今年は日本のIT産業「馬跳び」の年?

池田 信夫
上席研究員

子供の遊びに、互いの背中越しに跳ぶ「馬跳び」というのがある。英語では「カエル跳び」(leapfrogging)と呼ぶが、これには「後発の利益」という意味もある。たとえば製造業で、古い設備を持っている大企業よりも後から最新設備で参入した企業のほうが有利になることはよくある。日本のIT産業が立ち遅れているといわれて久しいが、先頭を行っていた米国でバブルが崩壊した今、日本は米国をリープフロッグできるかもしれない。

昨年10月、RIETIで行ったシンポジウムで、スタンフォード大学のローレンス・レッシグ教授は「シリコンバレーは死んだ」と断じた。その原因として彼が批判したのは、インターネットを電話のインフラで囲い込もうとする電話会社と、「知的財産権」の過剰保護によってナプスターなどの技術革新を殺してしまったハリウッドだった。

米国の1996年通信法は、レッシグ教授によれば「通信・放送・ケーブルテレビという業界を縦割りで規制する、インターネット時代にそぐわない悪法」だという。それなら改正すればいいようなものだが、1996年通信法は1934年にできた通信法の62年ぶりの抜本改正で、5年ぐらいで改正することは「まったく考えていない」と昨年来日したFCC(連邦通信委員会)のロバート・ペッパー計画政策局長はいい切った。

これに比べると、1985年にできた日本の電気通信事業法は、かなり老朽化しており、抜本改正(もしくは廃止)すべきだという意見は政府部内にも強い。インターネットが急速に普及する直前にできた1996年通信法に比べて、21世紀の通信インフラが全面的にインターネットに置き換わることが明らかになった今から制度改革できる日本は有利である。

その意味で昨年12月、IT戦略本部と規制改革委員会の合同チームがまとめた「規制改革調査会」(座長:宮内義彦オリックス会長)の報告書は、インターネット時代にふさわしい戦略を示す初めての政府文書といえよう。従来の日本の情報通信行政が業界ごとの縦割りだったのに対し、この報告書はインフラとコンテンツの「水平分離」を提案しているが、これはインターネットの構造をモデルとするものである。

インターネットの情報は世界共通のIP(Internet Protocol)のパケットで運ばれるから、通信か放送かという垣根には意味がない。その代わりパケットの中身は「カプセル化」されて物理的なネットワークから隠されているので、コンテンツはインフラから完全に切り離されている。今後の情報インフラがIPに統合されて行くことを疑う専門家はまずいないから、これまでの「垣根行政」をやめ、インフラを開放してサービスは全面的に自由化する「インターネット型」に転換すべきである。

こうした大きな方向が決まれば、知的財産権の過剰保護がインターネットのオープン・アーキテクチャにそぐわないことも明らかだろう。金銭的なインセンティヴがなければ技術革新はできないという通念は、非営利のインターネットが史上最も急速な技術革新を生み出したという事実によって反証された。日本は、ハリウッドによって表現が圧殺されている米国の背中越しに、著作権も特許権もない「知的財産権特区」を作ってナプスターなどを誘致してはどうだろうか。

また、きわめて非効率に細分化されている電波の再配分も重要な問題である。この点でも、米国は周波数オークションによって電波を市場メカニズムで配分し、携帯電話で1歩リードした。しかし、問題はもうオークションで売る帯域が残っていないことだ。この元凶は、最大の周波数帯を占拠している軍事用無線だが、それを民間に開放する計画も、同時テロ事件の影響で白紙に戻ってしまった。

この点でも、「デジタル放送」用に予約されたまま空いている帯域が200MHz以上ある日本は有利だ。インフラを売買して私有財産にするオークションは、特定の周波数を占有するアナログ無線の時代のもので、広い帯域を多くの端末で共有するパケット無線技術が普及した今では、かえって非効率な電波の囲い込みをもたらすおそれが強い。むしろUHF帯を無線インターネットのためのコモンズ(共有地)として開放してはどうだろうか。

米国がインターネットにそぐわない資本や軍事の論理で自縄自縛に陥っている今、日本がインターネットにふさわしいオープンでフラットな情報インフラを構築すれば、米国を飛び越して21世紀型の産業を構築することも不可能ではない。年が改まった今、思い切って発想を変えれば、意外に日本は「1周遅れの先頭馬」になれるかもしれない。

2002年1月8日

2002年1月8日掲載