見られることが多いがそれだけでは不十分として、他の3つが見落としている局面を露わにするとして設定されている。

最初のMarket Rulesは、幾世紀に亘り産業社会を支持してきた特許制度は、脱工業化の社会ニーズに合うように調整すべきで、またグローバリゼーションも進展し競争も激化するが、制度のハーモナイゼーションの要求も出てくる。そのような中での市場ルール如何というのがこのMarket Rules(市場が支配する)の世界。

ただ世界には多数のプレーヤーがおり、システムはその各々に適合する必要があるところ、それを予測分析するのがWhose game?(誰の獲物)の世界。

市民社会も知的財産を巡る議論に巻き込まれ、知的財産の公共利益を巡る論点が引き出され議論される。これがTrees of Knowledge(知識の木)の世界。

4つ目は、特許で保護される主題も変化するが、ますます学際的に累積的になるが、それがBlue Skies(青い空)を導くこと、即ち環境問題の解決等との緊張関係が増している。

最後にEPOは、これらシナリオは特許システムが働くところの風景を理解するために展開したとする。そしてシナリオは、解答を事前に描くものではなく、政策プロセスに正しい質問を提供することにあるとし、このレポートから世界中でディベートがなされることを望む、とする。EPOは、本件の中核には知識の増加する重要性があり、質問は、世界社会内で知識が生産され使用される方法における根本的な変化に如何に最善に対応するかであり、この質問こそがEPOがこのプロジェクトで展開しようとしたものであるとし、「答えは全ての我々の手の中にある」として結んでいる。

各シナリオの概要*2

1)Market Rules(市場が支配する)
 ビジネス(産業界)が主たるドライバー(時代を動かす原動力)

シナリオは、特許制度は繁栄し、その対象も拡大するが、逆に増加する出願量から各国特許庁は滞貨の山を抱える。特許庁も課金の上昇やアウトソースをするが解消にはならず、グローバルに激しい競争に直面する産業界からはハーモナイぜーションの圧力が高まる。2010年に特許制度の大改革が試みられる。中でもLOR(許諾容易特許)精度義務づけの意見が出されたが圧力団体の意見は二分し、結局受け入れられなかった、しかし同年、アジアの特許庁が英語出願を受入れ、欧州も統合スケジュールを出す(未だ至らず)。産業界ではNASDAQの信頼性は徐々に低下し、2011年、CNNがIP300Indexを引用し始める。2012年に4年間の不況が終わるが競争は厳しく競争融資性確保が最優先課題に。また知的財産権が資産化しその取引が発展。米政府は、このゲームでのリードをとるべく精度簡素化等から2013年に先願主義導入。

しかし訴訟費用の膨大化、パテントトロールの横行は何らかの改革を要求した。また業界、特にハイテク企業や中小企業は世界特許での出願や権利行使の簡素化を望んだ。2014年、EU特許イニシアティブは加盟国を通せず失敗するが、2015年に米特許庁はパートナーの特許庁とのサーチ・審査データの共有に合意。2016年にIPR融資・取引にバブルのような状況が発生するが、その大手の1社が架空操作のスキャンダルを起こす。その後もよりハーモナイズされた世界特許の圧力は高まるが、2019年日本と中国が事実上統合。2020年に「太平洋憲章」で、特許情報、方法論、言語で米モデル中心での相互承認がなされる。これは欧州にも拍車をかけ、2021年EUは共同特許に合意。ここにきて世界特許制度の大半で条件が同じになり、国際市場は30年近くかけてやっと適切な特許管理ツールを手に入れた。

2025年のIP世界は、特許は防御手段とかではなく有効活用する必需品とある。特許は資産化し投機筋を引きつける。関心の高まりの中で出願はこれまで以上に増加、新たな研究分野ではラッシュ状況に。これが事業に係るものならば当然投資する価値がある。そこで金融テクニックでのリスク分散等を使い多くの者がその競争に参入。評価手法の向上で大国取るに足らない特許は最初の関門で排除される。

結果、基礎的技術開発に変わって金融・ビジネススキルが知的財産での成功の鍵となる。特許に利益化にノウハウを持つ仲介屋が台頭し、特許の専門家はとって替わられる。ライセンスが巨大市場となり、IPは取引可能な財として世界的に広く認識される。

産業界は20世紀の異なる国の下のシステムにおける手間、翻訳等コストを許さず、ために多少なりとも統合された世界特許プロセスに向かう。しかし単一世界特許は未だ。なお中小企業はこの統合されたシステムで裨益する。

2)Whose game?(誰の獲物)
 地政学が主たるドライバー

シナリオは、21世紀直前、西側は繁栄を謳歌。知識社会でIPは重要で、ライセンス料等は西側に流れた。競争は不可避としつつも強固なIP保護はそのリードの保持に役立った。しかしそれは2006年までに替わった。テロや原油価格等の上昇、金融スキャンダル、また巨大ハリケーン等の気候変動リスクで世界は不安定化する。この不安定性から、地理的文化的に近いところとの連携模索が起きる。2008年、TAFTA(Trans-Atrantic Free Trade Area;米欧自由貿易地域)が独から提案されるが、米でその冬の経済後退がおき、その声は消える。

2009年に米経済の突然の減速。世界各国の紛争から世界中に不安感が。また中国・インドが台頭しWTOでも公然と働きかけ始めた。経済競争激化の中で知的財産権が事業戦略の重要な一部に。人々は何でもかんでも出願し、ために特許庁の滞貨はますます増大。開発途上国に影響を与えていたTRIPsはWTOのお荷物に。このような中、協調行動が求められたが欧米は2010年、安全保障戦略の相違から愛併用地域における関係は悪化。

2012年に経済後退は終わったが、北米や欧州では熟練工へ職は残らず、科学や技術系新卒も職探しに苦しむ。学生の科学離れが起きる。政府も財政赤字から基礎研究の支出を再三カット。中国・インドは着実に経済成長し、振興経済国・先進経済国の双方で知財保護への尊重が薄れていった。著作権、商標権、更に技術すら自由にコピーされ、限りなく安い値段で出回った。IP保護条約は役に立たなかった。加えて社会的要請の下に医薬品特許が途上国では殆ど保護されなくなった。

西側で学んだアジア人等が本国に戻った。多国籍企業は90年代後半からそのR&D拠点をアジアシフトし、先のリセッションはそれを加速。アジア経済は緊密に連携し、中国との関係が近くなった。彼等は西側資本よりもアジアでの新ビジネス展開で成長し、イノベーションを引き起こす力を身につけるようになった。

京都議定書は失敗。激しい競争の下で西側企業は、ライバルの負担なしでの排出抑制を拒否。このような中、西側政府は2014年にTAFTA交渉を再開し、2018年に調印する。同協定は社会的・環境的議定書として、そこからの障壁を設けた。即ち、最高水準の環境的配慮と良好な労働慣行に合致した製品のみが欧米市場で認められる。これはWTOで議論されたが勝利を得た。これに新興勢力は反発し、2020年、アジア・南アメリカ自由貿易協定の創設が合意される。

2025年までTAFTAはあまり役に立たなかった。即ち保護するには世界はあまりにも相互連携していた。アメリカは依然アジアへの投資が必要とし巨額の貿易赤字を抱えたまま。アジアの電子機器も依然として世界中で販売される。アジアの研究開発はさまざまなテクノロジーで最先端に。

グローバリゼーションの身勝手な行動のしっぺ返しで、かつての知識経済は新しい知識精度での主導権を失う。アジアでの研究は離陸し、ライセンス収入の流れは東に。TAFTA基準適合技術でさえ太平洋岸地域で開発が行われる。21世紀当初、多くの者は単一の国際IPRレジームを夢見たが、2025年までに世界は分断されている。知的財産は異なった地域で異なって使用される。

2025年のIP世界は、TAFTA地域内では特許保護は幾つかの分野で破綻し、それに替わる保護メカニズムを探す。映画、音楽、デザイン等はまだ需要が強く執行力有る世界保護システムを維持しようとする。逆に、研究とイノベーティブな産業を持つアジア・南アメリカブロックはロイヤリティや標準の普及に特許を使用し、内国民待遇を求める。しかしTAFTAでは内国民待遇は事実上廃止。ためにTRIPsは動かず。伝染病からWHOが一時、薬品特許を管理したが、医薬品関係は事実上違う特許スキームが各地域でできる。南南連携で、生物多様性管理のための集団的知財権やオープンソースの協定が試みられる。しかし伝染病の再流行は基本的な健康や貧困問題に再び焦点を当てる。多くの低開発国では、IPを無視した。彼等には、デジタル格差解消には、オープンソース及びあからさまな経理侵害である海賊行為しかない。

3)Trees of Knowledge(知恵の木)
 社会が主たるドライバー

シナリオは、2007年時点で、増加するデジタル社会の中で市民のアクセス能力への懸念が生じた。著作権等は古いビジネスモデルを守り、イノベーションを禁止し、知識社会で構築されてきたものへのアクセスを制限するものと見られた。既存法の便益が問われ、立法者は大企業の味方と非難された。些細な特許や過剰な著作権で世界は泥濘となった。

市民グループは、国、地方、国際レベルでインターネットを利用して柔軟に力を合わせた。彼等らは、通りで、店で、裁判で戦った。多くの共通テーマはA2K(access to knowledge)、2010年までにこの幅広い連携はあたかも20世紀の環境運動同様に組織化された。2014年欧州議会年選挙で、反IP党が候補者を立てそれが政治問題となることが確信され、その後消えて行ったが彼等の提言は他の政党の入れるところとなった。市民の大部分は特許や著作権を創作インセンティブとは見ない。新しい情報共有方法が知識社会に合うとされた。政府もオープン形式ソフトウエアを使うようになる。ソフトウエア運用の大企業はDRM(デジタル著作権情報管理システム)で著作権を守るに過剰に熱心であったが、2012年までに新規のコンピュータやスマートフォンの大多数はオープンソースソフトウエアで作動した。このオープンソースはソフトウエアで始まり、他の分野、バイオ等にも拡大。

2025年に殆どの先進国で多くの技術分野で特許が禁止されたが、そこには2、3の壊滅的値出来事があった。

最重要は、2012年のインドネシアでのインフルエンザ蔓延で、それは数カ月で欧米にも広がり、2000万人近くを殺した。これは特許システムを激しく傷つけた。感染の初期段階で製薬企業はワクチン価格の値下げや後発品の参入を許さなかった。重複特許がウイルス特定とワクチン開発を数カ月遅らせた。「特許は人殺し」とのスローガンのデモが全世界で起きた。そこで、製薬会社からの猛烈な反対にも拘わらず、政府は対応した。公共の健康のための強制実施権、研究と治療の例外拡大。並行して特許承認数も制限された。最終的に多くの政府は、医薬品特許を政府規制システムに置き換えた(なお製薬企業は個々人の遺伝子に係る注文(tailored)医薬品分野へ移った)。

2018年に世界中のトウモロコシと大豆の大部分が害虫にやられた。遺伝的に操作された2、3の種が市場を席巻していたが、それが新しい害虫の被害を招いた。食糧危機は世界中で起き、再び大デモンストレーションが起きた。政府は種子ビジネスの独占的慣習に介入し、制限した、多様性のため現地種との交配が可能となるよう育成者例外が拡張された。加えて政府は食料穀物への研究に重点投資した。

情報通信(ITC)産業も同様のプロセスを経た。2007年に遡り、確立されたITC基準がパテントトロール(その多くはベンチャー投資家)の攻撃を受け、人々はハイテク特許に不満を抱いた。その後、幾つかの経済研究が急激な技術変化分野での特許の便益は疑問とした。産業界の中にもトロールの権利濫用が故に特許システムに反対する声が出てきた。結局トロールは、特許権濫用は禁止という明確なルールが導入され、制限された。しかしITC産業では別の理由からも特許はあまり重要でなくなった、同分野で特許があまり役に立たないことと、特許のネガティブイメージを企業が嫌ったこと。IT企業は、より効果的効率的にサービスを活用したい個人や集団(高齢者が大半)や企業に対しての個別アシスタントプログラムの提開始。人工知能や情報ブローカーが新たなニッチ市場となった。

同様のことがエンターテインメント産業でも起きた。ファイル共有の洪水に対応して著作権やDRMを通じての権利執行に努めてきたが、2014年に新しい企業が生まれた、消費者よりアーチストにネットワーク機会の提供のような補足的サービスを売り込んだ。彼等は先発者利益と消費者主導サービスを使った。やがて、大金をつぎ込んでのアルバムセールや大カタログをもっての市場開拓をベースとする旧式の企業はゆっくり消えていった。

2020年までにエンターテインメントは些細な戦場となった。胚に係る遺伝子選択が進み、ヒトの遺伝子変更や外見を変化させる研究が公然と言われ始めた。そこには宗教のみならず大きな反対が起きた。しかしそのようなセンシティブ分野の研究も、単に世界の一部を動かしただけだった。新技術の機会とリスクを巡る戦いは、ノイズにすぎなくなった。

2025年のIP世界は、特許は世界中で殆ど廃止される。著作権も重大に改変。情報の共有が規範となる。コンテンツ創作者は、ネットワークでの視聴者の認知に価値を見出す。ビジネスはユーザーに価値を加える追補的サービスの上に造られる。秘匿や商標、意匠や地理的表示がイノベーション保護に使われる。先行者利益と顧客管理が成功・非成功を分ける鍵となる。

イノベーションは国やNGOの資金提供で活性化される。製薬研究は最重要分野にされるが資源配分は厳格に管理され、公衆衛生での便益最大化を目指す。ために珍しい病気等の優先度は下がる。

かつての特許庁は、インセンティブシステムの情報提供や補助金等交付の際の評価や官民協力のプラットフォームとなり、名称も「知識庁」となる。特許を巡る特段の訴訟もない。執行は意味ないとされる。

利益動機の欠如は、ある領域、特にバイオでイノベーションレベルを減少させる。秘匿の増加は、オープンソースのない累積的発明速度を遅らせ、高度なイノベーション能力を持つ小企業への大きな不利益となる。

リサーチの優先度が政治的に動かされるが故に、R&D企業のロビーイングが影響するというかつてあった危険と暮らすこととなる。政府は、研究企画や指導に必ずしも成功しない。

4)Blue Skies(青い空)
 技術が主たるドライバー

シナリオは、2007年IPCCレポートで気候変動が問題になった。しかるに特許世界では、海賊品や事務量が問題で、技術が世界を救い良い特許は最善の技術的解決を奨励するという世界であった。またあらゆる分野でシステムはグローバルに相互に連携・複雑化し、温室化ガスを減らす小さな合意が思わぬ損害を招くおそれもあり、簡単に手が出せないこともあった。そこで政府は動きにくかったが、2007年から08年にかけて、日本で専門的官僚達が気候変動の意義を研究し始め、直権する5つ難題(高齢化による輸出依存、CO2は移出技術への世界的な需要の高まり、その需要は欧州での排出権市場で更に大きくなるであろう。アジア諸国は家電製品では勝者になったが環境への関心は薄い。CO2抑制技術への取組みで日本の石油存度は低下)を浮かび上がらせ、闇雲な大量消費に変わる新たな目標を必要としていると考え、最適の温室技術を発展させ新しい環境市場で優越するということは賞賛されるべきで、それを目的とすることを明確にした。政治家を説得するに、官僚は戦後の国家保護主義的手段への回帰、即ち系列や国家補償投資及び緩い知的財産権保護、を提案した。

日本から外国企業が撤退し、革新派からの反対もあったが、2010年に台風が東京湾を吹き荒れ5年前のニューオリンズのような混乱の後、静かになった。東京台風の後、EUも日本の青い空のソフトIPを真似た提案を加盟国に回した。評価は芳しくなかったが、海面上昇やメキシコ湾流の弱化等気候変化の証拠はますます大きくなった。2012年の京都議定書失敗の失望の中で、排出市場の精緻化の新しい合意がなされた。2013年までにソフトIPは、欧州でいくつかの複雑なエネルギー分野のみに関して受け入れられた。ただ何がカバーされるかは紛争があった。企業は炭素市場に合うよう青空技術の使用拡大を始めた。

米国でも劇的な自然災害で、2012年の環境議会で大統領に環境問題へ取り組むよう議決した。大統領は、「月への出発」の精神で2022年までの水素ベースの輸送手段開発を呼びかけ、これは新マンハッタン計画であるとした。米の楽観主義に問題、それは資金ではなく特許だった。2015年までに燃料電池特許は数百の権利者、18000特許になった。最も深刻なのは個人特許権者で、全ての燃料電池開発を人質にした。パテントトロールが事態を悪化させた。2014年の水素経済サミット(HES)は、技術普及と発明共有無くしての2022年ゴールは達成できないと宣言。緊急対策として議会は、水素輸送経済に係るあらゆる特許に強制的に許諾ライセンスをする法案を通した。この新しい法律で、2020年までに新技術は世界中で適用された。中国とインドは成長続けたが、温室ガスの増加はスローダウンした。

欧州、日本、米国のソフトIPシステムの成功は他の産業にも拡張した。特に環境ダメージを減らす技術においてそうだった。しかし古いIPシステムも、化学企業及びあまり複雑でない技術や開発に多額の投資をするところでは生き残った。違うレジームそれぞれで、何がカバーされ、されないかの争いがあった。

2023年にインターネットがダウンした。幾つかのシステム管理者が特許問題回避のため半テスト状態のシステムを展開し、それが予期せぬ互換性問題を引き起こした。政府も商業も学校も病院も止まった。1週間は全くの混沌であった。人々は単純なコミュニケーション手段と勤務パターンに戻らされた。人々はこれを新鮮と感じた。多分、複雑性は進歩ではなく、ものごとを行うによりシンプルな方法がある。

2025年のIP世界は、世界の特許庁は、ITCツールにサポートされ、技術変化に迅速に対応でき、外部との情報共有もでき、法的に強い特許を多く発行できる。滞貨やそこからの法的不安定の問題はない。特許サービスも改善され、特許権が問題とならない標準も可能。コンピュータ翻訳も殆どの言語で可能で、翻訳コストは無視するほどで、言語はもはや障壁ではない。

IPも発展し、2つの特許、ITCのような複雑な技術領域のソフト特許と、製薬分野等の古典的特許。ソフト特許は差止なく、協調しての発明を促進する。なお如何なる技術がどちらに属するかは超国家組織で取り扱われる。

ソフト特許から、他のタイプの保護、たとえばブランド、秘匿、DRMがより重要となる。しかし労働移動の激しさから十分にハンドルすることは困難になった。加えて幾つかの法が通り、商業化された分野での秘匿は制限された。

出現しつつある技術や複雑な技術分野ではオープンソースが重要性を増し、高い品質の製品の産出を可能にするとして受け入れられる。複雑な技術分野でソフト特許とオープンソースは共存し、共に協調的イノベーションを支援する。古典的特許が未だ有効な分野でもオープンソースはシステムの一部となる。

若干のコメント

まずシナリオ全体を俯瞰し全体に共通する流れとして、今のところは欧米等が繁栄を謳歌しているが、それには陰りが差しており、熟練工等の職場喪失や学生の理工離れ、R&Dの対外シフトとその競争優位は徐々に低下し、逆にアジア等が産業やイノベーション優位を持つようになる。また環境問題等が深刻化することは、概ね共通している。

その結末として、米欧対南諸国というブロック経済化するのはWhose game?(誰の獲物)の世界。この世界でIP制度はまさにブロック毎になるが、有り体に言えばかつての先進地域の欧米ではIP(特許)がその競争優位の保持に役立たず、逆に南南連合はイノベーションで強くなることから特許の執行力の強化を言い出し、まさに今と逆転する。これは特許はある意味「強者の権利」であることを表している。

ただ、戦後一貫して貿易等の自由化を提唱しWTOやTRIPsを進めてきたわけで、そう簡単にブロック化してしまうかは疑問。現にシナリオでもあるように、世界の相互依存関係は進むためTAFTSにしても効をなさないとしており、シナリオのようなブロック化ないし保護政策が生じないことを望む。なお余談だが、南ブロックがアジア・南アメリカとあるが、南アメリカの中心はブラジルとして、中国、インドはアジアの中か? またBRICsの残りのロシアは? また日本はどこに位置づけれられるのか? 知的学的にはアジアだが、産業的性格は欧米に近い。ただ欧米はTAFTAを形成している。何となく日本の居所の悪さに懸念を感じるのは筆者だけであろうか。

残り3つのシナリオでは、IP、特に特許制度は当面はますます重要度を増すが、その中でも無形資としてその活用が究極に達するというのがMarket Rulesの世界。逆に残りの2つは、特許権は増える一方でその社会的な負の影響から、逆に特許等IP制度は抑制される方向となる。

まずMarket Rules(市場は支配する)の世界。ここでは特許は、技術的側面に着目した模倣防止の裁判手段や排他権での技術優勢確保手段から、金融資産的な無形資産としての価値がどんどん重要になり、その運用も特許プロよりも金融的プロが行うことになると予想する。たしかに現時点においても特許は単なる技術優位性の誇示や模倣排除手段から、そのポートフォリオ形成、そのための他社との連携構築等企業の経営戦略・戦術上の重要性を増している(経営において有形固定資産よりも無形資産に対する重要度認識がOECD諸国でも広がっている)。また特にベンチャー等にとっての資金調達手段としての役割も高まりつつある。その取引自体についても技術知識有効活用の観点から行われつつある。よってこの流れはおおいにあり得るかもしれない。

ただ全般的に市場化するにはやはりその価値評価が不可欠なころ、特許(IP)単体でのそれは相当難しく(シナリオでは出来るとするが、特許単体で製品に化体して市場で流通する(価値を持つ)ことは殆どない*3)。行うとしてもGoing-Concernに係るポートフォリオ、即ちある特定の事業(製品化)に係る特許権等の「固まり」として評価とならざるを得ないのではと思う*4。またこの製品化は、その可否も含め、個々の企業において異なる。即ち製品化に係る特許権の価値は個々の者によって異なり、市場参加者間での普遍的な価値というものは想定しがたいのではないか。

また現在、市場での取引は個別契約の仲介が主で、予め価格が決まっていて誰に対しても自由に売却できるものは稀*5。また取引対象たる特許権の出し手=特許権者からも、市場に出すのは自分で使い道がなく、仮に他社に取られてもその将来を考えても問題ないようなものに限られ、その数が制限され、と同時にその価値もあまり高いものではないであろう*6

逆に仮に今以上に市場取引化ひいては金融的商品化するとして、特許単体で取引対象となるのは単体で製品ともなる物質特許やソフトウエア特許や、他社一般に対するライセンスが期待される標準絡みの特許やリサーチツール特許が考えられる。この場合、後者(標準やリサーチツール関連)は、それが金融資産化し投機対象化するとどうしても収益優先、即ちそのライセンス料の高騰に繋がりかねないが、これらは標準化製品開発競争や下流域での更なる開発に不可欠なもので社会的には出来るだけオープンであることが望ましいところ、その要請に反するものともなりかねない。いうまでもなく特許権の制度目的には「技術進歩」がその根本に有るべきところ、それが経営(儲け)の手段化してしまい、ややもすれば技術進歩には資さずむしろマイナスとならないか懸念される。

またこの世界では特許の重要性の増加、それに併せての出願の増加・滞貨問題、および他国での権利化・執行上の問題等々からハーモナイゼーションの圧力が高まり、中国と日本、また主導権を取りたい米国を中心とした環太平洋圏域、それらに対抗してのEU共同体特許と、世界単一特許は未だであるがそれなりの統合が進み、公平な競争の場ができ、これは特に中小企業を裨益させるとある。このハーモナイゼーションは、日米欧三極での特定技術分野での審査基準調査や特許スーパーハイウェー構想での審査結果の共有等、現在既に幾つかの動きがあり、シナリオの方向に進むことは大いにあり得よう。またシナリオではこの背景に産業界からの翻訳等の余分なコスト削減要請があるとするが、Blue Skiesでは自動翻訳技術の進展で言語の壁が無くなると想定しており、この想定はまさにこのMarket Rulesで生じて欲しいものである。なおシナリオでは日本と中国が事実上一体化するとあるが正直無理なような気がする。また2025年時点での世界単一化も無理であろう*7

残りのTrees of Knowledge(知恵の木)とBlue Skies(青い空)ではともに特許制度の大変革が生じ、IPの制限や廃止となるが、まだマイルドなBlue Skiesを先に論じる。

Blue Skiesの世界では、温暖化問題からその排出削減技術の普及・共有化のため、関連する複雑なシステム技術(特許)への保護を緩和しソフトIP化させるところ、それが成功し他の分野にも広がり、やがて特許制度は、ITCのような複雑な領域のソフト特許、即ち差止権がないものと、製薬分野等の古典的(現行の)特許に分かれる。ソフト特許分野では、秘匿等の替わりとしての保護手段がでるが、出現しつつある分野(最先端分野)等ではオープンソースの重要が増し、ソフト特許とあいまって協調的イノベーションが支援されるというもの。このソフトIPはまず日本で、ついで欧州で導入され、更に米国でも水素輸送技術での個人発明家によるブロックやパテントトロールから米政府をして強制ライセンス制度導入をさせ、それを普及に契機とする。

この強制実施権については、日欧は現時点でも存在し(発動は別問題)、米はこれを心理的に(!)嫌うが、米でも昨今製薬に関しては試験研究例外を設けるようになっており、他方伝統的に反トラスト法の適用(更にパテントミスユースやフェアユースを含め)は積極的で、事実上強制ライセンス的運用が全く行われていないものではないと言えよう。シナリオはそれを更に一歩進めるということか。思うにこれは、昨今の米でのプロパテント見直し動向からして、有り得ない話ではないであろう*8

ただシナリオではこの問題が水素輸送技術で生じるとするが、若干疑問。というのは既にハイブリッドカー等で実用化は始まっており、個人発明家等が新技術をブロックして使わせないことがあり得ないことではないが、仮にそんなことをしようとしてもメーカーは必ずその個人発明を迂回するはず(迂回出来たかでの訴訟はあり得るがいずれにせよメーカーは市場で類似技術を実施し参入してくる)。よって個人発明家のブロックで関連技術も含め全てが止まるとかは考えにくい。またシナリオはそのインターフェースが問題となるとするが、同分野はそれ程ネットワーク外部性が強い分野でもないように思われる。同様にソフト特許は複雑なITC分野を対象とするとあるが、同分野こそ一般に迂回や応用が可能で一特許でのブロック効果は低いと思われる*9

またそもそもBlue Skiesが日本の環境技術に関して起きるとするが、むしろ日本はこの進んだ環境技術での優位性を今後の国の産業競争力の1つにしようとしており、その意味でその保護を緩和することは考えにくい(むしろそれを開放せよとの圧力かと勘ぐってしまう)。

さてこのシナリオでの一番の眼目はソフトIP、即ち差止件を有しない特許権の導入(特許権侵害時の金銭補償・損害賠償はある)であるが、このように差止権を敢えてなくす必要があるかは疑問。逆に差止権が無くなった場合の問題の方が大きいのではないか。

即ちまずそもそも論として差止の是非があるが、たしかに米では侵害あれば即差止で、それが企業活動の大きな脅威となっているが、それは近時のeBay事件最高裁判決で差止発動に制限(公共に影響有る場合はしない)が付されたことから問題は軽くなっている。なお欧州や特に日本では、差止は比較的慎重で、上述の米でのような問題はあまりない。

またこの差止の脅威を背景とした問題として、標準化に係る特許やいわゆる特許の藪、さらには研究開発への悪影響問題がある。しかしながら標準については、一義的には関連特許の問題であり、この点、関連しそうなことを知りつつそれを隠し標準策定後にそれを執行する隠匿行為については反トラストなり競争法で問責する方向にある(例、ランバス事件)。また藪の問題は、これも米国での非自明性基準の低さが問題であったが、先のKSR事件判決でその運用の厳格化が打ち出されている(またシナリオでは2025年IP世界としてインターネット技術の進展での先行技術サーチの改善を想定し、をまさに今述べた標準は特許侵害が問題ならなくなりとあり、上記の問題は自ずと解決されてことおなっている)。研究開発についても、わが国では試験研究例外(69条)があり、米国でも医薬品等では認められている。またリサーチルールについては、わが国では単純方法発明としてその成果物に及ばないとされ、またわが国および米NIHガイドラインで原則下流発明の支障にならないような配慮がなされている(また05年の米ナショナルアカデミー調査ではバイオ関係等で、今のところ弊害は生じていない模様とのことである)。*10

逆に差止をなくしてしまうと、米国のような懲罰的賠償制度があるならまだしも、実損賠償であるわが国等では、侵害抑止が十分行われるか疑問としない。即ち侵害発覚して賠償なり補償金支払いするとしても、その負担が当初ライセンスを受ける場合と大差ないなら、ライセンスを受けずに侵害した方が得ということになりかねない。また現在差止権があるにもかかわらず発展途上国での特許権行使は困難に直面しているという現状もある。

以上からしてソフトIPの要請がそれ程あるかは議論の余地有りと言えよう。

また仮に導入するとしても法技術的問題もある。即ちどの技術を2つの特許制度のいずれに割り当てるかは、相当困難な議論・紛争を呼ぶ。そもそも問題の出発点からして技術分野毎で分けるのが妥当か、むしろ標準関連とかその特許の活用場面によるのではないか、といった議論もあるだろう。シナリオでは、「新規の国際知財機関での解決を目指す」とある。しかし基本はまずは国内制度であろう。ところで、この特許権二制度化のようなドラスティックな変更は、通常の国内法の改変では極めて難しく、これこそドラスティックな出来事、たとえば新たな国際的な特許制度創設(それを踏まれての国内法も改正)のような場合ではないかと思われる。この点、「その技術分野調整を新たな国際的機関にさせる」という上記シナリオは、ある意味整合的と言えようか。

最後にオープンソースは、現在もソフトウエアを中心に提言され一部実施されており、それが協調的イノベーション-昨今の進歩が迅速で複雑・学際的な分野のR&Dに馴染むと思われる-を促進することは、そうであろう。ただしオープンソースといえども、そのメンテナンス(不具合の解消)やウイルス対策、更にバージョンアップにはやはりコストや人手が必要で、全てをボランティアに頼ってタダというわけには行かない。したがって有償のライセンス契約は避けられない(むしろ費用をかけてまでしてくれる責任ある運用者がいないと信頼できるソースとしての利用は不可能)。ことに留意すべきであろう。

最後にTrees of Knowledge(知恵の木)の世界であるが、ここでは特許制度はなくなってしまい、特許庁は知識庁(KA)になる。これは究極的なドラスティックな変化であるが、そこに至らしめるドラスティックな事件としてシナリオは、以下を上げる。1)2012年のインフルエンザの国際的蔓延。特許権者のワクチン値下げ拒否と後発薬のブロック、および重複特許が邪魔してのワクチン開発の遅れから2000万人が死亡。2)2018年のトウモロコシと大豆-2、3の遺伝子操作食物が占拠していた-への害虫被害、それによる食糧危機。種子ビジネスの独占的な慣行、育成者制限等が問題とされる。3)2007年以降のITC産業で、特に標準に係るパテントトロールの横行。加えてITCのような進歩の早い産業での特許権保護は有用でないという認識、また特許のネガティブイメージの広がり。4)2014年にエンターテインメント産業でユーザー補完サービス展開等の新たな企業の出現で、2020年頃までに大金かけたアルバム販売等の依存する旧型企業の衰退。その後、5)ヒトの遺伝子操作等が公然といわれるようになり、宗教界のみならす反対が起きるが、大きな世界ではノイズにすぎなくなる。

いずれにせよ、このシナリオ世界では、特許等はもはや創作インセンティブと見なされない。知識の共有こそが規範(ノルム)の世界。

コメントとして、知識が広く共有されることは望ましい。そしてこれは特許制度、インセンティブで発明=知識創造を奨励すると共に公開代償でその普及にも努める、と必ずしも整合しないものでもない。だた時限的排他性付与からその実施は限定される。加えるに知識増殖活動とも言うべき試験研究での利用は、日欧では試験研究例外があり、米でもバイオについては緩和された。

なおドラスティックな出来事の1)は、先の鳥インフルエンザもあってこういう事態は想定し得るが、他方、医薬品等特許については、そもそもTRIPs上もその31条で非常事態等での非許諾利用は可能で、また深刻化する途上国でのHIV問題等を背景に2001年12月、ドーハで「TRIPs協定と公衆衛生に関する閣僚宣言」が発出され、途上国の公衆衛生確保に有利な方向(許諾不要の国家緊急事態認定に各国の判断の自由を確認、他)が出されている。よってこれが特許制度そのものまでを揺るがすことになるかは若干疑問。

2)の種子ビジネスについては、たしかにその独占的性格はあるかもしれないが、逆に育成者例外は権利者にとって最も取り締まりにくいものでもある。なお特定少数種の作物に依存することの危険性はIPとは別の問題。

3)ITC標準やそれに係るパテントトロールの横行は現在も頭の痛い問題であるが、前述のように反トラスト法・競争法の関与が始まっている。なおシナリオではパテントトロールは権利濫用で禁止されるとあるが、これは現在の競争法等適用の結果と同じで望ましい方向。なおシナリオでは同分野での特許権の有効性がないとの経済学的な結論が出るとあるが、ここは留意すべきか(そうなる可能性はあるかも)。

4)のエンターテインメント産業は、現時点でもデジタル時代に対応しての保護強化や期間延長論が論じられる一方でその反対も多く、またインターネット普及とそこからの新たなビジネス出現との間での問題がまさに調整されつつあるところ。筆者のみるところ、確かに無闇な違法アップロード等は取り締まり対象であるが、他方でレコードのDRM管理等は欧米では消費者の不興をかい、それ無しの配信を大手レコード会社が容認する等、緩和が進んでいる。加えてWEB2.0時代を迎え、クリエーターの中にも自由に使って欲しい者や多くいるようで、Wikipediaのようにネット上で皆でコンテンツを造っていく動きや、コミック分野での二次的作品(俗にコミケという)が創造の役立っているとの話もある。このような流れをうけ、著作物管理もDRMやコピーコントロールのようなリジッドなものではなく、著作者が自由にその使用条件設定等決定・表示する「クリエィティブ・コモンズ」のような動きもある。著作権はそもそも独占させても技術のような将来の発展への支障も少なく、このためのその排他権も自由創作を認めるように弱く、落ち着くところに落ち着くのではないかと思われる(ただしコンテンツクリエーター等への保護は必要で、現行著作権における複製権や送信可能化権等の権利は残るであろう、そのデジタル環境での利用に係る規制が緩和されるにすぎないと思う)。

以上からして、シナリオのようなドラスティックな出来事はあるかもしれないが、果たして特許廃止のような結果まで行くかは、疑問なしとしない。即ちそこに至る前に(現時点でも始まっているが)何らかの緩和等の調整が行われるのではないか(むしろ本シナリオは、そのような調整をしなかった場合こういう結果になる、との警鐘との受止め方が正しいのではないか)。

むしろ気に掛かるのは、シナリオ自体も認めているが「利益動機欠如」からの「イノベーションレベルの低下」である。シナリオでは、特に製薬研究は重要分野として政府やNGO等の資金で活性化されるとするか、あやしいと思う。現に現状R&Dに占める民間営利企業のウエイトは相当高く、それを賄えるかは大いに疑問。またいみじくも「医薬品開発で社会全体便益から生活関連等の優先度が下がる」とするが、これはまさに今後製薬企業が取り組み、また高齢化の進展等の観点からの需要も高い重要な分野であるが、同分野での後退は生活の質向上に反して問題であろう。またシナリオも認める「R&Dロビーによる研究開発目標設定の歪み」や「政府が研究企画や指導に必ずしも成功しない」は、まさにこの世界の大問題であろう。

コメントの最後に、若干余談ではあるが、本シナリオを何故「EPO」が作成したことに関連して幾つか述べたい。

まず冒頭にも述べたように、三大特許庁の1つのEPOが描く知的財産権の将来像として大いに参考になり、また知財を巡る状況が、そのパラダイム、即ちR&Dそのものが高度複雑化し、またグローバリズムの影響から競争形態自体が変化しつつある今日において為されたというこは、まさに時宜を得たものともいえよう。

またEUは今も拡大過程にあり、特許・知的財産権を含め様々な分野で制度の統合調整が行われているが、そこではその内容の調整もさることながら、EU対各加盟国の中で、権限や個々の執行手続き等のあり方も議論になる。この文脈からEPOとして、この拡大EU過程でそのレゾンデートルの確保確立というか、共同体特許の創設構想やさらにはその執行官庁としての存在感・責任感の発揮というものも、この報告書作成の背後にはあるように思われる。

関連して、EUにおいては市場統合が最優先課題であり、そのため特許権といえどもそこからの制約を受ける(そこが日本や、特に知財権至上主義的な米国(憲法に知財条項がある)との相違がある)。また競争法については米同積極的であるが、米が民のイニシアティブに対し、EUは政府主導型に特徴がある。即ち政府介入的で、いくつかの指令(Directive)も出されている。

最後に、各シナリオの細部にも欧州らしさが見て取れるように思われる、たとえばWhose game?で、現在EUは欧州としての存在感強化に努めているが、連携するとなるとやはり米国でTAFTAということ、またTAFTAは環境・労働憲章となるが、EuP(環境設計配慮)指令やREACH(化学品制限)等環境面の厳しいEUの性格がかいま見られるような気がする、またBlue Skiesで2025年想定で自動翻訳で翻訳コストが無くなり未来を想定するが、これはまさに加盟国言語への翻訳問題に悩むEPOならではの夢のように思われる。

2007年11月27日
脚注
  1. 本文は英語であり、内容に誤訳誤解が有った場合は筆者の責任であり、ご容赦願いたい。
  2. 各シナリオはその概要であって全訳ではない。
  3. これが同じ知的財産権でも著作物に係る著作権との違い。この関係からソフトウエア特許は著作物でもあり、ために単体流通は有り得る。
  4. わが国で行われる知的財産担保融資も、通常は当該特許等が絡む「製品ベース」に将来収益を想定しそれを現在価値に戻すDCF法で行っている。
  5. いわゆるLOR(License of Right、実施許諾)特許ぐらいであろう。
  6. 自ら製造する者は通常他社特許を使うことからその交渉もあり自社特許の手放しには伸長。この点ファブレス系はこのような懸念はないが、逆にライセンスで設けるしかなく、そのためには少しでも良い条件のラインセンシーを探すことから市場一般に開放するようなことは、少なくとも当初段階では行わないと思われる。
  7. シナリオでは、あまり気にしていない(?)が、途上国、特にLLDCの扱いは、先進国等と一律と言うわけには行かないであろう。
  8. また大昔(20世紀の前半)の事例ではあるが、飛行機(ライト兄弟とカーチス)やラジオ(RCAの創設)、ともにブロックしあってにっちもさっちもいかない状況を政府主導でプール、即ち権利主張を制限、させることで実用製品化を可能にした、というものもある。
  9. 標準化に係る技術の場合は、迂回はほぼ不可能でブロックしてしまうといった議論はあるが、それは別途標準を巡る運用の議論、たとえばエッセンシャルファシリティからの競争法適用や、そもそも策定時の関連特許権隠匿行為に係る権利濫用等、が有り得る。
  10. 関連して高額賠償額も問題ではあるが、まず侵害特許が製品の一部にも関わらず製品全額ベース賠償を求めていた(entire market value ruke;背景にこのような場合でも製品の差止可があると思われる)ことについては米特許改正法で制限の方向。関連して米3倍賠償については、07年8月のシーゲート事件CAFC判決で、「故意」の立証責任は原告が負い且つ認定要件の厳格化が図られている。

2007年11月27日掲載

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