新春特別コラム:2011年の日本経済を読む

政権は将来に向けて国民と共有する「物語」を示せ

鶴 光太郎 上席研究員

政権交代から1年以上が経過した。その間の経済財政政策の考え方の変化を振り返りながら、今年の課題について考えてみたい。まず、政権交代後の政策、改革のあり方の拠り所となっていたのは、第1に、前政権の下で長年築き上げられてきた政・官・財のいわゆる「鉄の三角形」の打破であり、第2に、労働者・生活者の立場に立った社会経済政策の重視であった。

政府の役割は「間接的分配」から「直接的分配」へ

こうした考え方を反映して、政府の役割、特に、分配政策の視点からは、「間接的分配」から「直接的分配」へ大きく舵を切ったように見えた。つまり、かつては、官が政と一体となって産業界に様々な政策を働きかける、または、「ハコモノ」と呼ばれる公共事業を行い、当該産業・企業が発展することで、結果的に国民に恩恵が「行き渡る」("trickle down")ことが想定されてきた。しかし、政権交代に伴って国民が産業・企業を経由せずに政府から直接恩恵を受ける仕組み(家計への直接補助等)が重視されるようになったのではという見方である。具体的には、マニフェスト最大の目玉であった「子供手当」はその「直接的分配」の典型例であるし、政官財の「鉄の三角形」、「なれあい」の打破の象徴が数次に行われた「事業仕分け」であった。

こうした「間接的分配」から「直接的分配」への変化は、単に政治信条の変化だけでなく、日本経済の取り巻く大きな環境変化からも不可避な流れであったといえる。つまり、安定した高成長が常に期待できる経済であれば「間接的分配」は自然と機能する。実際、80年代までは安定した高成長を背景に労働者に対する再分配システムは主に企業が担ってきた。若年従業員の増大下でのピラミッド型の従業員構成維持と高い期待成長率を背景に、企業は長期雇用を前提とした「後払い賃金」(年功賃金)などを通じた従業員内での所得再配分が行われてきたためである。しかしながら、グローバルな競争激化、不確実性増大、期待成長率の屈折などで、企業が労働者に対して暗黙的に保障してきた所得再配分やセイフティネットを維持することが難しくなった。こうした流れの中で非正規雇用を中心とした格差問題が生まれてきたことも考慮すると、あくまで財源問題への真摯な対応が前提ではあるが、これまで小さかった政府の直接的関与を強めることはそれなりに理屈があったといえる。

しかし、「間接的分配」から「直接的分配」への急激な政策フレームの変化は、一方で、政権における成長戦略の欠如という批判を生むことになった。そこからの成長戦略重視の動きは今回の法人実効税率引き下げに結実したものの、それは企業が潤うことでその恩恵が雇用者・国民へ均霑していくことが意図されていた。しかし、これは「間接的分配」への意図せざる回帰に他ならない。実際、「直接的分配」を支持するグループからは「大企業重視」との批判を受けることになった。

改革の「軸」をぶらすな

筆者は「間接的分配」と「直接的分配」の二者択一を迫っているわけではない。いずれも重要であるし、時代の変化に応じてバランスに腐心することが何よりも大切だ。問題があるとすれば、その時々の批判に耳を貸し、改革の「軸」がぶれてしまうことである。それでは「軸」がぶれないためにはどうすればいいのか。

それは、政権が未来に向けた「物語」を国民に提示・共有することができるか否かにかかっている。改革を行えば、必ず、「敗者」が生まれ、「痛み」が発生する。しかし、「痛み」を国民が受け入れ、納得するためには、政権が国民とともに困難を乗り越えていく先には希望があることを示す必要がある。紆余曲折を経ながらもより良い明日に向けてどのように進んでいこうとしているのか、そのことこそが政権が国民と共有すべき「物語」である。筆者はかつて、小泉政権の政策手法を以下のように評したことがある。「抵抗勢力との戦いを1回で終わらせず、長い見せ場を作ったことだ。あえて難しい改革を掲げ、時に首相の『印ろう』をかざしながら、紆余曲折の『改革物語』を国民と共有し、国民の支持を集める手法だ(「物語効果」)」(経済財政改革―社会保障・歳入一体で、2007年6月26日 日本経済新聞「経済教室」)

国民を「乗客」、政権と「ドライバー」に例えてみよう。「乗客」は多少、でこぼこ道でも、運転が多少下手でも、正しい「目的地」に向かって進んでいると信じることができれば、道中の困難はむしろ「乗客」と「ドライバー」の相互信頼と一体感を高めるであろう。今年が「新たな物語」の始まりの年をなることを期待したい。

2011年1月4日

2011年1月4日掲載

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