中国経済新論:世界の中の中国

健全かつ安定的な為替政策とは

陳明星
国家情報センター経済予測部

施丹
対外貿易大学国際経済貿易学院助教授

近年、国際社会における人民元の切り上げを求める声が日々強まっている。日本の塩川財務大臣は、「人民元の価値があまりにも低い結果、中国からの輸出が大幅に増加したのと同時にデフレを輸出した。世界経済を有効に刺激し、グローバルなデフレを秩序よく直す政策には、必ず人民元の為替レートの調整が含まれなければならない」と発言した。そして、アメリカのスノー財務長官は、再三にわたってアメリカが「言葉ではなく、行動」などの外交手段によって、人民元の切り上げをするつもりだと表明している。これと同時に、中国では最近になって中央銀行、商務部、そして外交部などの政府機関が、安定した為替レートが中国ならびに世界経済にとって重要な意義を持っていると相次いで発言している。このように、人民元の為替レートは、再び世界から注目される問題になったのである。

一、「安定的な為替レート」とは何か

1994年の為替改革以降、中国で実行されたのは「市場の需給を基礎にした、単一的かつ管理された変動為替制度」である。1997年にアジア金融危機が勃発し、一部の国々の通貨がドルに対して大幅な切り下げに追い込まれ、経済は崩壊寸前に陥った。そうした中、中国は決して人民元を切り下げないと確約し、危機に陥った国々、アジア地域及び世界経済の安定と回復に貢献した。

それは結果的に、1997年以降、中国が一貫してドルペッグという為替政策にこだわることにつながっている。

2002年初頭から、ドルがユーロ、円などの世界主要通貨に対して大幅に下がった結果、人民元もそれに対応するように、実効ベースで約10%前後切り下がったことになる。これが2002年以降、中国の輸出が大幅に拡大した重要な原因の一つであると考えられる。

輸出や貿易黒字の拡大、さらに外国直接投資の急増、資本項目の大幅な黒字、そして外貨準備の持続的な増加といった要素は、先進諸国が中国に対して、人民元の切り上げを強く求める動機であり、大きな理由となっている。

しかしこれとほぼ同時に、国外では多くの有名な学者や専門家が、相次いで講演を行い、人民元レートの安定化が中国経済及び世界経済に与える重要な意義を評価した。このような態度を表明した人々の中には、ノーベル経済学賞を受賞した「ユーロの父」とも呼ばれるロバート・マンデル(Robert. A. Mundell)氏やモルガン・スタンレーのチーフ・エコノミスト、ステファン・ローチ氏(Stephen Roach)も含まれている。

これに対して、中国の関係部門はすばやく態度を明らかにした。6月末、中央銀行頭取周小川はバーゼルで行われた国際決済銀行(BIS)の年次総会において、人民元の為替レートの安定性を引き続き維持することを表明した。7月末の第五回ASEAN経済閣僚会議において、商務部部長呂福源は、通貨が乱高下しないように通貨を安定させることは、経済発展と多くの民衆の根本的な利益に関わっているだけに、現在の中国は依然として人民元の安定を維持する必要があると発言した。

こうした経緯に対して、多くの人々は、中国政府が今後も様々な政策手段を運用し、人民元のドルに対する為替を8.277:1を中心に極めて狭い幅で厳格に制限するのではないかと理解している。しかし、このような見方は間違っているか、それとも全面的に正しいとは言えない。

まず、「安定的な為替レート」を言う時に、何をベンチマークに置くかという基本的な問題がある。例えば、ドルに対して安定するということは、ユーロと円に対して不安定であることを意味している。これに対して、中国政府は何度も人民元為替の安定を強調してきたが、ドルに対する人民元の為替レートが全く変化しないように厳格に定めたとは明言してはいない。また、1994年以来、中国で実行されてきたのは、管理された変動為替制度である。従って、ベンチマークに対する選択、変更、ならびにそれを基準としたレートのある程度の変動が、中国の中長期的な為替政策の志向と要求に一致しているのである。

例えば、「安定的な為替レート」は、厳格な定義から言うと、ドルだけではなく、他の主要通貨であるユーロや日本円も考慮すべきである。過去八年間にわたって固定されている2003年8月現在の8.227というレートは、かつては合理的であっただろう。しかし、ユーロと円の変動を考慮すれば、もはや「安定したレート」からは乖離している。この事実は今後の為替レートをどう調整すべきかを考える時に、一つの参考になろう。

二、中長期的には、人民元の切り上げは避けられない

過去25年間、中国経済は先進諸国の二倍以上のスピードでの成長を維持し続けてきた。今後の25年間も、こうした驚異的なスピードを維持することができるかもしれない。この可能性は、人民元がこれからの中長期の間に、必ず切り上げられなければならないと考える客観的論拠であり、決定的な要因である。

このような主張の背景には、中国経済の拡大は、発電量の増加などに代表される投入量の拡大、および技術革新と労働力の質の向上などに代表される生産性の上昇に由来している。特に、中国経済の後発優位性に支えられた後者によって、人民元の購買力は、先進諸国通貨の購買力よりもより速く上昇することになる。その結果、人民元は中長期的にわたって、確実に切り上げられると考えられる。

もちろん、実際の為替調整を考える際には、均衡水準との乖離や複数の目標をバランスさせながら、政策を考慮しなければならない。

一方、2002年11月の時点で、中国の財政部部長項懐誠は、すでに人民元切り上げの圧力を感じたと、はっきりと語っていた。

同時に、様々な兆候を見ると、明らかに人民元がこれからの短期間で切り上がる方向に傾いていることが読み取れる。例えば、今年上半期、中国の国際収支の純誤差・脱漏の項目は、約250億ドルであったことがその一つの兆候である。さらに、アメリカ先物市場における人民元一年ものの対ドルレートはすでに8.09ドルの水準に上昇している。

人民元のドルに対する価格を調整すべきではないかとの問題に関しては、現在、中国国内においても大いに議論されている。その中で、本当に素晴らしい意見が多く提示される一方、明らかに間違った考え方もかなりある。例えば、「どのような見返りが交渉で提示されたのかがカギである」との見方である。国際貿易はお互いに利益を与え合う比較優位を基礎にしているものである。従って、われわれは街角の商人のように、熱心に交換条件を交渉するべきではない。もう一つは、「切り上げ期待が解消された後にこの問題を議論すべき」との見方である。仮に人民元が中長期にわたって、明らかに切り上げる潜在力を持つならば、時間を延ばすほど、切り上げ圧力と期待も間違いなく強くなる。

そうなった場合、明らかに、ますます多くの外国資金が国内市場に流れ込み、固定為替制を維持するため、政府がやむを得ず人民元を増発し、こうした外国通貨と交換せざるを得ない。その後、人民元が切り上げられることになれば、投資(投機)者がその利益を獲得する一方、政府、そして民衆が損害を受けることになる。

グリーンスパンは、中国の中央銀行が、人民元の切り上げを阻止するため、わざわざドルを買うことは、長期的に中国にインフレをもたらすと主張した。

「ユーロの父」であるマンデルは、仮に人民元が現在切り上げを行うと、中国の外資導入に大きな打撃を与え、中国の経済成長は少なくとも2~3%下がるだろうと主張した。しかし人民元がどのぐらい切り上がるかが分からないのに、その影響をどのように計算できるのであろうか。

ローチにしてもゴールドマン・サックスアジアのチーフエコノミスト胡祖六にしても、中国の輸出が大幅に拡大した基本的なメカニズムは、中国経済自身の生き生きとした活力にあると見ている。つまり、仮に人民元のドルに対する一定の切り上げが行われても、中国の輸出にそれほど大きな影響を与えないということである。こうした観点はおそらく、国内の多くの学者にも認められるであろう。これが中国の為替政策に、多くの調整の余地を提供したのである。もっとも、ローチは、三資企業の中国輸出の大幅な拡大に与える重要な意義も強調したのである。

もちろん、人民元がドルに対して切り上げをすることに伴うメリットとデメリットは多く存在している。そのために、具体的な枠組みの中で比較すると、なかなか明白な結論に結びつかないのである。重要なのは国際化と市場化の推進を価値判断の基準にすることである。

つまり、「市場状況をよく反映し、国内外の経済状況に適応した弾力的な為替制度を実行することこそ、国家の最大の利益に一致する」ということである。

人民元の切り上げを盛んに「主張」する内外の言論の中でも、日本は間違いなく最も早い段階から最も積極的に主張を行った国である。90年代以来の経済の低迷がその原因であるように思われる。

60~70年代、日本は世界の工場となったが、80年代以降、中国の高度経済成長と輸出の拡大が、ある程度、日本の市場を「奪った」と言えるかも知れない。しかしこれは平等な市場競争の国際基本原則に一致している。しかも日本の経済問題は、まずその自らの問題に由来している。その中に、文化的問題が含まれている。

80年代前半、中国の指導者は日本に対して、中国における投資を拡大するように再三呼びかけていた。しかし、日本の企業界では、少なからぬ人々が、日本の中国に対する投資が、結局は中国経済の強大化につながり、それが日本の政治と軍事にとって不利であると判断した。こうした観点ならびにそれに対応する一連の思潮と文化が、90年代以降の日本経済の衰退と低迷に直接かつ重大な影響を与えた。

中国は「次第に目覚めつつある獅子」なのである。

三、政策志向の重点原則

近年、中国における為替政策の調整に関する原則、方向及び具体的措置に対して、国内の多くの機関と学者専門家達が、多くの分析と総括を行った。これらの提案の中では、企業の海外投資を奨励したり、居住者や企業による外貨の購入と保有に対して多くの優遇政策を提供したりすることが挙げられている。今年7月初め、国家外匯管理局も外貨管理の強化と改善に関して、9項目にわたる方針を提出した。こうした議論と総括は、全面的かつ正確だけではなく、比較的踏み込んだものとなっている。

従って、ここでわれわれは政策の方向性に関して、二つの重要な原則だけを強調したい。

1.重心となる制度建設

原則的には、制度建設が経済指標の変動よりもはるかに重要であることは間違いない。従って、いかなる時でも、われわれは国際化および市場化の制度推進と建設を優先させなければならない。数年前に、貨幣政策委員会、そして今年に入って銀行監督委員会が相次いで設立されたが、それは基本的に政府の業界管理という狭い体制の中で運行しているものである。その重大な任務と比べると、情報や権限はもちろん、体制内資源の有効な利用にしても、明らかに大きな非対称性が存在し、それが巨大な問題とリスクをもたらしかねない。

例えば、中国では輸出増値税の還付が長い間にわたって実行されてきた。最近の20年間、その税率は幾度も調整されているが、政府は依然として企業に返すべき還付金を長期間にわたって支払っていない。その金額の累計は、すでに3000億元に上り、国有企業の一年間の総利潤すら上回っている。これは輸出企業の正常な経営に、極めて大きな困難をもたらしている一方、政策の権威と公正さを著しく傷つけている。

これに対しては、われわれは、輸出が大幅に拡大している一方で、政府財政が困難に陥っていることを考慮すれば、増値税の還付率を大幅に引き下げることを検討する必要がある。その一方で、中国のマクロ調整システムにおいて、政策の正確な立案と迅速な調整に関して、インセンティブと制約のバランスに、重大な欠陥が存在する可能性がある。その対策として、「公聴会」といった措置の導入と推進も視野に入れる必要がある。

2.ドルペッグ制から通貨バスケット制へ

WTO加盟後の中国と国際社会との交流を拡大させ、そして両者のつながりを深化させるために、貿易にしても、直接投資にしても、ドルペッグ制より通貨バスケットのほうが、より大きな役割を果たせることが明らかである。

もちろん、われわれはまず複雑な通貨バスケットとそれぞれのウェイトの選択という問題に直面しなければならない。その場合、各種の主要通貨主体(国家あるいは地域)の現在の実力と未来の潜在力を総合的に考える必要がある。この点から考えると、ドルが50%、ユーロが30%、日本円が10%とその他の通貨が10%という組み合わせは妥当であろう。

この組み合わせに従えば、最近十年間の人民元の為替レートは、比較的安定性を維持することができたはずである。1997-1998年のアジア金融危機の期間において、人民元の為替レートは大きな調整と変動をする必要もなかった。

1999年、IMFが中国の為替制度をドルペッグに分類したことは、中国の国事情に対する一種の総括と評価と言えよう。

仮に、マンデルの「トリレンマ」(固定為替レート、自由な資本移動、独立した金融政策が同時に達成できない)が本当に存在すれば、改革開放期にある中国にとって、自由な資本移動と独立した金融政策の重要性が、明らかに固定為替制度を上回るようになってきていると考えられる。

2003年8月18日掲載

出所

新浪財経 2003年8月4日『専家:穏健的匯率政策有助於中国経済健康発展』
※和訳の掲載にあたり新浪財経の許可を頂いている。

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