中国経済新論:中国の経済改革

国有企業改革の現状と課題

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

国有企業改革の前提条件となる非国有企業の急成長

中国の企業セクターは70年代末以来の経済改革・対外開放政策を経て大きく変貌している。改革前はほぼ国営企業一色であったものが、今や公私合弁、外資合弁、全額民間あるいは全額外資などと多彩である。こうした新興企業群の多くは従来の国有企業に比べ、好業績を上げている。それは、国有企業が改革・開放後も依然として計画経済の枠組に束縛されているのに対し、新興の非国有企業は市場原理に基づいて行動していることによるところが大きい。計画経済の時代にはほとんどの工業生産を国営企業が占めていたが、郷鎮企業や外資企業など非国有部門の躍進と共に、この比率は30%を割るに至っている。

このように、これまで「双軌制」をとってきた企業改革は、活力のある民間部門と活力のない国有部門の共存という二重構造をもたらしている。今後の中国経済の発展はこの二重構造の解消にかかっている。すなわち、まだ競争力のある一部の国有企業が民営化を進めて民間企業になる一方、競争力のない国有企業は淘汰されていくという形で市場経済化が進むわけである。民営化と企業倒産のための法律も整備されてきている。

双軌制による企業改革の成功のために、非国有経済(新体制)の成長は国有企業(旧体制)の改革に有利な状況を提供しなければならない。すでに、こうした外的条件は整いつつある。

まず、非国有経済の発展は経済発展に大きく寄与し、それによってもたらされた新たな収入は、国有企業改革で損害を受ける利益団体を補償する資金源を提供することで、改革に対する抵抗を和らげる役割を果たしている。

第二に、非国有経済の発展は、国有企業の余剰人員の受け皿を提供している。非国有企業の労働条件と待遇が向上するにつれて、国有企業から非国有企業へ自発的に転職する労働者や経営者が増えている。実際、郷鎮企業や外資系を始めとする非国有企業は国有企業に代わって雇用創出と経済発展を牽引する担い手となってきている。95年から2000年にかけての雇用者数は、国有企業では3000万人も減っているのに、非国有企業では5000万人も増えている。

第三に、高成長を遂げた非国有企業部門は、買収や合併などを通じて国有企業の改革に参加することができる。現に、外資のみならず資本力や経営力の面において優れた郷鎮企業や純粋な民間企業による国有企業の買収が盛んになっている。

第四に、非国有企業の台頭により市場競争が激しくなり、国有企業の独占的地位が脅かされ収益性が低下してきた。より厳しい経営環境に置かれているにも関わらず、飛躍を遂げた非国有企業が停滞する国有企業と好対照を成しているというデモンストレーション効果は改革の必要性を認識させ、保守勢力を抑える大きな力となっている。

非国有経済の役割を追認する形で、1997年9月の15回共産党大会で「公有制を主とし、多様な所有制経済を発展させる」「労働に応じた分配を主とし、多様な分配方式も併存する」との方針が打ち出された。99年3月における憲法改訂において、これがそのまま条文として盛り込まれたのに加え、非公有制経済の位置付けも経済の補完的部分から重要構成部分に「昇格」された。さらに、江沢民総書記(国家主席)が2001年7月1日の共産党創設80周年演説で「党の階級的基盤の強化」を指示し、事実上、私営企業家の入党を公認する考えを表明した。

国有企業改革の課題

これまでの中国の国有企業改革は権限委譲と利益譲渡を中心に進められてきた。経営者と労働者のインセンティブの改善により、非国有企業には及ばないものの、生産性の上昇などの面においてそれなりの成果を挙げている。しかし一方、所有者である国家に帰属すべき利潤と資産が不断に侵食される結果をもたらし、無能な経営者を淘汰し有能な経営者を選抜するメカニズムも確立できていない。その結果、国有企業の経営赤字は、拡大の一途を辿っている。

中国の伝統的計画体制下では、経営者が所有者の権益を侵害しないように、ヒト・モノ・カネと生産・供給・販売など企業経営の各分野において、企業の経営自主権を全面的に剥奪する統治形式を採り、委託-代理の過程の中における権益侵害問題を解決する。このような経営自主権を与えない統治方式は経営者の権益侵害行為を防げたが、同時に国有企業の経営と革新のインセンティブも妨げる結果となったのである。

中国に限らず、発達した資本主義経済においても企業の所有権と経営権の分離によって、所有者と経営者の目標が乖離しがちである。両者が持つ経営状況に関する情報の格差(非対称性)から、前者(株式会社の場合、株主、また国有企業の場合、国もしくはその代理である政府)が後者を監督することは難しい。監督が不十分である場合、(代理者の)経営権による(委託者の)所有権の侵害という問題が発生する。

今までの「放権譲利」を軸とする国有企業改革は、一方でインセンティブ機構の改善と企業自主権の拡大を通じて国有企業の生産性を向上させたが、外部から企業を監督することが難しくなり、経営者や従業員など企業のインサイダーによる国家の所有権に対する侵害行為が広く行われるようになった(青木、1995)。具体的には、フローの面で国への配当が抑えられる一方、ストックの面では国有財産が(非合法的に)流用される。前者の例としては、業績に関係なく従業員に多額のボーナスを支給したり、交際費や福利厚生費の支出を増やしたりする手法がよく使われる。このようにして、多くの国有企業が恒常的に赤字を計上しているが、これは必ずしも悪い経営・生産効率を反映するものではなく、インサイダーによる所有者の利益に対する侵食もその一因になっている。一方、国有資産の流出に関しては、子会社に資産(特に収益部門)を移しながら本体の赤字を政府に補填してもらうことや、民営化・株上場の過程において経営者や従業員が安い値段で国有資産を入手することなどが盛んに行われている。

こうしたインサイダー・コントロールを助長しているのは「企業は赤字を計上しても国の財政あるいは金融機関などによる事後的な補填によって破産のコストを免れる」というソフトな予算制約の問題である。政府の救済が期待できる場合、モラルハザードという問題が発生し、効率向上への企業努力のインセンティブが弱まる。企業としては、できるかぎりの権利を主張し、義務からは可能な限り逃れたいわけである。つまりこれが、国有企業の資産の「私有化」(個人のものにする)と債務の「公有化」(政府に負わせる)という二つの現象を同時に引き起こしてしまっているのである。

多彩な処方箋

コーポレート・ガバナンスを有効に機能させるためには、まず、経営者のパフォーマンスを正しく評価し、それに基づいてインセンティブを与え、また、無能な経営者を交代させるメカニズムが求められる。中国ではこの点に関して多くの議論が交わされており、中でも所有権の明確化と競争的市場体系の構築にかける期待は大きい。

求められる「政企分離」

「政企分離」は常に国有企業改革の中心課題である。従来の国有企業において政府は、経済・産業の政策的見地からの管理と所有者としての管理が分離されておらず、政府の経営への干渉と企業の自己責任の欠如がその当然の帰結であった。これを是正するためには、まず、政府と企業の各々の権利と義務を明確にしなければならない。その手段として「近代企業制度」推進の名の下に、国有企業の株式化が実験の段階を経て、97年9月に開かれた中国共産党第15回全国代表大会において全面導入の方向へ運ぶことが確認された。それにより、株の売買に介在する国有資産の流動化、さらには民営化の道が開かれることとなった。

中国の国営企業は、国有企業の段階を経て株式会社へと変身しようとしている。計画経済時代の「国営企業」には法人格がなく、単に政府の指令を執行する行政機関にすぎなかった。利益はすべて上納するかわりに損失の補填がされることから、実質上、独立採算の主体ではなかった。改革が進むにつれて、国家が権限を与えた「国有企業」は経営権と法人格を持つようになったが、所管官庁との従属関係が維持され、経営上の問題が起こった場合に国が負う責任が不明確であった。93年以降導入された近代企業制度の狙いは、国家は出資した部分にのみ利益を享受し責任を負うことにより、行政との従属関係を完全に断ち切り、国有企業を西側の企業のような株式会社に変えることであった。

近代的企業制度におけるコーポレート・ガバナンスを確立するために、民営化を含め所有権の分散が必要であることが広く認識されている。なぜなら、国有企業が株式会社という形に変わっても、所管官庁が100%の株を持ったままであれば、それは単なる看板の入れ替えにすぎず、従来の問題点を解決することはできないからである。中小企業に関しては、すでに民営化を容認する方針が明確化しているが、大型国有企業の資産管理に関しては次のような措置が平行して検討・実施されている。

まず、国の企業に対する所有者(株主)としての機能を所管官庁から独立させる。市場原理を働かせるためには、新たに成立する資産経営管理機構(持株会社)自身も営利を目的とする株式会社の形を採り、同一企業の株の所有を複数の持株会社に分散させることが望ましいのである。

第二に、企業の法人相互持株制である。企業は一方で他の企業からの投資を吸収して資本金を増やし、他方では自己資本を投じて他企業の株を保有する。株を相互に持ち合うことで国有企業全体の資本金が増える反面、政府の直接持株比率が低下することになる。

第三に、株式市場への上場である。90年12月の上海に続いて、91年には深センに証券取引所が開設された。また、香港やニューヨークなどに上場する中国企業が年々増えている。さらに、深センに新興企業向け二部市場「創業板」も開設に向けて準備が進められている。

最後に、コーポレート・ガバナンスを、日本のようにメイン・バンク制に求める動きも一部見られた。具体的には、銀行と企業とが契約を結び、銀行が企業に流動資金を一定の枠内で保証する。これは、更新投資や決済の面で便宜を与える一方、その経営に関しても監督することになる。

今のところ中国政府は、「社会主義公有制」という建て前を維持するために、大型国有企業の株の過半数を所有することを原則としている。しかし、公有制の定義がこの20年間のうちにどんどん甘くなってきており、本来の意味(原形)からは大きくかけ離れてきている。最終的には、公共財や自然独占の性格を持つ一部の産業を除いて、日本のNTTのように国家所有の株を放出する形で大企業をも含む民営化が本格化し、公有制という概念も完全に放棄されるであろう。

競争的市場体系の構築

林毅夫ら(1997)は各国の所有権と経営権の分離に関する経験を踏まえた上で、公平かつ競争的市場体系の構築こそコーポレート・ガバナンスを確立するためのカギであると主張している。

公平かつ競争的市場環境の下では、企業間の利潤は平均水準に収斂する力が働く。そして、個別企業の実際の利潤水準、またはコスト水準をこれに比較してみると、それぞれの経営状況、ひいては経営者の能力と努力の情報を得ることができる。このため市場競争が存在する中では、利潤率が企業経営を考察し監督するための一種の充分な情報とされるのである。この充分な情報は情報非対称の問題を完全に克服することはできないが、簡単に手に入れることが出来る有効な手段であり、企業経営の善し悪しをかなり正確に反映することができる。市場競争とこの種の充分な情報が存在するという前提の下で、経営管理者の市場が形成される。この市場の機能は、経営管理者の経営実績によって賞罰を行い、経営者と所有者とのインセンティブが相容れるようにする。

市場によるコーポレート・ガバナンスを機能させるためには、製品と要素市場のみならず、経営者市場と株式市場も競争的でなければならない。競争的経営者市場が存在すれば、経営者の採用や解雇、昇級や降格、および報酬の決定はより公平に行われることになり、これにより経営者のインセンティブの問題が解決される。一方、競争的株式市場では、株価の変動は基本的に企業の経営状況を反映し、経営者を評価する有効な指標となる。

中国では資本集約度の高い国有企業の一部が、依然としてエネルギーなどの投入及び産出を規制されている価格で取引しなければならない上、住宅、医療、退職金などの福利厚生費も負担しなければならない。こうした歪んだ経営環境において、利潤率が企業の経営状況を反映していないため、企業経営を監督するコストが高く、企業がソフトな予算制約に甘え続ける口実を与えてしまった。有効なコーポレート・ガバナンスを確立し、ソフトな予算制約のハード化を図るためにも、こうした歪みを是正し、公平かつ競争的な市場環境を構築しなければならない。

具体的には、まず、社会保障制度の整備によって、すべての国有企業を退職従業員の扶養と在職労働者の福利費(医療、住宅、教育など)という重い負担から解放しなければならない。第二に、重化学部門のように資本集約度の高すぎる企業に対して生産内容や業種の転換を認めるべきである。第三に、企業債務を明確にし、これまでに累積した不良債権を処理しなければならない。また、これと同時に、銀行融資の金利を人為的低水準から資金の希少性を反映した水準に上げなければならない。第四に、基礎産業部門の価格の歪みについては、早急に政府による価格管制を廃止し、国際市場との連動という形で需給関係に基づく価格形成のメカニズムに移行すべきである。最後に、生産効率を高めるためには、労働力、経営者、資金、設備、土地などの資源の再配置が必要であり、流動性の高い要素市場の構築が急務と言える。

2001年11月5日掲載

文献
  • 林毅夫・蔡昉・李周『充分信息与国有企業改革』、上海人民出版社・上海三聯書店、1997年(邦訳『中国の国有企業改革』、関志雄監訳、李粹蓉訳、日本評論社)
  • 青木昌彦「対内部人控制的控制:転軌経済中的公司治理結構的若干問題」、青木昌彦、銭穎一編『転軌経済中的公司治理結構』、中国経済出版社、1995年

2001年11月5日掲載