コラム

会社法改正と親子会社上場問題

大杉 謙一
中央大学法科大学院教授

法務省による会社法改正と民主党の「公開会社法

現在、法務大臣の諮問機関である法制審議会・会社法制部会で会社法の改正が議論されている。テーマは多岐にわたるが、注目を集めている(学界と経済界の主張が対立している)のは、(1)社外取締役の義務付けや「社外」要件の厳格化等の企業ガバナンスの改善問題と、(2)親会社の株主が子会社取締役の賠償責任を追及できるという多重代表訴訟の導入、(3)親子会社の利益が相反する取引から子会社が不利益を被った場合の親会社責任の明文化などである。ここでは最後の親会社責任の問題を取り上げる。

2009年秋の政権交代後、民主党は「公開会社法」構想を明らかにし、その中では親子会社がともに上場することを原則禁止することが提案されていた。現在では、民主党はそのような抜本的な改革案をひっこめ、よりマイルドな法務省案(2011年12月に公表された「中間試案」)に傾きつつあるようである。

ちなみに海外では、英米では上場会社の株式所有は分散し、上場会社において親会社その他の支配株主が長期間存在することは稀であるが、ヨーロッパの大陸諸国やアジア諸国においては創業家一族が上場会社を事実上支配している例が少なくない(支配株主は「親会社」ではなく個人・家族であることが多く、また親会社が上場していないことも多い)。日本では上場している親会社が子会社の株式を公開し上場させ、親子上場が長期的に維持されることが珍しくない。

中間試案の概要

法務省が公表した中間試案では、(ア)親会社と子会社の利益が相反する取引によって子会社が不利益を受けたときには、親会社は子会社に不利益の額を支払う義務を負う、(イ)子会社株主は、代表訴訟によりこの責任を追及できる、(ウ)「不利益」の有無・程度は総合的に判断し、当該取引のみに着目して判断することはしない、というルールを設けることが提案されている(A案)。この提案は、親会社・子会社が上場しているか否かを問わず、一般的に適用されることを意図している。

この点についての改正を行わないという案も併記されている(B案)。なお、現行法では親会社責任を直接的に基礎づける法規定は存在せず、問題の解決は事案ごとの解釈に委ねられている。

中間試案の意味するもの

たとえば、子会社S社がある仕掛品を原価100万円で製造しており、これを親会社P社に対しては80万円で提供しているが、他社に対しては150万円で販売しているとする。また、S社はP社の子会社であることによって、類似の社名を用いることができ、対外的に競合他社よりも高い信頼を得られており、そこからS社が得られているメリットは金銭評価でX万円とする。

上記の親子会社間取引に不満を持つS社の少数株主Kは、中間試案A案によると、P社を被告として株主代表訴訟を提起し、当該取引から会社に生じた不利益をS社に支払うように請求することができる。このばあいの「不利益」としてKは100万円-80万円=20万円を主張・立証する。これに対して、P社はS社が得ているメリットX万円を主張・立証して、それを同社が支払うべき金額から控除することを求めることになる。

商法学界では、上記の事例ではP社が負う責任の額は、独立当事者間価格である150万円を基準として150万円-80万円=70万円である、メリットであるX万円は考慮(控除)しないとの見解(解釈論・立法論)も有力である。

親子会社間取引の実情

本リレーコラムの第7回で宮島英昭教授らが明らかにしているように、統計データを全体的に見れば、子会社上場により子会社の少数株主が不利益を被っているとはいえない。親子会社の利益が相反する「関連当事者間取引」は計算書類・財務諸表の注記事項であり(会社計算規則112条など)、監査法人による監査の対象となる(監査法人は、金額の正確さだけでなく、金額の適正さについてもある程度のチェックを行う)という規制がある程度機能しているのであろう。もちろん、このことはすべての会社のすべての取引において問題がないことを意味するわけではなく、法規制が不要であるとは即断できない。

筆者が企業法務を専門とする親しい弁護士に尋ねたところ、上場子会社では問題のある取引を目にすることはほとんどないが、非上場の子会社に対して親会社が対価に疑問のある取引を要請する例は時折見られるという。特に問題なのが、親会社が「経営指導料」を子会社に請求する場合である。

私見

筆者は経営指導料がすべて違法だとは考えていない。が、先ほどの例でいえば、経営指導料の金額が、P社はS社が得ているメリットX万円を超えることは許されず、そのような観点から法規制の内容が設計されるべきだと考える。

中間試案が(ア)(ウ)のように実体法(賠償額の算定)レベルでは緩やかなルールを、(イ)のように手続法(代表訴訟)レベルでは踏み込んだルールを提案していることは、バランスが取れており、現実的かつ実効的な提案であると評価できる。他方、子会社であることによって得られているメリットを親会社が主張・立証することは必ずしも容易ではないので、中間試案A案の(ウ)は微修正が必要である。

具体的には、子会社の取締役(会)が親会社との間で、取引の必要性・相当性につき独立性のある判断をなし、しっかりと交渉を行った場合には、親会社はそのことを証明することにより支払責任を免れる(X万円という金額を証明する必要はない)というルールを付加すべきであると考える。具体的には、子会社に独立委員会を設置し、中身のある交渉を親会社と行った場合がこれに当たる(アメリカの判例法ではだいたいこのような運用がされているようである)。

結び

これまで、子会社の取締役(会)が親会社に対してどのような観点から交渉を行うべきか(価格・基準・判断の独立性)は学界・実務界で十分議論されてきたとは言えないように思われる。法改正に当たりいずれの立場を支持するにせよ、このような議論を積み重ねていくことが、会社法の条文を「生きた法」にしていくために必要であろう。

2012年5月21日

2012年5月21日掲載

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