世界の視点から

停滞するユーロ圏:脱出の切り札はあるか?

Salvatore ZECCHINI
ローマ大学(Tor Vergata)教授 / 経済協力開発機構(OECD)中小企業・起業ワーキング・パーティ(WP)および同WPステアリング・グループ議長

ヨーロッパで通貨統合が実施されてから10年以上が経過した今、ユーロ圏はユーロ存続の可能性をかけた、これまでで最も厳しい試練に直面している。ユーロ圏は、大恐慌以来最悪の不況からの景気回復が行き詰まっている現状と、域内の主要加盟国・小国各国の厳しい財政状況の両方を解決する必要があるからだ。しかしながら、巨額の政府債務と莫大な財政赤字に対する金融市場の過剰反応により、この問題は手に負えなくなってしまったようだ。

現在の危機を、金融市場の緊張感の高まりや、景況感の変調がもたらした結果と考えると、全体像を見失ってしまうだろう。現在の信用危機の最大の原因は、経済停滞が慢性的で、今後も続くという見通しによるものだ。比較的低成長だった過去10年間以後の成長見通しが、不透明であることを考慮すると、政府の累積債務は多大な負担である一方で、緊縮財政に対する社会の寛容性はあまりに低い。また、デフォルトの危険性が非常に高く、安易な解決策としてインフレを利用するという誘惑には抵抗しがたい。

にもかかわらずヨーロッパでは、ユーロ到来は、経済再生の新時代の幕開けともてはやされた。貿易、投資、起業家精神、イノベーションが、成長を後押しし、価格安定化を目指す単独の金融政策によって、インフレ・リスクを無くす、と期待された。しかし現実は、このような筋書きからは程遠かった。過去10年間の実質GDP成長はわずか年率1.1%にとどまった。この値は、それ以前の過去20年間の成長率の半分以下である。過去10年間の期末における、1人あたりの実質GDPは、期初比で4.8%の上昇にとどまった。一方、消費者インフレ率は、欧州中央銀行(ECB)が定めた年間目標値である2%に合致した。

南欧各国と比べ、ヨーロッパ大陸各国の経済状態は比較的良好であり、ユーロ圏の経済パフォーマンスには相当な幅があるが、過去に経験した数々の危機に際し、全体的に見て、ほとんど回復力を示せなかった。次々に起こった危機とはすなわち、株式バブルの崩壊、ドルベースで4倍に高騰した石油価格、為替市場での米ドルの下落、世界金融危機、深刻な不況、そして最近の政府債務危機である。

日本は同様な危機に直面した先進国であるが、日本が欧州より良い状況でなかったことは、ユーロ圏にとって何ら慰めとならない。日本は同時期、ユーロ圏よりも低成長であり(年間成長率0.7%、1人当たり成長率+2.7%)、デフレ率はほぼ一定を保ち、財政赤字は約2倍のレベルに達した(GDP比3%から5.8%)。日本とユーロ圏には共通の問題があるが、日本経済は金融部門や少子高齢化といった独自の問題がある一方、海外での競争力が上昇した。

ユーロ圏の低成長と不十分な回復力には、主に3つの要因がある。それは、生産性の低迷と競争力の悪化、高齢化、労働市場と生産市場の硬直化である。労働生産性は年平均でわずか0.57%しか上昇していないが、企業における1人当たりの賃金は年2.4%上昇した。例外の国もあった。ドイツは2004年から2007年の間、賃金上昇の抑制と生産性向上を同時に成し遂げた。オーストリアとオランダも同時期に大幅な生産性向上の実現に成功した。結局、過去10年間で為替動向と単位労働コストの面から見たユーロ圏の競争力は、23%悪化した。一方、ドイツは競争力の改善に成功した(2000年と2010年比で約4%)。対照的に日本の競争力は、31%と、驚異的な改善を遂げた。

ユーロ圏内の成長に伴う痛みと高齢化問題があいまって、この傾向はますます悪化している。なぜなら、高齢化に伴い、労働力人口が減少し、社会保障費の増大による経済への負担が高まるからだ。一般的に人口が伸び悩む中(先進国以外の国は除く)、最後の数年間は例外として、不況によって経済が低迷した過去10年の間、60歳以上人口の就業率は望まれるレベルまでには上昇しなかった。

低迷する労働力をより柔軟に利用すれば、この問題は緩和できたはずだ。しかし実際には、ユーロ圏は主に次の2つの構造改革を押し進めることができなかった。1) 産業別、地域別の賃金設定や労働者の流動性の観点から、刻々と変わる競争力によりよく順応できる労働市場にすること、2) 起業家精神、イノベーション、研究開発投資の促進のため、製品市場を自由化すること。「リスボン戦略 (Lisbon Strategy) 」の観点から見れば、ある程度の前進が見られた。しかしそのスピードは不十分であり、国や業界によって進展にばらつきがあった。最終的に、ユーロ圏は事前に定めた数値目標を達成できなかった。たとえば、国民生産の最大の割合を占めるサービス業は自由化や海外との競争とはほとんど無縁な状態のままだった。また、労働参加率と研究開発投資額も目標値に達しなかった。

最適通貨圏アプローチによると、通貨統合の成功は、生産要素の流動性と賃金の柔軟性が前提になる。各国が共通の通貨と金融政策を継続して支持する正当性は、各国の多様な経済が実質的に統合されることであるにもかかわらず、ユーロ圏の政策的ガバナンスは、このような重要課題を十分に実行に移せなかった。

ユーロ圏がアジア、東欧、ラテンアメリカといった新興経済国との厳しい競争に直面している現時点では、柔軟性がなおさら重要である。現在、ユーロ圏が直面している成長関連の問題のほとんどは国際分業、ユーロ圏の人口動向、新興経済国との競争に対応する際の構造的な硬直性によって説明できる。新興経済国との競争は突然始まったのではないが、すべてのヨーロッパの民主主義国が適切にタイミングよく対応できたわけではなかった。南欧諸国は、財政赤字、手厚い労働者保護、寛大な福祉を削減・縮小することで社会的な合意を得ているが、現在、きわめて困難な状況にある。

すべてのユーロ加盟国が、多かれ少なかれ根本的な同じ制約に直面している。不況で膨らんだ債務対GDP比を緊急に下げる必要があり、財政刺激策を採る余地がない。金融の安定化を目指すユーロ政策をインフレや通貨切り下げは政策手段として使うこともできない。また、OECDの経済大国はそろって過度な財政赤字を抑制しているため、総需要を押し上げる外的な方策も採ることができない。年金、失業保険、医療保険、労働法規などの広範な社会的保障システムを廃止することに対する、社会的抵抗も根強い。金融市場はリスク回避に過敏になっており、必然的な緊縮財政策に対する社会の受容度も低い。

これほど多くの難しい制約に直面しているユーロ圏が、長期にわたる低成長や社会的緊張、不透明な国内生産業者保護から抜け出す方法はない、という向きもあるだろう。それでもやはり、ユーロ圏が停滞や崩壊の運命にあるとは信じがたい。このような状況に一石を投じ、蔓延する否定的な展望に対抗できるかは、政策決定の質にかかっている。ユーロ圏各国の指導者が真剣に取り組めば、すばらしい飛躍は可能であり、解決法を見出せるだろう。

ユーロ低迷から脱却は可能だ。総需要管理政策に依存したこれまでのやり方を脱し、供給サイドの政策と効果的な国際経済協調に重点的に取り組む、という政策立案者の決意こそがその核心である。経済成長の回復のため、あらゆる供給サイドの政策が用いられるべきであるが、調整期に不可避な社会的コストの軽減に充てる公的予算はほとんどないことを念頭に置くべきだろう。言い換えれば、現代版「産業政策」(破綻しそうな業界や企業の支援ではなく、構造改革推進を目的とした産業政策)の復活は、国内の成長エンジンとなり、成長見通しを大きく改善するだろう。

国内市場、生産拠点、生産要素といったミクロ的構造の改善を目的とし、戦略を検討すべきである。個々の効果は限定的でも、合わされば生産性や競争力に大きな進展をもたらす。適切な施策を網羅する長いリストを限られた紙面に記すのは無理なので、今後進むべき方向のヒントを幾つか紹介したい。

  • 官僚主義的な障壁に深く切り込み、規制・規定、税制上のコンプライアンスを簡略化し、起業家精神、事業開発、起業にとってより望ましい環境を作ること。
  • 企業の競争力向上に実用的で、元が取れると判断されたインフラ整備プロジェクトにもっと民間資金を注入すること。実現の際に障害となる役所の煩雑な手続きを簡略化すること。借入コストは史上最低であるため、高い投資収益を得るチャンスはこれまでになく大きい。また、消費支出を削減し、より多くの公的資金をインフラ整備プロジェクトにシフトさせること。
  • 規制、環境課税・補助金、市場メカニズムの活用することで、公的予算を追加せず、持続的な投資を牽引する「環境」のような分野において、新しい技術を普及させること。
  • イノベーションを推進し、研究開発センターを産業界と連携させることで、研究成果の情報をより多数の中小企業に提供すること。
  • 交通、地域電力会社、ネットワーク産業、卸売や小売流通業といったサービス業の主要産業分野の規制を緩和し、競争力の向上とイノベーションの促進を目指す。
  • 公共団体を含むすべての部門において、情報通信技術の業務への採用を推奨すること。時代遅れの産業を段階的に縮小させることで、資産をより簡単に償却、資本を成長産業に導く。
  • 中小企業の競争力、投資性向、成長のチャンスを向上すべく、世界市場への進出を支援すること。
  • 産業や地域を超えた労働者の流動性を高めるべく、労働市場と雇用の硬直性に対処し、「反・流動性」が損になるようなシステムにすること。時代遅れな技能を持つ労働者の再教育を行う企業を支援すること。
  • 働く能力があるにもかかわらず、働く機会もインセンティブも得られない高齢者コミュニティのための社会保障システムではなく、活力ある社会の実現という目的に対応できる社会保障システムにすること。たとえば、より柔軟な労働契約や、働き甲斐を高めることで、65歳以上人口の労働を奨励すべきである。
  • 金融・保険業界にもっと競争を導入し、サービス・コストを下げること。
  • 公的支援(例:政府保証)を活用することで、中小企業の資金調達を容易にし、借入コストの軽減すること。

以上の施策を1つの視点にまとめると、「景気刺激策は控え、競争、イノベーション、技術刷新をもっと進めるべき」ということである。

前述の施策すべては、国内の領域にとどまらない。国際協力によって、相乗効果を高め、調整コストを軽減し、ユーロ圏各国が得る構造改革の恩恵を無効にさせない、というメリットを得られる。各国の国内改革推進を支援するため、国際的規模で次の3つの脅威を取り除かねばならない。3つの脅威とは、保護主義の傾向、通貨の不均衡、そして重要な商品・エネルギー市場における市場支配力の濫用である。これらの脅威が存在し続け、より深刻になった場合、ユーロ圏各国の国内改革を推進しようという意志はくじかれ、さらに憂慮すべき状況を招くかもしれない。結局のところ欧米の民主主義国においては、十分な社会的・政治的支援なくして改革は実行できないが、困難な時代にあって、政治的支援はすでに乏しい状況である。それでも、血の出るような努力をし、国際的支援を受けることで、ユーロ圏が現在の停滞から比較的早く脱する克服力と忍耐力を示せると確信している。

本コラムの原文(英語:2011年9月27日掲載)を読む

2011年9月29日掲載

2011年9月29日掲載

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