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金融研究報告 政府系金融 統治強化急げ

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9つの政府系金融機関を維持するのに国が負担している総コストは、年間約1兆円に達する。政府は2機関を民営化、5機関を統合して新機関とするなどの改革案を決めた。新機関を効率的な組織にするために、会社型のガバナンス機構や市場化テストなどを取り入れることで、経営規律を強化すべきである。

政策金融改革は小泉首相にとって、郵政民営化と並ぶ重要課題である。郵政と政府系金融機関は公的金融の入り口と出口の関係にあり、両者が改革されてこと真のスリム化が可能となる。

政府系金融機関は、郵便貯金・簡易保険、公的年金の積立金などを原資とする財政融資資金特別会計からの借入金のほか、政府保証債や財投機関債を発行して資金を調達している。国の高い信用を背景に、政府系金融機関は民間金融機関よりも有利な金利で資金を集め、住宅や企業等に対して比較的低い金利で貸し付けを行っている。

補給金なければ5機関が赤字に

9機関の2004年度の収支を見ると、表面上ゼロないし黒字となっている。しかしこの数字は、国からの補給金や政府出資等を投入することで作られたものである。

補給金は、赤字の穴埋めや利子補給などに投入されるが、半ば恒常化している。04年度は補給金がなければ、5機関が赤字だったことになる。

政府系機関はさらに、国の一般会計と特別会計から出資金や無利子の借入金を受けている。国がこの資金を民間企業に出資していたとすれば、配当や値上がり益だけでなく、法人税も得られたはずである。企業の税引き前利益にあたるこの逸失利益が、政府系機関に出資や無利子貸し出しする際の機会費用になる。

本稿では機会費用として、出資金・無利子借入金は少なくとも毎年の国債応募者利回りに相当する配当や値上がり益を獲得できるはずだと仮定して算出した。また投資先企業は40%の法人税を支払うと想定した。機会費用と補給金の合計額が国の総財政負担である。

過去10年でみると、政府系機関に対する国の総財政負担は、年平均で約1兆円に達する(表1)。内訳は、補給金が7割、機会費用が3割になる。日本政策投資銀行と国際協力銀行は利益の一部を国庫納付し、商工組合中央金庫は法人税を払っている。ただ、3機関合計でも年200億−500億円にとどまる。

表1 政府系9金融機関に対する国の財政負担額推移

財政負担の絶対額が大きいのは、住宅金融公庫や国際協力銀の円借款勘定、政投銀、農林漁業金融公庫などである。

国の財政負担は01年度以降、やや低下している。同年からの財政投融資改革で、政府系機関の資金調達コストが引き下げられ、国民生活金融公庫などの利ざやが改善して補給金が減少した。

景気の回復で機会費用膨張

しかし景気が回復して金利が上昇すれば、機会費用は膨らむ。政府系機関は貸出期間よりも調達期間の方が短いので、市場金利が全体として上昇するとコストが先に上がり収支が悪化する。そうなれば補給金が増加に転ずる恐れがある。

政府は政投銀と商工中金は完全民営化、公営企業金融公庫は廃止、国際協力銀の国際金融部門を含めて残る5機関は統合する方針である。制度の詳細は不確定であるが、民営化会社や新機関の収益がどうなるか、自立可能性を予測してみよう。

政投銀と商工中金が完全民営化されると、政府による信用補完がなくなるため資金調達コストが上昇すると予想される。現時点で政投銀の財投機関債には、格付投資情報センターが最上級のAAAを付けている。

政投銀は国からの多額の出資金を受け入れてきた結果、自己資本比率は国際統一基準で13.9%とメガバンクより高い。しかも劣後債務や繰り延べ税金資産もなく、資本の質が良い。このため民営化されても、三菱東京UFJ銀行のAプラスを上回るAA程度の格付けが得られると判断した。

民営化後も同行は預金を取り入れず、債券発行で全額資金をまかなうと仮定する。格付け低下による資金調達のコストの上昇幅は147億円となった。さらに民営化で法人税391億円の支払い義務が発生する。この2つの要因により当期利益は半額するが、黒字確保できる(表2)。

表2 完全民営化後の収益予測

政投銀の株式はいずれ民間に売却されるため株主が期待する収益率を上げる必要がでてくる。短期金利にリスクプレミアムを加えた収益率3.1%で計算すると、民営化後もこれを上回る利益が得られる結果になった。

商工中金も、民営化後に政府出資がなくなれば格付けが下がる可能性が高い。ムーディーズの現在の格付けA2から1ノッチ程度低下し、A3前後になる可能性が高い。政投銀と同様に試算すると、資金調達コストは299億円増える。さらに民営化後は保護預かりの金融債と預金が預金保険料の支払い対象となり、66億円の負担増になる。これらのコスト増の影響は大きく、当期損益が赤字になると見込まれる(表2)。

従来の商工組合金融の機能を維持したまま完全民営化するには、相当のスリム化が必要である。

海外支店を閉鎖して、国内業務に特化した金融機関、すなわち国際決済銀行(BIS)規制上の国内基準行になれば、自己資本比率は4%以上を満たせばよくなる。

低い収益性を考慮すると、株式会社化された商工中金の株式時価総額は現在の自己資本額をかなり下回る可能性が高い。これをファイナンスの目で見ると、商工中金の資産の時価評価額は簿価を下回っていることを意味している。

この背景には、貸出先の信用リスクに比較して低い金利による貸し付けがあるものと思われる。民営化に耐えられる水準のROE(株主資本利益率)を達成するためには、まず貸付金利の引き上げ努力を行うと同時に自己資本(政府・組合の出資金)を圧縮して配当負担を減らす必要がある。

商工中金は現在、政府と組合が出資し、組合保有分にのみ配当をしている。政府出資は、政府の経営への関与を弱めるために議決権のない優先株に切り替えるべきだ。優先株の配当も負担を軽減するために当面低水準とすることが必要だろう。

各国会議員に代表訴訟権を

優先株には普通株式への転換権を付与しておくことで、政府が値上がり益を得られるようにしておくことが望ましい。優先株は、民営化された商工中金の経営が安定した後、組合へ売却するか、商工中金が利益で買い戻す必要がある。しかし移行期間終了後までに優先株が残った場合は市場で売却する必要がある。

5機関が統合してできる新機関は、04年度末の貸付残高合計が30兆円を超え、大手銀行並みの資金量となる。しかし民間との競合を避けるために、機関ごとに撤退する貸し付け分野が決まっている。該当分野を引くと、貸付残高全体は約27%減る計算になる。

企業会計ベースで5機関の過去5年平均の損益をみると、1368億円の補給金が投入されて、当期損益は小幅黒字だった。補給金の投入前では、1139億円の赤字となる。この状況で従来利益が出ていた分野の貸付残高を減らすと、赤字は600億円程度拡大し補給金もそれに見あって増えると予想される。

補給金を過去5年平均の半分まで落とすことを目標にすると、貸倒損失を2割削減したうえで、営業経費を半分に減らす必要がある。新機関の船出が厳しいものになるのは間違いない。

こうした状況を考えれば、新機関は会社型のガバナンスを導入することで効率性重視の組織に作り替えるべきである。

総裁以下の執行部を監督する経営委員会を置く(図)。委員会は実質的に取締役会の役割を果たす。このため総裁以下の役員の任免権や報酬配分の決定権を持つ。また内部に監査委員会を持つ。政府は経営委員会に対して、政府出資と補給金を用いるうえでの明確な政策目標を与える。委員は経済人や学識経験者などから幅広く選出する。

図 日経センターが提案する政府系金融機関の組織体制

外部のチェック機能を高めるため、株主代表訴訟に代えて、国会議員1人1人に対して経営委員会と理事会メンバーに対する「国民代表訴訟権」を与える。国の出資金や補給金が政策目標から外れて使われた場合に、経営委員会と理事会メンバーに対して損害賠償を請求する権限である。

民間金融機関が貸し渋りを強めた97、98年当時を考えれば、政策金融機関は民間金融機関を補完する重要な機能を持っている。半面、常設の組織を持てば、維持コストが肥大化する。これを解消するために、地域ごとに政策金融機関の業務を補給金付きで民間金融機関に委託する市場テストを導入してはどうか。そうすることで政府系機関の経営に緊張感をもたらすことができる。

2006年3月15日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

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