Special Report

わが国の少子化対策は何を重視すべきか

山口 一男 客員研究員

未婚化・晩婚化は少子化の原因なのか?

政府の少子化危機突破タスクフォースには多様な識者が専任されている。傾聴すべき意見も多い。しかし筆者が憂慮する傾向もある。晩婚化や少子化は女性にとって「意図せざる結果」であるという見方である。結婚や出産を希望する女性の割合と実際の実現の割合が乖離していることがその根拠になっている。

一方晩婚化や少子化は、多くは女性の意図的な選択の決定の結果であるという見方がある。筆者や少子化を研究する労働経済学者はそのように見る。筆者が憂慮するのは、前者の見方の人がタスクフォースでの影響力が強いと感じられることである。

「意図せざる結果」であるという見方は、たとえば女性の「望ましい妊娠年齢」や「不妊治療」などについての情報不足や結婚相手との出会いの機会不足が問題だという発想と結びついている。『女性手帳』というアイデアもそんな見方の中で提案された。

また委員の1人である著名な人口学者は、少子化は未婚化・晩婚化が主たる原因で、従って「結婚後の問題」であるワークライフバランスは少子化対策上重要でないとしている。彼は大学の研究室のブログでも、少子化対策は待機児童問題や育児支援ではなく、未婚者の結婚への支援を中心にすべきだと強く主張している。昨今の『婚活・街コン推進議員連盟』などの活動もこのような考えの影響の産物である。彼の意見が「意図せざる結果」論なのは、女性が結婚後に起こることを予測して結婚に関する選択をしているとは考えず、結婚後の状況の改善は少子化対策として無効とみなしていることだ。

問題は未婚化・晩婚化が少子化の原因なのかどうかという点だ。確かにその委員自身や他の人口学者が示したように未婚化・晩婚化は婚外出産率の極めて低いわが国では少子化と強く連動している。初婚率の変化が出生率の変化の大部分を「説明する」というのも事実であり、それが晩婚化原因論の根拠となっている。しかしこれだけでは晩婚化が少子化の原因だとはいえない。たとえば多くの赤ん坊は、例外もあるが、「はいはい」を始め、その後「立って歩く」ようになる。また「はいはいを始める」月数の個人差は、「立って歩き始める」月数の個人差をかなり「説明」する。しかし前者は後者の原因ではない。真の原因は子供の物理的身体能力の成長であり、またその個人差の主な原因は遺伝的な違いや食事と運動の適正さである。同様に晩婚化が少子化と強く連動し、晩婚化が少子化に先行することは晩婚化が少子化の原因であることを必ずしも意味しない。

専門用語では「晩婚化の内生性」というが、考慮されていない共通の原因があって、それが晩婚化も少子化も共に引き起こしていることが原因と考えられる十分な理由があるからである。その考えは女性が結婚を出産とは切り離さず一緒に考え、将来を予測して結婚について意志決定する、という認識に基づいている。ではそう考える理由は何か?

育児の機会コストの高さがまず問題だ

筆者や労働経済学者や米国で欧州の少子化を分析する学者の多くは、晩婚化や少子化の主な原因は育児の機会コストが女性にとって高くなったことだと考えている。機会コストとは結婚・育児に携わることで、失われるものがあることによるコストである。わが国で正規雇用の女性が育児離職し、再就職は「パート・アルバイト」の職にしか就けないと仮定する場合、正規雇用を継続する場合に比べ、生涯賃金の差は平均で1億円を超えると推定されている。それが機会コストの重要な一面である。もちろん、仕事と家庭が両立しやすく、育児期に継続就業可能な職場が増えれば、この機会コストは大きく減少する。したがって就業継続可能な職場の実現は、有効な少子化対策になる。

だが、それだけではない。アーリー・ホックシルドが1980年代の米国について著書『セカンド・シフト』で主張した点が重要だ。ホックシルドは、男性は職場の仕事が終わればそれで仕事は終わりだが、女性には家に帰れば家事育児という「第2シフトの仕事」が待っていると指摘したのだ。男性は女性より長時間労働すると言われるが、家事育児時間を加えると、女性の方がむしろ男性より長時間労働となる。わが国の常勤の有配偶女性雇用者の場合も全く同様である。結婚をし、子育てをするということは女性にとって、もし仕事も継続するなら、そのような長時間労働を意味し、失われる自由な時間は男性よりも大きい。共働きを前提とするとき、仕事と家事育児の2重負担に伴う自由時間の減少が女性にとって家事育児の機会コストとなる。このコストの減少には夫の家事育児への積極的参加が重要であるが、家事の簡便化や外注(アウトソーシング)も有用である。

夫婦共働き社会は新たな結婚の不確定性と機会コストも生みだした

機会コストには結婚に関する3つ目の重要な要素がある。一般に結婚のようにやり直し(離婚と再婚)に精神的なものも含め大きなコストがかかる選択は、結果についての不確定性が高まると機会コストが増す。誤った選択をする可能性が高くなるからである。

個人の将来の不確定性が晩婚化に結びつく事は、米国の家族人口学者のヴァレリー・オッペンハイマーが理論化し実証したが、共働き社会では、望ましい結婚相手についても不確定性が増す。夫が家計、妻は家事育児に責任という「伝統的男女の分業」が前提なら、女性にとって「家計を支えられる」という意味で望ましい結婚相手は教育・職業・所得などの表面的特徴で判断できた。わが国の見合い結婚の場合、さらに家族の地位の特性でマッチさせ、信頼の出来る仲人が仲介するのだから、不確定性が低かったのである。しかし夫婦共働き社会では、仕事が女性にとって単に家計補助ではなく、自分の人生の重要な一面となる。この場合、女性にとって結婚相手は仕事でも家事育児でも共に支え合って生きる事ができるかが重要になり、それは相手の教育・職業・所得などからだけでは容易に判断できない。見合い結婚や職場結婚の衰退は、恋愛結婚重視の傾向だけでなく、第3者の仲介が望ましい相手の選択手段として有効でなくなったことも一因である。また仮に相手が共働きで共に支え合って生きたいと思っていると分かっても、相手の職場がそれを許さないかもしれない。特に現在の日本社会のように伝統的男女の分業を企業が押しつける面が強い場合には、相手の気持ちだけでは保障にならず、不確定性は大きく女性は相手の選択にはより慎重にならざるを得ない。それも晩婚化の一因となる。しかしこの機会コストはその社会におけるワークライフバランス達成度が高まれば小さくなる。

実証的根拠は豊富にある

結婚・育児の機会コスト、特にワークライフバランスの欠如、が少子化の原因、という実証的根拠はあるのかというと間接的なものを含めれば多数ある。筆者の研究でいえば、筆者はOECD諸国で、少子化とワークライフバランスの2つの指標である「柔軟な働き方の出来る度合い」「育児支援の度合い」の双方、特に前者が出生率の変化と大きく関連することを示した。ワークライフバランスの達成度の高い社会は少子化に向かう度合いが遅く、また女性の雇用率増加が少子化と結びつきにくい。また初婚率も、社会のワークライフバランスの度合いと強く相関し、育児支援度の大きな国では晩婚化傾向は小さい。

日本については、育児休業が取れることが、未だその普及が行き渡っていない時期に、日本女性の出生率を高くしたことも実証した。また第1子での夫の育児分担度が、第2子に関する妻の出産意欲に大きく影響し、その結果出生率を高めることを示した。後者の発見は後に厚生労働省のパネル調査(追跡調査)でも、第1子出産後の夫の家事育児分担度が高いと第2子の出生率も高くなっていることが確認された。また宇南山卓氏も経済産業研究所での地域間比較の研究において仕事と結婚・育児の両立可能性を高める最も重要な政策は保育所の充実で、保育支援により出生率だけでなく、結婚率の向上も期待出来ると結論している。

やはりワークライフバランスや育児支援が最重要だ

だから、前述のタスクフォースの委員の主張とは反対に、ワークライフバランスの達成は少子化対策として極めて有効なのである。女性の家事・育児の機会コストを軽減するためには、女性の育児離職率を低くすることがまず重要になる。そのためには育児と両立できる職場のあり方の実現や、待機児童問題の解消などの育児支援が欠かせない。それと同時に重要なのは、「男性は家計に、女性は家事育児に主たる責任がある」という伝統的男女の分業の根本的見直しであろう。これは企業も積極的に支援する必要がある。女性の「セカンド・シフト」問題の解決は、少子化問題にも女性の活躍推進にも欠かせないのである。「イクメン」推進も、方向として誤っていない。一部には専業主婦希望回帰も見られるが、趨勢としては仕事でも家庭でも夫婦が共に支え合い、そして夫と対等に生きる事、をより多くの女性が望むようになり、他方でそれがかなえられにくい社会状況が続いている。それこそが女性の結婚・育児の機会コストを高めた原因であり、晩婚化・少子化の主な原因であると筆者は考える。逆に少子化対策として、婚活も妊娠に関する情報提供も、女性の置かれた社会状況の大きな改善なしにはさほど有効とは思えない。

2014年7月29日

2014年7月29日掲載