中国経済新論:中国の経済改革

中国の市場移行に伴うリスク
― 国有企業と不良債権の問題を中心に ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

市場経済への移行

1978年の三中全会から始まった改革開放は、経済発展と市場経済化の同時進行として捉えることができる(図1)。従来の計画経済下の中国経済は、工業部門は国有企業が中心で、農業部門に関しては人民公社という形で、ほとんど自給自足の社会になっていた。これに対し、この二十数年間で起こった変化は、国有企業のウェイトがどんどん下がる反面、外資系や私営企業のウェイトが高まり、所謂、市場経済化が進んできたということになる。その一方で、農村部門のウェイトも下がっており、労働力を含めその資源がどんどん新しい現代的工業経済に移行するという経済発展が進んでいる。

市場経済化には、2つの側面がある。1つは計画経済に代わり、価格メカニズムが働くようになりつつある。78年当時は、財市場、要素市場(資本市場・土地・労働力)において、若干の農産品の市場と工業製品の市場以外、ほとんど市場経済は存在しなかった。ところが、その後二十年間、市場経済がどんどん浸透しており、全ての市場において、価格メカニズムが浸透してきている。財市場より少し遅れながら、要素市場においても全面的に市場経済化が進んできている。

図1 経済発展と市場経済化の同時進行
図1 経済発展と市場経済化の同時進行
(出所)石原享一、『中国経済の多重構造』、アジア経済研究所、1991年、26ページの表を一部簡略化した。

市場経済化のもう1つの側面としては、社会主義の根幹に関わる所有制が大幅に変わってきている。具体的には、国有経済、国有企業のウェイトはこの二十数年間、低下の一途を辿っている。たとえば固定投資、雇用者数、付加価値全ての面において、国有企業のウェイトは78年当時約80%前後あったのが、その後低下を続け、付加価値では既に三割を割っている(図2)。雇用と投資はそれほど落ちてはいないものの、それでも20年前と比べたら、民間経済とか外資系へのシフトが進んでいる。注意したいのは、付加価値が大きく低下しているのに対し、雇用と投資の低下幅はそれより小さいという背景には、投資効率、もしくは労働の生産性が低下していることが示唆されることである(図3)。

図2 低下する工業部門における国有企業の比重
図2 低下する工業部門における国有企業の比重
図3 低下する国有企業の生産効率
図3 低下する国有企業の生産効率
(出所)『中国統計年鑑』2000年、付加価値は中国経済改革研究基金会、『制度的障碍与供給』による推計

国有企業の問題点

それでは国有企業のどこが問題なのかという点について考えると、直接的な答えは、国有企業は利潤極大化のための組織ではないので、政府から与えられる責任も果たさなければならないということが挙げられる。この代表例が雇用の確保である。最近では、日本でもワークシェアリングの議論が出てきているが、このワークシェアリングが最も進んでいるところは社会主義の国有企業であろう。また、国有企業は、ただの生産単位だけではなく、学校や病院を保有しており、社会的負担が非常に大きくなっている。更に退職しても政府ではなく企業単位で年金を保障するので、定年退職した人の割合が大きいほどその負担もその分だけ大きくなる。

加えて、従来の計画経済のもとでは、財政と金融の区別が明確でなかったため、財務面においても、債務の比率が非常に高くなっている。従来、投資資金は政府、すなわち財政から支出される、というのが一般的であった。しかし、改革の進展に伴い、財政負担を軽減するために、政府は出資ではなく、国有銀行の融資という形に置き換えるようになった。この融資は、企業にとっては資本金ではなく、返済義務のある債務の一部として蓄積される。問題は、制度が変更された当初、資本金と債務の区別はあまり理解されておらず、銀行融資であっても、従来の財政支出同様返済義務がないという発想で、債務が雪だるま式に増加した、という経緯がある。

より深い問題として、なぜ国有企業の業績が、長期間にわたり良くならないのか、という点について考えると、国有企業である以上コーポレート・ガバナンスが発揮できないという点が指摘できる。この理由の一つは、インサイダー・コントロールにある。すなわち、従来の計画経済の下での政府による厳しい管理が崩れたにも拘わらず、新しいコーポレート・ガバナンスが確立していないので、インサイダー・コントロールに置き換わったということがある。インサイダーである経営者は、本来の国有企業という性質を考えると、株主である国の為に努力するのが当然であるという見方もできる。しかし、自己利益のために努力するインセンティブはあっても、公共の利益のためには努力するインセンティブが小さいという状況に陥ってしまった。その結果、賃金を高く設定し、それで赤字になった分は投資資金を減らす、という国有資産の流出といえる現象が生じている。

こういう状況下で、赤字になってもなぜ企業がつぶれないのかというと、予算制約がソフトであることに起因している。これは、アジア通貨危機後、たとえば韓国の財閥問題にも絡んで、よく議論された問題でもある。国有企業は経済の基幹産業を押さえており、仮に潰れると大量の失業が生じるため、国がいざとなれば助けるだろう、という期待が働く。「Too Big To Fail」という言葉通り、危ないと分かっていながら、融資を続ける状態が続く。その結果、経営赤字が増加を続け、銀行に対する債務返済が益々困難になるという状況に陥る。

政府・企業・金融機関の役割調整

このような状況を改善するため、さまざまな方策が打ち出されている。その代表例として98年から朱鎔基の下で進められてきた三大改革(行政改革・企業改革・金融改革)を採り上げよう(図4)。この三大改革は、政府、企業、金融機関を対象に、余剰人員の削減や内部におけるコーポレート・ガバナンスの確立などといった方策に留まらず、市場経済に適するように、三者の関係をいかに調整するのかというところに焦点を置いた。

たとえば、政府と銀行の関係に関しては、財政と金融を如何に分離するのかという点に焦点が当たっている。従来、中央銀行、商業銀行、政策銀行の機能が一つの銀行に集中していた。それぞれの役割を分離しようというのが、現在の改革の流れである。中央銀行の独立性をできる限り尊重し、それ以外の銀行に関しても政府の産業政策の役割を果たすようなところ(日本でいうとJBICなど)は別に独立させ、残りの商業銀行は利潤極大化に専念できるような体制を作ろうとしている。従来は政府が銀行に対して経営に関与し、総量規制などを行っていたが、それも現在は廃止になり、代わりにより間接的な手段による監督に変わっている。

図4 行政・企業・金融改革の全体像
図4 行政・企業・金融改革の全体像

政府と企業の関係に関しても、政府の介入を出来るだけ抑えるという政企分離が進められている。具体的には、小さい国有企業は民営化し、政府が手放しても良いとする反面、政府が大きい企業だけコントロールできれば良いという政策を採っている(抓大放小)。大きい国有企業は、株式化し、中には上海、深セン、海外も含めた資本市場を利用して上場している会社も数多く存在する。国有企業改革で、特に重要なのが、97年9月の共産党の15回党大会で打ち出された国有経済の戦略的改組である。この改革の目的は最終的に国有企業は次の4つの分野に限定するということにある。第一に国家の安全に関係する産業、すなわち軍事・造幣・航空工業、第二に自然独占の産業、すなわちテレコミュニケーションズ・鉄道・電力、第三にインフラなどの公共財、第四に基幹産業と一部のハイテク産業である。

この4分野に政府の役割を限定するというのは、産業政策の色彩の強い第四の分野を除けば、欧米の教科書の主張とそれほど違わない。社会主義市場経済といいながら、現実には西側の資本主義の市場経済とどこが違うのか、非常に分かりにくくなっている。実際には、市場経済に移行するかどうかという問題は、最初の十年間は抵抗の強い場面もあったが、92年の鄧小平の南巡講話で、「社会主義市場経済」の確立を改革の目標とすることで決着した。現在の所有権問題に関しても、若干抵抗する動きは残っているが、国有企業の全面的民営化に政策転換するという形で決着がつくのではないかと考えている。

国有企業の業績が悪い上、債務負担も重いということは、その裏では、国有企業に融資している国有銀行から見ると、大量の不良債権を抱えることになる。銀行と企業との関係を見ると、従来は国有銀行はほとんど国有企業にしか融資しなかった。しかし国有企業のウェイトは、工業生産で見るともはや30%を下回るところまで低下している。従来通り利益率の低い所に融資しても良い結果に繋がらないのは明らかになっている。国有銀行は、いかにポートフォリオを再構築して、国有企業ではなく、それ以外のよりダイナミックに発展している非国有部門に資金を流すか、という努力をしなければならない。銀行も従来のように、政府に指示される通りに融資するのではなく、アセット・ライアビリティ・マネージメント(ALM)を意識しながら利益を挙げるようになっている。これもある意味では、西側の商業銀行と同じように、リスクを意識しながら自己責任で融資しなければならなくなってきている。

不良債権の処理

但し、これまでに蓄積された不良債権をどう処理するのかという問題は、未だに残されている。ここでの最大の問題は、四大国有商業銀行である。総資産、貸出残高、預金残高全ての面で見て、金融機関全体に占めるシェアが70%前後にのぼっている。ところが不良債権は実際にどのくらいあるのかという点は、日本同様、明らかになっていない。中央銀行総裁の発言によると、94年頃は二割となっており、これがピークであり、今後は低下するとされた。しかし、その後減少するどころか増加を続け、四大銀行に二千七百億元の資本注入や不良債権の資産管理会社(AMC)への移転を行ったにもかかわらず、2001年9月でも不良債権比率は26.6%に達している。貸出残高はGDPとほぼ同じぐらいであることを勘案すると、不良債権のGDP比も、これに近い数字になる。

不良債権問題を重く見た政府は1999年に大掛かりな不良債権処理策を打ち出した。それが債務株式化(銀行にとっては債権)である。これは、まず政府の財務部が4つの国有銀行に対応して4つのAMCを作り、それぞれに100億元を出資する(図5)。他の国では纏めて1つにすることが多いのであるが、中国の場合は透明性を高め、それぞれの責任をはっきりさせ、競争させるという意味があると聞いている。

図5 債権の株式化による不良債権処理の仕組み
図5 債権の株式化による不良債権処理の仕組み

次に第二ステージで、銀行は保有する不良債権をAMCに移管する代わりに、AMCが発行する債券を銀行が保有する。重要なのは、AMCが発行する債券には、財政部の保証が付いていることである。さらに、このデット・デット・スワップの段階における取引は、簿価で行われている。ここも海外と異なる重要なポイントである。これは飛ばしに近いのではないかという意見もあるが、相違点は、移管後は銀行には全く責任がなくなる、という点である。移管後は、AMC、ひいてはAMCに出資している財政部の責任になるのである。つまり、銀行が抱えているのはもはや不良債権ではなく、財政部の保証が付いている優良債権に変わってしまったというのが、このスキームのポイントである。

第三ステージでは、AMCが購入した企業の不良債権を株に転換し、デット・エクイティ・スワップを行い、企業の株主になる。本来この段階で株主としてはリストラなど、企業再建努力を行うのが筋であるが、中国の場合は、一切欠如しており、経営は従来通り変わりがない。その後もし企業の経営が上向いてこの株価が上がれば、これを資本市場で消化したり、企業が自分で買い戻すということを想定しているが、経営の改善のメカニズムを内蔵していないだけに、株価の上昇が望めない。

もう1つの重要なポイントは、この規模が非常に大きいということである。図6にあるように、銀行部門全体の貸出は約9兆人民元で、そのうち、四大商業銀行は7兆元前後になっており、不良債権は1.95兆元程度である。この不良債権の中で1.36兆元がAMCに移され、移管するかどうかの基準は、不良債権が形成された時期によって区分されている。銀行法が成立する前の不良債権は、財政と金融がはっきりしない時期に相当するので、政府が責任を持つという意味もあろう。その後にできたものは、銀行が自ら責任を持って処理するのが筋であろう。この1.36兆人民元がAMCに移管されたが、約三分の一に当たる0.42兆元がデット・エクイティ・スワップの対象になっている。

図6 債権の株式化の規模
図6 債権の株式化の規模
(注)一部推計。資産管理会社へ移管される不良債権のうち国家開発銀行のものを含む。

このスキームにおける問題点は、対象企業にとって条件が良すぎるので、政府の救済を目当てに、借金を返済しない企業が新たに出てくるという、モラルハザードの問題である。実際には返済する能力があるのに、しない企業も出てきていると聞いている。企業にとっては、エクイティであれば利息を払わなくて済み、財務諸表もきれいになるのでメリットが非常に大きい。98年に朱鎔基が、三年間以内に国有企業は大幅に改善すると約束したが、そのトリックは、利払いする義務をなくしたことによる部分が大きい。しかし、実際にはこれは、一種の粉飾決算のようなものである。移管された分は、さまざまな形で資本市場に放出して回収する予定であるが、当初五割といわれた回収率は、実際には二割もないだろうというのが一般の見方である。AMCは設立後、十年間存続するということになっているが、もちろん回収率が低ければ解散する時に債務超過になる。その場合は、返済できない債券、すなわち銀行が保有するAMCの債券を、財務当局が代わりに償還することになる。一種のババ抜きのようなスキームであるが、最初からこのババは政府の財政になるのではないかという、コンセンサスが形成されつつある。しかも、今後不良債権がまた増加することを防ぐためには、国有企業に関しても国有銀行に関しても、コーポレートガバナンスの確立が欠かせない。

中国に対するカントリー・リスク評価

以上の議論を踏まえて、カントリーリスクの観点から、中国の金融面におけるリスクはどれくらいあるのか、という点について考えたい。この点について、2001年12月に中国の著名なエコノミストである、樊綱・国民経済研究所所長が来日し、経済産業研究所で行った講演会で次のようなデータを提示している(表1)。まず、銀行の不良債権は、2000年でGDP比約25%に当たる。次にAMCに移った債務は対GDP比16%だが、最悪の状態を想定すると、これらは回収率ゼロと仮定する。これに、国債の発行残高14.5%に、民間も含めた対外債務15%を加えると、政府が最終的に負担しなければならない潜在的債務(contingent liabilities)がGDPの70.5%に達する。日本では国債だけで140%ということを考えると、中国のリスクはまだ非常に低いということがいえる。対外債務比率の高いASEAN諸国と比べても、やはり中国の方が非常に低い。

表1 中国の金融リスク指標(2000)
表1 中国の金融リスク指標(2000)

さらに短期の経済パフォーマンスを表す指標を見ても、中国は危険な水域には程遠い。特に強調すべきなのは、中国の対外収支が良好で、貿易収支や経常収支が黒字になっているだけではなく、資本収支も黒字で、両方併せて外貨準備が増加を続け、現在2000億ドルを超えているという点である。インフレもほとんどなく、国債の利回りも非常に低いため、政府が借金を返せないという状況はあまり想定しなくて良いものと推測される。

これに加え、中国は未だ資本移動を自由化していない、という点においても、他のアジア諸国と違う。こうした状況がWTO加盟後、変るのではないかという議論もあるが、厳密には、WTOは金融サービスの自由化を求めるが、資本取引に関して何ら規定していない。外国の銀行や証券会社は、中国に入って自由に営業しても良いとはされているが、資金移動については触れておらず、義務になっていない。この点が、OECDの規定と異なる点である。

但し、外国の金融機関や企業が中国に入ってくると、対外取引が盛んになって自由化を求める声も高まるだろう。こうした変化に対して、中国は、教科書通りの国際金融のトリレンマ、もしくは三位一体を尊重せざるを得ない(図7)。つまり為替の安定と独立した金融政策、更には自由な資本移動、この3つを同時に達成することはあり得ないということである。したがって、その3つの選択肢からどの2つを選ぶのか、いい換えればどれを放棄するのかという選択に直面している。

図7 国際金融のトリレンマ
図7 国際金融のトリレンマ
(注)太字はマクロ経済目標で、三角形の3極はそれぞれ隣接する両辺の目標を実現する時に採る制度である。たとえば、中国の場合独立した金融政策と為替の安定を同時に実現するには全面的資本規制をとり、自由な資本移動を放棄しなければならない。
図7 国際金融のトリレンマ

現在の所、中国は自由な資本移動を放棄する形で、独立した金融政策と為替の安定(固定レート)を選んでいる。但し、今後政策的に、資本の流出入が自由化されて、又は事実上資本移動が自由になってくると、独立した金融政策を維持するためには為替レートの安定をある程度犠牲にしなければならなくなる。こうした認識に立って現在の固定レートは将来変更すべきかどうか、という議論も、中国国内で盛んになっている。おそらく日本のように完全フロート制になることはないだろうが、少しずつ変動の幅を緩めていくというワイドバンドを進めることは、十分可能であろう。ただし、アジア通貨危機の経験を踏まえると、中国は急いで資本移動の自由化を図るべきではないし、人民元の国際化に至っては論外であると考えられる。

2002年2月12日掲載

出所

本文は2002年1月11日に行われた財務省主催の「東アジア研究会」での報告をベースにまとめたものである(資料PDF

2002年2月12日掲載