「科教興国」中国から学ぶもの-注目される「大学発ベンチャー」-

角南 篤
研究員

「平沼プラン」に続いて「遠山プラン」と、真の「科学技術創造立国・日本」の確立を目指し抜本的な改革を盛りこんだ政府案がこのところ相次いで発表されている。中でも今、最も注目されているのが「大学発ベンチャー」の育成である。これまでこうした産学連携のモデルとしては、米国カリフォルニアのシリコンバレーが取り上げられてきた。しかし、実際には米国のシリコンバレーは自然発生的に出来上がったもので、今日本で考えられている政府主導の改革モデルとは社会的背景が根本的に異なる。一方、中国では、過去20年間にわたり政府が積極的に中国版シリコンバレー建設に携わっており、むしろ日本にとって彼らの改革の経験に着目する意義は大きい。

また中国は最近、これまでインフラ整備に重点を置いてきたサイエンス・パーク発展計画から海外にいる中国人研究者を呼び戻すような政策を積極的に導入するなど、ハード面のみならず人的資源の問題を真っ向から取り上げている。「中国のシリコンバレー」の発展から考えられる重要な点をまとめると次の三つである。(1)起業家や研究者自らのイニシアチブを政府によるトップダウン的な制度改革が迅速にフォローする。(2)あくまでも市場メカニズムを主体とし明確なルールづくりをはじめ技術革新の環境作りを推進する。(3)インフラなど法環境整備と同時に人的資源、とくに産学連携を支えるネットワークを支える政策を重視する。

中関村の「大学発ベンチャー」

北京市北西部に広がる中関村(ちゅうかんそん)は、「中国のシリコンバレー」としてここ数年国内外で高い関心を集めている。科学技術体制の改革に着手して約20年、今や中国の技術革新を支える制度の象徴的な存在になっている。この地域には、中国を代表する清華大学や北京大学をはじめ、中国科学院など30以上の大学と200を超える研究機関が集まっており、また大学や研究機関からスピンオフした企業も数多く存在している。

中関村の歴史は、1980年に中国科学院物理研究所の陳春先博士が、米国におけるシリコンバレーの発展に影響を受け、自らこの地域に産学連携を目指した最初のインキュベーターを設立したことに始まる。その後、中国科学院からスピンオフした四通公司や連想集団、北京大学の北大方正、清華大学の清華紫光集団といった中国を代表するハイテク企業が続々と誕生した。なかでも、北大方正や清華紫光など大学がシードマネーなど資金提供して設立した企業は全国で2000社以上を数える(奥野志偉「中国の高新技術産業地域と企業」)。また、その他の私営企業など含めたハイテク企業の数は、この中関村周辺だけでも4000から5000社にも上り、総売上は1000億人民元を上回るまでになっている(中国社会統計資料2000年)。

そうしたなかで、85年の「科学技術体制の改革に関する決定」以来、政府は様々な研究開発制度の改革を行い、科学技術を経済成長に結びつける努力を続けている。具体的には、(1)国家自然科学研究基金の設立(1986年)による競争的研究資金の導入、(2)TLO(技術移転組織)の設置や知的所有権制度など産学間の技術移転を促進する制度の整備、(3)大学や公的機関に所属する研究者の兼業を認めるなど人材の流動化を目指した政策、(4)その他、研究開発組織の規制緩和による産学間の共同研究を活発化する制度改革などが挙げられる(橋田坦「北京のシリコンバレー」)。また国家プロジェクトとしては、「863計画」(重点ハイテク分野開発計画)や「火炬(たいまつ)計画」(全国的な科技実験区の建設計画)などが代表的である。中関村は88年に正式に中国初のハイテク産業開発区の認定を受け、99年には国務院がこの地域を「科教興国」の柱にする決定をしている。そして、こうした振興政策のほとんどが、この地域で起業を目指す研究者によって提案されており、一見トップダウン方式で改革が進んでいるかに思われがちな中国政府が、実はシリコンバレーのダイナミズムに飲み込まれる形で必死にフォローしているのが実態である。

課題は人的資源の確保

中関村の今後の課題のひとつは、更なる人的資源の確保である。特に海外にいる中国人研究者や留学生を呼び戻すため、研究費や移動にかかる経費など資金面や居住環境などで様々な優遇政策を取っている。昨年の海外留学生の帰国者は、中国全体で7000人を超え、この中関村地区でも1000人に達し、そのうち350人が起業したということである。今後は、さらに「頭脳流出」から「頭脳循環」への転換に向けて様々な政策的努力を続けることにより、広がり始めた中関村の新しい文化を、研究者・技術者の柔軟なネットワークで形成されたシリコンバレー文化により近づけていくことが期待される。

日本でも「優れた成果の創出・活用のための科学技術システム改革」を掲げる第二期科学技術基本計画で、新しい知の創造と知による活力の創出を促進する政策の重要性が訴えられている。21世紀の科学技術体制を考えるとき、また「平沼プラン」や「遠山プラン」の目指すシリコンバレー文化を定着させるためにも、「中国のシリコンバレー」の発展から学ぶものは多い。

2001年7月17日

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2001年7月17日掲載