世界の視点から

「未来の10億ドルベンチャー企業」:世界不況後の先進国における成長へのカギ

Robert E. LITAN
ユーイング・マリオン・カウフマン財団 調査・政策担当副理事長

2008年の経済危機は先進国経済に端を発し、これらの経済に深刻な影響を及ぼした。オーストラリアとカナダを除くほとんどの先進国において回復の道のりは困難を極めている。退職者が急増し、政府が支払いを約束してきた社会保障費や医療費の公的負担が増大していることが、事態を一層悪化させている。このような「給付金制度」については、構造的財政赤字が制御不能な状況となるのを避けるため、給付水準の引き下げや財源確保に向けた増税が進められているが、一方でこうした措置が「フィスカル・ドラッグ」となり、消費の低迷、ひいては関係各国における成長の鈍化を招くおそれがある。

状況が好転しなければ、成長の鈍化からさまざまな弊害が生じることが懸念される。最も重要なことは、生産量における成長の鈍化が雇用の鈍化につながり、その結果、失業率が著しく高い期間が、数十年とまではいかなくても数年は続くことである。富裕国で失業した労働者の中には中所得国へ移住する者も現れるが、その他の多くは、縮小しつつある社会保障給付でも生活することが可能であれば、早期退職や無職という道を選択する。多くの国民は、将来への期待の低下にひたすら耐えるしかなく、こうした状況が社会的摩擦や政治的緊張の高まりを容易に招くことが危惧される。

原則として、このような厳しい事態を避ける方法は1つしかない。すなわち、富裕国が、国民の生産能力の向上や所得の増加をもたらす新しい継続的なイノベーションの波を受け入れ、活用することである。所得の増加は、絶望の悪循環を希望の循環に転換させるために必要な、消費と投資の拡大を促進する。

政策決定者達は、新たなアイデアの発見が最終的に新たな製品、サービス、生産やサービス提供の手法に生まれ変わることを期待しながら、基礎研究・開発への財政支出の拡大によって即座にイノベーションの課題に対応しようとする傾向が強い。この対応が仮に正しいとしても(真偽は定かではないが)、このような明らかに安易な措置は、多くの負債を抱え、財政支出の増大ではなく削減の道を模索する富裕国の経済にはもはや通用しない。むしろ、オープンな状態を保ち、理想的には貿易や直接投資を妨げている残りの障壁を排除することが、費用効果のはるかに高い戦略となる。技術的進歩は、モノやサービスの移動に伴い、国を超え、伝播されるが、さらに重要なのは、「寛容な資本」(patient capital)の国境を越えた移動である。

貿易障壁を取り除いたからといって、ある場所で開発されたイノベーションが他国の商業活動に最も効果的に吸収されるとは限らない。もちろん、他国での投資に意欲を持つ外資企業を受け入れ、できれば内国民待遇を保証することによって、このような方向で何らかの進展は得られる。しかし、国内外で開発された技術的進歩を活用し、改善を加える最良の方法は、急速な成長と拡大を遂げることのできる新たな企業の創設を容易にし、奨励することが理想である。

これはまさに米国が経験してきたことである。米国や世界各地において近代的な生活を可能としてきたまさに破壊的な技術(自動車、飛行機、エアコン、コンピュータのさまざまな活用法、eBay、Google、Facebookなど多くのインターネットビジネス)は、既存の企業ではなく、新企業を立ち上げようとする起業家によって市場に導入され、見事に商業化されたのである。ハイブリッド車を導入したトヨタとホンダを代表例とする多くの日本企業はこの法則の例外といえる。

とはいえ、例外あっての法則といえる理由がある。大手企業は現状維持に既得権をもっており、現体制の構築に手を貸し、結果かなりの利益を得ている場合はなおさらである。さらに、大手企業は意思決定プロセスに管理職層が関与する官僚的な構造となっているため、一般的に大企業は機敏に動いて市場の新しいチャンスを活かせない。一方、起業家は現状維持には無関心で、実際のところ、現状を壊すことが存在意義といえる。管理職層もいないため、当初のアイデアが消費者に受け入れられない場合、直ちに方向転換できる。このような理由から、突破的なイノベーションは比較的新しい企業から生まれる一方、大勢の研究・開発スタッフと多額の予算に恵まれる大企業は、漸進的なイノベーションに集中する傾向が見られる。

カウフマン財団によって発表・助成されたさまざまな文献の中で、米国でも大不況の前までは、新設企業が雇用創出のエンジンであることが立証されてきており、1980年以降、米国経済にもたらされた新たな雇用のほとんどを占める。経済産業研究所(RIETI)の最近の研究によると、日本経済においても、新設企業が重要な雇用の供給源であるということだ(注1)。他の先進国諸国に関する同様の分析は確認していないが、イスラエルや台湾などに関する研究では、企業家精神こそが経済全体の成長にとって重要な役割を果たしてきたし、今後もそうなるだろう。

未来の10億ドルベンチャーになるような新設企業が先進国経済のイノベーションと雇用創出にとって不可欠であるならば(私はそう信じているが)、景気後退からの持続的な回復や成長促進へのカギは、新しい革新的な企業の設立と成長である。真に革新的な企業は、創業者や株主のみならず社会全体に富をもたらす。ある研究によると、発明家・起業家は、創造したイノベーションがもたらした社会的価値のわずか25分の1の報酬を受けとるにとどまり、あとの残りは、彼らの技術を使って起業する人々がその恩恵を得る(注2)。自動車に用いられる経済的なエコシステム、マイクロソフトのウィンドウズや アップルのiPhoneのプラットフォーム技術と共に使われるアプリケーション・ソフトなどがその代表例だ。

こうした分析を基に、最近、私は米国について仮説に基づく計算を行った。その中で、米国経済が年間1%の成長を恒久的に持続するためには、「未来の10億ドルベンチャー企業」(scale firms:私独自の定義であり、将来的な年間売上高が10億ドル以上に達することが予測される企業を表す)を、毎年何社創設する必要があるか計算した。その答えは計算の際の仮定により異なるが、約30~60社という結果が得られた。米国で1年間に設立される企業が約50万社であることを考慮すると、この数値はかなり小さい。しかし、1850年代以降、こうした「10億ドル企業」は年間平均わずか10~15社しか起業されてこなかった事実に照らしてみると、大きな数値である(注3)。

幸いなことに、小規模でありながら成功をおさめる企業も将来の成長のけん引役になると仮定すれば、「ホームラン」企業(大成功する企業)を育てるという任務は軽減される。一塁打、二塁打、三塁打を量産する力が経済にあれば、さほど多くのホームランがなくても、高い成長率を達成することができる。

しかし、最近の米国経済は厳しい状況が続いている。カウフマン財団が報告したデータによると、景気後退以降、年間の新しく設立された企業数はわずかに増加しているが、このうち、従業員を雇用している企業の数は減少しており、ここしばらくの間この傾向が続いている。私はカウフマン財団の同僚であるE.J.Reedyと共に、この憂慮すべき傾向に関する新しい研究成果を近い将来、発表したいと考えている。雇用主ベースの新規企業に関する日本や欧州のデータを確認してはいないが、米国と同様のパターンであっても驚くべきことではない。

では、大企業の抱える課題には慣れた対応のできる傾向の政策決定者は、「未来の10億ドルベンチャー企業」や従業員を雇用し得る企業の創設に向けてどのような後押しができるのだろうか。日本を含めたどの国にとっても、一番手っ取り早く、費用のかからない解決策は、移民を希望するすべての熟練労働者に短期就労(現在の米国のケース)ではなく永住権を認め、奨励することである。

米国において第1に取り組むべきことは、米国の大学で科学・技術・工学・数学(STEM)のいずれかの学位を取得した外国人学生約6万5000人全員に対し、卒業証書と併せてグリーンカード(永住権)を付与することである。米国の労働力は、こうした人的資本から恩恵を受けるだけではない。移民は起業志向が高いことから、やがては「未来の10億ドルベンチャー企業」が多数起業され、その成長が期待される。

この案に替わる解決策は、John Kerry氏とRichard Lugar氏両上院議員によって提出された法案で、外部資金の額や米国においての初期収入が低い場合でも、実際に起業している移民であれば移住を許可することである(ただし、私は移民起業家の総数に関する現行の上限を維持すべきとは考えていない)。移民起業家に対して新たなビザを発行することで、移民増加に対する最大の政治的障害(移民がアメリカ人の仕事を「奪う」のではないかという脅威)が取り除かれる。その理由は、このビザでは、当該移民が家族以外の労働者を実際に雇用した場合に限って永住が認められるからである。こうした事情にもかかわらず、米国の移民に関する政治問題は非常に複雑で意見の分かれる問題であり、このような良識的なアイデアも行き詰っている。

チリでは事情が異なり、新たなプログラムの開始に活路を見出している。このプログラムでは、毎年、募集に応じた起業家のうちで最も進取的な300人に対して、チリへの移住費用として4万ドル相当が支払われる。たとえば米国のような先進国、ましてや日本の場合、こうした人材を積極的に受け入れる姿勢を示しさえすれば、移住の費用を支払う必要もないだろう。

日本は、高齢化が進み労働力が縮小しているにもかかわらず、以前から移民の受け入れには消極的であった。日本人同士の文化的・民族的な深い結びつきを踏まえると、変化が躊躇されるということは理解できる。しかし、多くの国が、貿易と資本に対して国境を開放し、経済を回復してきたように、企業が世界を相手にビジネスを展開し、多くの国の労働者を惹きつけ、必要としている世界経済においては、諸外国の人材を受け入れ、理想的にはその採用が、良い商売だということに日本人もやがて気付くだろう。いずれの国においても、移民はリスクを恐れない傾向がある。荷物をまとめて母国を離れ外国に移り住むには、不屈の精神を要するだろう。起業を希望している人々を積極的に受け入れ、探し出してみてはどうだろうか。

日本に長期間滞在することなくして外国人が「未来の10億ドルベンチャー企業」を設立するのは難しいという意見もあるだろう。確かにこれは事実であるが、日本の大学に留学する外国人学生の増加を目指すことで、状況が変わる可能性がある。特に、卒業から一定期間内に起業した場合、日本に滞在できることを明確に打ち出せば、米国の学生が日本に関心をもつ魅力のようなものは依然としてある。このような政策は、若者にとって魅力的な日本をさらに魅力的な行く先に格上げし、さらに中国との競争を助けることにもなる。現在、中国は起業を志す人が最も好む目的地の一つであるが、民主主義の先進国で認められる政治的自由は、依然として認められていない。

もちろん、日本が高い経済成長路線に戻ることを望むのであれば、数々の措置について検討する必要があり、そのためには、本稿で主張しているように、「未来の10億ドルベンチャー企業」を現在よりもはるかに高い比率で起業しなければならない。日本における起業精神に特に大きな障害となっているのが、大企業の多くで行われている従業員に対する住宅提供や家賃補助制度である。このような福利厚生は、日本のように、大都市や郊外の住宅コストがとりわけ高い国では重要であり、従業員から高く評価されている一方で、成功する企業を起業したいと考える日本人労働者(すべての起業家に求められるように、これまでの経験から新たな市場や機会を洞察する力を持つ人材)が、大企業での快適さを捨てて独立独歩の道を踏み出そうとする気概を失わせるだろう。こうした日本的な制度を変える最善の方法について、部外者の私が口出すことは控えるが、企業が福利厚生制度の廃止に向かうような税制上の優遇措置や罰則を設け、その上で住宅手当の廃止や削減分を給与の引き上げで補うなどの方策が考えられる。

さらに日本で起業精神への大きな障害となっているのは、他の国でも同様のケースがみられるが、事業に失敗することを起業家が不名誉または恥と捉えることである。失敗することは恥ではなく名誉でさえあると受け止められる能力が、カリフォルニアの有名なシリコンバレーにおける起業家の成功に大いに寄与してきたのである。実際、米国の多くのベンチャー・キャピタリストやエンジェル投資家は、創業者が過去に失敗を経験し、次の起業では起こしてはらないミスを学んでいない限り、新規企業への投資を行わない。

ここでも、ビジネスにおける失敗に対する姿勢を日本がどのように変えるべきか、具体的な意見を述べることは控えたい。これは明らかに文化的な問題であり、政策をいくつか変えたところで容易に変わるものではない。おそらく、最初にこの課題に取り組むべき場所は学校である。失敗することで何がベストか学ぶことができるということを、小学校のような早期からでも、そして大学では確実に学生に指導すべきである。最も成功した日本企業でさえ(他の国の企業はいうまでもなく)、消費者に幅広く受け入れられるソリューションを見出すまでには、試行錯誤のプロセスを通じて学ぶ必要があったのである。将来の成功の基礎としての失敗のプロセスは、日本のビジネスリーダーや思考リーダーが認識し、歓迎すべきものである。

最後になるが、イノベーションの推進のために政府が財政支出を拡大することについての必要性、またその財源の確保について、私が懐疑的であることは前述のとおりであるが、各国政府が拠出する研究開発資金が、商業化への成功を通じ、より効率的で迅速に配分されるには改善の余地がある。米国政府は、研究・開発費の多くを大学に注ぎ込んでおり、大学での発見から商業製品やサービスが生まれるという成功を収めてきた。しかし、さらに改善の余地はある。政府がまず取り組むべきことは、研究開発資金を受けとっている大学に対し、教員である発明家が、所属大学のライセンスサービスを利用させられることなく、少なくとも自分の技術のライセンスを与えられるようにすることである。大学教員によるイノベーションの使用許諾に競争を導入することで、より早く、より多くの発明が商業的に成功を収めるだろう。

私の知る限り、日本では、政府による研究・開発資金の多くが政府系の研究機関や産業界に対して直接給付されており、米国と比べると大学への給付がはるかに少ない。商業的に成功する商品を今よりも速いペースで生み出すために、このシステムをどのように改善すべきかについて、私は十分な知識を持ち合わせないが、政府は、個人の発明家にその業績に対する何らかの財産権を与える、またはこれらの発明品が商業化された時点で金銭的な報酬を与えるといった方法も一案である。

以上をまとめると、先進国はこの先も極めて困難な課題に直面することが予測される。戦後最悪の景気後退からの回復に努めるだけではなく、政府が確保できないほどの財源を拠出することなく、持続的ベースで成長を後押しする方法を見出さなければならない。先進国を含めた世界の多くの人々の未来は、予断を許さない状況におかれているのだ。

本コラムの原文(英語:2011年6月22日掲載)を読む

2011年7月6日掲載
脚注
  1. 深尾京司、Kwon Hyeog Ug著「日本経済の成長の源泉はどこにあるか:ミクロデータによる実証分析」、経済産業研究所(RIETI)、ディスカッション・ペーパーシリーズ11-J-045参照。英語版要旨はhttp://www.rieti.go.jp/en/publications/summary/11040008.htmlに掲載。
  2. William D. Nordhaus、 "Schumpeterian Profits and the Alchemist Fallacy"(「シュンペーター主義的利益と錬金術師の詭弁」)、経済への応用と政策に関するイエール大学ワーキングペーパー、ディスカッション・ペーパーNo.6、2005年。http://www.econ.yale.edu/ddp/ddp00/ddp0006.pdfに掲載。
  3. Robert E. Litan、 "Inventive Billion Dollar Firms: A Faster Way To Grow"(「創造的な10億ドル企業:成長への近道」)、カウフマン財団、2010年12月。http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=1721608に掲載。

2011年7月6日掲載