コラム

日本企業の非公開化MBOの実施と事後パフォーマンスの決定要因

齋藤 隆志
明治学院大学経済学部准教授

はじめに―改めて注目を集める非公開化MBO―

筆者は、2013年の本コラム(「日本の非公開化MBOにおける買収プレミアムと経営者行動」)において、日本では上場企業による「非公開化MBO(マネージメント・バイアウト)」が存在感を増していることを紹介した。図1を見ると、ここ2~3年の非公開化MBOの件数や金額のレベルは2000年代前半のレベルとなっており、ブームはやや落ち着いたかのように見える。一方、MBOによって非公開化した企業の再上場(チムニー、すかいらーく)が話題になっており、非公開化は事後の状況を含めて改めて注目を集めている。今回のコラムでは、どのような上場企業が非公開化MBOを実施するのか、さらに非公開化が実施された後のパフォーマンスはどのように決まるのかについて、河西卓弥氏(熊本県立大学総合管理学部)、川本真哉氏(福井県立大学経済学部)との共同研究を紹介したい。

図1:日本のMBO市場(2014年まで)
図1:日本のMBO市場(2014年まで)

非公開化MBOの動機

ここで、非公開化MBOは定義上現経営陣が買収に関わっているため、自発的に上場廃止を選択していると見て良いと判断できるとしたうえで、なぜ経営陣が非公開化MBOに踏み切るのかについて考えてみたい。大別すると2つの大きな要因が考えられる。1つ目は、株式を公開することの費用が便益を上回れば非公開化を選択するというシンプルな仮説が考えられよう(Bharath and Dittmar (2010)、Martinez and Serve (2011))。株式公開の便益としては、株式の流動性(取引費用の削減)の確保、株式市場へのアクセス、株主とのリスクシェアリングが挙げられる。また株式公開の費用としては、年間上場料、監査報酬、情報開示に伴う費用などに加え、上場維持のために受ける行動の制約や、企業価値に関する情報の非対称性によってもたらされる株価の過小評価(アンダーバリュー)などといった間接的なものも含まれる。2つ目として、エージェンシーコストの削減を目指すという動機が考えられる。公開企業においては株式保有が分散しているため、株主と経営者の間に利害の不一致と情報の非対称性が発生することになる。ここから生じるエージェンシーコストを、非公開化MBOによって経営者の持株比率を上昇させることで所有と経営を一致させて削減し、さらに買収後は経営者(とファンド等投資家)が収益を独占するため、彼らの努力インセンティブが大きくなることによって企業収益を高めることも期待できる。また、MBOの際に負債比率が上昇することで、フリー・キャッシュフローは利払いに使われることとなるため、企業価値を毀損するような投資活動を思いとどまるであろうことも(負債の規律付け効果)、エージェンシーコストの削減と解釈できよう。これらのほか、MBOの際の負債比率増加による追加的に生じる支払い利息は損金に算入されることから、税法上控除の対象となるため節税効果が期待できることや、従業員などのステークホルダーとの間の長期雇用や年功賃金などといった「暗黙の契約」を買収後に破棄することによって富の移転を狙うことも動機として考えられる。

では、日本の場合はこれらのうち、実際にはどの動機が重要なのだろうか。河西・川本・齋藤 (2015)は、2000~2011年度に非上場化を実施した100社とコントロール企業100社、計200社のデータを用いて、非公開型MBOの決定要因を検証した。コントロール企業の選定については、野瀬・伊藤 (2011)などの先行研究を参考に、MBO公表直前の決算期において同じ産業分類に属する企業の中で、MBO企業と総資産の最も近い企業を選択した。実証分析の結果、まず株式市場へのアクセスの必要度が低い企業ほど非公開化を行う傾向が見られた。これは、上場の便益が低いほど非公開化を行うと解釈できる。また、株式を過小評価(アンダーバリュー)されているという疑いがある企業ほど、非公開化を行う傾向がみられた。これは、株式公開の間接的費用が非公開化の意思決定に影響を与えていることを示している。一方、その他の仮説についてはいずれも有意な結果は得られなかった。したがって、わが国においては1つ目の仮説である株式公開の便益や費用が主として非公開化に影響をもたらしていることがわかった。

追加の分析として、リーマンショックの前後でサンプル分割を行ってみた。その結果、アンダーバリューやフリー・キャッシュフローは、リーマンショック後にのみ期待通りの非公開化への影響が見られることがわかった。前者は、リーマンショックによる株価の低迷のため株価の過小評価の程度が強まり、株式公開の費用が増大した可能性が考えられる。後者は、投資機会の減少により、フリー・キャッシュフロー保有のコストが高まり、その非公開化に与える影響が強まった可能性が考えられる。よって、2つ目の仮説であるエージェンシーコストの削減については、リーマンショック後においてはあてはまるといえる。

事後パフォーマンス

では、非公開化MBOを実施した企業の事後的なパフォーマンスについてはどうであろうか。Guo, et. al (2011)などの欧米を対象とした先行研究の多くで、MBO (/LBO)のパフォーマンス改善効果が確認されている。日本では、これまで非公開化後のデータ入手の難しさから、システマティックな非公開化型MBOの事後的な評価はほとんど行われてこなかったものの、今回は非常に限られた数ながら入手できた企業データを使用した分析結果(川本・河西 (2015))を紹介したい。

作業仮説としては、前回のコラムで紹介した非公開化MBOの際の買収プレミアムの決定要因の実証分析とほぼ共通したものとなる。非公開化MBOの実施時に支払う買収プレミアムは、事後的な企業価値向上の予想を反映したものであり、事後のパフォーマンスはその予想の実現値であると解釈できるからである。また、株式公開の費用便益効果やエージェンシーコストの削減など、企業価値の上昇を見込んで非公開化MBOを実施するという、上記で紹介した非公開化MBOの決定要因に関する仮説ともほぼ共通したものとなる。加えて、買収ファンドの関与の有無と事後パフォーマンスとの関係も確認し、非公開化MBOの構造がどのような影響を与えているかについても検証した。

用いたデータは、2001年1月以降に非公開化MBOをアナウンスした企業のうち、非公開化後の財務情報が1期以上取得(2011年3月期まで)できたもので、29件が分析対象となる。コントロール企業の選定方法としては、実施1期前の業種が同一で、総資産が実施企業の50%~150%の範囲内、かつROAが50%~150%の範囲内にあるものとし、128社がコントロール企業として抽出された。分析の結果は以下の通りである。まず、ファンドが関与する案件では売上高の成長率が高まることで経営効率化が実現され、これはファンドによる価値創造の効果と解釈できる。また、ファンドが関与しない純粋MBO案件では、余剰資産の削減を進めることを通じて資産回転率の上昇を実現しており、エージェンシーコスト削減仮説の一部、インセンティブのリアライメントが一部支持される結果となった。さらに、非公開化MBOによる負債比率の上昇幅が大きな企業は、買収後において資産の削減が進展しており、負債の規律付け効果が働いていることが示唆されている。追加分析では、非公開化MBOによるパフォーマンス改善効果は、時間経過とともに明確になる可能性(= Jカーブ効果)があることがわかった。

おわりに

非公開化MBOの決定要因については、株式公開の間接的な費用である株のアンダーバリューが大きな要因として抽出された。これは、前回のコラムで紹介した買収プレミアムの決定要因の分析でも、最有力な説明変数であった。一方、事後のパフォーマンスを引き上げる要因としては、エージェンシーコストの削減が示唆された。これらはあくまで暫定的な結果であるが、近年の欧米のデータを分析した既存研究と共通する部分も多くみられることが指摘できる。

2015年8月18日
文献
  • Bharath, S. T. and Dittmar, A. K. (2010), "Why Do Firms Use Private Equity to Opt Out of Public Markets?," Review of Financial Studies, 23, pp. 1771-1818.
  • Guo, S., E. S. Hotchkiss, and W. Song (2011), "Do Buyouts (Still) Create Value?" Journal of Finance, 66, pp. 479-517.
  • Martinez, I. and Serve, S. (2011), "The Delisting Decision: the Case of Buyout Offer with Squeeze-out (BOSO)," International Review of Law and Economics, 31(4), pp. 229-239.
  • 河西卓弥・川本真哉・齋藤隆志 (2015)「非公開化型MBO選択の決定要因」明治学院大学経済学部ディスカッションペーパー, No.14-02.
  • 川本真哉・河西卓弥 (2015)「MBO による株式非公開化のパフォーマンス改善効果に関する実証分析」WIAS Discussion Paper, No.2014-005.
  • 野瀬義明・伊藤彰敏 (2011)「株式非公開化の決定要因」『証券経済学会年報』第46号, 39-55頁.

2015年8月18日掲載

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