新春特別コラム:2016年の日本経済を読む

学術研究と政策をつなげる

近藤 恵介 研究員

地方創生、少子化対策、女性の活躍促進、社会保障と税の一体改革、軽減税率、移民受け入れ等々、2016年も議論すべき多くの政策課題が残されている。このような政策課題に関し、政府に対する国民の要望は日に日に高まる一方で、政策立案を政府への信頼のみで任せるべきではない。また政策立案者自身も、国民に対し政策形成過程の透明性をさらに高めていく必要が求められている。エビデンスに基づいた政策(evidence based policy)という概念は、まさに政策立案者と国民の間で政策の説明責任をどのように高めるのかという点で非常に重要な示唆を与えている。ここで強調したいことは、政策形成のエビデンスとして学術研究の成果が広く用いられており、学術界への社会的責任は非常に大きいということである。本コラムでは、よりよい社会を創っていくために学術研究と政策を相互につなげる重要性について議論を深めたい。

「学術の社会的責任」を意識した研究の普及へ

「学術の社会的責任」(academic social responsibility)という概念を研究者や研究機関の中で広く浸透させていくべきだと私は提案をしている(注1)。これは研究活動の大部分が公的資金によって支えられているという理由だけで提唱しているわけではないことを強調したい。研究活動は我々の社会活動の一部であることを再認識し、社会に対し責任ある研究活動を行う必要があると私は考えている。そして、社会に支えられた研究であるからこそ、持続的な研究活動が行えるものと考えている。研究者1人1人の自発的な取り組みによって責任ある研究活動が行われ、それが学術界への信頼、学術研究の長期的な発展へ寄与するものと信じている。過去から未来へ繋ぐという視点をもつことが重要なのではないだろうか。

社会に対する責任ある研究活動としてさまざまなことが考えられるが、ここでは社会科学という視点を中心に政策立案への参画について考えたい。政策立案に係る活動は研究時間を減らすことから研究者に敬遠されがちであり、自発的に関わりたいという研究者は多くはないと思われる。しかし、私の短い経験ではあるものの、政策現場との関わりを増やすことは必ずしも研究活動を阻害するものではないことを強調したい。論文を執筆し学術雑誌に掲載したら終わりではなく、そこからが出発である。自身の研究成果がいかに政策形成の現場で役立てられるのかを積極的に意識し、社会に対して成果を普及する、実際に政策担当者と議論を深めていくことで非常に多くの経験が得られると感じている。そして、そこでの経験がさらに自身の研究テーマを深めるものとなっている。つまり、質的な意味で研究内容の深化をもたらしている。

まさにこの正の循環的相互作用を社会全体で作っていくことが重要なのではないかと考えている。研究者が自発的に社会に対し行動を起こし、そのような行動が結果的に自身の研究活動を発展させるという自然な流れを作っていくことが重要なのではないだろうか。ビジネスの世界ではCSR活動が正の循環的相互作用を構築しつつあるように、学術界においてもより望ましい状態へ移行できるように研究者1人1人の考え方や新たな仕組みを検討していく必要があると思われる。

政策から学術研究へ、学術研究から政策へ

政策立案における困難さは、相反する政策目標をいかに同時に達成するのかという点にある。ここが学術研究と政策をつなぐ上で非常に重要な視点であると私は考えている。政策から実証研究という方向と実証研究から政策という方向ではそれぞれ視点が異なり、後者においてはより幅広い学際的な知見を持たなければならない。

政策効果の検証は実証研究において盛んに行われ、その政策が期待通りの効果をもたらしていたのかどうかが議論される。特に、政策効果の因果性の識別が主な視点であり、厳密な検証が必要とされる。政策効果があるという頑健な分析結果が得られるのならば、同様の政策が他地域や他国へのエビデンスとなりうる。しかし、実証研究の結果を政策へフィードバックさせる過程においては新たな視点が必要とされることを指摘したい。

ここで述べたいことは、実証研究から政策へ議論を移す際には、政策が意図した効果を持つのかどうかだけではなく、その他に対してもどのような影響を及ぼすのかまで同時に考えなければならないという点である。1つの政策が他の行動に全く影響を与えないということはありえない。確かに意図した政策効果が得られたとしても、別の経路を通して全く意図しなかったところで新たな問題を引き起こしているのかもしれない。特に、ある目標を達成するための政策が、別の政策目標の達成を妨げるような構造になっている場合には、政策形成の過程で注意して議論を進めていかなければならない。

たとえば、集積と経済成長を、図1を用いて考えてみたい。図1の赤線で示しているように、集積の経済は生産性を高める効果が実証研究で得られている。集積の経済は日本の高度成長において重要な役割を果たしてきたし、また今日の人口減少社会においてもコンパクトシティを進める政策的なエビデンスとなっている。一方で、集積は生産性を引き上げる以外にも、通勤の混雑度合いや住宅・土地価格の上昇などさまざまな影響を我々の生活にもたらす。少子化対策という観点からすると、それらの要因が直接的に出生行動を抑制するかもしれないし、賃金の上昇は子供を持つことへの機会費用の増大をもたらすことから間接的に出生行動を抑制するかもしれない。もしこのように成長戦略が少子化対策というもう1つの政策目標とトレードオフの関係にあるのなら、相互のバランスを保ちつつ、両者を同時に達成するための政策議論がなされなければならない。

図1:集積の経済による生産性向上とその他の波及経路
図1:集積の経済による生産性向上とその他の波及経路
注)筆者作成。集積の経済が生産性向上・賃金上昇をもたらす経路は赤色で強調されている。

実証研究から政策をつなぐ過程では、目に見えない影響までも見えるのかどうかが重要であり、自身の専門分野の知識に加えて幅広い学際的な視野も同時に持つことが必要であると私は考えている。軽減税率、移民受け入れ等の議論に関しても、本来の目的を達成できるのかに加え、他に何が起こりうるのかまで事前に幅広く考える必要がある。

学術研究と政策をつなぐ人材育成:Cool head, but warm heart

よりよい社会を創りたいという気持ちは多くの人々が持っている。しかし、情熱だけでは社会全体をよくしていくことは難しく、冷静で論理的な思考力が必要とされる。逆に、冷静な頭脳を持っていたとしても、情熱や人を思いやる心がなければ社会全体をよくしていくことは難しい。アルフレッド・マーシャル教授の"Cool head, but warm heart"という言葉は、まさに冷静な頭脳と温かい心を同時に持つことの重要性を述べている。

日本の未来を切り拓いていくためには、学術研究の発展がよりよい社会を創っていき、そして社会全体が学術研究の発展を支えるという正の相互作用を利用した新たな仕組みを構築していく必要があると考えている。そのためにも、学術研究と政策のバランスを兼ね備えた人材育成・輩出をしていくことが重要な課題であり、学術機関と政策現場のより密接な相互協力が今後必要不可欠であると私は考えている。

2015年12月25日掲載
脚注
  1. ^ RIETIコラム「地方創生と日本の未来」も参照。

2015年12月25日掲載

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