経済財政改革―社会保障・歳入一体で

鶴 光太郎
上席研究員

経済財政諮問会議の性格は、首相や経済財政担当相、さらに両者の関係で柔軟に変化しうる。前政権末期の与党との「協調」型という方向を踏襲する現政権下での諮問会議の今後の最大命題は、社会保障と歳入の一体改革であり、本格的な国民負担の議論は避けて通れない。

2つの側面ある「劇場型」の改革

安倍晋三首相、大田弘子経済財政担当相という司令塔の下でまとめられた今回の骨太2007は、新しい布陣での経済財政諮問会議が積み重ねてきた議論、成果のとりあえずの到達点、一里塚である。その意味で、今回の骨太方針は諮問会議のあり方を振り返り、今後のあるべき方向を考える絶好の機会といえる。

諮問会議が政策決定に関与するこれまでの会議と大きく異なるのは、民間人を含む比較的少人数の会議で実質的な議論が行いやすい上、三営業日後には詳細な議事要旨が公表されるという徹底した透明性にある。アプリオリ(先天的)に特定の「色」がついていたり、ビジネスモデルがあったりするわけではないという面でも透明な存在だ。むしろその特色は、そのときの首相の要因(その置かれた政治的状況、信条)、経財相の要因(政治的手腕、信条)、さらに首相と経財相の関係という3つの要因の組み合わせでどのようにでも変化しうる点にある。

諮問会議に命を吹き込んだのは、間違いなく、小泉純一郎・竹中平蔵両氏のコンビだ。「対決型」と呼ばれたその手法は、自民党の「主流派」「抵抗勢力」と徹底対決しながら、諮問会議が常に主導権を握り改革をリードするものだった。

これは、政権発足時の政治状況による面が大きい。党内の「傍流」が経世会など当時の主流派に挑み、「自民党をぶっつぶす」には、世論を味方にするしかない。そこで小泉氏が選んだ政策手法は主流派つぶしに効果がある分野に的を絞る「劇場型」の改革だった。これは2つの側面がある。

モジュール化が一体改革の本質

第1は、改革に反対する抵抗勢力を「劇場の舞台」に引きずり上げて国民の目にさらすことだ(「舞台効果」)。抵抗勢力は「密室」の中での調整は得意だが、舞台上の演技は驚くほど稚拙で、自然と小泉氏が改革の旗手として脚光を浴びることになった。第2は、抵抗勢力との戦いを1回で終わらせず、長い見せ場を作ったことだ。あえて難しい改革を掲げ、時に首相の「印ろう」をかざしながら、紆余曲折の「改革物語」を国民と共有し、国民の支持を集める手法だ(「物語効果」)。

小泉氏の絶大な信頼をバックに、竹中氏は劇場型改革の舞台として諮問会議を徹底活用した。忠実な家臣として竹中氏は小泉氏の素朴な理念・信条を経済学的にも矛盾なく実現するため、あらゆる概念や理屈を動員して一連の改革を巧妙に組み立てた。自らの信条を実現するというよりも、むしろ「黒子」的な役割を担っていたといえる。

一昨年の郵政解散選挙の劇的勝利の後、経財相に任命された与謝野馨氏の時代、諮問会議と与党との関係は、竹中時代の「対決型」から「協調型」へ変化したといわれる。官邸主導型の政策決定が崩れたのではとの批判も出た。だが、9.11選挙の後、明示的な抵抗勢力は去り、小泉氏らは党内で文字通りの主流派になった。新・主流派は、劇場型改革よりむしろ、党内をうまく調整しながら改革を進めることが重要課題になった。政調会長だった与謝野氏を経財相に選んだことこそ小泉氏自身が協調型に転換した証といえる。

与謝野諮問会議の特徴は、その主眼をほぼ歳出歳入一体改革に絞り込んだことだ。それが「骨太方針2006」に結実していく過程で、「上げ潮」派と与謝野氏率いる「財政タカ派」の間で諮問会議を舞台に激しい攻防が繰り広げられた。

その道は決して平たんではなかった。その象徴は昨年3月15日の諮問会議で、債務が雪だるま式に増えないための財政健全化目標を決める際、金利や成長率などの経済前提は「複数ケースで行い、決め打ちをしない」との裁断を下した首相発言であった。財政状況に対する国民の危機意識、首相の全面的支持、財政改革に当たっての慎重な経済前提の採用など、先進国では財政改革の成功のカギを握る当然ともいえる条件がわが国ではいずれも欠如していた。歳出歳入一体改革に関与した1人として筆者も「これではまともな財政改革は難しい」と歯がみしたのを覚えている。

こうした状況を一変させたのは、党への歳出削減策のアウトソーシングである。清水真人氏の近著『経済財政戦記』の言葉を借りればそれは与謝野氏の「奇手」だった。歳出削減という重要な政策の党への「丸投げ」は、諮問会議自ら「改革のエンジン」の役割を放棄するものとの批判も出た。

だが、逆にこれは製品や組織アーキテクチャーではなじみのモジュール化戦略に見立てることができるのではないか。

その基礎にあったのが、「11年度のプライマリーバランス(基礎的財政収支)黒字化達成のための要対応額-歳出削減額=増収措置」、という簡単な方程式(「与謝野の方程式」)である。つまり、まず政府が中期目標達成のための要対応額を計算して示す。歳出削減額はどんな水準に決めてもかまわないが、それが少なければ増収措置分が大きくなる。増税論者とのレッテルを嫌う党側は、自発的に最大限の歳出削減に努力すると予想できる。一方、歳出削減額がどんな水準でも、結局、額の多寡はともかく増税も必要になることが明白になる。この点で強硬な歳出削減論者の小泉氏と与謝野氏の思惑がぴったり一致したのだ。

すなわち、歳出削減策策定は与党の政務調査会、長期的な観点からの増収措置への哲学提示とその対応は与党の税制調査会へと委ねられ、それぞれ他に影響を与えずに独立的に行われた。これはまさにモジュール化といえ、こうした枠組みがあったからこそ、内容ある改革が迅速に決定することができた。今振り返れば、諮問会議はモジュール型の歳出歳入一体改革を設計して枠組みを作り、最後にそれぞれのモジュールをはめ込む役割を担ったことになる。ある意味で与謝野氏は希代のアーキテクト(建築家)だったともいえよう。

国民からの信頼取り戻す一歩に

安倍首相が主流派である以上、安倍・大田諮問会議は小泉・竹中流の対決型を取る余地は少なく、実際、協調型を基本的に踏襲している。公務員制度改革の官僚バッシングを除き、抵抗勢力をあぶり出して対立をあおりながら改革を印象付ける手法はとりにくい。

今の諮問会議が与謝野時代と異なるのは、安倍政権の最初のアジェンダ設定を担う意味で、多岐にわたる分野を扱い、改革の包括性を重視した点である。これが今回の骨太は「品ぞろえは十分だが総花的である」(「改革の総合デパート」)という印象につながっている面はあろう。

半面、諮問の会議の舞台の外では、様々な分野で「隠れ抵抗勢力」が勢いを盛り返している。そうした状況を踏まえると、改革を後退させない布石を各方面で打つ必要性から総花的にならざるを得なかったともいえる。一方、こうした状況の下、財政については安倍内閣の予算編成5原則、歳出歳入一体改革のフレームワークを堅持したことは今回の「骨太」の最も重要な成果だろう。

4月の統一地方選に続く来月の参院選などの政治日程を乗り越えれば、安倍・大田諮問会議は政治制約から解放される。国民負担にかかわる本格的な議論が望まれる中で真正面から取り上げるべきは、社会保障・歳入一体改革だ。昨今の年金記録漏れなどをみても、単に組織いじりでは到底解決できない問題だ。むしろ、年金を含めた社会保障の財源、徴収主体、管理体制(社会保障番号)などいずれも歳入(税)面との一体解決が必要なことを浮き彫りにする。

与謝野氏の言を借りれば(文藝春秋7月号)、「消費税を含め日本の税制を根本的に変えてゆかなければ、年金問題を含め日本の優れた社会福祉制度は維持できない(中略)その自覚を国民に理解して貰う、その努力、告示の義務が今、政治に求められている」。このプロセスこそ、今大きく揺らいでいる国民からの長期的な信頼を取り戻す第一歩である。

2007年6月26日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2007年7月5日掲載

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