「成果主義」は魔法の杖?

鶴 光太郎 上席研究員

構造調整の1つの視点は、各経済主体がいかに効率的になるかである。これまで、非効率性の温床となっていた組織を改革し、そこで働く人々にインセンティブを与える手法として「成果主義」(成果に基づいて評価し、報酬を与える考え方)が注目を集めている。成果が比較的計り易い民間の組織、雇用者のみならず、公的機関や公務員にも適用していこうという動きがみられる(たとえば、独立行政法人と成果主義との関連については、エコノミクス・レビュー No.7参照)。しかし、「成果主義」は果たして効率性向上の決定打になるのであろうか。本コラムでは、主に「人事の経済学」(personnel economics)の立場からこの問題を考えてみたい。

「成果に基づいて評価する」ことが抱える問題

「成果主義」を企業の労働者に適用する場合を考えてみよう。「成果主義」の最も単純な形は、アウトプットに応じて報酬を与えるという出来高制である。しかし、出来高制は以下のようにいくつかの問題を持つ。まず、成果は通常、チーム・ワークの結果による場合が多く、各労働者の寄与を明確に区分し、立証することは難しいことである。また、成果の立証が難しい場合、雇用主が成果を過小評価して報酬をケチるというインセンティブが生じてしまう。

一方、成果の立証が可能な場合でも、人的資本はリスク分散できないことを考えると、成果の変動リスクのすべてを労働者が負担するような出来高制は労働者にとって必ずしも最適の選択とはいえない(リスク・シェアリングとインセンティブのトレード・オフ関係)。また、労働者が複数の仕事を抱えているとき、ある仕事に対して「成果主義」を適用すれば、その仕事へのインセンティブは高まっても、他の仕事を疎かにしてしまうであろう。つまり、成果が見えやすい仕事や側面(質より量)に努力が偏ってしまうというバイアスである。

成果の立証が難しいという問題に対しては、評価の仕方を工夫するという考え方もある。たとえば、評価の誤差が大きく絶対的な評価が難しければ、相対的な評価を利用するという手がある。たとえば、労働者同士で競争し、その順位に応じて報酬を与えるようなトーナメント方式はその典型例である。しかし、トーナメント方式は出来高制のような過小評価の問題はないものの、わずかな成果の違いで勝ち負けが決まり報酬も大きく異なってしまうため、努力が必ずしも報われないという欠点がある。また、立証可能、つまり、定量化できるような客観的評価が難しければ、主観的な評価を活用する方法がある。主観的な評価を行えるのはその被評価者を緊密にモニターしている上司であるが、評価が主観的になれば上司の「ひいき」で歪められる余地は大きく、部下は上司の「ひいき」を得ようとして「ごますり」(一種のレント・シーキング活動)に精を出すというような非効率性が発生しやすい。こうした状況が深刻化すれば、評価に対する不公平感から労働者のモラールや努力は大きく阻害されることになる。このようにみると「成果に基づいて評価する」と簡単にいってもさまざまな問題を抱えていることがわかる。評価者の機会主義的な行動や「ひいき」を抑制するためには、むしろ、年功制や(仕事のランクに応じた)昇進による評価のような「官僚的手法」に利点があることが「人事の経済学」では強調されている。

「成果主義」を導入する前に組織改革を

以上は、主として民間企業の労働者に「成果主義」を適用する場合を考えたが、公的部門における雇用者、つまり、公務員の場合はどのように考えればよいであろうか(官僚の人事、インセンティブ・システムについては、RIETIディスカッション・ペーパー01-E-05および「官僚たちが先送りを選ぶ理由」参照)。昨年の末に公表された公務員制度改革大綱の中心テーマは公務員への能力・業績主義の適用であるが、これは上記の「成果主義」の限界を考えれば機能するとは考えにくい。なぜなら、公務員の場合、民間よりも更に成果を計測、立証することは容易でなく、また、組織として目指す目標が多岐に渡っているため、特定の目標に「成果主義」が適用されるバイアスの弊害は民間部門よりも大きいからである。それ以上に深刻なのは、必然的に予想される主観的評価の偏重がこれまで年功制、中央集権的かつ長期的な評価システム(ポストで報酬)のおかげで比較的無縁であった「ひいき」や「ごますり」をはびこらせる可能性があることである。そうなれば、評価の不公平感が強くなり、公的部門で特に要求されるような調整や協調を必要とする業務に支障をきたすのは明白である。

したがって、公的部門の雇用者に「成果主義」的な手法を少しでも導入しようと思うのならば、まず、組織自体の改革が必要であろう。つまり、公的機関の追求すべき目標が多様であり、且つ、あいまいであることが働き手の評価の難しさにつながっているとすれば、組織の使命が明確となり、適切な評価が行われやすいように、組織を分離、モジュール化することが先決である。このように、働き手のインセンティブも組織形態によって異なってくるという視点が重要なのである。

2002年6月18日

2002年6月18日掲載

この著者の記事