中国経済新論:中国経済学

『中国 未完の経済改革』

樊綱
中国経済改革研究基金会国民経済研究所所長

『中国 未完の経済改革』表紙画像11月27日に岩波書店より中国の新世代を代表する経済学者、樊綱氏の『中国 未完の経済改革』が出版された。本書は樊氏の初の邦訳書となる。ここでは著者の意気込みの一端を示す部分と訳者による著者の紹介、そして本書の目次を転載する。

はしがき

この「未完の経済改革」は、中国経済が直面している問題に関して私がこれまで行ってきた研究をベースにまとめたものである。中国が1978年に改革・開放を始めてから、すでに25年の歳月が経った。この25年間、中国は間違いなく根本的な変化を遂げた。25年前、中国が今日のようになることは誰も想像がつかなかったであろう。しかし、中国はまだ遅れており、強い国になるどころか現状の困難を乗り越えて途上国および移行期経済の直面する問題点を解決するためにまだ長い道を歩まなければならない。最も楽観的に推計しても、中国が今後40年間にわたって今と同じような成長率を保った場合でも、やっと都市化・工業化を終えるだけで、生活水準はまだ先進国のレベルには達しないだろう。無論、今後40年間、順風満帆に成長していけるとも限らない。本書を「中国 未完の経済改革」と題したのは、中国がまだ問題の解決に取り組んでいる最中で、依然として多くのリスクに見舞われているからである。

中国の改革はまだ完成しておらず、発展も続いている。これは、中国を見る時、そして中国のことを理解する時、歴史的・動態的な視野を持たなければならないことを意味する。今日の中国だけ見て、過去を見ずにどのような移行段階にあるかを知らないままで、単純に中国を現在の先進国と横の比較(今日の日本との比較も含めて)をしてしまえば、中国が持つさまざまな火種がこれまで長い間に爆発をみせていないことや、中国人がこんなに楽観的で自信をもって「問題を抱えたまま成長し、成長の中で問題を解決する」ことを信じていることなど理解できないであろう。逆に、現在の中国と過去の中国の縦の比較を行ったならば、この20数年間の輝かしい成果だけが目に付き、世界経済における中国の遅れの度合いや、中国の抱えている問題点がどのような危険な結果をもたらし得るかを理解できなくなるため、改革の努力が緩み、最終的に火種を暴発させてしまう可能性がある。「未完の経済改革」では、改革はまだ完成していないが、改革を続けて行けば、完成する日も期待できる、という動態的な観念を伝えたい。

関志雄博士の懸命な努力がなければ、本書が日本語で世に出ることはなかっただろう。出版の提案から構成の企画、収録文章の選定、出版社との連絡、翻訳、題名の決定などは、すべて氏の手によるものであった。私は必要な原稿を提供し、氏が原稿を「催促」する。氏はベテランの経済学者で自分自身の研究で多忙の中、本書のために多大な時間を費やし、力を尽くしていただいた。著者として氏に対する感謝の意は、言葉が尽きても言い表せない。これは私たちの友情のほか、中国経済問題および中日経済関係に対する氏の研究者としての情熱によるものだと理解している。氏は、より多くの日本人読者に中国の現実と将来をより全面的に理解していただくために、より多くの中国人学者の著作を日本に紹介しようとしている。無論、この目的が実現できるかどうかは、本書の内容にもよるが、著者として、本書の出版を通じて、氏の期待を裏切らないように日本人の読者がより全面的に中国のことや中日経済関係を理解していただけることを願いたい。

また、本書の出版に当たっては岩波出版社の馬場公彦氏にも御礼申し上げたい。

最後に、本書を私の恩師である朱紹文教授に捧げたい。戦前、東京帝国大学にて経済学を学んだ朱教授は、中国における経済学の発展と研究だけでなく、日本の学術成果を中国に紹介し、中国の学術成果を日本に紹介するなどを通じた中日間の学術交流に力を注いできた。朱教授の教え子として、拙著が日本で出版できたことを、きっと先生にも喜んでいただけるであろう。

樊綱

中国の存亡がかかる21世紀

20世紀は、中国にとって最も不幸な世紀の一つであろう。ただ幸いに、この世紀の終わり頃は比較的明るく、最後の20年間に改革・開放が成果を上げ、経済が離陸し始めた。しかし、これで安心できるということではない。私から見れば、21世紀に経済や科学技術、社会・生活などの面で先進国に追いつくことができるかどうかは、中国にとってたいへん重要な意味を持つ。もしこの世紀に先進国との格差が縮小できず、逆に拡大してしまえば、中国は世界の列強に追いつき先進国と対等な地位を得る機会を永遠に失い、この世で「未来永劫にわたり復活できない」ことになろう。

これは大げさだと思っている人は、ちょっと計算してロジックを立ててみて欲しい。最も重要な点は、あなたが発展している時、他の人も進歩しているだけでなく、場合によってはあなたより速く進歩する場合もあるということだ。現在の科学技術の発展速度を見れば、これは決してありえない事ではない。現在、我々の一人当たりGDPは僅か1000ドルに過ぎないのに、世界の最高水準は4万ドルである。我々が一生懸命に頑張って2万ドルという「中等水準」まで追い上げた時、ほかの人がすでに8万ドルに達している可能性は十分ある。現在、新しい技術革命は主に先進国で起きているため、彼らの成長スピードは速くなっている。2000年、米国の一人当たりGDPは前年比で1700ドル増え、35700ドルになったが、その増分だけで、我々の当時の一人当たりGDP(850ドル)の倍に当たる。この点から見ても、我々のような後発国にとっては前進するしかなく、しかも前進するスピードが遅ければ後れることになる。科学技術が日進月歩(自分のところで先に日進月歩しているのではなく、ほかのところで先に日進月歩)の時代に、速く前進することは難しい。これが、格差が縮むところか拡大することを心配する理由である

皆が希望をもって未来に期待を寄せている時、私がここであえて水を差すことは、みなさんに平時にも危機を忘れず、周到に計画し、臥薪嘗胆の気持ちであらゆる方法をつくして、改革を加速、開放を拡大、発展させなければならないことを警告したいからである。我々は、いずれは自分で「航空母艦」を作り上げられるだろうということばかりを考えるだけでなく、自分の「航空母艦」がやっとできた時、ほかの人はもはや「航空母艦」で競争するのではなく「宇宙母艦」を使って宇宙から攻撃してくるかもしれないということに思いを致さなければならない。発展途上国にとって、根本的な課題は、自分たちの状況が昨日よりもよいか、ということだけではなく、どのように先進国との格差を縮めるかであり、しかもすでに先進国が様々な面で優位に立って圧力をかけてきたり我々を排除しようとしたり攻撃してきたりしている状況下で奮起して一歩一歩追い上げて行くことである。この課題の解決の難しさを考えると、身近にある困難についても想定することを忘れず、常に警告を与えていく必要がある。日がな一日現実離れした話に耳を傾けたり、失笑を禁じ得ない無駄な努力に力を注ぐことはもはやできないのである。

「弱肉強食」という論理が働く世の中では、時々他人がいかに『強食』であるかと愚痴をこぼすばかりで、自分がなぜ『弱肉』であるかということを反省しようともしない人たちがいる。自分が『弱肉』である以上、他人は自然に『強食』として向かってくる。本当の活路は、他人の善意を期待して『強食』が来ないことを望むのではなく、自分も奮い立って、強者になることである。一番悪いのは、自分が改革と開放に伴う痛みに耐え、積極的に進歩しようともしないで、ひたすら自分が他人にやられると不満を言いながら、政府に立ち後れた者への保護を求めることである。結局、自分が落ちこぼれる状況に留まるだけでなく、国全体、民族全体の足を引っ張って、皆がいつまでも立ち直れなくなってしまうのである。我々は、民族主義を叫びながら実際は自分の立ち遅れの口実として保護を求める民族の「くず」を相手に徹底的に戦って、「未来永劫にわたり復活できない」状況に陥らないように頑張らなければならない。

樊綱:ポスト文化大革命の世代を代表する経済学者

中国では、多くの経済学者が70年代末以来進行している改革・開放という壮大な実験に惹かれ、理論と実証の両面からその経験を総括しようとしている。これに当たって、これまで中国の経済学において支配的な地位を占めてきたマルクス主義の「政治経済学」が急速に退潮する代わりに、「近代経済学」の影響が次第に大きくなりつつある。特に、制度とその変化を明示的に取り扱う「新制度経済学派」が脚光を浴びている。この中国における経済学の新しい潮流をリードしている学者たちの大半は、1950年代に生まれ、文化大革命が終わった78以降に大学に入学した若い世代に属する。本書の著者である樊綱は、まさにこのポスト文革世代を代表する経済学者の一人である。

経済学者への道

樊綱は1953年北京に生まれ、文化大革命中における農村への「下放」生活を経て、78年に河北大学経済学部に入学した。82年に中国社会科学院の大学院に進み、88年に経済学博士号を取得し、その間、全米経済研究所(NBER)とハーバード大学に留学し、制度分析をはじめ最先端の経済理論を学んだ。中国社会科学院研究員、同大学院教授を経て、現在は中国経済改革研究基金会国民経済研究所所長を務めている。

1966年、樊綱は小学校を卒業した後、文化大革命に遭い、1969年黒龍江省に「下放」され、生産建設兵団に参加し、農業活動に従事するようになった。後に河北省の農村部でその青春の日々を過ごした。殆どやることのない青年樊綱は興味を頼りに、たくさんの本を読み漁っていた。中学校にさえ行ったことのない彼の知識の蓄積はまさしくこの時期に完成したのである。当時の人民公社の経営が悪化する一途であることを不思議に思った樊綱は、本から経済学の解釈を求めることに思いついたのである。当時の生産建設兵団では、仕事の割当が行われたため、彼は次第に政治経済学と資本論に強く関心を示すようになった。

1976年に毛沢東が死去し、「四人組」が逮捕されて、文化大革命も終焉を迎えた。1977年に念願の大学入試がようやく再開された。樊綱は、迷わず第一志望として「経済学」を選んだ。同年代の経済学者と同様、農村で虚しい青春時代を過ごした苦い経験を持っている樊綱が、経済学を志した背景には、世界を変革するという明確な意識があったに違いない。

1985年からの2年間、樊綱は米国に留学する機会に恵まれたが、期限になると、アメリカに残るか、中国本土に戻るか、迷っていた。「しかし、最終的に、私が中国に帰国することを選択した。前から中国の経済問題の解決に尽力することを決意した私に、その能力はすでに身についていたと確信したのである」と、当時の心境について彼が語ってくれた。樊綱のこの選択が正解であったことは後に証明され、現在、海外に残った多くの中国人は樊綱の活躍ぶりを見て非常に羨ましがっているに違いない。

政策にも通じる理論家

樊綱は才能に満ちた経済理論家である。その著書は豊富で、ほぼ経済研究のあらゆる分野を取り扱っている。彼の主な著作としては、『公有制マクロ経済理論大綱』、『現代三大経済理論体系の比較と総合』、『樊綱集』、『面対転型之難』、『漸進改革の政治経済学分析』、『発展の道理』などを挙げることができる。

樊綱は中国の特色を重視し、独自の理論体系を持つ経済学者である。彼の初期著作である『公有制マクロ経済理論大綱』は、中国独自の経済体制の現実(いわゆる経済主体自身の特徴、目標、インセンティブ及び制約条件)を研究の起点に置き、現代経済学の研究モデル及び方法論を用いて、中国のマクロ経済メカニズムと変動の特徴をみごとに分析した作品であると広く認められている。彼は比較的に早い段階において、価格双軌制、ソフトな予算制約、投資の周期性、さらに財政の分権化などの多くの問題に対して、体系的かつ規範性のある理論研究を展開し、中国特有の中央集権計画経済体制を元にしたマクロ経済変動メカニズムの解釈により有効な研究体系を築き上げていた。

1980年代末から、90年代初め頃にかけて、中国の市場化における一連の特殊な問題に対して、樊綱はより深い洞察を与え、先駆けとなる一連の研究を発表した。例えば、彼が「二種の改革コスト」(『経済研究』、1993年第1号)で提示した研究モデルが、その後の中国国内における「市場移行」の研究を大きく方向付けた。また、代表作とされる『漸進改革の政治経済学分析』では、中国の経済改革を、政府が主導権を取って展開するものでなく、政府や企業、労働者といった利益集団の力のバランスを反映した「公共選択」のプロセスとして捉えている。改革が成功するカギを、既得権益をできるだけ尊重する「受容性」と新体制を支える余剰労働力の存在という「実行性」に求めている。同書における彼の多くの観点は、今日になっても、中国の経済改革を指導し、さらにそれを促す重要な現実意義を持っていると言っても決して過言ではない。

1996年に、樊綱は民間学術機構「中国経済改革研究基金会国民経済研究所」の所長に就任したが、それ以来、彼の関心は理論から政策提言に移り、研究領域も移行経済学に限らず、開発経済学にも広がった。彼の論点及び解釈は、独自の視点を見せる一方で、常に明快なロジックにもとづいて物事の本質を確実に捉え、読者に大きなインパクトを与え続けている。彼の見解は各種の雑誌、新聞、インターネットといったメディアを通じて、広く読まれており、インターネットの総合サイトである「人民網」と「中国網」には、彼の時論を集めたコラムが設けられているほど、人気が高く、世論や政策の形成にも大きな影響を及ぼしている。樊綱は今でこそ主流派の経済学者と目されているが、最初は決してそうではなかった。実際、彼は、民営化を含む国有企業の所有権改革と民営企業の発展の必要性について、10年以上前、これらの政策がまだタブー視された頃から訴え続けて、近年、ようやく当局に受け入れられ、政策として採用されるようになったのである。

目次

  • はしがき
  • 総論 経済発展と市場移行の諸課題
    1. 比較優位の発揮
    2. 所得格差の是正
    3. 市場経済への移行
    4. 中国の存亡がかかる21世紀
  • 本書の構成
  • 第一章 グローバリゼーションと国際競争力
    1. 世界経済の新しい潮流
    2. 中国にとっての機会と挑戦
    3. 中国の競争力を発揮するために
  • 第二章 技術革命への挑戦
    1. ニュー・エコノミーとオールド・エコノミー
    2. 競争力の源泉となる適正技術の活用
    3. 途上国にとっての研究開発
  • 第三章 地域格差と労働力移動
    1. 要素移動と地域格差の縮小
    2. 西部から東部への労働移動
    3. 農村から都市への労働力移動
  • 第四章 農業問題の処方箋
    1. 農業問題の本質
    2. 現存の政策の限界
    3. 抜本的な解決策
  • 第五章 漸進的改革による市場経済への移行
    1. ロードマップなき市場経済への移行
    2. 漸進的改革が実施された背景
    3. 中国の漸進的改革の特徴
  • 第六章 国有企業改革の方法
    1. 市場経済と相反する公有制
    2. 国有企業改革のカギとなる所有権改革
    3. 市場経済の主役となる非国有企業
  • 第七章 インフレからデフレへ
    1. 伝統的体制下での物不足とインフレ(1956~95年)
    2. デフレの定着(1996年~
  • 第八章 不良債権処理と金融改革
    1. アジア金融危機――中国にとっての教訓
    2. なぜ危機を免れたか
    3. 金融リスクを低減するための方策
  • 結論 2020年の中国経済――なお改革途上であり続ける宿命
    1. 経済発展の見通し
    2. 体制移行の過程
  • 訳者あとがき
    1. 樊綱:ポスト文化大革命の世代を代表する経済学者
    2. 中国の経済改革の経験と教訓

『中国 未完の経済改革』 樊綱著 関志雄訳 (2003年11月、岩波書店)

2003年11月27日掲載

2003年11月27日掲載

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