企業の海外進出に伴い、国内の雇用は失われているか?

清田 耕造
ファカルティフェロー

企業の海外進出と国内雇用

「日本企業の海外進出が進むことで、日本の雇用は失われていると思いますか」

この疑問に対し、多くの人は「はい」と答えるだろう。企業が工場を国内から海外へと移転することで、国内の工場を閉鎖してしまい、それが雇用の削減につながる、というイメージが定着してしまっているためである。しかし、このイメージは、少なくともこれまでのところは、必ずしもデータによって支持されているわけではない。

たとえば、オーストラリアRMIT大学の山下直輝教授らの研究は1991年から2002年までの製造業に属する海外進出企業約900社(各年)を対象として、海外従業者数と国内従業者数の関係を統計学的に分析している(注1)。彼らは日本の親企業のデータと海外子会社のデータを接続することで、親企業の特性だけでなく、海外進出企業の進出先の要因も考慮しつつ分析を行った。分析の結果、海外従業者数と国内従業者数の間には、統計的に有意なマイナスの関係が見られないことを明らかにした。

また、日本貿易振興機構アジア経済研究所の早川和伸氏らの研究は、1992年から2004年までの製造業に属する約8000社(各年)を対象として、直接投資が従業者数にどのように影響しているのかを分析している(注2)。彼らの分析の特徴は、貿易障壁を含む貿易のコストの削減を目的として行われる投資(水平的直接投資)と生産コストの削減を目的として行われる投資(垂直的直接投資)の違いに注目している点にある。分析を通じて、水平的な直接投資、垂直的な直接投資のいずれも、国内の従業者にプラス、または影響がないという結果を得ている。

ただし、雇用への影響が確認できないといっても、労働者の職種によって影響が違うかもしれない。たとえば、生産労働者(いわゆるブルーカラー)の減少を、非生産労働者(いわゆるホワイトカラー)の増加が補っていることが考えられるだろう。それでは、直接投資が拡大することで、ブルーカラーの雇用は失われているのだろうか。

上述の早川氏らの分析では、水平的な直接投資にはホワイトカラーの雇用を増やす効果があること、垂直的な直接投資はブルーカラーの雇用と賃金を上昇させる効果があることも明らかにされている。この結果は、水平的か垂直的かに関わらず、直接投資によってブルーカラーの雇用が失われているとはいえないことを意味している。

ここで、直接投資の影響は、むしろ企業間取引を通じて現れるのではないか、という疑問を抱いた方がいるかもしれない。たとえば、最終製品を生産する大企業の海外進出によって、部品や材料を納入する国内の中小企業との取引が縮小してしまい、その結果、取引相手となる中小企業の雇用は減少してしまうかもしれない。しかし、大企業の海外進出によって大企業の売り上げが拡大し、国内にとどまる中小企業との取引量は拡大、あるいは維持される可能性もある。実際にどちらの力が強く働くかを議論するためには、データによる検証が必要である。

この疑問に注目したのが、専修大学の伊藤恵子教授らの研究である(注3)。彼らは1998年から2007年までの製造業に属する企業約4500社を対象として、企業の取引関係を考慮した上で、海外進出企業の海外の雇用とその取引先企業の国内雇用の関係を分析した。分析の結果、海外進出企業と取引があるかどうかにかかわらず、国内にとどまる企業(国内企業)の雇用は減少する傾向にあること。そして、海外進出企業と取引のある国内企業は、海外進出企業と取引のない国内企業と比べて、雇用の削減率が低いことが明らかにされている。これらの結果より、取引先企業の海外進出によって国内にとどまる企業の雇用に負の影響があるとはいえないと主張している。

これまで紹介した研究のほとんどは、製造業を対象としたエビデンス(科学的証拠)である。しかし、近年は、非製造業の直接投資が拡大している。それでは、非製造業の直接投資は国内の雇用にどのような影響を及ぼすのだろうか。この疑問に答えようとしたのが日本銀行の桜健一氏らの研究である(注4)。彼らは、2000年から2009年までの小売業や建設業といった非製造業の上場企業を対象として、海外進出企業と国内雇用の関係を分析した。分析の結果、海外雇用の比率が高い企業ほど国内雇用の伸びが高いことを明らかにしている。この結果の解釈として、非製造業では国内事業活動を縮小する必要がないことが多い一方で、本社機能を強化する必要があるため、海外進出が国内雇用の創出に結びつきやすいとしている。

企業の労働需要が低下している要因はどこにあるのか?

これらの結果を踏まえると、直接投資が企業の雇用、すなわち企業の労働需要にマイナスの影響を及ぼしているとは必ずしもいえないということになる。それでは、企業の労働需要が減少している要因はどこにあるのだろうか。この疑問に答えようとしたのが、一橋大学の神林龍教授と筆者による研究である(注5)。我々は1995年から2009年までの約1400社(各年)を対象として、直接投資を行っている企業の労働需要がどのような要因で決まっているかを分析した。

分析の結果、海外の労働と日本国内の労働との代替関係は、あるとしても、極めて小さいことが確認された。そして、国内の労働と代替しているのは、国内の資本設備であることも明らかにされている。すなわち、国内でコンピュータなどの資本価格が下落することで、労働から資本への代替が起こり、その結果、企業の労働需要が低下しているのである。東京大学の柳川範之教授はIT(情報技術)が一部の人々の労働を完全に代替可能という指摘をしているが、我々の分析結果は、この指摘を裏付けるものとなっている(注6)。そしてこのような現象は、日本に限られているわけではない。米国でも、ペンシルバニア大学のアン・ハリソン教授らによって、同様の傾向が確認されている(注7)。

冒頭の疑問に戻ってみよう。

「日本企業の海外進出が進むことで、日本の雇用は失われていると思いますか」

企業の海外進出と雇用の低下が同じ時期に起こっているため、あたかも企業の海外進出がその労働需要に大きな影響を及ぼしているかのように思われがちである。しかし、データはこの主張を支持していない。まず注意を払うべきは、資本と労働の間にある古典的な代替関係ではないだろうか。

2014年11月25日

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脚注
  • 本コラムは清田(2014, 第2節)を元に、加筆・修正したものである。
  1. ^ Yamashita and Fukao (2010).
  2. ^ Hayakawa, Matsuura, Motohashi, and Obashi (2013).
  3. ^ Ito and Tanaka (2013).
  4. ^ 桜・近藤 (2013).
  5. ^ Kambayashi and Kiyota (2014).
  6. ^ 柳川 (2013).
  7. ^ Harrison and McMillan (2011).
文献
  • 清田耕造(2014)「直接投資は産業の空洞化をもたらすか―1990年代以降の実証研究のサーベイ―」, 『横浜経営研究』, 34: 205-214.
  • 桜健一・近藤崇史(2013)「非製造業の海外進出と国内の雇用創出」, 日本銀行ワーキングペーパーシリーズ, No. 13-J-8.
  • 柳川範之(2013)「経済教室」, 『日本経済新聞』, 2013年5月2日, 朝刊.
  • Harrison, Ann and Margaret McMillan (2011) "Offshoring Jobs? Multinationals and U.S. Manufacturing Employment," Review of Economics and Statistics , 93: 857-875.
  • Hayakawa, Kazunobu, Toshiyuki Matsuura, Kazuyuki Motohashi, and Ayako Obashi (2013) "Two-dimensional analysis of the impact of Outward FDI on performance at home: Evidence from Japanese manufacturing firms," Japan and the World Economy , 27: 25-33.
  • Ito, Keiko and Ayumu Tanaka (2014) "The Impact of Multinationals' Overseas Expansion on Employment at Suppliers at Home: New Evidence from Firm-level Transaction Relationship Data for Japan," RIETI Discussion Paper Series No. 14-E-011, March 2014.
  • Kambayashi, Ryo and Kozo Kiyota (2014) "Disemployment by Foreign Direct Investment? Multinaitonals and Japanese Employment," Review of World Economics, dx.doi.org/10.1007/s10290-014-0205-6 (RIETI Discussion Paper Series 14 E-051).
  • Yamashita, Nobuaki and Kyoji Fukao (2010) "Expansion Abroad and Jobs at Home: Evidence from Japanese Multinational Enterprises," Japan and the World Economy , 22: 88-97.

2014年11月25日掲載

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