中国経済新論:実事求是

進む国有企業の民営化
― 中国の社会主義はどこへ ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

東欧・ロシアとは対照的に、中国における経済改革の一つの特徴は国有企業の民営化を行わずに、社会主義の根幹である公有制を堅持しながら、計画経済から市場経済への移行を押し進めてきたことであるとされてきた。しかし、「公有制の堅持」という政府の建前とは裏腹に、近年、国有企業の民営化が着々と進んでいる。

計画経済の下では、政府がほとんどの企業を所有していただけでなく、その経営にも直接参加し、これらの企業は名実ともに「国営企業」であった。しかし、80年代の分権化と「政企分離」の結果、政府はあくまでも所有者の役割にとどまり、企業の自主経営権が大幅に拡大した。これを背景に、90年代初頃から、「国営企業」という名称が「国有企業」に改められた。その後も、政府は、90年代半ば頃から、「抓大放小」(大をつかまえ小を放す)と、「国有経済の戦略的再編」という名の下で、国有企業の民営化を進めてきた。「抓大放小」では、民営化の対象は中小型の国有企業にとどまるが、「国有経済の戦略的再編」ではそれより一歩進んで、大型を含む国有企業を民間と競合する分野から全面的に撤退させる方針が打ち出されている。

さらに、今年に入ってから国有資産管理体制の改革が本格化したことをきっかけに、省政府が管轄している大型国有企業の民営化は一層加速するだろう。これまで、省政府はあくまでも中央政府の委託を受けて国有企業の所有者としての機能を代行する立場であったが、これからは自ら所有者となり、管轄下の国有企業を処分できるようになったのである。国有資産の売却によって得られる収入が省の財源として留保できるようになったことは、各省の政府にとって、民営化を推進する大きなインセンティブになっている。

民営化の加速は、中国経済に新たな活力をもたらしている反面、この過程は必ずしも公平に行われていないため、富の偏在をもたらしている。従来の国有企業は、業績が悪いため資産価値も低いが、民営化を経て、コーポレート・ガバナンスが改善されることを通じて収益性の向上が見込まれるようになれば、高い市場価格がつくようになる。従って、安い価格で「未上場」の国有企業の株を入手できれば、大きいキャピタル・ゲインが期待できるのである。しかし、民営化によって生じたこのような利益は、共産党員を始めとする権力層に傾斜している。多くの国有企業の株が非常に安い価格、場合によってはただ同然で、経営者や党および政府の幹部に売り渡されているのである。その上、賄賂や横領など、民営化に絡む関係者の不正行為も跡を絶たない。民営化の結果、多くの共産党員が資本家に生まれ変わる一方、多くの労働者がリストラの対象となり、無産階級に転落してしまうのである。

中国民(私)営経済研究会がまとめた『第5回私営企業調査報告』は、この「国有財産の山分け」とも言うべき民営化の過程における共産党の変質を端的に示している。それによると、多くの国有および集団企業が体制改革で私営企業となり、その責任者の多くが中国共産党の党員であることを反映して、私営企業家の中で、共産党員の比率が1993年の13.1%から2001年には29.9%に上昇している。ちなみに、「三つの代表」論を根拠に、私営企業家の入党を公式に認めた江沢民の「7・1講話」(2001年7月1日に中国共産党創立80周年記念大会における講話)以降入党した私営企業家の人数はその中の0.5%にとどまっている。このことは、「私営企業家の入党」は「多くの資本家がすでに党の中にいる」という事実を追認したに過ぎないことを示している。

このように、中国では、民営企業が国有企業に取って代わって経済の主役になり、また民営化の過程において、貧富の格差が一層拡大している。これらに象徴されるように、中国経済の実態は、生産手段の公有制と公平な所得分配という社会主義の原則から益々かけ離れている。中国は1978年12月の三中全会で改革開放路線に転換してから今年で25周年を迎えるが、計画経済から市場経済への移行にとどまらずに、社会主義から資本主義への移行もいよいよ最終段階を迎えている。

2003年9月26日掲載

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