世界の視点から

ASEAN-インドの連結性とダウェイ開発の意義

西村 英俊 ERIA事務総長

1980年代以降、特に1985年のプラザ合意以降の急激な円高により、日本の製造業は東アジアに対する投資を加速させ、域内の産業をネットワーク化し、さらに生産工程の分業化をASEAN加盟国間で進めてきた。今や東アジアは、世界的に見ても先進的で国際的な生産ネットワークを構築し、目覚しい経済発展を遂げている。しかし、この生産ネットワークが張り巡らされているのは、依然各国の首都近郊など産業集積を中心とした地域に限られており、東アジアには大きな経済格差が残っている。生産ネットワークを拡大し、便益をより多くの国、地域に広げていくためには、インフラのさらなる整備が欠かせない。

インフラの整備に際して鍵となるのが、経済回廊という概念である。この経済回廊という考え方の意義は、ERIAが作成して2010年10月の第5回東アジアサミットに提出した「アジア総合開発計画(Comprehensive Asia Development Plan、以下「CADP」)」(注1)において詳細に論じられている。主に物流インフラの改善を通じた沿線各地域の連結性の強化により、生産活動の分散(フラグメンテーション)を促進する一方で、産業集積と周辺地域との間に作用する集積効果と分散効果をコントロールし、経済統合と格差是正を同時に実現することが可能となるのである。CADPでは、経済効果と各地方の特性に応じた経済開発プランを詳細に分析し、投資総額3900億ドルにのぼる695件のインフラプロジェクトの経済効果を評価し、優先順位を付け、インフラ開発によって経済格差を経済発展の源泉へと転換することが可能であることを示している。その中で、ホーチミン、プノンペン、バンコク、ダウェイを陸路でつなぎ、ダウェイに深海港を建設して、さらに海路でインドのチェンナイまでをつなぐ経済回廊であるメコン-インド経済回廊が他のメコン地域の主要回廊である東西経済回廊や南北経済回廊よりも高い経済インパクトを生み出す可能性があることを指摘した。

2011年、東日本大震災が起こった直後にERIAが実施した推計によると、(注2)域内の橋・高速道路の建設、港の開港等のメコン -インド経済回廊整備ならびに、日本との空路・海路ルートの強化、非関税障壁の削減など日本と 関連国とのソフト面での連携強化による一大産業動脈の発展は、アジア各国に高い経済成長をもたらすと同時に、日本にとっても大きな経済効果をもたらすことがわかった。具体的には、東日本大震災が発生しなかったと仮定し、メコン-インド経済回廊およびそれにつながる一大産業動脈の発展がなかった場合をベースラインとすると、一大産業動脈が整備された場合には、2030年時点で、震災発生によるGDPのマイナス分を含めても日本は4.14% の GDPプラス効果があるという結果となった。このような推計結果を踏まえてERIAが2011年に実施したCADPのフェーズ2プロジェクトにおいては、高い成長潜在力を持つASEANとインドの連結性に特化した研究を実施し、ソフトインフラも含めたメコン-インド経済回廊の整備に向けた政策提言をまとめた(注3)。特に、メコン-インド経済回廊において最大のミッシングリンクとなっているミャンマーのダウェイ開発の必要性について強調している。

CADPを策定した2011年時点においては、ミャンマー全体の経済改革・開発が行われることが予測できなかったことから、メコン-インド経済回廊の最大のミッシングリンクとしてダウェイ開発が非常に重要な意味を持っていたのであるが、その後のミャンマーの国内改革の進展に伴い、ミャンマー全体のインフラ開発が進むことが期待されるようになった。特にヤンゴン、ティラワの開発が進み、またミャンマーの急速な国内改革を通じて、ヤンゴンへの産業集積が進むことが期待されている。ここで、1つの疑問が思い浮かぶ。ミャンマーの国内改革が進み、ヤンゴンやティラワに注目が集まる中で、果たして進捗の遅れているダウェイ開発はどのような意味があるのだろうか?

ERIAがジェトロ・アジア経済研究所と共同開発した経済地理シミュレーションモデルは、この問いに1つの解を提示している(注4)。同モデルは、アジア全体や、都市レベルでの産業構成や人口などの詳細なデータを基に、空間経済理論を活用して地域毎の経済発展を推計できるモデルである。

シナリオ1は、現状、つまり、急速にミャンマー制度改革が進み、ヤンゴン・ティラワの開発が進む場合である。制度改革とティラワ開発が行われない2030年の状態をベースラインとすると、このシナリオでは、ベースラインである2030年と比較して、ミャンマーのGDPが飛躍的に伸び、ヤンゴンへの人口集中、ヤンゴンからの輸出入増加、企業集積・労働力集中によるヤンゴンの生産性上昇等が進むことで、ヤンゴン周辺はプラスの経済効果、北部はマイナスの経済効果になる。

シナリオ2は、制度改革、ヤンゴン・ティラワ開発に加え、国内経済回廊整備とマンダレーの開発を段階的に行った場合である。この結果、ベースラインと比してプラスの経済効果を示す赤の地域はミャンマー全体に増え、便益の分配を通じて地域的に均衡ある発展に寄与することが示された。この仮定は、ERIAがミャンマー政府とタスクフォースを形成し、中長期的に見たミャンマーの経済開発の方向性を指し示すようなものとして策定している「ミャンマー総合開発ビジョン(Myanmar Comprehensive Development Vision)」の考え方を基にしている。

シナリオ3は、シナリオ2に加えて、ダウェイの開発を行い、ダウェイ深海港を国内経済回廊ならびにタイに道路でつなぐといった想定である。この結果、プラスの経済効果を示す地域がミャンマーだけではなく、メコン全体、さらにはインド、日本にまで広がることが分かった。

図:ミャンマーにおける制度改革、開発、連結性向上による経済効果
図:ミャンマーにおける制度改革、開発、連結性向上による経済効果
シナリオ1、2、3図中、海上の青い線は海路の強化/新設を意味する。シナリオ1、2ではティラワ港からコルカタ、チェンナイ、コロンボ、シンガポール各港への海路強化が、シナリオ3のダウェイ開発では、ティラワ港からの海路強化に加え、ダウェイ港からこれら港への海路新設が含まれる。
Impact Density=1平方キロメートルあたり経済効果USD、2030年
出所:Isono and Kumagai (2013) ERIA Policy Brief, No. 2013-01, May 2013

すなわち、ミャンマーの開発を考えると、ティラワ開発、マンダレー開発および国内の経済回廊開発によって大きな経済効果をもたらすのであるが、ミャンマーのみならず地域全体に裨益する経済回廊という視点で見ると、ダウェイ開発プロジェクトが大きな意味を持ってくるのである。以上からわかるように、ダウェイ開発を中心とするメコン-インド経済回廊、そしてそれを中核とするASEANの経済回廊の整備により、ASEANおよび東アジア地域の経済格差は是正され、経済発展が進んでいくのである。この経済回廊の整備により、この地域に張り巡らされている先進的な生産ネットワークの主要な担い手である日系企業は、さらにその生産ネットワークを精緻化・高度化していくことが可能となり、これら回廊の経済回廊としての意義をますます強めるものとなる。この中核をなすダウェイ開発プロジェクトも、このような意味で日本にとって非常に重要な意味を持つプロジェクトであるといえよう。

2013年11月26日掲載

2013年11月26日掲載

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