外交再点検

特別編 ベトナム・カントリー・レポート第1回:新世代の国別援助計画、発進

北野 充
コンサルティングフェロー

石井 菜穂子
財務省開発機関課長

菊地 文夫
国際協力機構ベトナム事務所長

鈴木 博
国際協力銀行ハノイ首席駐在員

山田 康博
日本貿易振興会ベトナム事務所長

日本の経済協力の新しい未来を切り開いて行くのは、「現地」からの声であろうとの期待がある。

新しいODA大綱が「現地主導」の方針を大胆に打ちだし、今、世界の各地でこれに呼応していこうとの動きが見られる中、ベトナムの動向にはとりわけ注目が集まる。

ベトナムでは、かねてから現地主導によって、さまざまな意欲的なイニシアティブが展開されてきた。ODA総合戦略会議での検討の第一弾として、現地中心で策定作業が行われた対ベトナム国別援助計画。国際的に注目を集めた、貧困削減戦略(PRSP)に大規模インフラの役割を組み入れる作業。投資環境整備のための「日越共同イニシアティブ」。そして、援助効果向上に向けてのさまざまな取り組み。 新連載「ベトナム・カントリー・レポート」によって、ベトナムを舞台に展開されている、これらの新たな取り組みについて紹介していきたい。

Ⅱ 「ベトナム・モデル」

2003年10月28日、外務大臣の諮問機関である「ODA総合戦略会議」において、同会議委員の政策研究院大学院大学の大野健一教授から、新たな「対ベトナム国別援助計画」の案が説明され、討議の上、基本的な了承を得た。

大使館、JICA、JBIC、JETROの4機関で構成する「現地ODAタスクフォース」は、2002年の夏以来、大野教授、東京の関係者と連携をとりつつ、現地において新世代の国別援助計画の案を作成してきた。この作業は、節目毎にインターネットを通じて公開され、コメントを受け付けるとともに、東京と現地の双方で何度もNGOなどとの意見交換を重ね、また、現地では、ベトナム政府、幅広いドナーと協議しつつ検討が進められた。この計画は、今後、対外経済協力関係閣僚会議での討議を経て、正式に成立することになる。

「対ベトナム国別援助計画」は、ビジョンにおいても、作業プロセスにおいても、また、内容においても、「ベトナム・モデル」といって良い独自の性格を持っている。そして、新たなODA大綱の目指す、「我が国として一貫性のある援助」「政策協議の重視」「現地化」「制度・政策の重視」「援助コミュニティーとの連携と協調」を具現化しようとする意図をもって作ってきたものである。

Ⅲ 重点分野に込められたメッセージ

この国別援助計画では、重点分野を「成長促進」、「生活・社会面での改善」、「制度整備」の「3つの柱」に整理したが、この計画の特徴の第一は、この「3つの柱」にいくつものメッセージが込められていることである。

第一のメッセージは、日本は、ベトナムにおいて、経済成長と貧困削減の双方の課題に取り組んでいくとの考え方である。

ドナーによっては、社会セクターへの援助を通ずる貧困削減のみに集中するものもいる。日本の立場は、経済成長ばかりを重視していると誤解されることがある。しかし、実際には、日本は、これまでベトナムにおいて経済成長を目指す援助にも、生活社会面の改善によって貧困削減を目指す援助にも取り組んできた。それが日本の援助の特徴である。

こうした考え方から、今後ともベトナムにおいて「成長促進」と「生活・社会面の改善」の2つの課題に取り組んでいくとともに、いずれの課題の克服のためにも、なくてはならない社会・経済の基盤となる制度の整備に取り組んでいこうとするのが、この「3つの柱」の考え方である。

第二のメッセージは、日本がなぜベトナムを援助するのかの「理念・目的」の考え方にしっかりと立脚した援助を実施していこうとの考え方である。

日本はなぜベトナムを援助するのかについては、ベトナムをどのような視点から見るかによって、2つに整理できよう。1つは、外交上の観点や経済的な相互依存関係の観点である。日本の安全と繁栄にとってのASEANの意味、ASEAN内で後発国のトップランナーとしてのベトナムの位置づけ、対中外交との脈絡における意義、貿易・投資におけるつながりなどを念頭におくことができよう。

もう1つは、人道的・社会的関心である。近年、高成長により社会指標に改善を見せたとはいえ、絶対的な所得・生活水準はいまだ低く、地方を中心に多くの貧困層が存在しているベトナムの開発課題に貢献することの意味である。

この2つの立脚点のうち、外交上の観点、経済的な相互依存関係の観点からは、ベトナムの経済の力強い成長促進を支援していくとの方針が出てくる。これは、経済・社会状況の全体的な底上げに結びつくことから、人道的・社会的要請にも応えることになる。また、もう一方の、人道的・社会的関心からは、生活社会面の改善を図っていくとの方針が出てくる。これは、成長のみによってでは、解消されず、また、場合によって悪化することのある問題の軽減を図るものであり、また、将来の成長促進のための基礎的な条件を形作るものである。

このように、日本がなぜベトナムを援助するのかの視点と重点分野が一貫した考え方でつながるようにしたいと考えたのである。 第三のメッセージは、ベトナム政府の開発ビジョンを支持するとの考え方である。

日本の新しい国別援助計画の「3つの柱」は、ベトナムの包括的貧困削減成長戦略(CPRGS)に具現化されているベトナム政府の開発ビジョンにおける3つの重点課題に対応している。日本は、ベトナム政府の主体性を尊重するとともに、その開発ビジョンの方向性を積極的に評価し、その重点課題に対して支援していこうとの考え方をとろうとしているのである。このアプローチは、ベトナム政府及び主要ドナーの双方から歓迎された。

Ⅳ 「制度・政策環境」と援助の規模

この国別援助計画の特徴の第二点は、「制度・政策環境」などの事項を踏まえて対ベトナム援助の規模を検討するという仕組みを導入していることである。

今後の対ベトナム援助の規模については、なぜベトナムに援助するのかとの「理念・目的」との関係、「開発ニーズ」、「制度・政策環境」「援助吸収能力」「ODA大綱における援助実施の原則」の5つの項目の状況、達成度を評価し、これを政策協議などの場を通じてベトナム側と共有し、ベトナムより将来とるべき措置についてコミットメントを得つつ定性的な方向性を検討する仕組みとすることとした。

この仕組みで重要なのは「制度・政策環境」も考慮要因とすることを盛り込んだことである。これには、開発援助の有効性を確保する意図がある。制度・政策環境が良好な場合に開発努力が功を奏することについては、世銀の「有効な援助」報告書など多くの実証研究の示すところである。

また、この仕組みには、被援助国の制度・政策環境の改善に積極的に関与していく狙いがある。投資環境整備など、日本が重視する分野の制度・政策改善について、改善すべき事項を事前に明確に伝えることにより、この仕組みをレバレッジとして活用するとともに、これらの改善へのインセンティブを効果的に与え、我が国の問題意識の実現を目指していこうとしているのである。

このように、この仕組みは、マルチの援助機関が行っている「パフォーマンスに基づく援助」の考え方を二国間のドナーとしてできる限り取り込んでいくという発想と、日本として重視する「制度・政策環境」の改善のためODAをツールとして活用するという発想との双方に基づくものなのである。

Ⅴ 三層構造によるアプローチ

この国別援助計画の特徴の第三点は、「国別援助計画」「セクター」「プロジェクト」という三層構造を明確に念頭においていることにある。

この計画を作るに当たっては、18の主要セクターについて現地ODAタスクフォースで徹底したセクター分析を行った。セクターにおける開発課題は何か。ベトナム政府はどのような戦略・計画で対応しようとしているのか。日本のこれまでの援助は的確に行われてきたか。どのような制度・政策面の課題に対応すべきか。今後、そのセクターを重点分野と考えるべきか。どのサブセクターを重視すべきか。

「セクター分析ペーパー」を作成し、これらの論点についての総ざらえを行った。その際、これまでの援助の正当化のためではなく、どうすれば従来よりレベルの高い援助を行うことができるかを考えた。 これには、多大の時間とエネルギーを投入した。ほぼ3カ月の間、毎週、「ODA現地タスクフォース」を開催し、各セクターについての検討を行っていった。

多くの時間とエネルギーを投資したが、その収穫は大きかった。大使館、JICA、JBIC、JETROの間で、それぞれのセクターにおいて重視すべきことは何かの共通認識が形成されたからである。「スキーム間の連携」「関係機関間の連携」の必要性が叫ばれるが、大事なことは、何を目指していくかの方向性が共有されているかである。それがなければ、どんなに連携を叫んでも実現は難しいのである。

われわれは、この作業をベースに、国別援助計画の開発課題、重点分野・重点事項の記述を起案した。セクター分析ペーパーは、合計で300ページ以上の分量となり、国別援助計画には、そのほんの一部しか記述することはできなかったが、この作業があったからこそ、何を重点事項とし、何を重点事項としないかの判断を行うことができたのである。

このように、第一層の「国別援助計画」を作る作業の一環として、第二層の「セクター」についての作業を行ってきたが、現在、われわれは、第三層のプロジェクト・ベースでの中期ビジョンの策定の作業に取りかかっている。これは、大使館、JICA、JBIC、JETROのそれぞれが各セクター毎に今後5年の間に想定しているプロジェクトを挙げていき、連携の可能性や、追加すべき取り組みを考えていく作業である。この作業によって、「連携」は、紛れもない「本物」になっていくであろう。

Ⅵ 今後の展開

この「ベトナム・モデル」は、国別援助計画の運用の中で更に進化・発展することを予め想定している。それは、言い換えれば、今後、この計画に魂を入れるために、さまざまな作業を行っていかなければならないということでもある。

第一に、「制度・政策環境」などの5項目の評価と対ベトナム援助の規模の検討の作業を行っていかなければならない。今後、毎年、1年間を通じて、常にこの仕組みを意識しつつベトナム側にメッセージを送り、ベトナム側の対応振りを評価し、それを日本側の政策に反映していくとの仕組みを動かしていくことになる。

第二に、毎年の政策協議を通じ「要請主義」を超えた「対話型」の案件形成・採択を実現していかなければならない。協議の中で、日本としてどのような援助を行っていきたいのか、どのような制度・政策の改善を支援したいと考えているのか、ハード(インフラ)、ソフト(制度・政策)、人材育成の三者をどのように有機的に連携させようとしているのかについて対話を行っていくことが重要である。

第三に、よい内容の政策協議を行おうと思ったら、これまでの作業での知見の蓄積を生かして各セクターにおける援助の中期ビジョンを構築し、それがプロジェクト・ベースにおいても具体的な考えに裏打ちされているという状態にまでもっていくことが必要である。そして、それらを常にアップデートしていなければならない。

このように国別援助計画の完成は、「終わり」ではなく、「始まり」である。この計画を始点として、こうした作業を行っていくことこそ、よりレベルの高い開発援助を行い、それを日本の対外関係上の大きな意味を持つ活動とするために、われわれが目指しているものである。

『国際開発ジャーナル』2月号より転載

2004年3月1日掲載