コラム:RIETIフェローが見る瀋陽総領事館事件

瀋陽総領事館事件に思う

北野 充 客員研究員

[ I ]

瀋陽総領事館事件は、5月23日、脱出を目指した北朝鮮の5人がマニラ経由でソウルに到着することによって、1つの段階を過ぎたが、その過程で多くの論点が噴出した。在外公館の不可侵を巡る接受国と派遣国との関係。テロ事案と亡命事案との見極め。亡命者の受け入れについての日本の政策。緊急事態発生時の即応体制。国内の責任追及と外交交渉。外務省に対する信頼の問題。日中関係全体におけるこの事件の位置づけなど、短いリストでは収まらないほどの数の論点がある。一つ一つが、重い主題である。亡命の実現以外は、何一つとして解決していない現状でもある。しかし、この稿で書こうとすることは、これらの論点すべてを包摂した総括でも、日中いずれに理非があるかの判断でもない。この事件が照射している日本の外交を取り巻く危機のことを書こうと思う。

[ II ]

外交は、常に、緊急事態や危機と背中合わせに存在している。普段は気がつかないだけで、足元には、大小さまざまの断層が顔をのぞかせている。今回の事件や、ペルー大使館人質事件のように、在外公館自体がその舞台になってしまうこともある。アメリカでの同時多発テロ事件、「えひめ丸」の事故、キルギスにおける人質事件といった実例が示すように、予想もしなかったような事件・事故への対応が突然に外交の重大課題となることもある。外交に携わるとは、いつ、どこから溶岩が噴出してくるかわからない活火山の上にいるようなものである。このような有事の対応に誤りなきを期することこそ、外交当局の最重要の任務の1つである。それをどのようにしてやっていくか。正直にいえば、今の時点では、悪い条件の方ばかりが目に付いてしまう。

懸念の第一点は、外務省の体制の問題である。緊張感の欠如。気概のなさ。使命感の喪失。目的意識のなさ。ひ弱さ。事なかれ主義。今回の事件で、外務省に対し、さまざまな批判が提起された。外務省側にも、いろいろな言い分はあろう。しかし、行政も、政治と同じく結果責任を問われる。川口外務大臣自身も認めているように、残念ながら、今回の事件への外務省の対応は、緊急事態発生時の対応として、あるべき姿でなかったといわざるを得ない。緊急事態や危機に即応できるような意識の改革、そうした事態に適切な行動をとれるような教育・訓練など、課題山積の状況である。

懸念の第二点は、国民の外務省に対する信頼の問題である。今回の事件に際し、某新聞の世論調査があった。外務省の調査結果を信頼するか。その問いに対し、信頼すると答えたのは、たったの二割であった。外交当局は、外国との折衝の接点に立つので、国内の議論を外に示すとともに、外の議論を国内にも示す。そのような仕事の性格上、国内からの「受け」は必然的に悪くなる。しかし、これは、懸案の解決に向けての立場や主張についてのことであり、事実関係についての説明が信頼されるかどうかは、別の次元の問題である。昨年以来の累次の不祥事の積み重ねのためとはいえ、外交当局が、ここまで国民の信頼を失うというのは、危機的な事態である。このような状況のままでは他国との間で交渉能力を発揮することも制約されてしまう。

懸念の第三点は、国内の反応である。緊急事態や危機において、同胞の生命、財産や国としての尊厳が脅かされる事態が生ずれば、当然のことながら感情のレベルを含めて批判や反発の声が高まる。今回の事件が典型例であるが、テレビ報道は、衝撃的な映像によって、それを強力に増幅する力を持っている。ただ、緊急事態や危機であればなおさら、事柄の本質は何なのかを踏まえ、全体としての国益を念頭においた判断が必要である。テレビ報道が世論形成に大きな影響力を持つ今の世の中にあって、そうした冷静な判断をどうやって行っていくかの問題がある。殊に、対中関係のマネージメントは、ますます難しくなっていくことが予想される。日本人の対中国感情は、冷えた、厳しいものをはらんでいる。98年の江沢民総書記の訪日時の歴史問題への言及ぶりは、日本人の対中感情にかなりの影響があったが、今回の事件は、それにもまさるインパクトがあった。政府の上層部が「日中関係の大局を踏まえながら対処していきたい」と述べたことに対しては、これを理解するというよりは、反発する向きの方が多かった印象がある。

懸念の第四点は、世界の情勢が不安定の度を増していることである。冷戦は、その善悪はともかく、国際関係において一つの安定した構造を形成していた。ところが、冷戦終了後10年以上が経過しているが、いまだに秩序と呼ばれるべき安定的な構造は生まれていない。その中で、アフガニスタンの混迷があり、パレスチナ紛争の激化がある。更に、日本の位置する極東には、冷戦構造の一部が依然として残っている。それも今回の事件が示唆するように、不安定で、予測困難な要素をはらんだ形で残っているのである。

[ III ]

このような懸念がある中、どのようにして有事の対応に誤りなきを期すことが可能だろうか。まず、最初になされなければならないことは、国民の外務省に対する信頼を回復させるような外務省改革であろう。

国民の理解と信頼なくして、外交はありえない。もともと、外交は、国民にわかりにくい。橋や道路を作るわけでもない。年金の給付があるわけでもない。見えにくいのである。外交交渉の中身を全部外に説明するわけにも行かない。安全保障のある面は、不明確な要素があることによって支えられている。このように外交当局と国民との間には、避けることのできない情報の非対称性があるので、国民の側から外交当局に対する不信感が生じやすい。それだけに、外交当局は、外交の成果について国民の理解と信頼を得るように懸命に努力しなければならない。「外交の中身は外に出せない」では済まないのである。外交上の懸案処理の一つ一つの過程をすべて公開するべきであるということではない。そうではなくて、どのような方向を目指す外交をやっていくのかについて、説明責任を果たし不断の対話を行い、国民の理解と信頼を得るようにしていかなければ、国民に支持される「強い外交」など望むべくもない、ということである。

更に、今、外交に対する国民の信頼が失われていることについては、外交方針の制度疲労の問題も考えなければならない。冷戦時代には、ある程度定型化された外交方針によっても、対応できていた。外務環境が変わらない中であれば、外交の継続性の見地からも、それで良かったといえる。しかし、冷戦終了後、国際環境が激しく、複雑に変動する中、外交方針の内実が外部環境の変化にマッチしているか、が問われている。対中政策は、その典型例である。この10年の間に、対中政策が日本の外交にとって持つ意味は、大きく変化している。「中国」は、単なる、日中の二国間関係のマネージメントの問題ではなく、対外経済に係る政策を議論する際の最大のイッシューの1つとなっている。日本が経済停滞を続ける中、目覚ましい経済発展を遂げ、世界における存在感や重みを増している中国とどうつきあっていくかという問題は、日本が世界の中でどう生きていくかの根幹にかかわる問題である。そうした中、対中政策が、このような外部環境の変化に対応したものとなっているのかが問われているのである。

『失敗の本質』という本がある。旧日本軍の諸作戦の失敗を、組織論の観点から分析した、この本の最も重要なメッセージは、次の諸点である。

「1つの組織が、環境に継続的に適用していくためには、組織は環境の変化に合わせて自らの戦略や組織を主体的に変革することができなければならない。こうした能力を持つ組織を「自己革新組織」という。日本軍という1つの巨大な組織が失敗したのは、このような自己革新に失敗したからなのである」
「日本軍の戦略は、陸海軍とも極めて強力かつ一貫した「ものの見方」に支配されていた。このような戦略の「ものの見方」や方法の原型ともなるようなものを戦略原型(パラダイム)と呼ぶことができる」
「日本軍の最大の失敗の本質は、特定の戦略原型を徹底的に適用しすぎて学習棄却ができず、自己革新能力を失ってしまった、ということである」

現在、外交の方針や姿勢に対してさまざまな批判がなされているが、これを考えるに当たって大切な視点の1つは、「自己革新能力は発揮されているだろうか」を問い返してみることであろう。結論の如何はともかく、そうした真剣な検討を行うことは急務である。

今、外交について懸念されるのは、外交における一種の「デフレ・スパイラル」が生じないかということである。外交に対する国民の信頼の低下と外交当局への批判が、外交オプションの幅を狭め、外交の実施を困難なものとする。それが、また、外交に対する国民の信頼を更に失墜させる、といった事態が起こりかねない。このような悪循環は、何としても避けなければならない。
緊急事態や危機への対応を誤れば、国にとって大きな損失となる。それは、単に外務省の命運だけの問題ではない。瀋陽総領事館事件が発生し、大きな問題となったのが、有事法制整備の国会での審議が本格化している時期であったことは、そして、インドとパキスタンとの間の緊張が高まった時期であったことは極めて示唆的に思える。 改革に時間をかけている余裕はない。