インターネット投票が民主主義を変える

池田 信夫
上席研究員

10月10日解散、11月9日総選挙という日程も固まり選挙ムードが高まってきたが、現行の国政選挙制度に深刻な欠陥があることは、あまり知られていない。それは小選挙区でも比例代表でもなく、「自書式」という投票方式である。鉛筆で候補者の名前を投票用紙に書くため、疑問票や無効票が大量に出て即日開票は徹夜作業となる。こんな旧式の投票方式をとっているのは、先進国では日本だけである。2000年の米国大統領選挙では、フロリダ州のパンチカード式投票機による無効票が問題になったが、「日本はもっとひどい」と米国の友人に話したら、友人は大笑いして「じゃあフロリダの投票機を日本に輸出できるね」といった。

電子投票からインターネット投票へ

実は、自書式投票は1994年の公職選挙法改正でいったん廃止され、候補者のリストから選ぶ記号式が導入されたのだが、翌年これを廃止する公選法の改正が議員立法で行われ、記号式の選挙は一度も実施されずに元に戻ってしまった。参議院の比例代表で候補者の数が増えるから、というのが表向きの理由だったが、名前の浸透している現職議員にとって自書式のほうが有利だからというのが本当の理由だろう。

他方、地方選挙ではこれまでに全国の6市町村で電子投票が実施されている。これは投票所で紙に書く代わりにタッチパネルで候補者を選ぶもので、開票は10分から20分で終わり、大きなトラブルは報告されていない。こういう電子投票は、すでに多くの国で実施され、日本でも次の参議院選挙で導入する案が検討されているという。しかし、これは開票事務の合理化にはなっても、投票率は上がらないし、選挙の結果に大きな影響は与えない。

いま各国で研究されているのは、一歩進んでインターネットで電子投票を行うシステムである。米国では、インターネットによる不在者投票システムが国防総省のプロジェクトで開発され、2004年の大統領選挙では10州で採用される予定である。これによって海外に勤務する兵士が投票できるばかりでなく、障害者などの意思を選挙に反映する役にも立つ。これはまだ不在者投票に限定された補助的な制度だが、システムの信頼性が実証されれば普通の有権者がインターネットで投票することもできる。

地方選挙で実験を

しかしインターネット投票には反対論もある。データが改竄されるのではないか、二重投票や他人による「なりすまし」をどう防ぐのか、匿名性が保証されるのか、ハッキングが行われたらどうするのか、といった心配である。こうした反対論は、電子商取引の初期にもあったが、今ではそういう理由で電子商取引に反対する人はいないだろう。こういう問題は、技術的に解決可能であり、今年9月、ヴェリサイン社は国防総省のプロジェクトで電子認証によってインターネット投票を行うシステムを発表した。

投票には電子商取引よりもはるかに高いセキュリティが必要なので、「絶対安全」が保証されるまで導入してはならないという議論もあるが、これは問題のもう1つの面を見逃している。2001年の参議院選挙の投票率は56%であり、現在の選挙結果は半分近い有権者の意思を反映していないのだ。他方、2000年に米国アリゾナ州で行われた民主党の予備選挙では、インターネット投票によって投票率は93%になった。つまりインターネット投票は開票事務を合理化するだけでなく、投票率を上げ、選挙結果を変えるのである。

インターネットが使えるようになれば、これまで投票率の低かった若年層や都市の有権者の投票率は大きく上がり、選挙結果は国民の総意に近づくだろう。ネットワークのセキュリティに「絶対安全」はないし、それを追求する必要もない。重要なのは、数千万人の国民に投票の機会を与えるメリットと、インターネット投票によって起こる(かもしれない)問題のリスクを比較衡量することである。もちろんインターネットでは心配だという人は、投票所に行って電子投票すればよい。

選挙の投票率が下がり続けているのは先進国に共通の現象だが、これには理由がある。1人の投票で選挙結果が変わることはありえないから、投票による限界的な利益はゼロだが、休日を犠牲にして投票に行くコストは個人が負うので、棄権は合理的な行動なのだ。しかし、そういう「ただ乗り」が増えると選挙結果が歪んでしまう。このパラドックスを解決するには、「選挙に行きましょう」などとPRするよりも、自宅からインターネットで投票できるようにして有権者の負担するコストを下げることが根本的な対策になる。

行政は特別なサービスではなく、そのオンライン化の考え方も電子商取引と本質的には変わらない。それは低いコストで質の高いサービスを提供し、どういうリスクがあるかという情報をあらかじめ公開して、顧客(国民)に選択させることである。インターネット投票は選挙に民意を反映させるだけでなく、行政を「普通のサービス」にする上でも重要である。日本でも、地方選挙では投票制度を自由に選べるので、まず地方選挙の不在者投票で、インターネット投票の実験を行ってはどうだろうか。

2003年10月7日

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2003年10月7日掲載