世界の視点から

日本の成長戦略と世界経済

Dale W. JORGENSON
ハーバード大学教授

1. はじめに

2007年の米国発の金融・経済危機は日本に多大な影響を及ぼし、円は米ドルやユーロなどの主要通貨に対して急激に上昇した。ここに来て、円相場は反転し、円は対米ドルで大幅に下落、日本株式市場は上昇し、現行水準で為替相場を安定化させる政策について議論が起こっている。これは安倍政権ならびに黒田総裁率いる日本銀行が直面する大きな課題になるだろう。

安倍首相は迅速かつ決断力を持って新たな経済戦略を打ち出し、1月11日に閣議決定された「日本経済再生に向けた緊急経済対策」の中でその概要を明らかにした。この重要な文書には、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略が盛り込まれた。このいわゆる「三本の矢」政策は2月28日に閣議決定された「平成25年度の経済見通しと経済財政運営の基本的態度」においても言及されている。

もちろん金融政策の権限は日銀にあるが、すでに思い切った政策が打ち出されており、今後も期待される。20年以上にわたり日本はデフレ状態にあった。国際通貨基金(IMF)の最新予測によると、日本は2014年に目標インフレ率2%を達成できる見通しだが、今後5年間の実質GDP成長率は安倍政権の掲げる2%を大幅に下回る1.3%にとどまる見通しである。

経済財政運営の見直しは日本経済の再生に不可欠な要因である。平成25年1月に策定された緊急経済対策に基づく平成24年度補正予算と平成25年度予算を合わせた「15カ月予算」の編成が2月28日の閣議で決定された。こうした機動的な財政政策により今後は歳出を縮減し、2015年度までに国・地方のプライマリーバランスの赤字を半減させる計画である。新たな成長戦略の詳細はまだ発表されていないが、今年6月中を目処にまとめられることになっている。

日本経済が直面している最大の課題は、東日本大震災・原発事故からの復興である。かつてない規模の一連の悲惨な出来事に対する日本の国民、企業、政府および関連自治体の対応は、国際社会の称賛を得た。エネルギー供給問題は高齢化と同様、日本経済の将来的な最優先課題となった。安倍首相は復興の加速化を約束し、新たな安全基準に基づいて停止中の原発を再稼働する意向を明らかにした。早ければ7月にも原子力規制委員会が新基準を公表する予定である。

2. 成長戦略

本稿においては日本経済再生に向けた新戦略の方向性について考察したい。まず2012年8月1日に終了したIMFの対日第4条協議の内容を検討する。IMFは加盟各国の政策当局との協議を毎年行っており、2013年2月7日には東京でIMFセミナー「今後の展望:日本における経済成長と雇用回復のための政策」が開催された。IMFの政策提言をまとめると、日本の潜在成長率を2%に引き上げるというものだった。

IMFのスタッフは日本経済の動向を見守っており、日本の政策担当者と定期的な協議を行っている。 IMFの見解は包括的かつ客観的な最新の内容である。日本経済の見通しに関する貴重な意見であり、日本の専門家の視点と比較できる。IMFのスタッフレポートにおいては日本の潜在成長率を向上させる可能性のある方策に大きな関心が寄せられており、その多くは今後、日本で進行中の成長戦略をめぐる議論において考慮されることになるだろう。

日本経済が直面している最大の逆風は人口と労働力の減少である。アジアの他の国も同じように人口問題に直面しており、今後はこのような国が増えていくだろう。日本の問題は広く予想されており、政策措置も採られてきたが今のところ効果は見られない。IMFの最初の勧告の3つは労働力の拡大に関係しており、いずれも国内で長年にわたり議論されている問題である。

日本の女性の就労率は、先進諸国の大半と比べて低い。女性の就労率を向上・維持するために必要な制度改革にはかなりの時間を要するため、政策担当者は直ちに取り組むべきである。IMFは日本の税制が女性の就業意欲を妨げる一因であると指摘し、撤廃を勧告している。長年にわたり、年金制度も議論されており、これによって高齢者の雇用拡大の可能性もある。移民受け入れに関しても活発に議論が行われており、徐々に改善されつつある。

女性の就業拡大については、急増中の高学歴女性のため、ビジネスや専門的職業におけるキャリアパスを構築すべきだろう。女性の就労率を向上させるには、保育施設の大幅な拡充が必要である。これにより、特に育児と仕事の両立が可能で柔軟な雇用体系を望む女性の就業機会が生まれるだろう。しかしながら、女性の雇用拡大には、IMFが指摘しているように税制上の阻害要因を取り除く必要があるだろう。

高齢者については伝統的な在宅介護に代わり、施設介護の拡充が女性の就労を促進するうえで極めて重要である。出生率低下により在宅介護の負担が重くなるため、高齢者の施設介護は今後必ず増加するだろう。施設介護の分野は、柔軟な雇用形態を希望する女性にとっても重要な機会になる可能性がある。介護分野で働く女性も上述の税制上の障害に直面するだろう。

IMFの4番目の勧告、すなわち市場の規制緩和と保護を受けている部門の開放に関しては、日本国内でも活発に議論されている。IMFは具体的に農業とサービスに言及しているが、電力、卸売・小売も加えてよいだろう。製品市場の規制緩和は、取り組む価値のある目標ではあるが、サービス、卸売・小売に関わる規制が大きな障害になっており、既存業者の利益を反映している都道府県や市町村との協議が必要である。労働市場の規制緩和により雇用保護を撤廃し、雇用創出のインセンティブを創出するのは主に政府の責務であり、労働法の改正によって実現できるだろう。

3. 保護を受けている部門

なぜ、保護を受けている部門に焦点をあてることが日本の潜在成長率上昇のチャンスにつながるのか? その理由は日米の生産性ギャップは保護部門において依然大きく、さらに拡大傾向にあるからである。この分野は経済研究の中でも難易度は高いが、一橋大学の深尾京司教授らによって構築された日本産業生産性データベース(JIP)など、日本では研究が進んでいる。私が慶応義塾大学の野村浩二准教授と取り組んできた日米生産性比較研究プロジェクトを紹介したい。現在、研究内容を改定中である。

我々の研究では全要素生産性(TFP)、すなわち投入単位あたりの産出量において日米間にギャップをもたらしている原因を数値化し、日本の潜在的な成長率を向上させるチャンスに焦点をあてた。TFPの差は技術力の差に起因していることがわかった。日本では保護を受けている部門の大半において、米国は情報技術(IT)に基づく優れた技術の展開に成功してきた。日本の労働力の優秀さを考慮すると、これまで製造業で大規模に行われてきたのと同様、日本への技術移転は可能だと思われる。

図1は部門別の生産性ギャップの推移を示したものである。IT製造業は1990年代半ばまで日本が米国をリードしていた。日本は1970年には早くも自動車産業で優位を確立し、現地生産企業の多くが米国企業とみなされていたにもかかわらず、優勢を維持した。製造業においては1990年頃まで日本は米国と肩を並べていたが、最近になって遅れをとっている。それにしても、この図で際立っているのは、非製造業における非常に大きな生産性ギャップである。

図1:1960-2004年の製造業・非製造業のTFPギャップ
図1:1960-2004年の製造業・非製造業のTFPギャップ

図2は、日米に生産性ギャップをもたらしている7部門を示している (上段は2004年、下段は1990年)。棒グラフは各部門の生産性ギャップへの寄与度を示しているが、生産性ギャップは1990年の13.9%から2004年には21.5%に拡大した。寄与度は各部門のTFPを相対規模で加重して算出したものである。寄与度が高いのは 卸売・小売、その他サービス業(特に法人・個人向けサービス)である。 商業の寄与度が大幅に上昇した主因は、米国で生産性が急速に向上した一方で日本の生産性は低調だったからである。

日米の生産性ギャップに寄与したその他産業もやはり保護を受けていた。電力の生産性は1990年、2004年ともに低いが、いずれも東日本大震災と原発事故が起こるはるか以前のことである。農業および農業と関連性が高い食品製造業も生産性ギャップへの寄与度が高い。建設・その他運輸業も生産性ギャップの要因となっている。農業・食品加工業を除き、これらの部門はいずれも、先進国の大半において産業の中心をなす商業・サービス業に属している。つまり、日本の潜在成長率向上のための標的は商業・サービス業である。

図2:2004年 (21.5%) と1990年 (13.9%) の生産性ギャップへの業種別寄与度
図2:2004年 (21.5%) と1990年 (13.9%) の生産性ギャップへの業種別寄与度

電力市場の改革は、「発送電分離」により代替エネルギー間の競争を促進させるという4月2日の閣議決定によって大きく前進した。安倍首相は電力システムの改革法案の早期提出を茂木敏充経済産業相に指示した。法案可決に向けては、電力システム改革後の運営・投資指針の策定への細心の注意が必要だろう。

東日本大震災と原発事故を受け、原発が停止すれば、日本は入手可能な電力供給を十分に利用できないということが露呈した。最優先課題は、日本全体の電力市場の単一化だろう。ナショナル・グリッドの構築は技術面での課題が大きく、共通の技術基準を要する。単一市場の創設には莫大な費用がかかるが、その恩恵を考慮すると国家のエネルギー政策の最優先事項としてふさわしい。さらに、既存の原子力施設の継続利用、再生可能エネルギー、あるいは従来型の化石燃料技術のそれぞれの選択肢の費用対効果評価が容易になることも利点である。

農業問題は日本のみならず多くの国の政策担当者にとって悩みの種である。日本の食料品、特にコメは国際的に見ると割高であり、生活水準向上の観点で大きな障害となっている。今後も農業政策は日本の政策論争の大きな焦点であり続けることだろうが、農業従事者の高齢化は急速に進んでいる。高齢化の問題は貿易障壁撤廃との関連性において抜本的な改革を行うチャンスにもなり得る。

安倍政権は環太平洋パートナーシップ協定(TPP:日米を含む環太平洋地域の主要国間の貿易協定)への交渉参加の意向を発表した。この交渉の重要な特徴は、農業を含めたすべての分野が対象となっている点である。日本は貿易交渉の場を利用し、農林水産物等の日本製品に対して各国市場を開放させる代わりに、日本国内における農業保護の水準を引き下げることができるだろう。

最後に、1月11日の閣議決定においては中小企業についても具体的に言及されている。中小企業への多額の公的支援は、新たな不良債権と、補助金なしでは生き残れない企業を生み出しているとIMFに指摘されている。この点は、日本経済全体だけでなく、特に中小企業が多い商業・サービス業への負担も増大させている。商業・サービス業は、競争の制限という明確な目標のもとに大いに規制されている。

中小企業は特に若年労働者にとって極めて重要な雇用機会になる可能性は高いが、玉石混交で経営能力の差も大きい。これまでの中小企業の参入・退出障壁は撤廃することを薦めたい。そうすることで成功を収めている中小企業が投資を促進し、日本中で雇用機会を生み出せるという利点につながる。一方で、業績不振の中小企業は、競争相手への営業基盤の売却や不動産など生産的資産のリースにより撤退できるようになる。急成長中の一部の中小企業は、日本が切に必要としている、重要な新産業へと成長を遂げる可能性もある。

日本の商業・サービス業は、新規事業と出店に関する厳しい規制によって競争から保護されてきた。規制の大半は終戦直後に制定されたもので、数百万人の引揚者を受け入れ、雇用創出する意味で当初は正当化されたが、その後労働力不足が明らかになっても規制が残った。過度な円高と生産ギャップにより慢性的なデフレと高失業率が続いた1990年代~2000年代の失われた20年当時のことである。

商業・サービスの市場は国内競争を制限する構造になっているが、これは政府による特定の政策の結果ではなく、新規事業および出店許可を地方自治体の判断に委ね、競争から地元の既存企業を保護する全国的な規制慣行の結果である。参入の自由化によって競争が生まれ、重要な商業・サービス業、特に中小企業においてイノベーションが促進され、効率改善につながるだろう。効率改善が重要な投資機会を生み出し、雇用機会も拡大するであろう。

4. 結論

安倍政権は「失われた20年」をもたらした経済財政運営上の問題点を正確に認識していると結論づけられる。この問題に重点をおくために内閣府は再編され、閣僚級の日本経済再生本部は、経済財政運営上の問題を引き続き政府の最重要課題として位置づけることを確約すると思われる。経済財政諮問会議は成長戦略の策定に関して重要な調整的役割を果たすだろうが、詳細については経済関連省庁の間で交渉されるであろう。

重点目標

発電・送電の単一市場の創設。東日本大震災と原発事故により明らかになった非効率な電力システムを、継続支援する必要はない。

保育・老人介護サービス分野拡大への障壁撤廃。両サービスへの参入を自由化し、新規参入企業と既存企業を同一基準で規制。

国際貿易交渉を通じ、諸外国の市場開放政策と引き換えに日本の農業保護主義を撤廃。TPP交渉への参加は第一歩であり、すべての貿易関連問題が取り扱われることになる。

中小企業に対する参入障壁を取り除き、生き残れない企業を撤退させ、実力のある企業を参入させる。この点が強化されれば、新規事業や出店の自由化が進むだろう。

日本経済の再生には一連の改革が不可欠である。安倍政権は、まず重点的に金融政策に取りかかることを選択し、優先的に経済財政運営の改善に取り組んできた。原発の新安全基準導入と原発再開には慎重さが求められる一方、迅速な対応が必要であり、電力システムの改革がこれに続くであろう。貿易交渉はこれまで通り高い優先順位で取り組むべきである。商業・サービス業への参入障壁の撤廃は痛みを伴う過程になると予想されるが、雇用創出と投資促進により新政権の経済政策を後押しすると思われる。

日本の人口減少は以前から予測され、人々はすでにその影響を感じ始めており、ある意味わかりやすい問題といえる。年金改革に関する議論の機は熟しているが、政治的には難しい。女性の就労率改善に関しては徐々に引き上げる必要はあるが、まずはIMFや日本のエコノミストに指摘されている就労意欲を削ぐ税制の改革から始めるべきである。漸進的かつ事前に十分な通告を経て行うべきプロセスであるが、先送りすべきではない。移民については、現行プログラムの体系的な拡大にまずは着手すべきである。

日本は過去20年間の停滞に終止符を打つべく政治・経済改革に乗り出した。安倍政権が年内に発表する新成長戦略は長期的な努力の礎を築くものでなければならない。新戦略の実施には本稿で述べた新たな方針や制度が必要とされるが、一部はすでに確立している。非効率の原因を断ち切り、政治的支持を築き、新たな時代に向けて国を導けるよう、一連の改革には慎重な設計が必要である。

本コラムの原文(英語:2013年5月2日掲載)を読む

2013年5月28日掲載

2013年5月28日掲載

この著者の記事