世界の視点から

EUの経済成長とアジアにおける貿易自由化

Hans Dietmar SCHWEISGUT 駐日欧州連合代表部大使

はじめに

債務危機からの回復過程にあり、低成長と緊縮財政が続く欧州にとって、自由貿易協定(FTA)は経済活性化の新たな手法の1つとして重要性が増している。ここ数年の厳しい経済状況が注目されているとはいえ、欧州連合(EU)は依然として輸出、輸入、海外直接投資の出し手・受け手として世界最大の地域である。2012年には貿易がGDPに大きく寄与したことにより、景気後退の深さが1/4程度軽減され、内需の急な落ち込みの相殺に一役買った。

EUと日本は、規制緩和、競争促進、国内市場開放が進めば、貿易協定は非効率な国内経済構造の改善を促進させるという共通認識を持ち、FTA交渉を開始した。実際のところ、貿易自由化自体がイノベーションと生産性向上の新しいチャンスをもたらす重要な構造改革である点は見過ごされがちであるが、貿易政策はEUの「成長協定」の重要な要素である。最近の調査によると、主要貿易相手国とのFTA締結によりEUのGDPは2% (デンマークの経済規模に相当する2500億ユーロ以上) 上昇するという。GDP増加分の2/3以上は米国とのFTAおよび日本とのFTAの実現によると予想される(注1)。欧州委員会の報告によると、EU圏内の3000万人分の雇用は輸出に関連しており、野心的なFTAの推進によって200万人分以上の新たな雇用が創出される可能性もある。

もちろん、経済モデルで予測される力強い経済成長と雇用拡大を実際に達成することは難しい。欧州債務危機によって、EU加盟国すべてがグローバル市場で成功を収めているわけではないことが示された。過去10年間、欧州では賃金、生産性、技術利用に格差が生じ、競争力不均衡が表面化してきた。残念なことに危機を経てようやく必要な改革が始まったのだが、競争力格差の根本原因に欧州が取り組んでいることは間違いない。痛みを伴う過程であるが、経済調整が進み、不均衡縮小の明るい兆しはすでに見られる。大きな経常赤字を抱えていた国は次第にコスト競争力を取り戻し、輸出を拡大させ、経常収支の改善が見られる。欧州の競争力改革の進展は、アジアにおける貿易チャンス拡大の恩恵を十分に活かせるかどうかにかかっている。

EUのFTAロードマップ

EUは最近、コロンビアおよびペルーとFTAを締結し、中米6カ国(コスタリカ、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、パナマ)とも連合協定を結んだ。カナダとの交渉は締結間近である。「東方パートナーシップ」では、ウクライナとのFTAが締結され、グルジア、アルメニア、モルドバとは交渉中である。アジアでは、韓国とのFTAが発効しており、すでに目に見える効果が出てきている。2012年12月16日にはシンガポールとのFTA交渉が合意に達し、双方とも国内の承認を待っている状況である。EUにとってシンガポールは東南アジア諸国連合(ASEAN)最大の貿易相手国であるとともに、アジアでは日本に次いで2番目にEUへの投資額が多い。カレル・デ・ヒュフト欧州委員(貿易担当)は、「韓国に続き、シンガポールとも合意に達したことで、アジアにおけるEUの存在感は明らかに上昇した。しかし、ここで終わりにするのではなくこれを契機に今後もASEAN諸国とFTA交渉を進めていきたい」と語った。マレーシアおよびベトナムとのFTA交渉はすでに開始され、タイならびにインドネシアとの間では貿易・投資関係強化に関する協議を継続中である。将来的にはEUとASEANの地域間合意が目標である。ASEANは欧州域外では(米国と中国に次ぐ)第3位の貿易相手であり、2011年の財・サービスの貿易額は2060億ユーロに達した。EUはASEANにとって中国に次ぐ世界第2位の貿易相手であり、貿易額の約11%を占めている。インドとのFTA交渉は継続中である(これまでもインドにとってEUは最大の貿易相手)。EUの輸出企業にとって新興国の市場は潜在的にきわめて魅力的だが、EUとASEANの地域間合意はアジアにおけるEUのプレゼンス強化という戦略的な意義もある。

米国および日本とのFTAの見通し

米国とEUの経済関係は、年間の財・サービス貿易額が世界最大の約7000億ユーロに達しており、両者のFTAは史上最も複雑かつ野心的な貿易協定である。EUと米国の間の関税は平均2%以下とすでに低いが、財の年間貿易額約4500億ユーロという大きさを考慮すると、節減効果は非常に大きい。欧州委員会の試算によると、米国との間で関税を撤廃し、投資と規制分野の問題を解決できれば、EUのGDPは長期的に0.52% (約1200億ユーロ) 上昇する。

EUは世界最大の経済圏、日本は第4位の経済大国であり、両者合わせると世界経済全体の1/3以上を占める。EUにとって日本は戦略的に最も重要な国の1つだが、データによると日本とEUの貿易は減少傾向にある。2011年、日本はEUにとって第7位 (3.6%)、EU (27カ国) は日本にとって第3位の貿易相手だった(11.1%)。EUの輸入全体に占める日本の割合は1991年の10%から2011年には4%に、同様に輸出に占める日本の割合も5%超から3.2%へ下落した。このような低下の背景には他地域との貿易の拡大が考えられるが、日-EU間の貿易は大幅に拡大する可能性があるというのは共通認識である。

欧州委員会が実施した影響評価によると、日本とのFTA締結はEU経済にとって極めて大きなプラス影響を及ぼす。実現すれば、EUのGDPを0.8%、日本向け輸出を32.7% 拡大する効果が見込める。一方、日本からEUへの輸出は23.5% 増加の見込みである。このような恩恵をEUにもたらすのは主に日本の非関税障壁(NTB)撤廃によるもので、42万人分の雇用創出が期待される。関税撤廃によってEUに恩恵がある分野は、(加工食品を含む)農産物および一部の工業製品(石油製品、繊維、衣料品、革製品)である。日本は自動車および家電の関税撤廃の恩恵を受けるだろう。

悪名高きNTBはその特定だけでなく、撤廃も難しいため、今後の課題を過小評価すべきではない。特に、過去15年にわたる日本とEU間の規制改革対話にもかかわらず、日本の規制改革はほとんど進んでいない。1年間に及ぶ集中討議を経た2012年5月、欧州委員会はEUの優先課題を全て交渉対象とすることで日本と合意した。さらに両者は、NTBの撤廃と鉄道・都市内交通市場の公共調達の開放に関する具体的なロードマップでも合意に達した。2012年11月29日、EU外相理事会(貿易担当閣僚会合)は欧州委員会が日本とのFTA交渉の開始を許可した。長期にわたる事前協議を経て、2013年3月25日、日本との交渉開始が正式に発表された。日本とのFTA交渉に関して欧州委員会に付与された権限委任(マンデート)において以下の2点は強調すべき点である。まず、EU側の関税撤廃と日本側のNTB撤廃との間の対称性である (つまり、日本側のNTBが撤廃されなければEU側は関税撤廃を行わない)。次に、交渉開始から1年後に実施状況を検討する「見直し条項」を設定した。この条項は、両者にとって大きな進展を目指す上で強力な刺激になるだろう。

結論

欧州では経済成長か緊縮財政策かという選択肢がクローズアップされているが、理論上の区別にすぎない。財政赤字と負債が増え続けるかぎり、持続的成長は望めないというのが欧州諸国の一致した見解であるが、むしろ、構造改革に重点的に取り組むべきであり、その最も有効な手段は貿易自由化である。EUは引き続き多角的貿易協定の成功にコミットしており、WTOドーハラウンド交渉の締結に向けて尽力しているが、多角的協定より踏み込んだ成果をもたらす二国間協定を前進させるチャンスもある。日本が環太平洋経済連携協定(TPP)交渉への参加を表明し、日中韓のFTA交渉も開始するなど、アジアの貿易自由化は盛り上がりを見せており、EUは積極的かつ建設的な役割を果たしていきたい。

本コラムの原文(英語:2013年4月15日掲載)を読む

2013年5月2日掲載
脚注
  1. ^ "External sources of growth - Progress report on EU trade and investment relationships with key economic partners".
    http://trade.ec.europa.eu/doclib/docs/2012/july/tradoc_149807.pdf

2013年5月2日掲載

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