3分でわかる開発援助研究:オススメの1本

第8回「マイクロファイナンスとフィールド実験:逆選択・モラルハザードとグループ貸付の検証」

オススメの1本

  • Karlan, D. and J. Zinman (2007) "Observing Unobservables: Identifying Information Asymmetries with a Consumer Credit Field Experiment," Center for Global Development Working Paper No.109.

2006年、バングラデシュのグラミン銀行とその創設者のムハマド・ユヌスが、ノーベル平和賞を受賞した。貧しくて担保もなく、返済能力も低いとみなされて銀行などから無視されてきた貧困層に対して、小額の資金を融資するマイクロクレジットをはじめとしてさまざまな金融サービスを提供し、貧困層の自立を促そうとした「底辺からの経済的および社会的発展の創造に対する努力」が認められたためだ。

グラミン銀行は、無担保で貧困層に融資を行いながらも、98%以上の返済率を記録して注目を集めた。このグラミン銀行の成功に触発されて、世界各地でマイクロクレジットが実施されるようになり、現在では1億以上の人々がマイクロクレジットを利用するまでになった。さらに、貧困層に融資を行うマイクロクレジットだけでなく、貧困層の貯蓄を促進するマイクロ貯蓄、貧困層に医療保険や生命保険を提供するマイクロ保険、出稼ぎで稼いだお金を安価な手数料で送金できるようにするマイクロ送金などのさまざまな貧困層向け金融サービスが発展してきた。これらのさまざまな貧困層向け小規模金融サービスを、「マイクロファイナンス」と呼んでいる。

今回紹介する論文は、必ずしも貧困層を対象としない南アフリカでの市場ベースの消費者金融を題材にしたもので、伝統的なマイクロクレジットとはやや異なるが、無担保で融資を行う共通点があり、マイクロクレジットのスキームを考える上でも重要な示唆を持つ。また、プログラム評価の文脈で近年注目を集めているランダマイゼーション(ランダマイゼーションについては第4回を参照)が、プログラムの効果という結果のみを測定するだけでなく、人々の行動パターンの実証や経済理論の検証においても利用できるという新たな可能性を示した論文である。

逆選択とモラルハザード

貧困層向けの融資が困難を伴うのは、そもそも貧困層は稼得能力が低いためにお金を借りても返せない可能性が高いことに加え、貧困層は担保となるものを持っておらず無担保で融資せざるを得ないため、「逆選択」と「モラルハザード」の問題が生じてしまうからである。担保がある場合は、返済できないと担保を没収されてしまうので借り手側も一生懸命返済したり安全な投資を行おうとするが、担保がない場合は債務不履行の際に借り手に対して有効な罰則を与えることが難しく、収益を上げる努力を怠ったり(モラルハザード)、リスクの高い(リスキーな)事業を行う人ばかりが集まってしまって(逆選択)、高い返済率を維持することが困難になってしまう。「逆選択」とは、無担保であることによって返済率の低い「タイプ」の人ほど参加してしまうことを指し、「モラルハザード」は、無担保であることによって返済率を引き下げる「行動」が選択されてしまうことを指している。「逆選択」が参加者の「タイプ」(あるいは参加者の構成)に焦点を当てているのに対し、「モラルハザード」は参加者の「行動」に焦点を当てているという違いがある。

「逆選択」や「モラルハザード」の悪影響を緩和するには、債務不履行の際の罰則を重くしたり、債務を返済した際のベネフィットをあげてあげればいいわけであるが、マイクロクレジットにおいては、クレジットグループを形成させて誰か1人でも返済できなければ他のすべてのメンバーもその後一切マイクロクレジットを利用できないようにする「グループ貸付制度(連帯責任制度)」を採用することで、債務不履行の際に他のメンバーから社会的制裁が課されるようにして債務不履行の罰則を重くしたり、返済すればより多額の融資にアクセスできるようにする「動学的インセンティブ」を採用して債務を返済した際のベネフィットを高める工夫がされてきた。

しかしながら、以上のような理論的可能性が指摘されつつも、現実において、「逆選択」や「モラルハザード」がどれほど深刻であり、「動学的インセンティブ」がどれほど効果があるのか、厳密に検証されてきたことはなかった。そこでKarlan and Zinman (2007)は、南アフリカの金融機関の協力を得て、「逆選択」「モラルハザード」「動学的インセンティブ」のそれぞれの効果を測定する以下に説明するような「フィールド実験」を行ったのである。

2段階ランダマイゼーションによって逆選択とモラルハザードを識別する

Karlan and Zinman (2006)の結果を紹介する前に、以下の2点を確認しておく。

  1. 逆選択がある場合、利子率が上昇すると、返済率は低下する
  2. モラルハザードがある場合、利子率が上昇すると、返済率は低下する。

理由はそれほど難しくはない。利子率が上昇すると、堅実な投資では利子率を払えるだけの収入が得られないので参加者はハイリスクハイリターンな人ばかりになってしまう結果返済率は低下し(逆選択)、また、事業を成功させても収益の大部分は利子率で持っていかれてしまうので事業を成功させようとする努力も減退して返済率が低下してしまうのである(モラルハザード)。

Karlan and Zinman (2006)は、高い利子率がリスキーな顧客のみをひきつけてしまう「逆選択」と、高い利子率が努力を引き下げてしまう「モラルハザード」を識別するために、以下のような2段階のランダマイゼーションを行った。

(1)高い利子率と低い利子率をランダムに割り当ててダイレクトメールを送付する。
(2)高い利子率でもローンを申し込んできた人のうち、ランダムに選ばれた半分の人に対し、契約時に「コンピュータが指示した利子率です」と言って、低い利子率でローンを貸し出す。

以上の手続きによって、以下の3つのグループが形成される。
(A)高い利子率のローンに申し込み、そのまま高い利子率で借りるグループ
(B)高い利子率のローンに申し込んで、実際は低い利子率で借りるグループ
(C)低い利子率のローンに申し込み、そのまま低い利子率で借りるグループ

まず、(A)と(B)の比較を考えてみる。(A)と(B)では、両方とも高い利子率のダイレクトメールを見て申し込んできたのであるから、両グループにおける参加者の構成に違いはないはずである。したがって、(A)と(B)の間では、「逆選択」による違いは生じていない。一方、(A)は実際に高い利子率で借りており、(B)は実際には低い利子率で借りているので、「モラルハザード」による違いは生じるはずである。つまり、(A)と(B)の間の返済率の違いは、「モラルハザード」だけの効果を表していると考えることができる。

また、(B)と(C)の比較を考えると、両グループとも実際には低い利子率で借りているので、「モラルハザード」による違いはない。一方、(B)はもともと高い利子率のダイレクトメールを見て申し込んできたグループ、(C)は低い利子率のダイレクトメールを見て申し込んできたグループなので、両グループの間で、リスキーな人の割合は異なる可能性があり、「逆選択」の効果が反映される。つまり、(B)と(C)の間の返済率の違いを見ることで、「逆選択」だけの効果を取り出すことができる。

さらに、「動学的インセンティブ」(返済すればより魅力的な融資にアクセスできる)の効果を測るために、実際に低い利子率で借りた(B)と(C)のそれぞれ半分に対して、ローンをきちんと返済したら次回もまた低い利子率でローンを借りることができる、というスキームを提示した。(B)と(C)のうち、「動学的インセンティブ」がなく今回限り低い利子率で借りられるグループを(B1)、(C1)、「動学的インセンティブ」が与えられたグループを(B2)、(C2)とすると、(B1)と(B2)、および(C1)と(C2)の差によって、「動学的インセンティブ」の効果を計測することが可能になる(論文中では、融資申し込み後に動学的インセンティブが与えられることによって借り手の「行動」のみが変化(借り手の「構成」は変化しない)することを指して、「動学的インセンティブ」によって返済率が低下した効果を、「モラルハザードが抑制された効果」と呼んでいる)。

以上の手続きを経たフィールド実験によって明らかになったのは、「動学的インセンティブ」が非常に重要だということである。また、一般に「逆選択」によって返済率の低下が起きたという証拠は見出せないが、データを女性だけに限定すると、「逆選択」によって返済率の低下が起きていることが分かった。一方、男性では、「逆選択」の問題は見られない 。また、「モラルハザード」については、あまり有意な結果は見出せなかった。

グループ貸付へのインプリケーション

1990年代のマイクロクレジットの研究は、「逆選択」や「モラルハザード」を解消する手段としてのグループ貸付に焦点が当てられていた。しかし、「逆選択」や「モラルハザード」がそれほど大きな問題ではないとなると、グループ貸付の意義はかなり薄れてくる。上のフィールド実験で有効だと実証された動学的インセンティブに加え、毎週少しずつ返済させて問題のある借り手の早期発見や無駄遣いの抑制をしたり、集会等大衆の前で返済させたり、債務不履行が起きた場合にマイクロクレジット機関が投資内容・資産状況を徹底的にチェックする、という制度を採用すれば、グループ貸付の有無に関わらず、高い返済率は十分維持できる可能性がある。

実際、Gine and Karlan (2007)は、既存のグループ貸付を個人貸付に移行させるというランダマイゼーションをフィリピンで行い、グループ貸付でも個人貸付でも返済率に違いはないという結果を導き出している。単純に、グループ貸付を個人貸付に変えるランダマイゼーションだけでは、なぜグループ貸付と個人貸付の間で差がなかったのか理解が難しいが、本論文にあるように、グループ貸付の背後にある理論的メカニズムに焦点を当てたランダマイゼーションを行うことによって、なぜ違いが出ないのか(あるいは出るのか)を解釈することが容易になる。またGine and Karlan (2007)は、個人貸付の方が新規顧客数は多く、その大半は既存顧客の友人や親類であることも明らかにした。グループ貸付では、自分が返せない場合に他のメンバーに責任を負わせてしまうので、親しい人々には参加を勧めにくいためであろう。

また、個人貸付に移行して3年後のデータを分析したGine and Karlan (2008)は、個人貸付のグループでは、メンバー間の情報共有の程度はグループ貸付に比べて少ないものの、返済率自体は差がないことを明らかにしている。

グループ貸付の逆選択・モラルハザード抑制効果においては、メンバー間の情報共有が重要な役割を持っており、マイクロクレジットを成功させるための要因としてメンバー間の情報共有が行われているようなコミュニティの存在が前提とされることもあったが、この研究によって、メンバー間の情報共有とそれに依拠したグループ貸付は、必ずしも決定的な要因ではないことが明らかになった。グループ貸付の本家本元であるグラミン銀行自身も、2002年にグループ貸付を放棄してグラミンIIと呼ばれる個人貸付に移行し、その後も高返済率を維持しており、「マイクロクレジットといえばグループ貸付」という構図からはかなり多様化しているのが現状である。

コメント

この研究の重要な点は、通常のランダマイゼーション+サプライズによるランダマイゼーションという2段階ランダマイゼーションを用いることにより、参加者の構成の変化と行動の変化とを分離して計測できることを示した点にある。これまでランダマイゼーションというと、とかくプログラムの効果を正確に計測する利点のみが強調され、時には、ランダマイゼーションによって正確な効果は計測できるが、どのようなメカニズムによって効果が生じたのか、どうすれば効果を高めることができるのかについては分からない、という誤解を与えることもあった。

しかし、今回紹介した論文は、グループ貸付の理論において重要な位置を占める「逆選択」と「モラルハザード」について直接計測したものであり、グループ貸付がなぜ返済率に対して影響を与えうるのか(与え得ないのか)というグループ貸付の構造に、深く踏み込む一歩を与えている。また、Gine and Karlan (2007, 2008)は、単純にグループ貸付をランダムに個人貸付に変えるというランダマイゼーションだけでなく、個人貸付への移行によって生じうる効果の経路を経済理論から予め想定し、その情報を集めることによって、「どのようなメカニズムによって効果が生じたのか(生じていないのか)」という問いに対する答えを導出しようとしている。

近年、評価の世界では、とにかくランダマイゼーションをしよう、という風潮さえあるが、単にランダマイゼーションを行っただけでは、なぜ効果が出たのかというメカニズムも分からず、その知見を他のプログラムに適用することも難しい。しかし、経済理論と現地での調査から得られたアイディアに基づいた綿密な準備の下ランダマイゼーションを実施することで、なぜ効果が出たのかというメカニズムまでも解明し、他のプログラムを実施する際にも適用可能な有用な知見を得ることが可能になる。このことは、ランダマイゼーションだけでなく、プログラム評価全てにおいていえることである。

ランダマイゼーションを含めたプログラム評価は、現地での調査から得られたアイディアと経済理論のさまざまな知識を土台として、プログラムのメカニズムを解明する情報が得られるよう、綿密に設計されることが望ましい。実務家と研究者がタッグを組んで、援助プロジェクトのメカニズムを解明するような調査デザインを設計し、日本発の知的発信の質と量を向上させること、およびそれを通じて途上国の貧困削減に資することが、我々研究会メンバーの願いである。

補足1.
マイクロクレジットの貧困削減・生活水準上昇効果自体、これまでほとんど正確に計測されていない。NGOやマイクロクレジットの擁護団体は、マイクロクレジットを利用してビジネスを拡大し新たな人生を踏み出した成功者たちのアネクドート(逸話)を紹介して、いかにマイクロクレジットがすばらしいものであるかを宣伝しているが、大部分の人はマイクロクレジットを利用しても生活水準はなんら変わっていないかもしれないし、一部には、マイクロクレジットで投資した事業が失敗して、かえって借金が累積してしまっただけの人たちもいるかもしれない。実際にマイクロクレジットが役に立ったかを検証するには、一部の成功者のアネクドートに頼らず、しっかりとデータを集め、きちんと統計学的にバイアスのない形で検証することが重要である。現在、HarvardやMIT、Yaleの研究者が、インドでフィールド実験を実施して、マイクロクレジットの効果や他の様々なイシューについて研究を行っている。関心のある方は、Center for MicrofinanceのResearch Projectsのページを参照されたい。

補足2.
今回はフィールド実験のうち、ランダマイゼーションに焦点を当てて論じてきたが、途上国の人々を被験者として簡単なゲームを行う経済実験に参加してもらい、人々の行動パターンを明らかにするというフィールド実験の方法もある。たとえば、グループ貸付を個人貸付に変えるというランダマイゼーションだけでは、両者に差がないのが、努力や投資の選択に違いがないからなのか、お金を持っていても返済しないという「戦略的不履行」の選択に違いがないからなのか分からないので、筆者は、ベトナムにおいて、戦略的不履行の問題に焦点を当てた簡単なゲームを行うフィールド実験を実施し、よくデザインされたグループ貸付と個人貸付においては、「戦略的不履行」の発生頻度に違いはないが、債務不履行に対する罰則が不十分な状況ではグループ貸付の方が「戦略的不履行」の発生頻度は高くなってしまうという結論を導き出した(Kono, 2007)。なお、フィールド実験に興味のある方は、西條辰義編『実験経済学への招待』(NTT出版)の第8章に、筆者がランダマイゼーションを含めたフィールド実験入門の文章を執筆しているので、そちらも参照されたい。

紹介者:高野 久紀(日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員)
2008年6月20日掲載
文献

2008年6月20日掲載