Special Report

フューチャー・デザインの政策応用
―「仮想将来世代」の導入事例から考える

原 圭史郎
コンサルティングフェロー

見えてきた「仮想将来世代」(将来省)の意義

気候変動や資源エネルギー問題、財政問題やインフラの維持管理など、現代社会は、世代をまたぐ長期的な政策課題に直面している。これら課題は、現世代の意思決定やアクションが、将来世代にも影響を及ぼしうる、いわゆるサステイナビリティ問題でもある。これら諸問題の背景には、未だ見ぬ将来世代が、現代の意思決定に参加できないという本質的課題が存在する。一方、現代の社会システムは、将来世代の利益を反映し、世代間利害対立を乗り越えて意思決定を行うための仕組みとはなっていない。世代間利害対立を伴うこれらサステイナビリティ問題に対処するために、将来世代の利益も考慮した、持続可能な意思決定を実現するための新たな制度や社会システムが今求められている。

このような問題意識からフューチャー・デザインの研究が始まった。フューチャー・デザインとは、将来世代に持続可能社会を引き継ぐための社会の仕組みのデザインとその実践のことをいう。中でも、有効だと考えられているのが「仮想将来世代」と呼ばれる仕組みである。仮想将来世代とは、将来世代になりきってさまざまな意思決定や交渉に臨む、将来世代の代弁者の役割を与えられる主体を指し、いわば「将来省」としての役割を持つ。これまでさまざまな研究が進められ、将来世代の視点から現代の意思決定を考察することで、近視的な判断を制御し、ヒトの持つ将来可能性(Saijo, 2020)を生み出しうることが分かってきた。経済実験(Kamijo et al., 2017)や大規模アンケート調査などからも、仮想将来世代の導入効果や意義が明らかになりつつある。また、後述する、仮想将来世代の仕組みを導入した実社会での意思決定やビジョン設計の実践においても、持続可能な意思決定を導く効果が示されてきた。これらの既往研究や実践を踏まえて、本稿では仮想将来世代の意義に着目し、フューチャー・デザインの政策分野への応用可能性について考えたい。

フューチャー・デザイン実践の広がり

仮想将来世代の仕組みを初めて政策的な意思決定や合意形成に応用したのが岩手県矢巾町(やはばちょう)である。矢巾町はもともと、長期的な水道ビジョンづくりに住民参加の仕組みを取り入れた先進的な活動を行っていた。きっかけを経て、2015年度に大阪大学のセンター(当時)と共同研究の協定を締結し、フューチャー・デザインの初実践を進めることとなった。2015年度に実施された約6カ月にわたる討議実践では、町民が現世代と仮想将来世代グループに分かれ、町の地方創生プランを各グループが別個に検討し、最後に両世代グループが世代間合意形成する仕組みを導入することで、町民自らが「地方創生プラン」の施策を検討した。この結果、現世代グループと仮想将来世代グループとでは、意思決定の判断基準が異なることや、仮想将来世代グループは、未来に向けた社会変革のインセンティブがより強いこと、などが明らかになっている(Hara et al.,2019)。仮想将来世代グループは、矢巾町の持続可能性を高める観点から町の未来を考察し、地域資源や町の長所を有効活用することで、新たなイノベーションにつながるさまざまな提案を行った。さらには、将来世代の利益を担保する観点から、現在の延長ではなく、本質的かつ独創的な施策を提案する傾向が見られた。興味深いのは、合意形成セッションにおいては、現世代グループが、仮想将来世代グループが提起するアイデアに理解を示し、合意形成が図られたことだ。最終的な合意形成案には、元々仮想将来世代グループが提案した施策が半数以上取り入れられる結果となった。この実践後も、矢巾町ではフューチャー・デザインの応用が進められ、2019年にはフューチャー・デザインを行政活動や政策立案に取り入れるための機構として、役場に「未来戦略室」が設置され(2023年現在は「未来戦略課」に格上げされた)、町の総合計画策定にもフューチャー・デザインが応用されている。

その後、他のさまざまな自治体においてもフューチャー・デザインの実践が行われ、仮想将来世代の仕組みを導入した政策分野における実践例は、都市計画、環境計画、業務改善や働き方改革、カーボンニュートラル政策、再生可能エネルギー導入問題、水環境問題など、多様な課題領域に及ぶ(大阪大学大学院工学研究科では、専攻横断型の研究システムである「テクノアリーナ」の最先端研究拠点部門の1つとして、2021年に「フューチャー・デザイン革新拠点」を設置し、産学官連携によるフューチャー・デザイン実践を進めている。産学官でのフューチャー・デザイン実践事例はこちらのサイトでも紹介しているので参照いただきたい。)。これらの実践からも、将来世代の視点から現在を考察することにより、近視的な判断や意思決定ではなく、現世代と将来世代の双方の利益を俯瞰した意思決定が可能であることが示唆されている。また、仮想将来世代を導入することで、議論参加者の、将来に関するリスク認知や、将来の社会目標の共有意識が高まることも示唆されている(Hara et al., 2023a)。その結果、長期的観点から見て、より頑健性のある多様な政策オプションを構想、選択できる可能性がある。

フューチャー・デザインの考え方は、これら公共政策分野だけでなく、産業界の事業戦略やR&D戦略の検討にも応用されつつある。産業界のR&D戦略にフューチャー・デザインを初めて取り入れたのは、総合水エンジニアリング会社であるオルガノ株式会社である。研究開発と経営企画に従事する職員が参加した数か月間のフューチャー・デザイン実践では、仮想将来世代の仕組みを導入することによって、新たな産業技術イノベーションの方向性をデザインできる可能性が示唆されている(Hara et al., 2023b)。参加した社員へのアンケート調査からは、現在の視点からR&Dの検討を行う場合に比べ、仮想将来世代の視点から考察することによって、R&Dの判断基準項目である「コスト」「他社との差別化」「ビジネスモデル」の重要性が低下することが明らかになっている。一般に、これらはビジネス戦略の上で重要な判断基準項目と想定される項目であろう。ところが、仮想将来世代として考察することによって、これらの項目の重要性が低下し、その一方で、独創性の高い、新しい技術シーズやイノベーションの種がむしろ創発されるという、興味深い結果が得られている。オルガノ社員は仮想将来世代の視点から考察することで、それまでとは異なる判断基準を設定し、新たな技術イノベーションのあり方を検討したと考えられる。このことは、フューチャー・デザインによって、将来世代の視点から考察することで、新しい産業技術イノベーションの方向性をデザインできる可能性を示唆している。他の企業のフューチャー・デザインの実践結果からも同様のことが示唆されている。

行政計画アセスメントへの応用 ― 矢巾町の新たな取り組み

矢巾町では2023年からフューチャー・デザインの新しい政策応用に取り組んでいる。行政計画のアセスメントへの応用である。行政計画の評価と改善は、行政機構において重要な取り組みであるものの、持続可能性や長期的観点からの実効的な評価が実践されているとは言い難い。従来のように現在の視点からの評価だけでは、既存計画や政策が未来社会に及ぼす影響を適切に評価できないかもしれない。また、現在の視点の延長では、方針転換を要するような、本質的課題の特定や改善案の提起も容易ではない。しかし、仮想将来世代といった新しい仕組みを導入することで、より長期的視点から潜在的課題やリスク、未来の価値やニーズを捉え、現世代と将来世代を俯瞰した観点から、政策評価や持続可能性を高めるための施策を提起できると考えられる。これは、フューチャー・デザインの既往研究や実践から示唆される仮説である。

このような背景から矢巾町では、2023年8月から11月にかけて職員が参加するフューチャー・デザインを行い、都市計画マスタープランの改定に向けた評価と施策の提案を行った。庁内の9課室から合計20名の職員が参加し、計4回の議論を行った。具体的には、職員が現世代2グループ、仮想将来世代2グループの4グループに分かれ、別個に都市計画マスタープランの評価と改善のための施策提案を行い、最後の4回目の議論において、現世代と仮想将来世代の1グループずつがペアを組み、それぞれの検討した評価内容や施策案を発表しあった後に合意形成を実施し、都市計画マスタープラン改定に向けた5つの重要施策を提案した。特に、現世代の視点のみでは解が得にくいと考えられる「都市開発と農村地域との格差問題」などのトレードオフ問題を議論の中心に取り上げ、現世代と将来世代の双方の視点を取り入れることによって、マスタープランの総合的な評価と改善施策を提起したのである。

議論結果からは、現世代グループと将来世代グループとの間で、都市計画上の課題設定や、評価基準、提案施策など様々な観点において差異が観察されている。例えば、仮想将来世代は、2050年の矢巾町の未来社会像をより具体的に描写し、農村の人手不足の問題など、矢巾町にとっての潜在的かつ本質的課題を直視することで現行計画の課題を明らかにし、プランの評価や改善のための具体的な施策提案を行った。フューチャー・デザインを行政計画のアセスメントに初めて応用した本実践事例は、将来世代の視点を導入し、サステイナビリティの観点から行政計画アセスメントを行う、新たな方法論開拓の基盤となりうる。

世代間問題を伴うさまざまな課題に直面する中、持続可能性や長期的観点からの行政計画の評価は、自治体や政府において重要だと考えられる。行政計画のアセスメントへの応用は、既存の行政計画を基盤としつつも、将来世代の視点から考察される本質的課題の抽出や評価、新たな施策の方向性を導入することが可能となるため、フューチャー・デザインの政策応用が比較的容易な領域だと考えられる。複数の課室から職員が参加し、庁内で組織横断的に実施された本実践は、今後のフューチャー・デザインの政策や行政計画への応用可能性を広げる先導的な事例となるだろう。

写真:矢巾町職員による、フューチャー・デザインを応用した、都市計画マスタープランのアセスメント実践の様子(現世代グループと、法被を着た仮想将来世代グループの合意形成セッション)
写真:矢巾町職員による、フューチャー・デザインを応用した、都市計画マスタープランのアセスメント実践の様子(現世代グループと、法被を着た仮想将来世代グループの合意形成セッション)

フューチャー・デザインの政策応用に向けて

気候変動や財政問題など、まだ見ぬ将来世代にも影響ある重要課題が山積する中、持続可能性を担保する意思決定や行政計画を実現するため仕組みを政策現場に取り入れていくことは重要かつ喫緊の課題である。これまでもさまざまな研究や応用実践が進められてきた仮想将来世代の仕組みは、長期的な意思決定を導くための有効な社会的装置の1つであることが明らかになりつつある。持続可能性を担保する政策立案に向けて、国や自治体の政策現場において、今後どのようにこれらの方法を活用しうるのか、社会実装に向けた議論を活性化していくべきである。そのような議論を推進するためにも、既に進んでいるフューチャー・デザイン実践の取り組みを基に、産学官がつながることで、フューチャー・デザインの手法や得られる効果、今後の研究課題等を共有し、相互に学びあうためのプラットフォームの構築が今後は重要となるだろう。

産学官におけるフューチャー・デザインの実践事例の紹介サイト
https://www.cfi.eng.osaka-u.ac.jp/fd-research/practices.html

参考文献
  • Saijo T (2020) Future design: bequeathing sustainable natural environments and sustainable societies to future generations. Sustainability, 12(16):6467
    https://doi.org/10.3390/su12166467
  • Kamijo Y, Komiya A, Mifune N, Saijo T (2017) Negotiating with the future: incorporating imaginary future generations into negotiations. Sustainability Science, 12(3), 409–420
    https://doi.org/10.1007/s11625-016-0419-8
  • Hara K, Yoshioka R, Kuroda M, Kurimoto S, Saijo T (2019) Reconciling intergenerational conflicts with imaginary future generations - Evidence from a participatory deliberation practice in a municipality in Japan, Sustainability Science, 14(6), 1605–1619
    https://doi.org/10.1007/s11625-019-00684-x
  • Hara K, Naya M, Kitakaji Y, Kuroda M, Nomaguchi Y (2023a) Changes in Perception and the Effects of Personal Attributes in Decision-making as Imaginary Future Generations – Evidence from Participatory Environmental Planning, Sustainability Science, 18, 2453–2467
    https://doi.org/10.1007/s11625-023-01376-3
  • Hara K, Kuroda M, Nomaguchi Y (2023b) How does Research and Development (R&D) Strategy Shift by Adopting Imaginary Future Generations? - Insights from Future Design Practice in a Water Engineering Company, Futures, 152, 103221
    https://doi.org/10.1016/j.futures.2023.103221

2023年11月17日掲載