このページではJavaScriptを使用しています。

2002/11/26

日本のプロスポーツの現状と法の支配

印刷用ページへ

スピーカー 石渡 進介 (弁護士)
モデレータ 澁川 修一 (RIETIスタッフ)
ダウンロード/
関連リンク
配付資料[PDF:200KB]

ご紹介にあずかりました弁護士の石渡と申します。コンテンツに伴う権利処理など、スポーツやエンターテイメントの分野を中心とする仕事をしています。スポーツの世界で選手の権利などについて取り組む弁護士はあまりいませんので、珍しい存在かもしれません。日頃私が担当している主な仕事は、プロ野球選手の労働組合の顧問弁護士としての仕事であり、産業としてのプロスポーツ業界に根深く存在する法的問題、違法状態に触れる機会があります。このような問題をどうしたら正していけるのかと考えるながら、スポーツが健全に発展し、スポーツ産業に携わっていく人達がWINWINの関係になれるようにするために、権利を尊重するのが非常に重要であると痛感し日頃の活動を行っています。本日は、その活動の一端をお話させていただきます。

スポーツ界での利害状況

スポーツと法の関係を考える時、どのような法律がスポーツに関係し、どのような利害状況があるのか、また、どのようなルール化が行われているのかを明白にする必要があります。プロスポーツには、リーグ、クラブ、選手を1つとした3段階構造があり、野球では野球規約、JリーグではJリーグ規約といったように、クラブとリーグ間には独自の規約が定められています。クラブと選手間では、バラバラに契約をするのではなく統一契約が行われ、全体の秩序が維持されています。統一契約書の中には、野球協約などの規約を遵守することが含まれているため、リーグと選手は直接契約当事者ではないとしても、リーグ・選手間には労使契約があると見ることができます。

スポーツ界での利害状況を整理します。一般の取引の世界と同様、お金を持っているクラブは良い選手をどんどん取りたい、自由競争をさせて欲しいと考えています。しかし、スポーツはファンも選手もある意味限られたマーケットであるため、基盤が弱く、過当競争になった時、マーケットがくずれてしまう可能性があります。このことから戦力均衡自体が重要視されます。そのため、リーグの目指す理念の「共存共栄」とクラブの要求する「自由競争」の間に対立を生じています。これらは、海外のリーグとの利益関係も同様で、単純にマーケット同士の自由競争ともいえますが、世界的にもやはりスポーツリーグの数は限られているため、日本国内同様、共存共栄という発想のもと、国際団体規定、リーグ間国際協定等を定めています。

たとえば、野球界では米国リーグとの間で日米間選手協定が締結され、ポスティング制度が規定されています。一選手がポスティング制度を希望するとアメリカの30球団が入札を行い、一番金額が高かったところが選手との交渉権を得る、その入札金は日本人選手のもとの所属団体にはいり、選手は入札した1球団とだけ交渉をすることになるといった制度で、自由競争を制限する制度です。これは、法律上の観点から見ると独占禁止法に関わってくる制度でもあります。

このように、戦力均衡の視点から作られている制度には、(1)保留制度、のほか、(2)移籍金制度、(3)サラリーキャップ制度、(4)ラグジュアリー・タックス制度、(5)移籍金プール制度といったものがあります。(1)、(2)については後ほど詳しくお話させていただきます。(3)サラリーキャップ制度は、獲得総選手報酬額に上限を定め、獲得競争を抑えようという制度で、独占禁止法にかかりそうな制度です。この制度は、野球リーグ以外のアメリカ4大スポーツに採用されています。メジャーリーグはこの制度に関して、大変センシティブに戦っており、この制度の代わりに導入されたのが、(4)のラグジュアリー・タックス制度で、負担金制度、贅沢課税制度と呼ばれています。これは、年俸総額がある一定額を上回ったチームに負担金を課し、経営の苦しいチームへそれを分配するという制度です。(5)の移籍金プール制度はあまり知られていませんが、放映権収入などから移籍金プールを作り、その移籍金プールから移籍選手の元所属クラブにお金を支払うという仕組みです。

次に選手の誕生から引退までを時系列的に見ながら、どんな利害状況があるのかを考察していきたいと思います。まず、選手はクラブの選択をします。そして、クラブが決定すると、契約を交わします。この契約は、先ほどもお話しました統一契約書という1つのフォームを使用して行います。中には、法律的に無効といわざるを得ない条項も含まれています。統一契約書には肖像権の取り扱いも入っています。プロ選手誕生時に挙げられる問題には、(1)労働協約では新規契約選手の利益を守れない:つまり契約をしていないので、労働者と認められないため、新人選手の権利を守ることができない。(2)一部未成年者保護の観点が必要である、の2点があります。また、プロスポーツ界には、紛争解決機関という、試合中に審判と争った時などに、不服申し立て等の手続きができる機関もありません。

次に移籍の問題点についてお話します。日本野球界の場合、保留制度があり、9シーズン150日以上1軍で活躍しないと、フリーエージェントになりません。しかも、フリーエージェントになったとしても、選手の移籍先のクラブから元所属クラブに移籍金を払う必要があり、非常に移籍がしづらい状態が作られています。Jリーグにおいては、保留制度による拘束はなく、複数年契約による拘束がありますが、移籍においては移籍金の支払いが発生していました。この移籍金は、契約満期以前に起きる移籍に対してだけでなく、契約終了後の移籍の際にも生じます。この多額の移籍金は選手の移籍を阻害するものであり、有名なボスマン判決の後ももっと移籍が自由にできるようにとEUからUEFA、FIFAに圧力がかけられました。そして、世界レベルのルールとしてFIFAにおいてサッカー協会をまたぐ移籍に関しては、複数年契約でない限りは移籍金を払わないという新しいルールが作られました。

プロスポーツ界には多くの報酬をもらっている選手がいる一方で、普通のサラリーマンと同じくらいの報酬しかもらっていない選手もいます。様々な事情を一般企業にあてはめて考えてみると、制度的におかしいことが分かるのではないでしょうか。最後に引退の場面では、プロアマ問題として、アマチュアへの復帰や指導者になることに対して、障害があったりします。また、年金やセカンドキャリアの問題もあります。

権利保護の方法について

このような状況を踏まえ選手保護方法をいくつかお話します。1つ目は、法律による保護で、権利が侵害された以上裁判を起こすこともできます。2つ目は、労働協約による保護で、正常な労使関係があれば可能で、特にメジャーリーグなどでは、選手会の力が強いので、わりと正常な交渉が行われています。また、裁判、労働委員会による事後保護等もあります。プロスポーツ界の将来を考えた時、選手の権利保護について、社会的に議論していく必要があります。

労使で交渉すればよいのではという意見もあるかもしれませんが、力をもっている相手(リーグ、クラブ)との戦い、またマスコミの存在などから、現実には本当に大変で難しい問題だと思います。また、組織団体づくりがどうしてもリーグ、クラブ中心で行われ、選手自体にもそのような専門知識が欠如していること、選手数が多いこと、選手寿命も短いことなどから、選手間の団結の下の権利保護をまっとうすることは難しいところでもあります。また、プロスポーツ選手は社会の夢を壊してはいけないというドグマがあり、少しでも労働組合的な行動をすると反論がでてしまう。私が不思議に思っているのは、私鉄等のストは、通勤できないほどの大問題なのに、仕方がないと受け入れられているにも関わらず、野球等の試合が1日なくなっても死にはしないのに、プロ選手達のストは大変な騒ぎで報道されています。このような周囲状況もあり、労働組合的に団結して活動するのは難しい状態です。

今までお話してきたプロスポーツ界における問題を正当化し、解決していくためにはどうしたらよいのでしょうか。まず、正当なクラブ間協議に基づく合意、クラブ・選手間における適正な労使交渉をへた労働協約の締結が必要です。選手の権利保護をするためには、一般社会と比べて、守られるべき利益はプロスポーツにおいても同様に守られるべきなのです。また、リーグ・クラブの利益を追求しすぎて選手の権利や報酬が確立されていなければ、良い選手であってもスポーツを職業として選択することを躊躇することになり、スポーツマーケットの確保・発展は望めません。リーグ・クラブの利益という視点から見ると、選手の権利や報酬が強大になりすぎて、良い選手を確保できないチームがでてくるとチームは弱体化し、ひいては、チーム間バランスが失われて、マーケットの魅力がなくなってしまう危険性があります。このような理由から、選手も完全な自由競争が制限されることに関して妥協をする必要があります。

つまり、バランスの良い利益調整が必要だということです。しかし、リーグ・クラブ・選手間の良好なバランスを確保する前提条件として、通常はリーグ・クラブの利益に流れがちなことをしっかり意識することが必要です。クラブ・リーグにおいては、(1)長期的視野にたった理念・ビジョン、(2)マーケット全体の拡大の努力、(3)合理的な範囲での戦力均衡の意識、(4)選手の権利保護がクラブ・リーグの利益になる意識、(5)ディスクロージャー、などの認識がなければいけません。選手にとっては、労使対等な中での労使交渉を行うことができるということが前提として必要になります。これが整わない場合には、行政によるガイドライン、標準選手契約モデルなどの選手に対して後見的な立場からのサポートが必須ではないでしょうか。

最後になりますが、スポーツを産業の一端として押し進めすぎると、スポーツという限られたマーケットが壊れてしまう場合もあります。これを防ぐためにもスポーツ文化、スポーツ公共財団的観点からの公的調整が必要であり、スポーツ特別法の制定をするべきだとも思います。

広瀬上席研究員のコメント:
スポーツはサラリーマンの世界と同じでしょうか。確かにビジネスと馴染まない部分があり、スポーツという商品は、通常のプロダクツとはどこが違うかといいますと、公共性ということです。市場の論理と公共性の論理の両方を持たないと、スポーツという商品のバランスがとれません。日本のスポーツ界の場合は、完全に制度疲労をおこしていますから、パラダイムを変える必要があります。パラダイムを変える時に、現状だと、内部からそのパラダイム自体を変える力はありません。従って、外部からの知恵が必要だと思います。外部の公共体、たとえば霞ヶ関でもいいと思いますが、モデルを示すということが大変重要になってくると思います。

質疑応答

Q:

野球選手達自身が一番不満に思っていることは何でしょうか?

A:

2つ挙げるとすれば、FAの問題と調停(年俸仲裁)です。年俸仲裁が正されれば、契約交渉の仕方がだいぶ良くなると思います。

Q:

スポーツ選手の権利について、いかに認識が甘いのか深く痛感しました。スポーツ特別法につきまして、どこまで行政が関与していくのが適当であり、石渡さん自身の具体的なイメージ、海外での特別法の例などありましたら、お話して頂きたいのですが。

A:

スポーツの特別法はいくつかありますが、その1つに、放映権問題があります。放映権の高騰でペイTVでの放映になってしまうという話がある中で、イギリスでは、一定のスポーツに関しては無料で放映しなくてはならないという特別法があります。私が持っている特別法のイメージは、スポーツが単に産業として過当競争にさらされてしまうことによって、国民が持っているスポーツ文化、公共財等が壊されてしまうことに関しての保護です。ブラジルにはペレ法というものがあり、サッカー産業はブラジルで非常に重要なため、選手が冷遇されないように、選手の移籍を解放する規定ができたという話も聞いたことがあります。

Q:

日本のゴルフ場利用税についてどう思われますか。

A:

私自身あまりゴルフをしませんが、これは、スポーツの文化や国の考えるスポーツ産業政策の話だと思います。国民にとってスポーツがどれだけ大事で、国民を幸せにするものなのか、という観点から考える必要があると思います。その上で必要なものであれば、利用税があってもよいのではないでしょうか。

Q:

野球の労使交渉等にメディアも報道に顔を出してくるのは、原因として放映権に絡んでいるため、過剰な報道がなされてしまっているのか、単純に広瀬さんがおっしゃったように、知識の不足による報道なのか、どちらだと思われますか。

A:

両面あるのかなというのが正直なところです。メディアという権力やお金という権力をもった人達が、力で押さえつけていくことの限界が見えてきているのではないでしょうか。そして、そのような状態の中で、メディアも姿勢を変え、理性をもって報道していくべきだと思います。その一方、知識がないというのも大いにあります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。

ページトップへ