3分でわかる開発援助研究:オススメの1本

第4回「子供たちを学校に――メキシコ就学助成金プログラム(PROGRESA)のインパクト評価」

オススメの1本
Schultz, T. Paul (2004) "School subsidies for the poor: evaluating the Mexican Progresa poverty program" Journal of Development Economics. 74(1) pp. 199-250.

ミレニアム開発目標の第2目標に掲げられているように、「子供たちを学校に」というテーマは、開発における最も重要なものの1つである。貧困世帯の子供を就学させるためにはどのような政策が効果的なのだろうか。そもそもそのような政策の効果は正確に計測できるものなのであろうか。ここでは、就学に条件付けられた援助金の効果を正確に測定する方法について見てみる。

PROGRESA プログラム

本論文では、メキシコで教育、健康、栄養摂取などの状況を改善させるために実施されたPROGRESA という総合的な貧困削減プログラムを分析している。このプログラムは1997年から全国レベルで、およそ260万人(農村人口の4割、全人口の1割)を対象に実施された。PROGRESAの3つの柱の1つは教育であり、児童の未入学や中退・休学を抑え、在学率を高めるために、貧困家計に対する就学助成金の補助が行われた。

PROGRESA の受益者選定(ターゲティング)は、基本的に資力調査に基づいている。まずセンサスデータを用いることで495の貧困村を選び、次にそれぞれの村でセンサスデータから所得が基準値(320ペソ/人月)以下である家計をプログラムの対象となる「貧困家計」として特定している。貧困家計の母親には、先生によって子供が授業日数の85%以上出席したことが確認されれば、助成金が支給された。助成金は第3学年から第9学年の児童に提供され、学年が上がるにつれて増額し、さらに女子には上乗せされるよう設計されている。助成金の額は家計当たり月額約6600円であり、児童労働所得の3分の2、家計所得の5分の1に相当する。

正確なプログラム効果の計測

このプログラムははたして、在学率を高める効果があったのだろうか。また、その効果は、プログラムにかかった費用と比べて十分だったのだろうか。このような開発援助プログラムの評価を厳密に行うことは、実はそれほど容易ではない。それは、プログラムの効果を評価するためには、プログラムを受けたグループ(対象村)と受けてないグループ(コントロール村)の在学率を比較することが基本となるが、そこで在学率に影響する「その他の条件」を同じにしなければならないからである。たとえば、プログラムを実施した村の方がしなかった村より在学率が高くなったとしても、それはプログラムを誘致した村の方がそもそも教育熱心だったからかもしれない。教育熱心度という把握困難な効果を適切に取り除かなければ、プログラム評価は「過大評価」となってしまう。多くの既存の開発プログラムの評価には、このような「過大評価」の傾向(バイアス)が存在している恐れがある。効果が過大評価されたプログラムの実施範囲を拡大してしまうことは、援助の効果や効率性の点で問題が残るといえる。

では、過大評価の根源となる「その他の条件」を適切に取り除くことはできるのだろうか。このようなプログラム以外の要因による効果は、統計的に取り除くよう努力することは可能である。しかし、開発経済学の先端研究においては、より正確に評価をするには、プログラム以外の条件が等しくなるよう無作為にプログラムを実施すること(randomization)が望ましいと考えられつつある。PROGRESAは、プログラム対象に選択された村において、就学助成金配布のタイミングを無作為に変えてやることで、正確なプログラム評価を実現している。より具体的には、495の貧困村のうち、最初の2年間(1998年夏~2000年夏)で314の村が「無作為に選ばれて」実施され、残りの181の村では3年目(2000年秋)から開始された。したがって、最初の2年間の期間でみれば、プログラムを受けた314の「対象村」と、プログラムを受けなかった残りの181の「コントロール村」という2つのグループがあり、両者の在学率を比較することで、プログラムの効果を正確に評価することができる。

今回紹介する論文では、「在学率の向上」と、「富裕家計と貧困家計の間の在学率の格差」という2つの観点からPROGRESA の評価を行っている。分析には、プログラムの対象となった495の対象村に住み、プログラムの実施前(2回)と実施後(3回)の計5回の調査すべてを受けた1万9千716人の児童のデータが使われた。

筆者は、まずプログラムが本当に無作為に実施されたかを確かめるため、プログラム実施前の対象村とコントロール村の貧困家計の在学率を比較し、両者に統計的に有意な差がないことを確認している。したがって、初期条件は対象村とコントロール村で同じであり、プログラム実施後に在学率に変化が生じたとすれば、それはPROGRESAによる効果である可能性が高いと考えられる。プログラム実施後の在学率を見ると、対象村の方がコントロール村よりも高くなっている。特に第6学年レベルでは11.1%も高く、中等教育への進学に寄与したことが分かる。また、男子に比べて女子の在学率が高くなっているのが特徴的である。最後に、プログラム実施の前後の変化を対象村とコントロール村で比較すると、やはり対象村の在学率の伸びの方がコントロール村のそれよりも高くなっている。このように同じ村における時間的な変化を見ることで、在学率に影響するそれぞれの村固有の(時間を通じて変わらない)特徴や要因を取り除き、プログラムの効果をより正確に評価することが可能である。

本論文では、さらに所得や就学の格差に対するPROGRESAの効果を評価するために、同じ村のなかでの富裕家計(助成対象外)と貧困家計(助成対象)の在学率の差、つまり格差に注目している。まず、プログラム実施前の在学率の格差は、対象村とコントロール村の間に統計的に有意な差はおおむね見られないため、対象村とコントロール村は格差について同条件であったといえる。しかし、プログラムの実施後を見ると、対象村ではそれが有意に縮まっている。プログラムの前後の変化を見ると、やはり対象村の方が格差は縮まっており、特に第6学年については統計的に有意な差が認められる。これらの結果から、筆者はPROGRESAには、同一村内の所得に起因する在学率の格差を縮める効果があったと結論づけている。

また、論文では、在学率に影響すると思われるさまざまな要因(子供の年齢、両親の教育年数、先生1人当たりの児童数つまり学校の質、学校への距離などの効果)を取り除いたPROGRESAの効果の測定も行っている。推計によれば、PROGRESAは在学率を初等教育レベルで1%前後(もともと在学率94%とかなり高いことに注意)、中等教育で女子では9.2%、男子では6.2%高める効果があった。その結果、プログラムによる累積的な在学年数の増加は0.66年で、都市部での賃金が中等教育を1 年修了するごとに12%高くなることを勘案し、さらに助成金によって貧困家計の消費水準が向上することを考慮すると、「プログラムの内部収益率は年8%にのぼる」と筆者は結論づけている。

コメント

本論文によって、PROGRESA は貧困家計に子供の機会費用の半分から4分の3程度の助成金を補助することで在学率と教育年数を高め、所得による教育年数の不平等を緩和し、高い収益効果をもたらしたことが正確に評価された。この助成金は、将来子供たちがよりよい就業機会を見つけ、貧困から脱却することを促進すると期待される。PROGRESAと本論文から得られる開発援助への含意は、就学助成金の効果はもとより、援助プログラムの評価をどのように行うかということである。今回取り上げたPROGRESAは、プログラムの正確な評価を行うことを念頭において、当初からプログラムを無作為に実施するよう企画され、IFPRI(International Food Policy Research Institute)というワシントンDC所在の研究機関によって、プログラムの実施前、実施途中、実施後の各時点でデータが収集され、極めて包括的かつ正確な評価が行われた。PROGRESAは、3年間のプログラム期間を終え、現在はOportunidadesと名を変えて展開されている。

日本でも開発援助業務には、さまざまな内部・外部の事前・事後の評価が行われるようになっている。しかし、より正確な評価を行い、その知見をさらに生かしていくためにも、PROGRESAの手法から学ぶことは多いだろう。1つの援助のあり方としては、まず無作為評価を可能とする要素を導入したパイロット・プログラムを実施・評価し、その効果や改善点を踏まえたうえで、実施範囲を拡大することが考えられる。このような手法で評価を行い、改善点を見つけ出すことは、より効果的なプログラムを効率的に実施することを可能にする大前提である。このような手法が援助受入国における貧困層の厚生の向上に寄与しうるという点は無視されてはならない。

紹介者:有本 寛(日本学術振興会特別研究員/東京大学大学院経済学研究科)
2008年4月14日掲載

2008年4月14日掲載