新事業創出による経済復興の実現に向けて
本年6月に閣議決定されたアベノミクスの3本目の矢「日本再興戦略」(日本経済再生本部 2013)は新事業創出を大きな柱とし、国内に眠る技術、アイデア、資金、人材等を最大限に活用し、ベンチャーや新事業を生み出す、としている。
この政策目標の鍵の1つを握るのは、シリアル・アントレプレナーである。彼らは、新しい企業を設立する、すなわち起業を生涯に2度以上繰り返す人と定義される。欧米では、ベンチャーキャピタル(以下VC)が起業家をどのように選別するべきか、という実務的関心に応えて、学術的な研究が進んでいる。
シリアル・アントレプレナーに関する先行研究
たとえばHsu(2007)は、米国のVCから投資を得る起業家を対象に、シリアル・アントレプレナーは他の起業家に比べ、VCから高い企業価値評価(valuation)を得る傾向にあることを示した。特に過去に高い金銭報酬を得た場合は、さらにその傾向が高かった。Westhead et al. (2005)もスコットランドの起業家を対象に、シリアル・アントレプレナーは他の起業家に比べ、売上高が多いことを示した。さらに本稿でいうシリアル・アントレプレナーを、1)過去に起業した企業から手を引き、現在は別の1件の起業に専念する起業家と2)同時に複数の起業に携わる起業家に区別し、後者の方がさらに売上高が多いとした。
RIETI「起業意識に関するアンケート調査」より
シリアル・アントレプレナーに対する取引相手や出資者からの期待や評価は、国によって違いうる。そこで次に、VCの投資対象でない起業家も含め、彼らは日本でも同じように成功する確率が高いと言えるかどうかを調べてみる。
RIETIで昨年行われた「起業意識に関するアンケート調査」(調査の詳細は、馬場・元橋(2013)、松田・松尾(2013)を参照のこと)によれば、2009年以前に起業した(注1)起業家1307人のうち、シリアル・アントレプレナーは488人だった。この488人の1度目と2度目以降(注2)の成功(ここでは1期でも利益をあげること)の分布については、表1の通りである。
2度目以降 | 合計(人) | |||
成功 | 成功しない | |||
1度目 | 成功 | 252 | 90 | 342 |
成功しない | 64 | 82 | 146 | |
合計(人) | 316 | 172 | 488 |
この分布について、1度目に成功した人と成功しない人について、2度目以降の成功確率の差の有意性をみる検定を行ったところ、確率に差は無いとする帰無仮説は棄却された。また1度目の成功と2度目の成功の分布の独立性も検定し、同じく帰無仮説は棄却された。
すなわち本稿でも、1度目に成功した人はしなかった人に比べて2度目以降に成功する確率が高い、また1度目に成功することと2度目以降に成功することは無関係ではないということが言える。
シリアル・アントレプレナーのスキル
では、なぜ1度目に成功した起業家は2度目以降にも成功する確率が高いのだろうか。Gompers et.al (2010)は、成功(ここでは上場すること)を繰り返すシリアル・アントレプレナーは、起業すべき産業と時期を正しく選ぶスキルがあるからだと説明する。このスキルの有無は、起業経験により得られる経営能力とは別である。VCや取引相手らは、1度目の成功を起業家のこのスキルの裏付けと捉え、2度目以降の起業に対してより多く投資やその他の経営資源を提供し、2度目以降の成功率が高くなるという訳である。
実際、シリアル・アントレプレナーに関するケーススタディを報告した(Martin & Osberg 2007)は、彼らにとって過去の起業の成功は、出資者との出資条件交渉の場で最も重要な説得材料になっていると指摘している。
そこで注目したいのは、彼らのスキルが他者にも利用可能かということだ。もし何らかの方法でスキルの移転が可能なら、学術的にこのスキルを解明し多くの人達に伝えることで、成功する起業家や起業家予備軍が増える可能性がある。冒頭にシリアル・アントレプレナーが日本再興戦略の鍵の1つだと述べた所以である。
筆者はこのような視点から、今後もシリアル・アントレプレナーに関する研究を続けていきたい。