Research & Review (2003年5月号)

知識国家論序説

泉田 裕彦 コンサルティングフェロー

国家の競争力は、どのように決定されるのであろうか? マイケル・ポーター教授は、日米欧10カ国の100以上の産業を分析し、企業の競争力を支える継続的なイノベーション(技術革新)の源泉として(1)要素、(2)需要、(3)関連・支援産業、(4)戦略・組織・目標・ライバル間競争という4つの条件が重要であるという。(国の競争優位 1990年)本稿においては、競争力の源泉を産業に限定した帰納的な方法による条件抽出でなく、中央政府による政策形成、地方自治体の知識経営、大学における研究活動、企業による産業技術知識の創造、国防戦略構築など、多くの知識国家の構成要素の知識創造力の本質は何かという観点で競争力の源泉の考察を行った。なお、実証研究も加えて詳説した「知識国家論序説―新たな政策過程のパラダイム」(東洋経済新報社2003年3月発行)が本題について詳細している。

知識と知識国家

はじめに「知識とは何か」という根本問題を考察しておきたい。長い哲学の歴史の中で様々な議論が展開されているが、あえて1つの結論を述べるならば、知識とはプラトンによって導入された「正当化された真なる信念(justified true belief)」という定義に合意している。その後、理論と実践、あるいは知識と行為の関係を重視したジョン・デューイ(1929)、直接経験をより重視する哲学を展開した西田幾多郎の理論等、知識に関する哲学的な議論は、いかにしてデカルトの分割を乗り越えるかという議論の歴史でもあった。

もう少し、概念を明確化するため「知識」の性質を記すと以下のようになる。

(1)知識は運動化でき論理のみならず、信念(価値)やスキルを含む全人的なもの。

(2)特定の時間・空間における人との相互作用(身振り・話法・行為・雰囲気)というコンテクストのなかでダイナミックに可視化されてくるもの。

(3)現象を一定の角度(視点)から見る主体的な行為から生じるもの。

つまり、知識とは、「個人の信念やスキルを『真理』に向かって正当化していく、ダイナミックで人間的/社会的なプロセス(A dynamic human/social process of justifying personal belief and skill towards the "truth")」と定義したい。

そして知識創造力を決定づけるものとして、ビジョン、知識創造の「場」、知識資産、社会資産、コンテクスト、インセンティブシステム、リーダーシップという要素が重要な役割を担うこととなる。知識の創造を分析すると、正(thesis)、反(antithesis)、合(synthesis)のプロセスを通して、多面的に真実に迫るプロセスであり、その過程を通じて、多様で異質な知を革新的に結びつけ、一貫性(coherence)をもった知識体系をダイナミックに創造することといえる。このような有機的な正の相乗効果を生み出す能力こそが「綜合力(synthesizing capability)」である。

図1 綜合の円錐モデル

以上を踏まえて、知識国家を定義すれば、『理想に向かって対立する概念ないし命題を革新的に組み合わせ、すなわち弁証法的に「綜合」して、より大きな、次元の高い知識を生み出していく過程を実現する国家』といえる。そして、この知の綜合力こそが、知識国家の競争力を左右する核心的な能力なのである。

政策形成と社会的知識マネジメント

そこで、「知識国家」の原則的規範を構築する中央政府の政策形成過程における知の綜合力について、現代の日本が抱える問題点および新潮流について概観してみる。

およそ、国家統治の本質は権力であり、その権力の背後には顕在的もしくは潜在的に強制力がひかえている(レーヴェンシュタイン)。近代立憲主義は、権力保持者が被統治者に恣意的に権力を乱用することがないように政治過程に多元的な抑制・均衡のシステムをはめ込んだものである。権力の抑制に加えて国民の社会・経済生活に積極的に介入することも政府の重要な機能となった現代国家における政策形成とは、権力行使・市場介入に際してのルールおよびフレームワークを構築するものであると考えられる。そして、政策形成にあたっては、錯綜する利害関係、社会全体としての公共の福祉の追求、経済社会における国際競争力の強化等の諸課題を最適に行いうるよう各方面に分散する知識を活用しつつ、より合理性の高い知識を生み出す必要がある。このように、本来、政策形成は、国家の知識経営(ナレッジ・マネジメント)そのものである。

ところが、日本の政策には戦略がないといわれて久しい。これは、知の綜合力を高める仕組みがなく、縦割り省庁の利害対立を足して2で割るといった妥協の産物が政策として採用し続けられてきたためであろう。これまで、日本の社会は、産業化の「キャッチアップ」段階において、「開発主義型政策」を採用して、一定の成功を収めた。しかしこの「開発主義」による成功体験は、以下の2点から大きな困難に直面している。まず第1点として、日本が産業化の先行集団に入り、また20世紀型の大衆消費財市場が成熟する過程で、開発主義段階での「ベスト・プラクティス」を提供してきた先進産業社会の先行例が無くなったということである。このために、一方では欧米の先行例をモデルとして、他方では官僚と既存産業(incumbent industry)の間の密度の濃い情報共有を利用するという、従来型の政策形成における社会的知識マネジメントだけでは十分な効果を挙げることができなくなっている。このような既得権益としての政・産・官のトライアングル――「鉄の三角形(iron triangle)」などと呼ばれる――については、2001年1月の省庁再編や、行政法人の公社化・民営化など、「政策決定サークル」における政治(永田町/首相官邸)と行政(霞ヶ関)の関係にも構造的な変化が生じているが、その方向性は依然として流動的である。(注1)いずれにしても、このような政策決定過程の再編成は、開発主義の卒業段階における政治的変化の1つの現れのように見えるのである。

次に第2点として、特定の政策が長期間・多組織にわたる政策決定過程を通過するためには、その政策に関する「利害関係者のネットワーク(stakeholders, network)」と連携した「政策連合」が「政策競争」を勝ち抜く必要がある。しかしながら情報基盤政策、環境問題、公共投資の再編成といった政策については、「21世紀型産業」の「利益集団(interest group)」と「利害関係者のネットワーク」が十分に組織化されていないために、有効な「政策連合」を形成することができない。経営学の類推を使えば、これは「非連続的政策」における「イノベーションのジレンマ」だと言うことができる。すなわち、政策決定過程に関するポスト開発主義社会の制度設計について日本社会がジレンマに直面していると考えられるのである。

知識創造における綜合力と日本の現状

2001年1月にスタートした中央官庁の再編は、以上のような弊害や問題点を是正するため、首相が政策形成にあたって主導権を発揮し戦略的な政策決定を行える仕組みを、組織形態の上で整えたものと理解される。しかしながら、政策当局の組織形態を見直しただけでは、競争力のある政策形成などは絵に描いた餅になってしまうであろう。政策形成における綜合力を高めるために必要な要素としては、政治的意思に裏打ちされた明確なビジョン、社会全体に賦存する形式知(Knowladge Assets)、暗黙知や信頼といった社会資本(Social Capital)及び参加者へのインセンティブシステムも包含してこれらの要素を弁証法的に綜合する「場」の存在が不可欠である。

図2 知の綜合化プロセス

首相が政策ビジョンを示すことができる体制を整えるだけでは不十分である。有識者に加えて、主要な利害関係者、市民等のネットワークを組織する政策形成のための「場」の適切な設定が不可欠である。

公的部門における知識創造の「場」について検証すると、日本においては、技術開発と同様に政策形成のための知識循環(注2)の輪が相対的に小さくなっているという現象が、政策競争力が低下させているのではないかという懸念がある。相対的に知識循環が小さくなっている背景(=霞が関の地位の低下の原因)として、許認可・届出制の廃止等の規制緩和の進捗による情報収集ツールの減少、国家公務員倫理法の制定による産業界とのコミュニケーション機会の減少、官庁・官僚に対する国民の意識の変化(「お上」から「公僕」へ)、経済のグローバル化に伴う国際競争の進展による地方政府化(国際企業に対する政府の情報収集能力の相対的低下)、情報化の遅れ等による組織の情報収集・分析力の低下等を指摘することができる。また、実質的には、官僚・族議員・業界団体等のいわゆる『鉄の三角形』が利益共同体を形成し、政策形成に関与できる人選を限定することにより、知識創造の場の広がりを制約している面もある。

政策形成の「場」

それでは、これらの制約を乗り越えて、知識循環の輪を相対的に大きくするには、どうしたらよいか。(1)組織の壁を超越すること、(2)情報技術を取り込むこと、という2点がポイントととなる。

ここで、実際に、インターネットを使って組織の壁を越えてナレッジ・マネジメントを行った結果、社会的にも有用な成果を得ることができた一例をあげてみたい。病原性大腸菌(O-157)集団食中毒に関する治療活動が好例を与えている。この事例は、1996年当時の専門的領域の事例であるにも関わらず、1月足らずで、2万回以上のアクセスがあり、質問、意見などのメール数は、450通、そのほかにも、FAX、電話による連絡があったという状況であった。その結果短期間に、一定の治療法が確立されるに至った。医学界では、この数ヶ月間の活動は、インターネットがなかった時代には3年分の学会活動に匹敵する知識交流が行われたとも評価する向きもある。

このように、インターネットという新しいツールを活用した「場」を効果的に設定することにより、短期間に大量の情報を処理し、新規の治療法の確立という新たな知識創造を短期間かつ適切に行うことが可能になる。

政策形成を行う「場」としては、参加人員や開催時間が限られるものの、これまでも、審議会、中央官庁等に設置される私的諮問機関等が存在していた。これに対し、本稿では、情報通信技術も活用して知識循環の輪を拡大し、組織を超越して特定の政策形成について共通の問題意識や利害関係を有する者から構成される「場」のことを「政策プラットフォーム」と呼称する。この政策プラットフォームは、これまでの審議会等に比して、会議の運営にあたり、開催時間や参加者等の制約を大幅に緩和する。これにより、多様な者(人、会社、NPO等)が参画できることとなり、結果として、暗黙知を含むより多くの知識を持ち寄り、適合性の高い政策形成(=知識創造)を行う可能性が高まる。

一方で、このような政策プラットフォームは、政策当局と市民等が直接意見交換を行いうる仕組みのため、過大な期待を抱く者も存在する。極端な主張としては、直接民主制に類似する性格を有しており、議会不要論まで主張されることがある。しかしながら、この仕組みは、参加が任意である等意志決定の手続きとしては不十分であり、国家権力の行使に正統性を付与する現代の代議制に代替するものではない。

図3 政策プラットフォームと代議制

なお、行政府=執行機関、立法府=政策決定機関と誤解する向きもあるが、議院内閣制の下であっても行政府が政策の企画立案を遂行するための場を設定することとは本来の責務であると考えられる。内閣は、予算編成権・条約締結権(憲法第73条)、法案提出権(憲法第72条、内閣法第5条)を有しており、政策の企画立案機能を有しているのである。

以上のように、多忙な人、遠距離にいる人が有する暗黙知をも集積し、政策当局が組織を超えて知識創造を行いうる「場」を適切に設定すれば、知識循環を拡大し、より合理性の高い国家運営を行い得ることとなる。

まとめ

政策形成過程は、政策の具体化の前に現実の事象を抽象化することによる高度な知識の創造を包含する。いかに広く知識の形式知化を行い、新しい多くの知識を創造するかが、企業と同様に国家としての競争力に大きく影響する。

政策形成過程において的確なナレッジ・マネジメントを実施するためには、適切な場が設定されなければならない。ヒエラルキーと情報通信技術も活用した分散型ネットワーク型の「場」の統合を視野に入れ、情報公開法、国家公務員法や現在の官僚機構の大幅な変更が迫まられる可能性がある。そして、これらの結果構築された政策プラットフォームのようなナレッジ・マネジメントの「場」は社会的インフラとなる。

知識創造国家において、新たな「公」の役割を、「知の創造」という観点から見たとき、行政府は、政策形成の「場」を提供することが求められ、行政官(公務員)は場のコーディーネータとしてのプロフェッショナルになる必要があるという視点が重要である。IT革命が進行する中、知識循環の輪を拡大するため組織を超えた政策形成の「場」を制度整備を行うと共に情報通信技術の活用も視野に入れて戦略的に構築すべき時期に来ている。

脚注
  • (注1)言うまでもなくこれは、日本の官僚制度に広く癒着と腐敗が生じている、ということではない。行政官僚が既得権益に「キャプチャー」される仕組みについては、奥野(1999)「現代日本の国家システムとシステム改革:行政改革見る視点」を参照。むしろ審議会のメンバーや情報交流のグループが、既存産業と強く結びついているために、新しい状況に対応できない、ということである。これはかつては一定の有効性を持っていた審議会方式の陥穽であろう。東アジア諸国の審議会方式の有効性については、World Bank(1993)が取り上げている。
  • (注2)知識循環は、SECIモデルの知識創造過程を指している。野中郁次郎編(2003)「知識国家論序説-新たな政策過程のパラダイム」(東洋経済新報社)第1章を参照。