有期雇用改革のゆくえ―労政審分科会報告をどう評価するか

鶴 光太郎
上席研究員

労働政策審議会の分科会で提示された新たな有期労働契約の在り方

2011年12月末、1年以上かけて有期雇用契約の在り方を検討してきた労働政策審議会労働条件分科会が報告を公表した(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001z0zl.html)。この報告を受けて、厚労省が今期通常国会において必要な法改正案を提出する運びになっており、今後の有期雇用改革の大枠を決めるという意味で重要な方針と位置付けられる。筆者は当コラムにおいて、非正規雇用改革の本丸である有期雇用改革の方向性をかつて論じたが(RIETIコラム296:「有期雇用改革に向けて」2010年10月26日)、そこでの主張と照らして今回の報告の問題点などを指摘してみたい。

必ずしも労働者保護につながらない有期労働契約の最長継続期間設定

詳しい背景・解説は上記コラムをみていただくとして、有期雇用改革の焦点は、ほとんど有期雇用に対する規制がなかった日本において(1)ヨーロッパ型の入り口規制(有期契約締結の制限)、(2)処遇の規制(雇用形態の違いによる不利益取扱い、差別禁止)、(3)出口規制(雇用安定や濫用防止のための契約期間の上限、更新回数の制限等)を導入するかであった。今回の報告の内容は上記労政審分科会での検討が始まる前に公表された研究会報告書(「有期労働研究会報告書」http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000000q2tz.html)のおおまかな結論イメージ、つまり、入り口規制の導入は消極的であるが、出口規制については前向きに検討という流れに沿ったものになった。具体的には、合理的な理由がない場合には有期契約が締結できないとする仕組み(入り口規制)は導入を見送る一方、出口規制については、「有期契約が同一の労働者と使用者の間で5年を超えて反復更新された場合には、労働者の申し出により、期間の定めのない労働契約に転換させる仕組み(転換に際し、期間の定めを除く労働条件は、別段の定めがない限り従前と同一とする)を導入」という方針が提示された。

ヨーロッパではEU指令においてなんらかの出口規制を導入することが求められており、2~4年程度の有期雇用の最長継続期間を設定している国が多い。今回、労政審分科会でこの期間の長さを決めるに当たって、労働側が3~5年を主張する一方、使用者側は7~10年を主張し、間をとって5年に決まったとの報道もある。また、一見、労働者に有利に見える仕組みも、「労働者の申し出」がやりにくくなるような状況を作ったり、期間の定めのない契約に転換させる場合も「別段の定め」で他の処遇条件が不利になるような「抜け道」もありそうだ。なによりもこれまでは有期雇用を反復して継続できた人が5年の継続期間を迎える前に早めに一律に雇い止めされるケースが増えるかもしれない。労働の場合、一律的・強制的規制が必ずしも労働者の保護や便益向上につながらないことが多いが、この提案もその典型のように思われる。

それではどうすればよいか。5年という利用可能期間は労使の妥協の産物ながら、あながち的外れな長さではない。非正規社員の正社員化を分析した玄田(2010)(注1)によれば、非正規として一定期間継続就業して離職する場合、前職の継続就業年数が2~5年の場合、正社員への転換が最も起こりやすくなっている。つまり、5年ほど継続就業できれば、正社員として勤められる能力や定着性を持っていることを十分シグナルすることができると考えられる。そうであれば、5年を超えた時点で無条件に正社員にするのではなく、5年を正社員化に向けたチャレンジ期間として積極的に位置付けることが動機付けという点からも労使双方にメリットがあると思われる。

テニュア制度の導入で有期雇用から無期雇用への「足がかり」を築け

具体的には、5年を有期雇用の最長継続期間ではなく、一回の契約期間として設定をする(労基法で定められた現在の1回の契約期間上限(原則3年)を5年に延長)。その上で、契約期間の最後で使用者は正社員に転換させて引き続き雇用するか、雇い止めを行うかという選択を行う。有期雇用で継続雇用ができないようにすることで有期雇用の濫用を防ぐという仕組みとなる。これは5年間の有期雇用を試用期間とみなすテニュア制度とみなすことができる。ヨーロッパで有期雇用の最長継続期間の規制が機能している背景は、有期雇用は無期雇用への「足がかり」であるという認識が徹底していることを忘れてはならない。まずは、こうしたテニュア制度が広がっていくことで有期雇用への認識、在り方を変えていくことが必要だ。

一方、処遇の規制については、報告の中では「労働条件については、職務の内容や配置の変更の範囲等を考慮して、期間の定めを理由とする不合理なものと認められるものであってはならない」とされ、契約期間という観点から雇用形態の差異を理由とする不合理な処遇の解消が盛り込まれた。こうしたアプローチは非正規雇用の他の側面、たとえば、パートとフルタイムの処遇格差に対しても応用でき、実際、パートタイム労働の在り方を議論している労働政策審議会雇用均等分科会では検討が進んでいるようだ。筆者はかねてから、ヨーロッパの仕組みに学ぶのであれば、極端な処遇格差の抑止力として「合理的な理由のない不利益取扱い禁止」という処遇の規制を導入せよと主張してきた(詳しい仕組み・論点については、水町(2011)(注2)参照)。有期雇用改革が単に有期雇用という雇用形態を強制的に制限するという「量の規制」でなく、その処遇を改善する「質の規制」に重点が置かれるように今後の議論が進展していくことを期待したい。

2012年2月14日
脚注
  1. ^ 玄田有史(2010)『人間に格はない-石川経夫と2000年代の労働市場』ミネルヴァ書房 第4章非正規雇用からの脱出
  2. ^ 水町勇一郎(2011)「『同一労働同一賃金』は幻想か?」鶴・樋口・水町編『非正規雇用改革―日本の働き方をいかに変えるか』日本評論社第11章(DP版「『同一労働同一賃金』は幻想か?―正規・非正規労働者間の格差是正のための法原則のあり方―」参照)

2012年2月14日掲載

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