農業立国への道(上) 高米価是正によるコメ大輸出戦略

山下 一仁
上席研究員

前回(第4回)で日本農業の潜在能力について論じた。第3回では、世界に冠たる品質を持つ日本のコメは、国際市場で高い評価を得ていることを紹介した。国内市場が高齢化と人口減少で縮小するなかでは、輸出しか農業の維持・振興の活路は見出せない。

では、輸出可能性のある農産物は何か? 野菜や果物も輸出されているが、日持ちの面で難点があり、多くの量は期待できない。保存がきき、大量の輸出が可能な作物。国内の需要を大幅に上回る生産能力を持つため、生産調整が行われており、それが行われていなければ大量の生産と輸出が可能な作物。日本が何千年も育ててきた作物で、国際市場でも評価の高い作物。つまり、コメなのだ。コメの輸出を本格的に展開していけば、日本は農業立国として雄飛できる。

それは、「農業村」の人たちが主張するように、日本農業が置かれた自然条件から、物理的、能力的に不可能だという類のものではない。これまで農業を振興するはずの農政が、コメ農業の発展の道をふさいできた。つまり、農政さえ改革すれば、農業立国の道が開かれるのだ。簡単なことではないか。改革すべき政策とは、高米価、農地法、農協制度という戦後農政の3本柱である。今回は、高米価政策にメスを入れたい。

所得向上のカギは規模拡大と単収向上

所得は、価格に生産量をかけた売上額からコストを引いたものであるから、所得を上げようとすれば、価格を上げるかまたは生産量を増やすかコストを下げればよい。すでに食生活の洋風化が進み米消費の減少が見込まれていた1961年、米の売上額の増加が期待できない以上、農業基本法は、規模を拡大することでコストを下げ、稲作農家の所得を引き上げようと考えた。

1俵(60kg)あたりの農産物のコストは、1ヘクタール当たりの肥料、農薬、機械などのコストを1ヘクタール当たり何俵とれるかという単収で割ったものだ。規模の大きい農家の米生産費(実際にかかった物財費と呼ばれるコスト、15ヘクタール以上の規模で1俵あたり6378円)は零細な農家(0.5ヘクタール未満の規模で1万5188円)の半分以下である(2011年)。また、単収が倍になれば、コストは半分になる。つまり、規模拡大と単収向上を行えば、コストは下がり、所得は上がる。

図1が示す通り、都府県の平均的な農家である1ヘクタール未満の農家が農業から得ている所得は、トントンかマイナスである。ゼロの農業所得に20戸をかけようが40戸をかけようが、ゼロはゼロである。20ヘクタールの農地がある集落なら、1人の農業者に全ての農地を任せて耕作してもらうと、1300万円の所得を稼いでくれる。これを地代として、みんなの農家に配分した方が、集落全体のためになる。地代を受けた人は、その対価として、農業のインフラ整備にあたる農地や水路の維持管理の作業を行う。農村振興のためにも、農業の構造改革が必要なのだ。

図1:コメの規模別生産費と所得

農協が主導した米価闘争

しかし、農地面積が一定で規模を拡大することは、農業に従事する農家の戸数を減少させるということである。組合員の圧倒的多数であるコメ農家の戸数を維持したい農協は、このような構造改革に反対した。食管制度()時代、農協は、農民の春闘だと主張して、政府買入価格(生産者米価)引き上げという一大政治運動を展開した。米価が上がれば農協の販売手数料収入も増加する。戦後最大の圧力団体と言われた農協の選挙支援を受けざるをえない自民党の圧力により、農政は農家所得の向上のため、規模拡大ではなく米価を上げた。水田は票田となった。

生産者米価引き上げによって、本来ならば退出するはずのコストの高い零細農家も、小売業者から高い米を買うよりもまだ自分で作った方が安いので、農業を継続してしまった。零細農家が農地を出してこないので、農業で生計を立てている農家らしい農家に農地は集積せず、規模拡大は進まなかった。主たる収入が農業である主業農家の販売シェアは、酪農で95%、野菜や畑作物では82%にもなるのに、コメだけ38%と極端に低い。つまり、コメの構造改革が進まなかったのは、農政のせいなのだ。

農協は銀行、生命保険、損害保険、農業生産資材やガソリンなどの生活物資の供給など、全ての事業を実施できる権能を持った日本で唯一の企業体である。兼業農家は、本業のサラリーマン収入や農地の切り売りで得た数兆円に及ぶ転用売却益を預金してくれるので、農協は、国内銀行中、第二を争う貯金残高88兆円(2012年度末)のメガバンクとなった。農協は、これを農家以外の准組合員(地域の住民なら誰でもなれる)への住宅ローンや元農家のアパート建設等への融資、ウォール街での有価証券投資などで運用して、利益を得た。また、農協の共済(保険)事業も総資産は48兆円に達し、国内トップの保険会社である日本生命の54兆円に迫る。農家も農協も、脱農・兼業化で豊かになった。こうして、農業は衰退したのに、農家、農協は繁栄した。

多数の兼業農家維持で確保した政治力を、農協は1990年代にバブル経済崩壊で起こった住専問題等にも活用した。米価が下がると、農協は政府に市場からの買い入れを要求し、米価を引き上げようとする。農協にとって、政治力は最大の経営資産である。高米価を起点として、全ての歯車がうまく回ったシステムだった。もちろん、その背景には、オールマイティの権能を認めた農協法が存在する。

減反による高米価政策の弊害

食管制度の下での米価引き上げによって米は過剰になった。過剰生産をなくし、政府買い入れを抑制して財政負担を軽減するため、1970年に減反が導入された。市場経済の世界では、需要は常に供給に等しいので、過剰ということはあり得ない。

過剰が生じるのは、食管制度のときのように、政府の介入等によって、一定の価格が決められているからである。そうでなければ、市場は価格を上下させて、需給を常に均衡させるので、過剰は生じない。本来ならば、現在ではそのような価格制度がないので、価格メカニズムが働いて需給は均衡するため、過剰は生じず、政府としては減反をする必要はない。

では、誰のための減反なのか? 農家、というより農協のためである。食管制度が1995年に廃止され、政府買入価格もなくなった今では、米価は生産量を制限する減反政策によって維持されている。かつては政府の全量買上げを要求し、減反に反対した農協が、今や減反を強力に支持している。今の制度を"農協食管"と呼ぶ人がいるが、言い得て妙である。

減反は生産者が共同して減産するというカルテルである。他産業なら独禁法違反となるカルテルに、年間約2000億円、累計総額8兆円の補助金が、農家を参加させるためのアメとして、支払われてきた。さらに、民主党政権は、2010年度から減反参加を条件とした戸別所得補償(3000億円)を導入した。今回の自民党の政策変更は戸別所得補償を廃止する代わりに、従来からの減反補助金を拡充しようというものであり、減反の廃止などではない(「戦後農政の大転換「減反廃止」は大手マスコミの大誤報」参照)。

本当に減反が廃止されるのであれば、米価が下がるし、安倍内閣は農地集積・規模拡大によるコストダウンを推進しようとしているので、TPP交渉で高い米価を守るための関税維持に固執する必要はないではないか?

今では、減反面積は水田全体の4割に達している。500万トン相当の米を減産する一方、700万トン超の麦を輸入するという食料自給率向上とは反対の政策が採り続けられている。減反開始後、100万ヘクタールの水田が消滅した。農業界が唱える洪水防止や水資源の涵養などの多面的機能も、そのほとんどは水田の機能なのに、水田を水田でなくしてしまう減反政策が続けられている。

コスト削減も困難となった。総消費量が一定の下で単収が増えれば、米生産に必要な水田面積は縮小する。そうなると、減反面積を拡大せざるをえなくなり、農家への減反補助金が増えてしまう。このため、単収向上のための品種改良は、政府の研究機関ではタブーとなった。

今ではカリフォルニア米の単収より日本米の平均単収は4割も少ない(図2参照)。減反を廃止して、単収がカリフォルニア米並みになれば、コストは1.4分の1に低下する。すでに、カリフォルニア米の単収を上回る品種が民間で開発され、栽培されている。しかし、兼業農家に苗を供給する農協は、生産増加による米価低下を恐れて、このタネを採用しようとはしない。

図2:コメの単収の推移

コメの大量輸出が手に届く状況に

図3の一番下の折れ線グラフは、日本が現実に輸入している中国産の輸入価格である。真ん中の折れ線グラフは、この中国産を日本国内で売却した価格である。一番上の日本産の価格と真ん中のグラフとの差は、価格に現れた品質格差である。しかも、日本産の1万3000円という価格は減反で供給量を制限することによって実現された水準なので、減反を廃止すれば、8000円程度に低下し、日中米価は逆転し関税は要らなくなる。

日本にコメを輸出している中国の最大の内政問題は、都市部の1人当たり所得が農村部の3.5倍にも拡大しているという「三農問題」である。中国がこの問題を解決していくにつれ、中国農村部の労働コストは上昇し、農産物価格も上昇する。つれて日本の農産物の価格競争力が増加するのである。

仮に、減反廃止により日本米の価格が8000円に低下し、三農問題の解決による農村部の労働コストの上昇や人民元の切り上げによって中国産米の価格が1万3000円に上昇すると、商社は日本市場でコメを8000円で買い付けて1万3000円で輸出すると利益を得る。この結果、国内での供給が減少し、輸出価格の水準まで国内価格も上昇する。

そもそも、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)で関税がない状態が実現できれば、国際価格よりも高い、減反という国内の価格カルテルは維持できない。

図3:接近する日本と中国の米価
(出所)農林水産省資料より筆者作成

減反の廃止により米価を下げれば兼業農家は農地を貸し出す。一定規模以上の主業農家に限って直接支払い(直接支払いについては第3回を参照)を交付すれば、その地代負担能力が上がって、農地は主業農家に集積し、規模が拡大して、コストは下がる。15へクタール以上の農家の米生産費は6378円である。減反の廃止で、カリフォルニア米並みに単収が増えれば、そのコストは1.4分の1=4556円に減少する。全国平均9478円に比べ、半分以下の水準である。

現在の価格、コストでも、台湾、香港などへ米を輸出する生産者が出てきている。世界に冠たる品質の米が、規模拡大と単収向上による生産性向上で価格競争力を持つようになると、まさに、鬼に金棒である。減反をやめれば、日本のコメ産業は、その品質の高さで、世界市場を席巻するようになるだろう。輸出による日本農業再生である。

DIAMOND online 2014年1月8日に掲載

脚注
  • ^ 食管制度とは、食料が不足した1942年、政府が農家からコメを買い入れて消費者に平等に配分するために導入した制度。高度成長期には、政府が買い入れる際の生産者米価を上げて農家所得を高めるために利用された。

2014年1月28日掲載

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