有期雇用改革に向けて

鶴 光太郎 上席研究員

非正規雇用問題解決の本丸である有期雇用改革

非正規雇用問題といえば政策的にもこれまで派遣社員の扱いが着目されてきた。規制緩和や景気回復による2003年頃からの急増とリーマン・ショック以降の雇止めによる大幅減など派遣労働者はこれまで目立った動きをしてきたため、あたかも「非正規労働者=派遣労働者」であるかのような議論も散見されたが、雇用者全体の中では派遣労働者は2~3%程度を占める存在でしかないという認識は重要だ。一方、契約期間という軸からみれば、非正規雇用者のほとんどすべては有期契約労働者(以下、有期労働者)である。パートの中には期間の定めのない契約(無期労働契約)を結んでいる無期労働者も存在するがかなり限定的である。したがって、「非正規雇用者=有期雇用者」と大まかに捉えることは正しいアプローチであり、有期雇用者の扱いを考えることこそ遅まきながら「非正規雇用問題の本丸」に着手することを意味する。

6月に決定された政府の「新成長戦略」では、雇用・人材戦略の項目の1つとして、「均等・均衡処遇の推進」が掲げられている。さらに、その工程表には、今年度中に有期労働契約に係る労働政策審議会で検討を開始し(10月26日労政審労働条件分科会開催がキックオフ)、来年度中に結論、所要の見直し措置を実施し、パートタイム、有期労働者、派遣労働者の均衡待遇の確保と正社員転換の推進を2013年度までに実施するという目標も提示された。これまでバラバラに行われてきた非正規雇用改革を有期労働者への対応を起点として包括的に検討していこうという政策意図・目標が伺われる。

労働政策が厚労省の労働政策審議会で検討される前に学識経験者による研究会報告が出されることが通例である。有期労働契約についても去る9月に1年半程度の検討を踏まえた研究会報告書が公表された(「有期労働研究会報告書」[PDF:449KB])。

今後の抜本的な非正規雇用改革の起点になるべき報告書にもかかわらず、明確な制度改正の方向を示すことができなかったこともあり、あまりマスコミに取り上げられなかったようだ。しかしながら、今後の改革の方向を見極める上で、いくつかの重要な考え方が盛りこまれている。本稿では、同報告書を批判的に検討しながら、有期雇用改革のあるべき姿を提示してみたい。

ヨーロッパの有期雇用規制体系

報告書で検討された論点は多岐にわたるが、一言で言えば、ヨーロッパにおける有期労働規制体系を日本へ移入すべきかどうかが大きな焦点となった。ヨーロッパにおける規制体系は99年EU有期労働指令により加盟国が遵守しなければならない規制と各国独自の規制に分かれるが、その体系は主に(1)規制の理念・根拠、(2)有期契約締結に関わる規制(入口規制)、(3)処遇の規制、(4)有期契約終了に関する規制(出口規制)に分けられる。まず、規制の理念であるが、ヨーロッパでは期間の定めのない労働契約(無期労働契約)が原則であることが規定されていることが多く、EU指令でも有期雇用での差別や濫用を防ぐことが目的とされている。有期契約締結のためには一時的な需要増や季節労働など客観的な理由を要求する入口規制はEU指令では義務付けられていないが、南欧諸国を中心に歴史的に各国で規制が行われてきた。一方、出口規制については、EU指令で加盟国は有期雇用の反復利用による濫用を禁止するために、最長継続期間の上限、更新回数の制限、更新を正当化する客観的事由提示、のいずれかが必要になる。処遇については、やはり、EU指令で客観的理由のない差別が禁止されている。

有期雇用の規制が弱い日本

こうしたヨーロッパの規制体系に対して、アメリカは無期労働契約の原則もなく、入口・出口規制、処遇の規制もない。そもそも正規雇用の解雇規制が弱いので企業が有期雇用を使うインセンティブが低く、結果として有期雇用の割合は低くなっている。日本については、実態としては正規雇用=無期雇用が基本という認識はあるものの、法体系で明文化されてきたわけではない。入口規制、処遇の規制もなく、出口規制についても、反復濫用から有期雇用を保護する規制はなく、雇い止めを巡る争いについては、裁判での判例を通じた「雇止め法理」(解雇権濫用法理の類推適用)が形成されてきた。労基法では有期雇用の1回の契約期間における上限が原則3年と定められているが、これは出口規制ではなく、拘束規制(民法では契約期間の途中の解約には「やむえない事由」が必要と規定)である。つまり、日本では有期雇用の規制は民法の規定を含め保護という観点からは拘束規制しかなく、有期労働に対する規制は大陸ヨーロッパと比べてももともとかなり弱く、むしろ、英語圏諸国に近い。このため、正規(無期)と有期雇用の規制度合いの乖離は比較的大きくなっている(図1、2)(注1)。

図1:有期雇用の解雇規制指数の国際比較
図1:有期雇用の解雇規制指数の国際比較
[ 図を拡大 (PDF:73KB) ]
図2:正規と有期の解雇規制の差及び有期の規制緩和の程度
図2:正規と有期の解雇規制の差及び有期の規制緩和の程度
[ 図を拡大 (PDF:76KB) ]

厚労省の研究会報告書では先にも述べたように明確な政策の方向性を示していないため、報告書の「行間」を読みながらの推測の域を出ないが、入口規制の導入には消極的だが、更新回数や利用可能期間の上限設定を行う出口規制導入や「雇止め法理」の明確化・ルール化に対しては前向きといった印象を受けた。さらに、処遇の規制についても、パートタイム労働法を参考にした均衡処遇、正社員への転換をなんとか制度化していきたいという意図も感じられる。こうした方向性をどう評価すべきか。

難しいヨーロッパ型規制の日本への移入

まず、第1に、EUの有期雇用の規制体系は非常に包括的な体系であり、個々の仕組み・要素が補完性を持ち、一体となって全体の一貫性や整合性を保っていることを理解する必要がある。このため、全体への配慮のない、つまみ食い的な制度の移入は効果がなく、むしろ副作用が懸念される。たとえば、入口規制と出口規制は相互補完することで実効性が確保されている。有期雇用への需要が増大している国では、入口規制を緩和しているがそれでも出口規制が機能しているのは、無期雇用原則の下、無期雇用への転換義務化が機能しているためである。したがって、出口規制だけ取り上げて日本に導入しようとしても懸念されるような予防的な雇止めが多発するだけで有期雇用の保護に繋がるかは疑問である。

第2に、制度全体を他の国に移入する場合、その制度自体がどんなに良い制度であったとしても、受け入れ国側の環境条件が大きく異なれば、そのような制度移入は現実的に不可能であることだ。日本ではこれまで有期雇用の規制が弱かったことで既に有期雇用の割合はかなり高まっており、OECD諸国でもトップグループに入っていると考えられる(注2)。また、これまでも有期雇用の更新、継続は労使双方が合意すればむしろ望ましいし、有期雇用の長期継続が積極的に促進されてきた面がある。これまでの歴史的な経緯を考えると、出口規制や無期労働雇用の原則の導入は必ずしも実効的な選択肢ではないだろう。

日本と同様の非正規雇用問題を抱える韓国では2007年7月からヨーロッパ型の有期雇用規制(差別的待遇禁止、出口規制(最長2年、2年越えた場合無期みなし))を導入したが、正規雇用への転換が拡大したかどうかは必ずしも明確でない。韓国の経験からも学ぶ必要がありそうだ。

目指すべき有期雇用改革のあり方

それでは求められる改革の理念とは何であろうか。まず、無期原則は明示的にとらないということだ。有期雇用そのものやその長期継続を罪悪視すべきではなく、入口規制や出口規制の導入は見送るべきである。一方、有期雇用があまり増えすぎないような一定の「歯止め」や雇用不安定・処遇格差へ真摯に対応する仕組みは必要である。そのためには「処遇の規制」を新たな規制体系の柱に考えることである。

つまり、入口・出口規制のような「量の規制」ではなく、有期雇用労働者の処遇改善・多様化に結び付くような「質の規制」を考えることである。厳密な均等処遇はもちろん現実的ではないが、客観的な理由を越えて極端な処遇格差があれば必ず大きなペナルティを受けることで(「クレディブルな脅威」)、そうした差別が抑制されるような法的な仕組み(ゲーム論の言葉ではサブ・パーフェクトな均衡となる仕組み)を検討すべきである。

また、有期雇用の雇用不安定、雇止めの問題は現状のような予測可能性の低い「雇止め法理」に任せておくべきではない。契約締結時点で更新可能性や更新回数を明示した有期雇用契約の多様なコース分けを徹底し、制度化することで予測可能性を向上させるとともに、契約終了時点における退職手当支払い、金銭解決導入、再就職斡旋などによる補償を充実させることで雇用不安定に対応するという考え方に転換すべきである。また、こうした退職手当や賃金などの処遇が契約期間の長さと確実に対応させていくような仕組み(「期間比例原則」への配慮)が定着していけば、上記、均衡処遇や正規社員への転換に向けた取り組みを更に後押しすることにも繋がる。

有期雇用の改革においては日本の実情に合った新たな包括的、整合的な制度設計が求められている。「お手本」がないだけに難しく、また、責任の重い仕事でもある。今回の厚労省の研究会報告書公表を契機に、よりよい制度設計に向けて議論が喚起されることを期待したい。

2010年10月26日
脚注
  1. 85年の時点で既に有期雇用の規制は弱いグループにあり(図1)、過去20年ほどの間に規制は更に緩和されたが、その度合いはOECD諸国の中では中程度(主に派遣分野)と相対的に大きかったわけではない(図2)。
  2. OECDのtemporary worker の比率では日本は2009年で13.7%であるが、これは契約が1年未満の臨時・日雇いしか計上されておらず、非正規雇用でも1年以上の契約期間の割合が過去25年で15%程度増加したことを考えると契約期間が長い有期雇用も含めた全体の割合は少なくとも20%台半ばに達するとみられ、スペイン、ポルトガル、韓国といったトップ・スリーに匹敵すると考えられる。

2010年10月26日掲載

この著者の記事