中国経済新論:日中関係

日米貿易摩擦から日中貿易摩擦へ
― 歴史から学ぶべき教訓 ―

関志雄 経済産業研究所 コンサルティングフェロー

はじめに

中国経済の躍進と日本経済の低迷を背景に、日本では「中国脅威論」が浮上しており、日中貿易摩擦が拡大と深化の様相を呈している。60年代以降長期にわたって対米貿易摩擦に悩まされてきた日本にとって、今度は追い上げる側から追い上げられる側に立場が変っているという意味において、新しい体験である。中国の台頭という挑戦に対して、日本は協力による拡大均衡と対立による縮小均衡の間で、選択を迫られている。

これまで米国は日米安保における優位をバックに日本に対して「ジャパン・バッシング」という強硬策をとっていたが、政治力の弱い日本は中国に対して、より協調的スタンスを採らざるを得ない。これに加え、強化されたWTOの紛争処理機能や、日系企業による対中投資と逆輸入の拡大も貿易摩擦を抑える力として期待される。また、90年代における米国経済の再生の経験を踏まえて考えると、高まる産業の空洞化の懸念に対し、日本は新産業の育成や、生産性の向上、財政赤字の削減による貯蓄投資バランスの改善に励まなければならない。

一、歴史は繰り返されるのか

中国の台頭を背景に、日米を中心に展開された太平洋貿易が大きく変貌している。日本と米国の輸入における中国のシェアが高まり、両国の対中貿易赤字も膨らんでいる(表1)。これを反映して、日米を中心に展開していた貿易摩擦が、米中へ、さらには日中へとシフトしつつある。

表1 日米中貿易の推移
表1 日米中貿易の推移
(注)日本の数字は財務省統計をドルに換算。概念的にはA国の対B国の輸出がB国の対A国の輸入に一致するが、日中間、米中間の輸出入における大きな差は主に香港経由間接貿易の扱いの違いによる。
(出所)各国の貿易統計より
1)貿易大国として登場する中国

改革開放が進むにつれて、中国が世界経済に組み込まれつつある一方、世界貿易におけるプレゼンスも高まっている。1978年から2001年にかけて、中国の輸出は97.5億ドルから2662億ドルへ、輸入も108.9億ドルから2436億ドルへと急増している。これを反映して、中国は世界貿易ランキングで32位から6位に上昇しており、この勢いに乗って、数年後には米、独、日に次ぐ貿易大国となろう。貿易の拡大を牽引しているのは外資企業による直接投資である。直接投資の流入額(実行ベース)は92年に初めて100億ドル台に乗り、さらに96年以降、400億ドルを超える水準を維持している。直接投資は、貿易の急増を牽引する機関車であり、外資企業の輸出と輸入に占めるシェアは年々上昇しており、2000年にそれぞれ47.9%と52.1%に達している。

中国にとって、日本と米国がそれぞれ第一と第二位の貿易相手国である。米国が最も重要な輸出先であるのに対して、日本は最大の輸入元となっている。このように、NIEsやASEAN諸国と同様、日本から資本財や中間財を調達し、製品を米国に輸出するという従来の太平洋貿易トライアングルというパターンは中国にも当てはまる。近年、中国経済と一体化が進んでいる香港と台湾を合わせた中華圏で見ると、こうした傾向が一層明らかである。

米国の輸入に占める日本のシェアは、90年の18.1%から、2001年には11.1%にまで低下している。逆に、中国からの輸入は、同3.1%から9.0%に急増している。現実には、中国、台湾、香港の間で経済の一体化が進んでいることを鑑みると、これらを合計した中華圏からの輸入は、全体の12.7%を占めており、日本のシェアを上回るようになっている。米国にとって貿易不均衡の相手国の中心も、日本から中国へとシフトしている。従来、米国にとって最大の貿易赤字相手国であった日本との貿易赤字額は、2001年には米国全体の貿易赤字額4111億ドルのうち、その16.8%に当たる690億ドルまでに低下している。逆に、中国との貿易赤字額は増加傾向にあり、同年830億ドル(全体の20.2%)と、中国は日本を抜いて米国の最大の赤字相手国になっている。米国の対中華圏合計の貿易赤字も、97年以降日本の赤字額を上回っており、2001年に939億ドルとなっている(図1)。一方で、米国から中国への直接投資も増加しており、2000年には全体の10.8%(43.8億ドル)を占めている。香港を除くと、米国は、中国にとっては最大の投資国となっている。中国からの輸入のうち、米国企業の占める部分が大きいと見られる。

図1 対日本を上回る米国の対中貿易赤字
図1 対日本を上回る米国の対中貿易赤字
(出所)米国商務省

日本にとっても、中国が米国に次ぐ重要な貿易相手国となっている。特に日本の輸入総額に占める中国のシェアは、90年の5.1%から2001年には16.6%と急速に高まっている。台湾、香港を含めると、2001年に21.0%を占め、米国のシェアを上回っている。国内の不況が長引く中で、輸入の増大に伴う対中貿易赤字の悪化が問題視されるようになった。

確かに、日本の対中貿易赤字は、近年増加傾向にあり、2000年に続き、2001年も年間2割ほど増えている。また、日本の貿易黒字は1998年のピーク時と比べ、2001年には7.4兆円減少しているが、しかし、そのうち中国による寄与は1兆円に止まっているのである。その上、現実の対中貿易には、直接貿易だけでなく、香港や台湾を経由した中継貿易や加工貿易も含まれることを勘案すると、実際の対中貿易の規模を知るためには、この3地域(すなわち、中華圏)を合計した数字で測るべきであろう。それによると、2001年の貿易黒字額6.6兆円に対し、対中赤字額は3.3兆円であったが、香港と台湾に対しては大幅な黒字を計上しているため、3地域の合計では、日本側の6100億円の黒字となっている(図2)。

図2 日本の地域別貿易収支
-対中華圏を中心に-

図2 日本の地域別貿易収支
(出所)財務省通関統計より作成
2)貿易摩擦の主役交代

70-80年代にかけて、米国の貿易摩擦の相手国は、主として日本であった。当時、巨額の対日貿易赤字はしばしば政治問題化し、日米間で貿易摩擦を引き起こした。摩擦解消のための両国間の協議は、1)85年のプラザ合意に代表される為替調整、2)自動車、工作機械、鉄鋼、繊維などへの輸出自主規制やスーパー301条問題など分野別協議、3)89年以降の日米構造問題協議における系列解消のための独禁法強化、大規模小売店舗法改正などをはじめとする経済構造調整を目的とした協議、という3つの枠組みで行われてきた。

しかし、90年代に入ると、米国にとって日本は貿易相手国や投資相手国としての意義も小さくなっている。日本企業が生産拠点を米国やアジア諸国へ移転させてきたことを受け、米国の対日貿易赤字額は、90年代に入って頭打ちになっている。一方で、米国では中国をはじめとする他の東アジア諸国からの輸入が急増している。特に1997年以降は、中華圏に対する貿易赤字が対日赤字額を上回っている。このような輸入相手国の変化を受けて、米国にとっての貿易摩擦相手国は、日本から中国へとシフトしてきている。こうした展開を受け、日米摩擦は最悪期を脱している。

その代わりに、米中の間では、貿易・投資における障壁、中国の最恵国待遇(MFN)、中国のWTO加盟、といった問題を中心に摩擦が激化してきている。これらの経済問題は、しばしば中国国内における人権問題と絡められ、米国から政治的取引の材料に使われてきた。しかし、2001年に実現したWTO加盟を通じて、中国が国際経済体制に組み込まれたことで、こうした問題は一旦解決に向かうと見られる。まず、WTO加盟によって、これまで米議会の動向に左右されてきた、米国によるMFN供与を、中国は無条件で受けることができるようになる。次に、米国と2国間で協議してきた、貿易・投資摩擦についても、今後はWTOという多国間協議の枠組みで討議されることになる。

一方で、日本の貿易摩擦の中心も、米国から中国へとシフトしつつある。その背景として、対中貿易赤字の拡大に加え、躍進している中国に職と市場が奪われるのではないかという国民の恐怖感も挙げられる。現に、日本は2001年4月23日から11月8日までの200日間、主に中国から輸入しているネギ、生しいたけ、畳表の農産物3品目に対するセーフガード(緊急輸入制限)の暫定措置を初めて発動した。これに対して、近年輸入が急増している多くの農産物のうち、もっぱら中国のシェアの高い3品目がセーフガードの対象になったことはWTOが規定している無差別待遇を違反していると中国側が主張し、その対抗措置として、2001年6月22日より、日本の自動車、携帯電話、クーラーに対して100%の特別関税を課す方針を発表した。当時、中国はまだWTOのメンバーではなかったが、こうした報復措置は明らかにWTOのルールに違反していると日本側が反発し、摩擦が一段と激化した。困難を極める交渉の末、同年12月21日に、日本が中国産農産物3品目に対するセーフガードの本発動を見送る一方、中国が日本製工業3製品に課した報復関税を解除することで合意した。これをもって、日中貿易摩擦は第一ラウンドを終えたが、これまでの日米摩擦の経験から判断すると、むしろこれからが本番であろう。

3)日米と日中貿易摩擦の類似点と相違点

60年代以降、日本の輸出攻勢に対して、米国は輸入制限や日本に対して構造改革や為替調整を迫るといった強硬策、いわゆる「ジャパン・バッシング」で対応した。その背景として、次の3つの要素が指摘されている(Bergsten, Ito, and Noland, 2001)。まず、日本経済は極めてダイナミックであり、第二の経済大国として特別な存在であった。第二に、日本の急成長の背景には、アングロ・サクソン流の経済・経営とは異なるシステムがあった。政府主導の産業政策や円安政策は、米国からみると、違っているというだけでなく、「不公正」であるとさえ受け止められた。第三に、日米は貿易のみならず、安全保障の上で極めて密接な関係が構築されていた。日本が米国の軍事力に依存するのと引き替えに、米国は、日本に「外圧」をかけることのできる唯一の国として、経済交渉においても大いにその影響力を行使した。

翻って、現在の日中関係を考えると、第一、第二の点については、日米間と同様に当てはまる。すなわち、中国は人口13億人を抱える大国である上に、80年代以降年平均10%の高成長を遂げており、そう遠くない将来、日本を抜いてアジアにおけるナンバー・ワンの経済大国になるであろう。また、中国はいまだ共産党一党独裁の政治体制をとっており、経済制度においても、市場経済を目指しているとはいえ、公有制を堅持するなど、日本が標榜する資本主義とは異質なものである。しかし、日中間には日米間の第三の点に当たる安全保障面での協力が欠如している。歴史問題という重荷を抱える日本はむしろ中国より弱い立場になっており、中国政府に対し、「チャイナ・バッシング」政策を採るのは困難であろう。

これに加え、長引くと予想される日中貿易摩擦と従来の日米貿易摩擦との相違点が他にもある。

まず、日本の対米輸出は、輸出国である日本企業によって行われるものであるのに対して、中国の対日輸出の多くは、直接投資や開発輸入などを通じて、輸入国である日本の企業が深く関わっている。中国側の統計によると、2000年の対日輸出のうち、56%が外資企業(その大半は日系企業と推測される)によるものである。これを反映して、農産物3品目を巡る日中貿易摩擦が単に二国間の利益衝突だけでなく、「日日摩擦」という側面を持っていることも確かである。しかし一方、中国で生産に取り組み、その製品を日本に逆輸入しようとする業者は輸入制限に反対するため、このような日中経済関係の構造は、両国間の貿易摩擦に歯止めをかける力としても働いていることも見逃してはならない。その典型例は、セーフガードを巡って、国内生産にこだわる賛成派とすでに海外へ生産をシフトしている反対派で二分するタオル業界である。国内での生産と対中投資が同じ主体となっている家電業界に至っては、輸入制限を求める声は皆無である。

また、日米貿易摩擦の場合、工業製品を巡って先進国同士で展開されるものであるのに対して、進行中の日中貿易摩擦は先進国と途上国の対立の構図である。これを反映して、両国の関係は補完的であり、摩擦が生じやすく、競合している業種が限られている。これは日米関係よりも、NAFTAを通じて経済の緊密化を図る米国とメキシコの関係に類似している。

最後に、国際貿易体制も変貌している。GATTがWTOに変り、それに合わせてメンバー間の紛争処理機能が大幅に強化されている。日中貿易摩擦の解決に当たって、二国間の交渉を補完する形で、大きな役割を果たすことが期待される。

二、日米貿易摩擦から学ぶべき教訓

90年代前半まで、多くのアメリカ人が、日本経済やメキシコ経済を脅威だと考えた。しかし、その後、日本経済が低迷を続け、メキシコ経済が通貨・金融危機の後遺症に悩むのを尻目に、米国経済は未だ経常収支・貿易収支ともに大きな赤字を続けていながら、見事に復活を果たし、先進国最高の成長率を誇っている。これまでの日米貿易摩擦と米国経済の再生の経験を踏まえて考えると、深刻化しつつある日中貿易摩擦と高まる産業の空洞化の懸念に対して、日本には「旧産業の保護よりも新産業の育成」、「競争力よりも生産性重視」、「為替調整より貯蓄投資バランスの是正」を軸とする政策が求められている。

1)旧産業の保護よりも新産業の育成

90年代半ば、米国ではNAFTA(北米自由貿易協定)法案を巡って、国論が二分した。反対派は、NAFTAによって、米国の製造業が生産拠点をより生産コストの低いメキシコに移す動きが加速するため、米国では産業構造の空洞化が起こるであろうと論じた。同時に、メキシコから輸入される安価な輸入製品との競合が激しくなるため、低賃金労働者実質賃金が低下し、生活水準が低迷するであろうと予測された。このような反対派の意見に対し、クルーグマン(1997年)は、これらは「アメリカ経済のサービス化の流れに逆らって、製造業を守ろうとする必死の抵抗である」と批判した。振り返って見ると、クルーグマンが主張したように、NAFTAは米国の雇用減につながるどころか、むしろ90年代における経済の好況に貢献したのである。

反対派の議論は、理論的には間違いではないものの、NAFTAが米国経済に与える以下のような好影響を見逃していた。1)生産性が比較的高い産業の生産を増やすことにより、米国経済全体の生産性が向上する。2)市場が拡大することで、規模の経済のメリットが大きくなる。3)市場が拡大することで競争が促進され、独占・寡占に伴う非効率が是正される。90年代、米国経済を牽引したのは、いうまでもなく、IT技術である。IT革命による生産性の向上と雇用・生産の増加は、IT産業にとどまらず、卸売・小売業、金融業といったサービス産業におけるビジネスの生産性の向上にもつながっている。

翻って現在の日中経済関係に鑑みると、当時の日米、米墨貿易摩擦に見られたような、「中国脅威論」が台頭している。これに対して、90年代における米国の経験から教訓を得るとすれば、日本が自国の生産性向上につながるIT産業などへ生産・労働のシフトを進める一方で、国際的に生産性が低いとされるサービス産業の改善を試みることが必要であるといえるだろう。

近年見られる国内の失業率の急上昇は、空洞化の証拠であると見なされているが、産業高度化の過程に伴う労働の需要と供給にミスマッチが生じている現れでもあるという側面も見逃してはならない。現に、従来の産業には過剰感が高まる一方、一部の新しい分野では人材不足という現象も起こっている。これに対処するために、IT産業を中心に、海外から人材を調達する動きが活発化しているが、最終的には産業のニーズに合わせた教育改革が欠かせない。米国の経験が示しているように、新産業のカギとなるイノベーションにおいて大学が果たすべき役割は非常に大きい。

2)競争力より生産性の重視

日本では、経済が長期不況にあえぐ中、中国の競争力の向上が脅威として捉えられるようになった。注意したいのは、ここでいう「競争力」という言葉の定義が、極めて曖昧に用いられているということである。多くの場合、国の競争力とは、その国が輸入する以上に輸出できる能力であるという意味で、貿易収支を目安にしているようだ。つまり、貿易黒字の大きい国は競争力のある国であり、貿易赤字国は競争力のない国である、という単純な定義である。しかし、理論的にも現実の経済においても、この定義は正しいとはいえない。

クルーグマン(1997年)は、競争力の向上を中心とする産業政策を採ると、その名の下で行われる政策に財政資金が無駄遣いされる危険がある上、保護主義と貿易戦争を招きかねないと警告している。さらに、国民の生活水準は国際競争力よりも、国内の生産性に依存することを、次の三段論法で論じている。

第1に、経済における貿易の比重が小さい国においては、為替レートが国民の生活水準に与える影響は極めて小さいため、為替レートのフィードバックを考える必要はない。従って、このような国では、国民の生活水準は、殆ど国内要因、すなわち生産性の伸び率によって決定される。

第2に、経済における貿易の比重が大きくなってくると、為替レートのフィードバックを考える必要が出てくる。すなわち、国内の生産物に加え、輸入も消費の一部になるため、生活水準は、国内の生産性だけでなく、(輸出の輸入に対する相対価格である)交易条件にも依存するようになる。場合によって、国内の生産性が上昇していても、交易条件の悪化によって、生活水準が下がることも考えられる。

第3に、理論的には交易条件の影響を認めても、現実にはそのマグニチュードが限られており、生活水準は、生産性で決まる部分が大きい。実際、米国の場合、生産の伸び率を示す実質GNP成長率と購買力の伸び率を示すコマンドGNP(=名目GNP/輸入デフレーター)成長率は変わらない。米国に限らず、経済規模の大きいEU諸国や日本でも、現実には生活水準を決める要因として、生産性が圧倒的な比率を占めている。

米国労働省によると、米国の製造業における労働生産性の伸び率は、1975-95年平均の2.7%から、96-2000年平均で5.1%にまで上昇した。これを受けて、経済成長率も同期間に年平均で4.1%の高成長を遂げた。経済の拡大を受けて、失業率は、30年ぶりに4%近くにまで低下した。

したがって、日本経済の不振の原因は、中国の躍進といった外部要因ではなく、日本の生産性の伸び悩みに求めるべきである。言い換えれば、日本人の生活水準がどういうペースで上昇するかは、日本人の努力次第であり、中国人がどのくらい努力するかにはほとんど関係がないのである。

もっとも、マグニチュードが相対的に小さいとはいえ、日中両国が補完的経済構造を持っていることを考慮すると、中国の経済発展は日本の交易条件の改善を通じて、日本の国民にメリットをもたらすはずである。中国は労働集約型輸出と日本をはじめとする先進国からの技術集約型製品の輸入を同時に増やす結果、労働集約型財の技術集約型財に対する相対価格が低下する。これは、中国自身にとって交易条件の悪化を意味するが、技術集約型財を輸出し労働集約型製品を輸入する日本にとって逆に交易条件の改善をもたらす。

3)為替調整より貯蓄投資バランスの是正

80年代当時の米国と同様、日本においても、貿易収支の悪化が産業空洞化の証拠として頻繁に取り上げられるようになった。確かに、貿易黒字大国といわれてきた日本の貿易収支が変調を見せている。日本の貿易黒字は、98年をピークに減り続けており、2001年までの三年間で40%ほど落ち込んでいる。この背景には、世界的な景気低迷を背景にIT分野を中心に輸出が伸び悩んでいるという短期要因に加え、より構造的な要因があるのではないか、との懸念が強まっている。

その一つとして、中国経済の躍進が、日本の貿易黒字減少の主因ではないか、とする見方がある。例えば、2001年10月15日の「日経ビジネス」では、「特集:翔ぶ『世界の工場』中国」の中で、「輸出大国ニッポンが沈む」という衝撃的な記事を載せている。それによると、繊維製品に加え、オーディオ、テレビ、パソコンなどの機械機器を中心に、1980年代後半以降、中国からの輸入はほぼ二桁成長を続けている。この背景には、中国の改革開放政策の進展を受け、安い労働力と原材料を求め、日本企業が生産拠点を中国に移す動きが本格化したことがある。

そもそも、貿易不均衡の原因は競争力ではなく、投資・貯蓄(IS)バランスに求めるべきである。日米貿易摩擦では、双子の赤字の表現に象徴されるように、米国の貿易・経常赤字が同国の膨大な財政赤字によってもたらされたとことは、日米双方の経済学者の共通認識である。同じように、現在の日本におけるISバランスの悪化も、景気対策のために増え続ける財政赤字を反映していると理解すべきであろう。したがって、日本は、中国に対して貿易黒字の削減を求める前に、自らの財政赤字を減らす努力が望まれているのである。

日本を代表する国際経済学者である小宮隆太郎東京大学名誉教授が、ISバランスをはじめとする標準的国際経済の理論をもって、1)二国間貿易赤字がその国全体としての貿易赤字の「原因」であり、対日赤字を減らせば米国の貿易赤字は大いに減る、2)為替レートを円高にすれば、日本の黒字が減り、米国の赤字が改善する、などの日米貿易摩擦を巡る「妄説」を批判した(小宮、1994年)。実際、これまで中長期にわたって円高が進行していたにもかかわらず、日米間の貿易不均衡が一向に減っていないことはもはや否定しがたい事実である。残念ながら、この教訓が必ずしも活かされておらず、最近、日本では貿易不均衡を理由に、中国に人民元の切り上げを要求する声が高まっている。

三、空洞化なき高度化を目指して

中国の台頭は、日本に多くの機会と挑戦をもたらしている。多くの日本企業は中国を潜在的に有望な市場として、また投資先として見ている。しかし一方で、中国からの輸入の増加は、企業の倒産や失業の増大など、国内産業の調整圧力を強めることになる。こうした状況が国内産業の「空洞化」の懸念を増幅させ、中国と日本の貿易摩擦をエスカレートさせている。

中国からの輸入の急増を背景に、日本ではセーフガードなど輸入制限をめぐる動きが活発化している。その対象は農産品から工業製品に広がりを見せようとしている。確かに、日本にとって、セーフガードはWTOの協定に基づく「権利」である。しかしながらそれは、自由貿易の精神に反するだけでなく、小泉政権が断行しようとしている「聖域なき構造改革」にも逆行するものである。

輸入制限の是非を論ずる際、保護の対象となる一部の業種や産地という枠にとらわれず、国全体の利益という観点に立つことが求められる。中国製品に対してセーフガードが発動されることになれば、その被害者は中国の生産者と日本の消費者にとどまらず、積極的に対中ビジネスに取り組む多くの日本企業の経営努力も報われなくなる。このような政策は、競争で負けた業者を救済し、そのツケが勝ち組に回されることを意味するため、悪平等を助長し国内構造改革の妨げになりかねない。

また、セーフガードが乱発されることになれば、自由貿易を標榜する日本の国際社会における信用が傷つけられることになろう。すでに、中国をはじめとする諸外国は、日本が保護主義に傾斜するのではないかと警戒している。60年代以降、欧米諸国は、工業大国として登場した日本の製品に対して関税や数量規制など多くの障壁を設けた。こうした差別待遇と戦ってきた日本が、立場の逆転した今、中国に同じような手段を講じようとするのであればそれは誠に残念なことである。

そもそも、国内の産業を守るために輸入に障壁を設けることは、対症療法に過ぎない。これは産業構造の高度化を促すどころか、むしろ遅らせる要因になりかねないのである。実際、先進国における衰退産業が政府の保護政策によって競争力を回復した事例は皆無である。日本は「空洞化なき高度化」を達成するためにも、輸入制限や補助金で労働や資本、土地などの資源を競争力のなくなった産業に固定させるのではなく、生産性の上昇を妨げる要因を取り除き、新産業の育成に力を注がなければならない。

それと同時に、日本は中国の活力を積極的に利用すべきである。日中間が競合的よりも補完的経済構造を持っていることを考えれば、双方が協力し合うことによって得られる利益は大きいはずである。現に直接投資や委託加工、開発輸入など、いろいろな形で中国の豊富な労働力と日本の高い技術力を活かしながら成功を収めている企業が増えつつある。ユニクロ人気に象徴されるように、このような経営努力は企業自身の収益の向上につながるだけでなく、中国から安価かつ良質な製品の輸入を増やすことを通じて、日本の消費者にも大きなメリットをもたらしている。

アジアにおける「雁行的経済発展」は、域内各国の所得の先進国水準への収斂と水平分業の進展をもたらす。すでに、これまでNIEsと呼ばれている国々の一人当たりGDPは、OECD加盟国並の水準に達しており、日本がアジアにおける唯一の先進国である時代は終わった。しかし、アジア各国の活力をうまく活かせば、日本の相対的地位が低下しても国民生活水準の向上は十分可能である。昨今のアジア金融危機で示されたように、日本にとっては近隣諸国の停滞と混乱よりも、その繁栄と安定のほうが自らの国益になることはいうまでもない。

2002年1月15日掲載
2002年5月9日改訂

参考文献
  • ポール・クルーグマン、1997年、『クルーグマンの良い経済学、悪い経済学』、日本経済新聞社
  • 小宮隆太郎、1994年、『貿易黒字・赤字の経済学:日米摩擦の愚かさ』、東洋経済新報社
  • C. Fred Bergsten, Takatoshi, Ito, and Marcus Noland, 2001. No More Bashing: Building a New Japan - United States Economic Relationship, IIE.

2002年5月9日掲載